違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第22話 初日の戦果③

 

 

 

 初めての探索を終えた夜、俺たちはベル家別邸に集まった。

 アンジェリカ嬢が持ってきた料理と酒類を並べ、一斉にグラスを掲げた。

 

「では、初めての探索成功を祝いましょう。乾杯!」

「乾杯!」

 

 メンバーは俺とカトルとアンジェリカ嬢。

 勿論ミンナたちはいるが、彼女ら使用人は別で食事を取る決まり。

 普段は一緒に食事をとっているが、今日は雇い主であるアンジェリカ嬢がいる以上そうもいかない様だ。

 貴族とは面倒だと思いつつ、俺は高級そうな葡萄酒を楽しむアンジェリカ嬢を呆然と眺めていた。

 

「ふたりともよくやったわ! 1日で5層の主を倒してくるなんて、想像以上の大戦果よ! 見た? あいつらの顔! あの騎士団長(クソジジイ)の顔が拝めなかったのは残念だけど、どうせ今頃大荒れでしょ。いい気味ね」

「皆困惑してたけどあれで良かったのかな……? ディルム支部長とか、青い顔してたけど……」

 

 こっちの()と違って常識人のカトルが申し訳なさそうに首を傾げる。

 だがその元凶であるアンジェリカ嬢はどこ吹く風。

 鶏肉と野菜を香草で包み焼きした料理を美味しそうに頬張りながら、「構いはしないわ」と手を雑に振り払う。 

 

「あなたたちの実力に相応しい結果よ。それに、私たちの目的はもっと下でしょう。考えてみなさい、仮に今日、1層だけ攻略して帰ってきたら35層なんてとんでもなく時間がかかるわよ?」

  

 知ってる?と、彼女は笑う。

 

「ゼナウ以外の新人はこれから20日以上かけて研修をして、探索も1層ごと、それも監視役をつけて何回かに分けてやるつもりよ? そんなのに付き合ってたら時間の無駄でしょ」

「……それもそうね」

「慎重なのは結構だけど、それが不要な人間にまで適用するのはただの思考停止。私たちは賢くやりましょう? ……さて」

 

 溜息を吐き出してから、アンジェリカ嬢が俺の方へと視線を向けた。

 

「そこのゼナウ、いい加減顔を上げなさい。祝いの場だっていうのに辛気臭い顔して……なに? 腹痛? 少しは喜びなさいよ」

「……喜べるかあ!」

 

 アンジェリカ嬢の問いに、テーブルを叩いて立ち上がって指を突き立てる。

 

「何を勝手に10層に行くことにしてんですか!」

「あら、そんなことで怒ってたの?」

「そんなこと、じゃないでしょう! 俺が潜った最深層は6層だって知ってるでしょう!?」

 

 俺の叫びにあわあわとしているカトルとは対照的に、アンジェリカ嬢は微笑みながら優雅に葡萄酒を口にしている。

 おい、酒を楽しむな。こっちは必死なんだよ……!!

 

 睨みつけると、「せっかちねえ」と、やれやれと首を横に振った。

 

「勿論わかってるわよ。でもそれはあなた単独での話。カトルがいる今、10層くらい楽勝でしょう?」

「ンなわけないでしょうが……10層ですよ? あの【人類踏破限界】の!」

「……なあに、それ」

「お前……そんくらい知っとけよ……」

 

 この阿呆(カトル)は一体全体なんの準備をしてたんだよ……。

 まあいい。叫んだせいか怒りも削がれたので、ミンナたちが用意してくれた食事をいただくことにしよう。……うまっ。

 食べながら、カトルへと先ほどの説明を行う。

 

「【人類踏破限界】、意味は言葉の通りだ。迷宮で、普通の人間が辿り着ける限界とされているのが10層なんだ。だからそう呼ばれている」

 

 それは単に染獣が馬鹿みたいに強くなる、というだけじゃない。

 迷宮が見つかった最初期では、10層に何とか到達した際に多くの人間が原因不明の死を遂げたという。

 恐らくは迷宮に満ちる何か……迷素と呼ばれるその謎の物質によって、人間の身体は侵され死んでしまうのだ。

 その濃度が限界を超えるのが10層以上だと聞いている。

 

「そうなの……そんな恐ろしいことがあるのね。……あれ? でも普通に到達してる人もいるよね?」

 

 現在、白砂の国(ハルモラ)の迷宮の最深層は47層。

 10層なんてとっくに飛び越えてると言いたいのだろう。

 その問いに、アンジェリカ嬢が頷きを返す。

 

「ええ。もう数十年前にその壁は突破されたわ。【迷素遺伝】を持つ人間が増えたから」

「それって……」

 

 カトルが自分の右手を見た。

 人間とは思えない自分の魔力のことを考えているのだろう。

 

「人間は何度も迷宮に挑み、その『迷素』を身体に取り込んでいった。そして生まれてきた新たな人間たちは普通じゃない力を宿し始めた。何十年もかけた結果、我々はついに『人間』を超越した何かになってしまった……ってわけ。あなたもその1人よ、カトル」

「……私も」

「まあそれくらい、10層というのは恐れられてきた場所なのよ。それは過去だけじゃない。生半可な能力や覚悟で挑んで死んでいく新人は、今でも後を絶たないわ。……でも、あなたたちなら勝てると私は信じてる」

 

 そう言って、アンジェリカ嬢が俺の目を真っすぐ見つめてきた。

 その確信に等しい信頼に、思わずこちらが気後れしてしまう。

 

「簡単に言ってくれますね……」

「あら、だって事実だもの。ミンナ」

 

 そう言って呼び寄せたミンナから資料を受け取り、アンジェリカ嬢は俺へと手渡してきた。

 

「10層の詳細情報よ。勿論主についても入ってるわ。あなたには必要でしょう? 『普通』のゼナウ君」

「……助かります」

 

 そう。俺は目の前の怪物令嬢2人と違って、迷宮が良く見えるだけの普通の人間。

 だから時間をかけて監獄島の迷宮を攻略していたし、罠なんて手段を選んだ。

 

 そんな俺からすれば、ここから先は力押しは不可能。

 しかも俺流のやり方はパーティーには向かない。

 

 ……考えなきゃいけない。

 俺とカトルに相応しく、かつ深層までたどり着けるやり方を。

 

「まあ、流石に10層を直ぐに攻略しろなんて無茶は言わないわ。……そうね」

 

 少しだけ考え込んでから、彼女は手を開いた。

 

「5日よ」

「……は?」

「5日で10層を攻略して見せなさい」

 

 ……直ぐじゃねえかよ。

 そりゃ『史上最短』を目指すならそれくらい派手な方がいいが、あまりにも短い。

 ただ、アンジェリカ嬢の言葉は絶対。それが契約だ。

 どうにかやるしかなさそうだ。

 

「必要なものがあれば何でも言って?」

「では仲間を――」

「それはまだ。仲間の追加は、10層を超えた先で」

「……わかりました」

 

 ちっ、駄目か。

 仕方ない、なんとか方法を見つけないとだが……正直、あたりはある。後は実現可能かを考えなければ。

 

「大丈夫よ、ゼナウ。私に任せて!」

 

 そう言って胸を叩くカトル。

 実際強いんだが、こう見るとどうにも頼りないんだよなあ……てか。

 

「……お前、顔真っ赤だぞ」

「そうなの? お酒飲むのなんて初めてで……あら?」

 

 ふらついて崩れそうになったのをミンナが慌てて支えてくれた。

 

「ごめんね、ミンナ。助かったわ……なんだかくらくらしちゃって」

「アンジェリカ嬢、何飲ませたんですか?」

「何って西から輸入した特産の葡萄酒よ? ……ちょっと、度数は高いけど」

 

 いつの間にか顔が真っ赤に変わったカトルを見て、笑みを漏らした。

 

「あなたお酒弱かったのねぇ。ふふっ、わかってよかったじゃない。いい経験ね」

「……そう、だね。お酒を飲むことなんて、一生ないと思ってた……」

 

 俯きながら、カトルはそう言った。

 その顔がふにゃりと笑う。

 

「こうして誰かとお祝いをするなんて随分と久しぶり。これも、もう2度とないと思ってたのに……」

「これからは何度でもできるわよ。次は5日後よね?」

 

 おい。確定させるのはやめてくれ。

 

「ふふっ、楽しみー……」

 

 そのまま、カトルは静かになった。

 世話をしていた使用人が慌てて耳を寄せてから、こちらへと向いた。

 

「……眠ってしまわれたようです」

「……子どもか」

「子どもよ。身体だけ大きくなっちゃっただけのね。この子を部屋へ連れて行ってあげて。どうせ後で起きちゃうだろうから、夜食の用意もお願いね?」

「はい」

 

 使用人たちが慌ただしく動き始めたので、俺は大人しく食事に戻ることにした。

 そのまましばらく食事を楽しんでいると、ふとアンジェリカが口を開いた。

 

「……正直、ここまで成果を出してくれるとは思ってなかったわ。あの子はどう?」

「とんでもないですよ。5層とはいえ主の水流と氷を撃ち合って平然としてましたからね。魔術は詳しくはないですが、魔術師としては最上の実力なんじゃないですか?」

 

 主を除いた道中、俺は殆ど案内しただけ。

 だからこそいきなり10層に潜るのが不安なのだが……理由は他にもある。

 

「ただ、仰る通りまだまだ未熟な子どもみたいな奴です。ここから先に行くには、きっとまだ精神が追いついていない」

「……10層なら他の探索者たちとも遭遇するでしょうからね。監獄島程じゃないけど、ここでも派閥や競争はちゃんと存在してるわ」

 

 だろうなあ。

 あそこまで明確に騎士団と協会が探索者を分けてるんだ。

 その上、アンジェリカ嬢が死ぬほど煽りやがったから、これからは染獣以外にも気をつけなければならない。

 国が管理しているからって、全ての探索者が『良い子』ではないのだから。

 

「あいつに人殺しができると思います?」

「……あの子も馬鹿じゃない。その可能性にはちゃんと気がついてるわ。だから、最初だけでいい。支えてあげて」

「……報酬を払ってくれる限りはやりますよ」

 

 灰短剣よりも強力な、更なる深層の武器。そしてそれを手に入れるための全面的なサポートが報酬だ。……サポート……されてるよな? うん、多分……。

 

「勿論。ちゃんと払うわよ? ……というか、あなた無欲すぎるのよ。なんでミンナにもカトルにも手を出してないわけ? 嫌がるどころか喜ぶわよ? ……まさか、不能なの?」

「……」

 

 何も言わない。絶対に何も言わないからな。

 

「まさか、私が好みとか? ちょっと駄目よ、私には決められた相手がいるんだから。清い身体でいなきゃダメなのよ? ……それ以外はボロボロだけどね」

「……ご冗談を」

 

 この女……。

 ぶん殴ってやりたいが、相手は特選級。殴り殺されるのがオチである。

 てかこいつが潜れよ……!! それですべて解決するだろ。

 だが当の本人は呑気に首を傾げて思案を続けている。

 

「金で動く性格でもないし。あなたみたいな人が一番困るのよねえ……あっ、ならこうしましょう」

 

 立ち上がり背後へと回ってくると、アンジェリカ嬢は俺の耳元で囁いた。

 

「――これから5層を攻略する度に、あなたの過去についての情報を教えてあげる」

「……何?」

 

 咄嗟に腰へと伸びそうになった腕を、アンジェリカ嬢が掴んで、背中に押し付けられる。

 ぎり、と軽く絞められただけで、骨が悲鳴を上げた。

 

「ぐっ……!!」

「せっかちね。残念だけど、私はあなたの殺したい男とは無関係よ」

「なら、なんで……」

 

 俺がこの話をしたのはカトルだけだが、あの状況だ。どうせ聞かれていただろう。

 だから彼女が俺の目的を知っていることに疑問はない。

 だが、その情報を持っているなら話が変わる。

 

「どうしてあんたが情報を持ってる……!!」

「それも秘密。10層を攻略したら教えてあげるわ」

 

 手を放して立ち上がると、彼女は歩き出した。

 こちらへと背中越しに手を振って、彼女は告げる。

 

「安心なさい。私はあなたの味方。あなたが協力してくれる限りは、ね?」

 

 おやすみなさい、と彼女もまた上階へと消えていった。

 ……泊まり込む気かよ。

 

「……はあ」

 

 ……ますますわからないことだらけだが、おかげでやる気は出た。

 俺も立ち上がって、残ってくれていたミンナへと声をかけた。

 

「ミンナ、悪い。いくつか見繕って夜食にしてくれるか」

「はい。……今日も遅くまでやられるのですね」

「ああ。いつも悪いな」

「いえ! 私にできるのはそれくらいですから」

 

 そのまま部屋へと戻り、貰った資料を机の上に置く。

 既に机は隙間なく資料が積まれている。

 その全てを読み込み纏めて、10層の攻略法を作らねばならない。

 層の構造、どんな染獣が現れるか、その対策まで、全て頭に叩き込む。

 

「……ま、どうせ眠れないしな」

 

 ゆっくり考えよう。

 カトルと俺で、どうやってあの階層を踏破していくかを。

 

 

***

 

 

 一方、別邸の他の部屋にて。

 

 1人部屋で寛いでいたアンジェリカは、窓の外の景色を眺めていた。

 

「……35層まで、あと30層。……遠いわね。本当に、途方もなく深くまで私たちは潜ってしまったのね」

 

 向かいに置かれた肖像画へと向けて、彼女は葡萄酒のグラスを掲げた。

 

「あなたの意志は私と彼らが継ぐ。だから、もう少しだけ待っててね」

 

 そうして、迷宮探索初日の夜は更けていくのだった。

 

 

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