違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第30話 帰還と報告②

 

 

 2度目の宴は盛大に行われ、俺らはアンジェリカ嬢の用意した料理をたっぷり堪能した。

 すっかり忘れてたが、戦闘開始からほとんど何も食べていなかったんだよな。

 料理を見た瞬間に俺とカトルの腹が盛大に鳴って、アンジェリカ嬢に笑われてしまった。

 なので、一心不乱に食べまくってやった。

 

 相変わらずシュンメル家の料理人が作る料理は絶品だった。

 監獄島の料理、不味かったんだなあ……。

 

 夢中で食ってた俺と違ってアンジェリカ嬢とカトルは楽しげに会話をしており、俺は時折振られた話に相槌をうって2度目のパーティーは進んでいった。

 

「うーん……」

 

 気づいた時にはまたカトルは酒を飲んでいたらしく、楽し気に騒いだ後、糸が切れたように眠ってしまった。

 

「結局寝るんかい……また飲ませたんですか?」

「自分で飲んだの。気に入ったみたいよ。いくつかおすすめを持ってきてって頼まれちゃった。案外、未来の酒豪かもしれないわね」

「この有り様じゃ無理でしょ……呑んでたの2杯くらいでしょう?」

「ふふっ、これからの楽しみが増えていいんじゃない?」

「……そうですね」

 

 そのまま、カトルは再び使用人たちに運ばれていった。

 未来の酒豪の誕生は遠そうである。早く慣れるといいな……。

 

 そうしてまた2人になり、ゆっくりと食事を楽しむ。

 今度は話す余裕もできたので、10層での様子を喋りながら過ごしていく。

 

「それで、11層以降はどうするんです? 明日、3人目を紹介してくれるんですよね?」

「ええ。まずは顔を合わせて、それから準備をしてもらう。11層以降に潜るなら、装備まで完璧に準備をする必要があるでしょう」

「ですね。俺も、投げナイフを全部使い切っちゃいましたし、補給できるとありがたいです」

「任せて。最高の職人を紹介するわ」

 

 そんなことを話していく内に食事も終わって使用人たちがさっと片づけを済ませて――全員がいなくなった。

 それなりの広さのある部屋に、気付けば2人きり。

 

「――さて」

 

 たっぷり間をおいてから、アンジェリカ嬢が妖艶に微笑んだ。 

 

「2人っきりになった事だし、こっちもお楽しみといきましょうか?」

「……ええ、待ってましたよ」

 

 そう言って身を乗り出してくる。

 

 ――やっと来た。このまま3人目を使ってうやむやにされたらどうしようかと思っていた所だ。

 

 彼女を真っ直ぐに見つめ返すと、不満そうな表情へと変わった。

 

「なによ、少しくらい動揺したっていいじゃない? 私に魅力がないみたいでムカつくわね」

「……充分魅力的ですよ」

 

 あの化け物みたいな怪力がなければ。

 少しでも機嫌を損ねれば()()()()()()お嬢様とお近づきになるのは、俺の精神がとてもじゃないが保ちそうにない。

 

「そう? ありがとう。……じゃあ、改めて本題。約束通り、あなたの知りたい情報をあげる」

「お願いします」

 

 俺はこのためにあんな危険な化け物を命がけで討伐したんだ。

 彼女は葡萄酒の杯を揺らしながら、悩まし気に視線をさ迷わせる。

 

「そうねぇ……まず、あなたが目覚めたのは湖畔の国(ラクトリア)にある病院だったわね?」

「ええ。俺みたいな染痕持ち――中には【迷宮病】を抱えた連中がリハビリや治療を行う場所でした」

 

 俺がやったのは主に前者。

 失った記憶を取り戻すための手伝いをしてもらいながら、なぜか衰弱していた身体の回復をしていた。

 

「そうよね? そんなあなたにこれをあげる」

 

 そう言って彼女は立ち上がると、近くにある棚から取り出したものを俺の前に置いた。

 それは何かの写しの様だった。

 手に取ってみると、綺麗に線で区切られた紙面にはよくわからない数値やら単語の羅列が書かれている。

 

「……これは?」

「あなたのいた病院の診察記録。これはあなたが退院直前のものね」

「どうしてそんなものを……」

 

 あんたが持ってるんだ。

 そう問いかけようとした所を、彼女の指に止められる。

 

「私は、味方にする人間の情報は徹底的に把握しておくの」

 

 ……なるほどね。

 頷いて指が離れてから、改めて書類を見つめる。

 よくわからん記述は医者側が見る数値とかが書いてあるらしい。当然わからん。

 俺の病院の診察記録。そんなもんで何が分かるっていうんだ……?

 

「ここを見て?」

 

 いつの間にか背後に回っていたアンジェリカ嬢が背中から被さるようにして、俺の持つ書類の1つを指さした。

 甘ったるい香りと、酒精の刺激的な臭いが鼻を満たす。

 それでも、俺の右目は必死になってその指の先を追う。

 

 そこには俺が無我夢中で習得したあの国の言葉でこう書かれていた。

 

「……10号。これ、病院内の俺の呼び名だ」

 

 自分の名前も思い出せなかった俺を、病院の人たちは部屋番号で呼ぶことにした。

 下手に名前を付ける訳にもいかねえし、俺としても他のことで精一杯だったのでそれで問題なかった。

 

 そのまま彼女の指がつつ、と動いて他の項目を示していく。

 身長などの身体的特徴。そして経過として書かれた記憶障害の症状もあの時聞いていた内容と同じ。

 つまりこれは、本当に俺の記録らしい。

 だが――

 

「これが、なんなんですか?」

 

 これが病院内での記録だっていうなら、そこに書かれたことを俺は実際に聞いたし見ている筈。そこに大した情報はないだろう。

 焦れる俺の言葉に、アンジェリカ嬢の余裕のある言葉が耳元に返ってくる。

 

「これでこの記録が本物だと分ったでしょう? 本題は、その前――あなたが運ばれてきた当時の記録」

 

 よく見れば、紙はもう1枚あった。

 

「もう1枚は、病院に残されていた最初の記録よ。……見てみなさい」

 

 高まる鼓動に震えた指で、なんとかそのもう1枚を捲る。

 そして先ほど見た項目を慌てて目で追った。

 

「……?」

 

 だが、そこには大したものが書かれてはいなかった。

 名前も同じ。経過に至っては先の奴よりも少ない情報しか書かれていない。

 

「何もないじゃないですか」

「そうね。何もないの」

「……あ?」

 

 ひょっとして、これが『情報』だって言うつもりか、この女。

 あんだけ命をかけさせておいて……。

 

 俺の怒りが伝わったのか、予想通りの反応だったのか。

 彼女は更にぐっと身体を密着させ、俺の手の甲を長手袋(イブニンググローブ)で覆った指でなぞる。

 

「焦らない。ちゃんと対価は払うわ。……ほら、おかしいと思わない?」

「……?」

「あなたの記憶が()()なら、あなたは顔面を迷宮産の武器で叩き斬られて病院へ運ばれた」

 

 そのまま指が上がってきて、俺の眼帯へと触れる。

 

「だというのに、最初の記録にはあなたの記憶喪失に関しての記述しかない。普通は、治療後の経過観察も行う筈でしょう?」 

「……!!」

 

 ハッとしてもう一度書類を読み込む。

 

「……確かにない。どこにも……」

 

 いや、医者には何度も顔について――染痕について何度も確認された。

 痛みや違和感……何か変化がないかと診察の度に聞かれたんだ。

 だってのにここに記載はない。

 

 そりゃ頭を打って記憶喪失になった奴に「その後痛くないか?」なんて確認するのは当たり前だろう。

 だがそれとこれとは話が違う。

 俺は顔面を叩き斬られ、黒く染まって再生したのだ。

 その経過を残しておかないのは、明らかに変だろう。

 

 これはまるで、その部分だけ意図的に抜け落ちてるみたいな――。

 

「あなたも知ってるでしょうけど、そもそもあの病院にこんな大怪我を治す設備はなかったわ。例え秘密の治療設備があったとして、それに関わる医者たち全員がなにかしら事情があって口止めされていたとしても、それ以外の患者や職員の噂までは止められない」

「……それは、確かに」

 

 なにせ顔面を叩ききられたのを治療したんだ。

 凄まじい腕の魔術師やそれに釣り合う程の設備が要る。

 だがあそこにはそのどちらもなかった。

 

「俺は、別の場所で治療されたってことか……」

「恐らくね。あの病院は治療後のあなたを預けられたに過ぎないってことでしょう」

 

 よく考えりゃそうだ。

 目が覚めた時、俺の左目は既に『こう』だった。

 生きるための術をどうやって得るか、そしてどうやってあいつを殺す力を身に着けるか、そればっかり考えて全く気が付かなかった……。

 迷宮に関わればいつか出会える――なんて、俺の考えは甘かったのかもしれない。

 

「……じゃあ、その場所が分かれば……いや、無理か」

 

 ここは湖畔の国(ラクトリア)じゃねえし、俺はもうあの国の人間とも言えない。

 今あの国に入っても、扱いはただの『旅行者』だ。

 そんな状態で調べても碌な情報は得られないだろう。

 

「くそっ……」

 

 あの時もう少し冷静になれていれば……。 

 掴みかけた光が霧散していくような、そんな気がした。

 

 だがその瞬間、アンジェリカ嬢に後ろから抱きとめられる。

 

「安心して。あなたが仕事をしてくれたなら、私が必ずあなたを目的の場所まで連れていく」

 

 今までとは異なる優しい声色で、彼女はそう囁いた。

 

「あなたは10層をたった4日で踏破して見せた。目的のためとはいっても、命懸けでやってくれたあなたの事を、私は認めるわ。もう、私たちは一蓮托生。だからあなたは安心して迷宮に潜りなさい」

「……アンジェリカ様……あんた……」

「今日はここまで。続きはまだ調査中。だから今は()()で我慢して」

 

 そう言って、彼女は俺の目の前にもう1枚の紙を取り出した。

 受け取ったそれは、乱雑に書かれたメモ書きのようだった。

 

「……?」

 

 なんだと目を通してみると、誰かの日記らしかった。 

 日付とその日にあっただろう出来事が記されている。

 どうやら『こいつ』は医者らしい。

 

 そのまま読み進めていくと――。

 

『――今日もまた黒紋の患者だ。最近やけに多い。連中への報告書ばかり増えて面倒で仕方ない。いい加減誰かに手伝わせるべきか? やはり■■■■』

「……これは……?」

 

 途中で書くのをやめて塗りつぶした形跡がある。

 だから肝心なところは読めないのだが、これをわざわざ渡してきたってことは……。

 

 振り返るともうアンジェリカ嬢の姿はなく、既に部屋を出ていくところであった。

 

「おやすみ、ゼナウ。明日からもよろしくね」

 

 その言葉を残して、扉は閉められた。

 

「……なんなんだよ」

 

 どうやら、続きはまた今度ということらしい。

 

 しかし、『黒紋の患者』ねえ……やっぱり、あの病院にはなんかあんのか。

 ますます何も調べずに監獄島に行ったのは失敗だったか?

 

 ……いや、あの選択があったから今がある。

 

 少なくとも、このままいけば奴を殺せる力は手に入りそうだ。

 そしてアンジェリカ嬢も協力してくれるというのなら、一旦こちらを終わらせてから考えればいい。

 

「俺も戻るか……」

 

 なんだか上手いこと利用されている気もするが、俺にできることは変わらない。

 35層まで潜って、彼女のお望みの染獣を狩る。

 それだけだ。

 

 

***

 

 

 翌日、遅く起きた俺たちはアンジェリカ嬢に呼ばれて居間へと集まった。

 来客もないので実質作戦会議室として使われているその場所で、アンジェリカ嬢が笑顔で告げる。

 

「あなたたちの仲間になる3人目を紹介するわ。()はこの白砂の国(ハルモラ)で上級に分類されてる探索者。実力は確かだから安心して」

 

 彼ってことは男か。

 しかも上級。先日もの凄い早さで中級になった俺たちだが、それよりも1つ上。

 20層を超える深層に潜ることを許された怪物たちだ。

 

「よくそんな人を連れてこられましたね」

 

 そういった連中は信頼のおけるパーティーで長期間探索に向かっているのが普通だ。

 それを俺たちと組んでくれるなんて珍しい筈だが。

 

「ああ、彼はしばらくこの国での活動を止めていたのよ。だから復帰組とでもいえばいいかしら?」

「そ、そうなんだ。じゃあベテランの人なのかな……?」

 

 そう言うカトルの声は震えている。

 ……いきなり知らない奴と組むことになるわけだからな、こいつの性格じゃ無理もない。

 

「いくら上級とはいえ、一度は離れたんでしょう? 大丈夫なんですか?」

「ふふっ、2人とも安心しなさい。あなたたちの不安は、どっちも解決済み」

「「……?」」

「入りなさい」

 

 アンジェリカ嬢の言葉を受けて、扉から誰かが入ってきた。

 その姿は――巨体。

 そしてガシャリガシャリと音を立ててやってきたそいつは、暗灰色に鈍く輝く、巨大な鎧姿だった。

 

「……?」

 

 なんだ、騎士団の奴らでも連れてきたっていうのか?

 全身を鎧に覆ったその姿じゃ容姿もよくわからない……ん?

 

「……」

 

 何も言わずにそいつはアンジェリカ嬢の横――俺らの正面に立ってこちらを見つめている。

 その立ち姿に妙な既視感があって、俺は咄嗟に眼帯を外した。

 

 そうして、その兜の奥に漏れる光に気が付いた。

 

 巨大な鎧姿。そしてその奥にある光。

 こいつは……。

 

「お前、鉄塊か?」

「……ああ。久しぶりだな、眼帯の」

 

 俺に言葉に頷いてそう言ったのは、監獄島で取引をしていた男、全身鎧の探索者・鉄塊だった。

 

 

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