違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
「――望み通り、許可が取れたぞ、アンジェ。お前とファムはこれで晴れて中級探索者。気兼ねなく迷宮に潜ると良い」
数日前の夜の事。
涼気が流れ込む部屋の中、腰かけていた男が煙を吐き出しながら告げる。
彼――シュンメル家当主であるその男に、アンジェリカは笑みを浮かべる。
「ありがとう、お父様」
「全く、お前はいつも無茶ばかり言う」
「ふふっ、その無茶を聞いてくれるお父様は大好きよ?」
たっぷり敬愛を込めてそう言ったアンジェリカに、男は照れたように視線を逸らし、書類を取り出した。
「お前の狙い通り、例の民間人の功績が認められた形だ。
「ええ。必ず達成して見せるから待ってて?」
「……少しくらい休んでもいいんだぞ?」
国王の盟友にして古豪。最初期の迷宮混乱期を生き抜き、以降政界の雄として恐れられている父だが、家人としては穏やかで優しい。
愚かにも迷宮から逃れられない娘を、こうして支援してくれている。
笑みのまま首を横に振ると、少しだけ悲しい顔をして煙を吐き出した。
そこに溜息が紛れていることには気づかないふりをして、受け取った書類に目を通す。
そんなアンジェリカを横目で見ながら、男は窓の向こうの空を見つめた。
「迷宮はあらゆるものを呑み込んでいく。私も多くの仲間を失った。この国も、そしてお前も。……これ以上、失ってほしくはないんだが」
「……だから、取り返しにいくのよ。シュンメル家の人間は二度負けない。でしょ?」
「そうしてくれ」
書類に不備はない。
頷きだけでその意を示して、アンジェリカは部屋を立ち去ろうとした――
「アンジェ」
ところで背後から声がかかる。
「お前のする事には意義も未来もある。だから私も皆も支援する。……だからといって、お前まで失うのは御免だぞ」
「……大丈夫よ。そのために集めたんだから」
そして、想像以上だった。
これならきっと、大丈夫。
「安心して、お父様。私は私自身も、この国も、すべてまとめて救ってみせる」
信じた道をただひたすらに突き進むと、アンジェリカはそう誓ったのだから。
***
「……よし、こんなところかしら」
それからしばらくが経って、アンジェリカ嬢がそう言った。
彼女の周囲には血を流して倒れる染獣の山。
その数10を超えており、全てを斧と徒手空拳のみで倒してしまった。
「……」
「2人とも、すっごく強かった!」
「ふふっ、ありがとう」
アンジェリカ嬢の言った通り、殆ど案内役と解体のみで俺たちの仕事は終わった。
てか狩りすぎだろ。4人でも運びきれるのかこれ……。
皮と骨でぱんぱんになった背嚢を見つめて立ち尽くしていると、鉄塊が戻ってきた。
並んでいる背嚢を見て、深く頷く。
「……木は後回しだな」
「そうだな。昇降機付近で集めりゃいいだろ。鉄塊は一番重いやつたのむ」
「分かった」
素材をたっぷり詰め込んだ背嚢2つを軽々と持ち上げてみせた。
「おお、すげえ力だな」
分厚い鎧を丁度いい負荷だと言い放つその身体は、凄まじい筋力の塊なのだろう。
【獣憑き】。生まれた場所次第で忌み子にも英雄にもなる珍しい【迷素遺伝】だ。
そんな境遇である鉄塊ことアズファムとは、まだあまり言葉を交わせていない。
というより無口なのだ。
必要なこと以外はほぼ話さず、別邸に滞在中も部屋から出てくることがなかった。
監獄島の時は何かの怪我かなんかで静かなのだと思っていたが、どうやらただの性格らしい。
無駄話をしなくてすむから俺としてはいいんだが、こいつは良く俺に命を預ける気になったよな。
その辺り、いつか聞いてみたいもんだ。
そんな事を考えてたら、鉄塊が重く低い声を返してくる。
「……アンジェ程じゃない」
「そりゃ確かに」
どちらもバケモンみたいな身体能力だが、微妙に差がある。
アンジェリカ嬢は腕力特化。一方鉄塊は全身のバネやら持久力といった強靭さの方面で力があるのだろう。
てかアンジェリカ嬢が異常なんだよ。なんであの細身でバカみたいな力が出るのか。
訝しげに見つめていたら、目が合った。
頬に跳ねた血をぬぐっている彼女は猟奇的で、蠱惑的だった。
「どうしたの?」
「いや……調子良さそうだな、と思って」
「えぇ。準備運動にはちょうど良かったわ。これなら11層も問題なさそう」
「……そうか」
あれだけ苦労した連中が準備運動扱いである。
相手は元特選級。歴が違うとはいえ、少しへこむな……。
「なに落ち込んでるのよ。あなたはこれから私たちを使って深層を攻略するのよ。ちゃんと見てたんでしょうね」
「それは、勿論」
嫌っていう程にな。
……ただ、そうだな。よく考えりゃこの戦力が、俺の仲間になるんだ。
あの分厚い猿の鎧を軽く両断できる怪力に、染獣と真正面から組み合って投げ飛ばす耐久力と膂力。
どっちも呆れるくらい強力だ。
そして相棒は、未だ底が知れない氷の魔術師。
正直、俺には十分すぎるほどの仲間たちだ。
この戦力と、ニーナが生み出す武器を駆使して深層を攻略する。
既に貰った資料は頭に叩き込み始めてる。
だからこうして立ってる間も必死に頭を働かせてるんだが……。
「ただ、難しい。次の階層は、俺には相性が悪すぎる」
「まあ、それもそうねえ……」
そう、それでも問題は山積みなのだ。
なにせ次の階層はどこまでも広がる
広大な地を駆け抜ける染獣たちと戦っていかなければならないらしい。
遮蔽も起伏もなく、縦横無尽に駆ける獣を罠で狩るのは不可能だ。
「もう罠は無理だなあ……何か考えないと」
「そうね。だから私とファムが来たの。あと、そのためのニーナよ? 沢山こき使ってあげて」
「……了解」
元々
染獣はどんどん巨大に、凶悪になっていく。
そんな奴らと戦うには、もっと別の武器がいる。
そしてそれを作れる
新しい戦い方を見つけるには丁度いい頃合いらしい。
「それと、乗馬の訓練もしないとね。レウに言って準備させてあるから、明日からそっちの猛特訓もよろしくね?」
「あの人、何者なんですか……」
どうやら、忙しい準備期間になりそうである。
重い背嚢を背負って、すっかり静かになった密林の中を戻っていくのであった。
***
1度目の素材集めを終え、木材の確保も行った俺たちだったが、そこで一旦解散となった。
正確には俺だけ追い出されたのだが。
「あなたは戦術と自分の武器を考えなさい。素材集めは私たちでやっておくから」
「え? じゃあ私も……」
「カトルはこっち。あなたがいないと暑いじゃない。ほら、冷気出しなさい冷気」
「ええー……ゼナウ、頑張ってね!」
引き摺られて連れて行かれるカトルを見送って、俺は1人となった。
「……どうしたもんか」
目的は11層以深の戦い方だ。
このワハルの迷宮第11層からは、広大な草原地帯が広がる。
木々もほとんどなく、山や岩場もない。
ただただ平たい草原が続いているのだという。
出現する染獣は馬やそれに近い四足獣。
寝ずに走り続ける体力と、
そのくせ、弱点となる部位は身体の下側――止まらせないと届かない。
走り逃げる奴らに追いつく速さか、捕らえる技術が必要になるってわけだ。
10層までは力と体力。そして11層より先は速さがいる。
ますます人間から逸脱しないと踏破できない階層ってわけだ。
「カトルの魔法なら広範囲を封じれるだろうが……広すぎる。……遠隔で罠を張るか? 無理か、避けられて終わりだな。どうするか……」
「……どうされたんですか?」
ぶつぶつと呟きながら歩いていたら、受付へと戻ってきていたらしい。
席を立っていたルセラさんが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
先ほどの素材納品の際は席を外していたから、別の仕事をしていたんだろう。
「ああ、ルセラさん」
「珍しいですね、おひとりで……6層の探索はどうされたんですか?」
「それが……」
事情を伝えると、ルセラさんは曖昧な、乾いた笑みを浮かべた。
「この短時間でそんなに狩られたんですね……」
「ええ。とんでもないですね、上級以上ってのは」
「そうですね……。なので、よほどのことがない限りは上級の方々が低層に入ることはありません」
……なるほど。だからアンジェリカ嬢たちは中級になってから合流したのか。
多分だが、特選級のままなら11層にも潜れなかったんじゃないか?
「あの化け物みたいな染獣を狩りすぎる、って、こっちの方がバケモンですよねぇ」
「わ、私からはなんとも……」
あの馬鹿力なら11層の連中も両断しそうだ。
だから止めるか追いつく手段が要るんだろうが……って、そうだ。
いるじゃないか、詳しい人が。
「ルセラさん、この後時間あります?」
「え!?」
……そんなに驚かなくても。
「いえ、ちょっと助言をしていただきたくて。11層を他の探索者がどう攻略しているのか……」
「ああ! そういうことですね。そうですね……はい、少しなら大丈夫ですよ」
そのまま受付近くにある休憩場所に2人で座る。
「さて、11層ですね。……あそこも大変な階層ですよね」
「ですね。少なくとも、俺のやり方は一切通じないです」
「罠、ですもんね。確かにあそこは難しそうですね……」
腕組みして呟くルセラさん。
……なんか、親身に考えてくれてる。良い人過ぎる。
「あっ、でも、ニーナさんに武器を作ってもらうんですよね?」
「ええ、そのつもりです。ただ、何を作るかがまだ決まってなくて。この先に必要なものをお前が決めろと言われてましてね……」
「なるほど……え? ゼナウさんが決めるんですか?」
あ、やべ。
「そりゃあ自分の武器ですから。人の意見で決めても意味がないでしょう?」
「……そういうものですか。随分とその、厳しいんですね……」
「ホントですよ! 数日で10層潜らせたときは正気かと思いましたよ」
「あははは……」
……あぶねえ! 迂闊に相談もできないのかよこの境遇は!
だが今回は相談必須。なんとか誤魔化しつつ助言を引き出さなければ。
「そうですね、多くの場合は魔法を使います。……騎獣に関してはご存知ですよね?」
「ええ。11層の染獣を飼いならすんですよね?」
11層から続く草原地帯。そして15層からは岩山地帯が続くという。
どちらも広大な領域を移動していくことになるため、その対応として、探索者たちは染獣を騎馬とすることを決めたのだ。
幸運にも騎馬に適した染獣たちが多くいるのが11層であり、飽くなき人間の探求力は彼らを飼いならす術を見つけた。
だから20層までは騎獣を使った移動を行う。
レウさんの地獄の特訓が待ってるのはそのためだ。
「騎獣を使って追いついて、魔法を使って仕留める。それが通常の戦法ですね」
「その時前衛の連中は?」
「染獣の誘導などが主ですね。挟んで動く方向を限定させつつ、攻撃をして跳んだりするのを防ぎます」
「ああそっか、跳ぶのか……」
なにせ迷宮内だ。
地上と同じ理屈で考えてたら失敗する。
「その内、空を飛ぶ奴も出てきそうだな……」
「いますよ? それでいえば16層以降にもいます」
「いるんですね……」
ますます罠の出番はなさそうだ。
そうしたら考えるべきは短剣と、あの投げナイフの方向性だな。
……この目を活かして戦える手段を見つけないとな。
「あー、どうすっか……」
「……あ、そうだ」
高い天井を見上げて唸っていたら、ルセラさんがふと手を叩いた。
「実際に20層まで探索した方が今いますよ? 話を聞きますか?」
「本当ですか? ……ちなみに、どなたです?」
「上級の探索者の方々でして、今は、教導役としてゼナウさん以外の民間からの新人の方を指導しています。一応、ゼナウさんも立場は同じですから、聞いてみるといいのではないでしょうか」
案内しますよと、ルセラはそう言って笑みを浮かべるのだった。