違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第41話 シュンメル邸の1日

 

 

 素材集めと俺の新戦術発見も終わり、11層探索に向けた準備期間へと突入した。

 ニーナ女史への武器発注を済ませ、その製作期間に防具や他の装備の更新をしつつ、ひたすらに訓練を行うことになる。

 

 迷宮を探索し始めてから、初めてのまとまった地上での日々。

 これはそんなある1日の出来事である。

 

 

 

 ――朝。

 

 明け方近くまで作業をして、気絶するように寝ていた俺は、大抵他の連中より遅れて目が覚める。

 最初こそミンナが起こしに来てくれていたが、俺が気絶するまで寝れないという事情を知った後は俺が自然に起きるのを待ってくれるようになっていた。

 

 貴族様の家の、とんでもなくやわらかなベッドの端に突っ伏していた俺はぐるりと身体を回し、綺麗な天井をぼおっと見つめる。

 

「……変な夢見た」

 

 妙な夢だった。

 薄暗い視界。迷宮の中にいて、荒れた息と揺れる視界をただただ眺める。

 そして見たことのない獣を殺して喰らうのだ。

 

 ここ最近、何度か見るようになった夢。

 迷宮の効果なのかなんなのか……。まあうなされるような悪夢でもないから良いのだが。

 そのまま用意された着替えを纏って1階へと降りる。

 

「おはようございます。ゼナウ様」

「ああ、おはよう」 

 

 待っていてくれたミンナの給仕を受けながら朝食をとる。

 薄く焼いたパンに、豆に鶏卵や野菜のペーストを混ぜて炒めた主菜――白砂の国(ハルモラ)では一般的な料理をいただく。

 

「……美味い」

「良かったです」

 

 大貴族であるシュンメル家ではあるが、家の方針なのか基本的な食事は質素だ。

 アンジェリカ嬢は食事よりも甘味を好むし、カトルも食が細い。

 一番食いそうな鉄塊はこの別邸ではほとんど果物ばかり食べている。

 申し訳程度に切り分けられてはいるが、基本はそのまま丸ごとだ。

 それはもうバリバリ食ってた。豪快だった……。

 

 まあ彼は頻繁に外出しているので外で何か食べているのだろう。

 

「食後のお茶をお出しますね」

「ありがとう」

「訓練の後にはゼナウさんの好きな果物のパイを焼きますから、今日も頑張ってください」

「……すまない」

 

 2人で暮らしていたせいで、ミンナにはすっかり胃袋を握られている。

 

 ちなみに、この国は塩辛いものも甘いものもとにかく味付けが濃い。

 監獄島が薄すぎたのかもしれないが、どちらにせよ健康には確実に悪いだろう。

 

 まあ、腕が潰れたばかりなのでちょっとの健康なんて気にはしないが。

 ……病気になった内臓が潰れたら、()()再生するんだろうな。病気、治んのかな。今度スイレンに会ったら聞いてみるか。

 

 

 今日は午後からレウさんが本邸からやって来る。

 3日に1度、彼女指導による騎乗の訓練を行うことになっているのだ。

 この間は屋敷内を散策したので、今日は外に出て走らせる予定である。

 

 それだけならいいんだが……何故だかレウさんは来るたびに、ついでとばかりに可愛がり(ボコボコに)してくる。

 地上での怪我や負傷は回復薬や魔法での治療は禁止されているので、ここ数日は生傷が絶えないのだ。

 てか深層を突破したってのにあの人には全く敵わない。何者なんだよ本当に……。

 

 はあ、今から憂鬱だ……。

 

「――ゼナウ、いる?」

 

 溜息を吐いていると、アンジェリカ嬢がやってきた。

 普段は彼女も本邸に行ったりと忙しく、この時間にここにいることは非常に珍しい。

 

「どうしたんですか?」

「業務連絡よ。レウがお父様の護衛で出てしまったから、本日の訓練は中止」

 

 だから帰ってきたの、とアンジェリカ嬢はいつものジュースを飲みながらそう言った。

 ……この人、すげえ甘いもの好きだよな。

 俺も人のことは言えないが、彼女は常にジュースを飲んでいる気がする。

 

「そうですか」

 

 午後の『しごき』がなくなったことに安堵するが、そうしたら何をするか……。

 なんて考えていたら、アンジェリカ嬢が革の封筒を手渡してきた。

 

「代わりに、お使いをお願い」

「これは?」

「探索者協会への書状よ。私とファムの訓練用に施設を借りたいから、その申請書ね。本当は使用人に頼むのだけれど、あなたなら顔も知られてるし丁度いいでしょう。それに馬を使えば訓練のついでになるでしょう」

「……わかりましたよ」

 

 ただの小間使いじゃないか、という言葉は呑み込んだ。

 そもそも厄介になっている身なので断るなんて選択肢は存在しない。

 1人で乗馬訓練をやるわけにもいかなかったので、丁度いい課題だと諦めよう。

 

「後、折角だからカトルも連れて行きなさい」

「カトルも?」

 

 あいつは基本的にこの屋敷から出ることはない。

 中庭や部屋で魔法の訓練をするか絵を描いているか……そのどちらかだ。

 

「あいつが行きますかね?」

「無理やりでも良いから連れて行きなさい。許可が降りればあなたもあの子も使えるんだから、今のうちから慣れさせて」

 

 というか、と笑みを浮かべたアンジェリカ嬢が、俺の肩を掴んだ。

 力は込められていないが、肩の骨がみしりと鳴ったような気がした。

 

「あの子の氷魔法が強すぎて、屋敷の劣化が凄い速度で進んでるの。……これは命令。引きずってでも行きなさい。わかった?」

「あっ、はい……」

 

 どうやら問答無用らしい。

 じゃあよろしくね、と颯爽と再び出ていったアンジェリカ嬢を見送ってから、俺も食事を終えて立ち上がった。 

 

 

 まずはカトルを探すか……いつも通り中庭だろう。

 

 別邸は分厚く高い塀に囲まれており、それなりの広さの中庭がある。

 そこには今は訓練用の木人やら柱などの設備が置かれ、俺やカトルの特訓に利用している。

 勝手口を抜けて中庭に入ると、途端に身体が震えるほどの冷気が襲ってきた。

 やはりここにいたらしい。

 

「寒っ……これは確かにやりすぎだな……カトル!」

「あ、ゼナウ」

 

 中庭の奥、冷気の中心にいたカトルが振り返る。

 動きやすい運動着に着替えていた彼女は、青く輝くほどの魔力を渦巻かせ、手にした宝玉に込めているところである。

 周囲の地面には霜が生え、思わず震えるほどの冷気が渦巻いていた。

 

「……また氷魔法込めてんのか」

「うん。お父様から注文が来たから」

「またか? 最近やけに多いな」

 

 家を追い出され、都市から離れた屋敷に半ば幽閉状態にあったカトルだが、実は彼女には実家であるベル家から依頼されている仕事がある。

 それは、氷魔法を魔法具に封じ込めること。

 

 カトルの氷魔法が覚醒して以降、ベル家の扱う商売の1つに『氷の貿易』が追加された。

 彼女の強力過ぎる氷魔法を魔法具に封じ、それを用いて、外国にある湖を凍らせる。そこから切り出した氷を白砂の国(ハルモラ)に輸入し、国内各所に販売しているのだそうだ。

 

 たかが氷が売れるなんて、素人の俺には想像もできない。

 ただその規模は年々大きくなっているらしく、カトルへの依頼も徐々に増えている。

 なので、暇さえあればカトルはこうして魔法を込めているのだ。

 

「そうだね。だからどんどん使う魔法も強力になってるの。……向こうで誰か凍ってないか、ちょっとだけ不安なんだ」

「その魔法じゃ、ありえそうだな……」

 

 込められる魔法の威力は凄まじく、今込めているそれをそのまま解放したら、俺含めて屋敷の全てが凍り付くだろう。

 彼女の横には魔法を込めた宝玉が既に3つほど。

 全部が発動したら数年は溶けない巨大氷塊の完成である。

 

 ――そりゃ、引きこもってたのにバケモンみたいな魔力してるわけだよ……。

 

 彼女の異様な魔力量には、こういった理由があったらしい。

 しかし家を滅ぼしかけたカトルの魔法で商売をしてちゃっかりと儲けてる辺り、カトルの父親はかなり厚顔な人間なのだろう。

 あるいは仕事をさせることで娘の精神を保とうとしていたのか。

 会ったことがないので本心は分からないが……。

 本人は『誰かの役に立てて嬉しい』なんて笑いながら言うので、俺からは何も言うことはない。

 

「ゼナウは新装備の特訓?」

「そのつもりだったんだが、予定変更だ」

「?」

 

 先ほどアンジェリカ嬢に告げられたことをカトルに教える。

 

「え゛」

 

 ……凄い声出たな。

 

「嫌か?」

「ううん。嫌じゃないんだけど……難しいなあって。だって私、あの受付にいるだけで頭が真っ白になるんだもの」

「あー……」

 

 何度も固まったところを見ているからなあ……無理もない。

 訓練施設はそれなりに人がいる。

 そんな中で魔法を使うとなると……嫌な想像をしてしまう。

 やはりもう少し待ってもらった方が――。

 

「でも……」

 

 もじもじと指をつつきながら、カトルが俺を見た。

 

「ゼナウが一緒なら、頑張ってみる」

「……わかった。じゃあそれが終わったら行くぞ」

「うん!」

 

 返事だけは元気なカトルと一旦別れ、馬の準備をしに厩舎へと向かうのであった。

 

 

***

 

 

 カトルを後ろに乗せ、シュンメル家の馬に乗って通りを進む。

 まだ駈足はできないので速足で進ませる程度。

 それでも俺らが歩くよりは速度が出るから、乗り物ってのは偉大である。

 

「すごい、馬の上ってこんなに高いんだね。見て見て、私たち、あの子の頭の上にいるんだよ。なんだか飛んでるみたいだね! ……って、子供みたいな感想言っちゃった。へへへ……」

「……」

「あ、あそこの馬車、氷運んでるよ。あれ私が凍らせたものかな。おっきいね!」

「……そうだな」

 

 背後のカトルがはしゃいでいる。

 人見知りなのにこういう時は周囲の目を気にせず騒ぐんだよなあ……。

 

 近くを通る人たちが笑ってるぞ。

 楽しそうだからいいんだが。

 

「しかし、暑いな……」

 

 眩しい陽光に目を細める。

 流石は荒野と砂漠の国。照りつける日差しは焼けるんじゃねえかってくらい熱く、白い地面は反射して眩しい。

 外套である程度は遮断しているが、それでも視界はきらきらと輝いて見える。

 

 少しくらい雲が覆ってくれても良いってのに、見上げる空には鳥の群れが通過しているだけだった。

 

「……そういえば、この国に来てからずっと晴れてるよな」

 

 雨はおろか曇り空すら見たことはない。

 

「雨は滅多に降らないよ? ……そういえばここ数年見てないかも」

「まじか……砂漠ってのはすげえな」

 

 なるほど、こんな国なら氷に需要があるのも頷けるかもしれない。

 そう考えると、こいつ(カトル)の能力、とんでもなく貴重なんじゃないんだろうか……。

 

「あ、あそこに喫茶店あったんだ。今度ミンナさんに買ってきてもらおうかな……」

「……それは自分で行け」

 

 とてもそうは見えないが。

 

 そのままさくさくと鳴る足音を聞きながら、通りを進んでいく。

 俺らが通るこの道はいわゆる超高級の住宅街。貴族の別邸や騎士たちの邸宅などの、上から3番目くらいの地位にいる連中の住居が集まる区画。

 

 それ故に治安は良く、通りも静かなもんだ。

 時折高そうな馬車とすれ違うくらい。練習には丁度いい。

 早いとこ慣れて、地上ならなんの障害もなく走れるようにしておきたい。

 

 なにせ、本番は染獣が至る所から襲い掛かってくる大草原。これくらいの道は何の意識もせずに走れるようにならないといけない。

 

「ねえゼナウ」

 

 ふと、背後のカトルが口を開いた。

 

「ん? どうした?」

「寄って欲しいところがあるんだけど……いい?」

「いい?って、お使いの最中だろ」

「ちゃんと行くし、頑張るから……!! 駄目?」

 

 さっきまでとは違う、甘えるような声色で。

 掴まれていた背の外套に、ぎゅっと力が込められた。

 うーん……どうしたもんか。

 

「遠いのか?」

「ううん、近くだと思う。……多分」

「多分?」

「だって久々に来たんだもの……」

「ああ、そりゃそうか」

 

 8年間引きこもり、しかもその場所もワハルの外だもんな。

 こうして外に出られてるのが奇跡みたいなものだ。

 

 アンジェリカ嬢のブチギレ――もとい、お使いによって起きた外出だったが、カトルの社会復帰の一環でもあるのだろう。

 ……少しだけ、手伝ってやるか。

 

「ちょっとだけだぞ。これ以上アンジェリカ嬢を怒らせて殺されたくない」

「……!! うん! ありがとう」

 

 嬉しかったのか、肩を掴まれ前後に揺すられる。

 こういうところは、本当に子供である。

 ……妹ってのは、こういうもんなんだろうか。

 

「ほら、あそこ!」

「はいはい……」

 

 通りから外れ、城壁のすぐ近くに馬を留める。

 長い階段を上った先には、突如として緑色の光景が現れた。

 

「これは……」

「やっぱりあった! ここ、公園なの。昔家族で遊びに来たんだ」

 

 笑みを浮かべてカトルが駆けていく。

 休日でもないから人はほとんどおらず、猫たちがのんびり涼む憩いの場になっている。

 幹の途中に枝がなく背の高い奇妙な木々は、乾いた風に揺れて心地良い葉擦れの音を鳴らす。

 

 草地と樹冠のお陰でほどよくなった柔らかくなった陽射しの中で、この国では珍しい緑の景色が広がっている。

 

「へえ、綺麗なとこだな」

「でしょ? ほら、あれ見て」

 

 公園は城壁への途中にある空間を利用しており、その端からは周辺の景色が見渡せる。

 カトルが指さす城壁の向こうには、豪奢な建造物が幾つも並んでいるのが見えた。

 

「あそこが大貴族の人たちが住んでいる区画なの。そこに、私の……ベル家の本邸もあるんだ」

「……」

「あっ、私が凍らせちゃったのとは別の屋敷だよ? あれはなくなっちゃったから」

 

 新しく建てた屋敷で家族は暮らしているのだという。

 カトルだけを除いて。

 ただ当の本人は気にしていないのか、遠くの屋敷の方へと手を伸ばしながらかつていた世界を眺めている。

 

「あそこに住む人達とは、多分もう、2度と会わない。アンジェが会わなくていいって言ってたし、お父様たちも、会う気はないだろうから」

「……」

 

 家族にアンジェリカ嬢。そこにカトルの意志はない。

 決めたのか、諦めたのか。どちらにせよもう家族と会う気はないようだ。

 

「恨んでないのか?」

「恨むだなんて……そんなことしないよ。こんな私をこの歳になるまで援助してくれたし、仕事も任せてくれてるんだもん。恨んではないんだ……ただ時々、ちょっとだけ、昔のことを思い出しちゃうけど。あの頃は、楽しかったな、って」

 

 でも、と彼女はこちらを見てにっこりと笑みを浮かべた。

 

「今はもっと楽しいの! アンジェやファム兄さん、それにゼナウがいて、私の力を必要としてくれてる。ルイさんたちも助けることができたでしょう? 怖がられるだけだった私の力で皆を助けられてる……それがとっても嬉しいんだ」

「……そうか」

「しかも、35層まで行けば、もっと嬉しいことがあるんだよね?」

 

 ……嬉しいことなのか?

 結局アンジェリカ嬢は何も教えてはくれなかった。

 

 この先に何が待っているのか。

 目的の染獣を狩った後に何が起きるのかも。

 

 俺が知っているのは最初に貰った、目的の染獣だとされているラフスケッチだけだ。

 俺の過去に関する情報は開示しても、彼女たちの目的については一切明かされないままだ。

 

 アンジェリカ嬢は当然として、ミンナも何か知っているようだったから、恐らくは鉄塊も『向こう側』だろう。

 その上で誰も、何も言ってこないということは、俺たちが知らなくてもいいことなのだと俺は判断している。

 

 もしくは知られたら困ることなのか。

 

 例えば事情を知れば何かが――具体的には、『俺やカトルの行動』が変わる恐れがある、とか。

 特にカトルは大きく変わりそうだ。

 ……俺は目的が別だからいいんだが、こいつの場合はどうなることやら。

 そこはアンジェリカ嬢の良心に期待するしかないだろう。

 

 俺の願いは力を手に入れ、あの男を探し出て殺すことだけだ。

 故に目的の染獣を見つけて倒すという役目を終えたら、俺はこの国を去る。

 

 そこが揺らぐことはない。ただ――

 

「私はそれが何かは知らないけど……この力で皆が救われるなら、もっと頑張れるよ」

「……そうだな」

 

 せめてお世話になった人たちが幸福でいられるようにはしてやりたい。

 それくらいの縁はできてしまった。

 だからこそ。

 

「カトル」

「……? 何?」

「早く、もっと深くまで潜るぞ」

 

 さっさと35層まで行く。

 そうすりゃ、色々と分かるだろ。多分。

 

「うん。ゼナウの目的のためにも頑張るよ」

「助かるよ。……お前も、目的の絵が描けるしな」

「うん。もう少しで、1層の景色が描き終わるんだ。出来上がったら見てね?」

「ああ。お前の絵、めちゃくちゃ上手いからなあ……楽しみだ」

「ふふっ、頑張るよ。……ゼナウ」

 

 木漏れ日を受けながら、カトルが俺を見て、微笑みを浮かべた。

 

「私を連れ出してくれてありがとう。これからもよろしくね」

「……ああ」

 

 未だこの探索の結末は見えないけれど。

 それでもそれぞれの目的のために、俺たちは進んでいく。

 

「さあ、訓練場を借りに行くぞ」

「うっ……頑張る……」

 

 そうしてそれから1月の後。

 俺たちは、11層へと――深層へと挑むことになる。

 

 

***

 

 

 ゼナウ達が迷宮探索を進めていた、とある日。

 白砂の国(ハルモラ)の首都であるワハルでは1つの事件が起きていた。

 

 場所は王宮。

 老いた王が住まうその場所に、2人の男が集まったのだ。

 

「――バクシム兄さん」

「……クリドか」

 

 豪奢な装束を身に纏う男たちは、艶ある黒髪を持つ美丈夫。

 共に目鼻立ちに似た所がある彼らは――同じ男を父に持つ異母兄弟。

 この白砂の国(ハルモラ)の第一王子と第三王子であった。

 

 国の騎士団を統括する将軍である第一王子バクシム。

 一方第三王子のクリドは、こことは異なる別の都市の首長をしつつ、迷宮に潜っている探索者にして協会の長でもある。

 

 ともに王子でありながら、余程のことがない限り王宮に近づくことがない。

 それが式典でもない時期に、2人同時に現れた。

 

 協会と騎士団。長いこと争う派閥の主だ。

 その急な邂逅は、数時間後にはワハル中に広まることだろう。

 

 だが当の本人たちは気にもせず、数年ぶりの対面に2人の王子は笑みを浮かべて抱擁を交わした。

 

「よく来てくれた。長旅疲れただろう」

「なんの! 大変なのは兄さんだろ? 『穴掘り』は順調かい?」

 

 第三王子(クリド)の陽気な言葉に、ほんの一瞬、第一王子(バクシム)の頬が動く。

 だがそれ以上は変わらずに、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……駄目だな。何も出やしない」

「そっか。やっぱり本当なのかなぁ……」

 

 手を頭の後ろで組みながら、クリドはそうぼやく。

 人懐っこい笑みに、王族にしてはやけに庶民じみたその動き。

 一見するとうつけとすら誤解されそうな彼だが、こう見えてこの国でも指折りの探索者。

 この国の騎士たちを束ねる将として長く武を研鑽してきたバクシムから見ても、恐ろしいほどの圧を放っている。

 

 とはいっても、バクシム自身も迷宮に潜っては研鑽は続けている。

 貴族などの有力者の子弟たちが探索者となるこの時代、それを束ねる王族はあらゆる探索者を捻じ伏せる力を有していないといけない。

 

 それ故、王子たちも例外なく迷宮に潜ることになる。

 結果、弟である第二王子は欠けてしまった。自分たちもいつそうなるか分かったものではない。

 欠陥だらけのシステムだと思わないでもなかったが、それ以上に迷宮というものが出鱈目なので、バクシムはかなり前に諦めた。

 自分の子供たちも果たして何人が生き残れるのか。厄介な責務だと心の中で息を吐き出すのだった。

 

 

 使用人たちからグラスを受け取り、腰を落ち着けた。

 過去の王族たちが溜め込んだ葡萄酒は、この王宮に来る唯一の楽しみかもしれない。

 互いにその酔いに背中を押され、したくもない話を進める。

 

「そっちの『洞穴漁り』はどうだ?」

 

 バクシムの問いかけに、今度はクリドの眉が僅かに動く。

 

「うーん……探させてはいるんだけどね、見つからないみたい」

「そうか……やはり、国王の世迷い言なのではないのか」

「さあねえ。でも、問題は起きてるでしょ? なら、どうせ対処しなきゃいけないのは変わらないさ」

「そうだな……」

 

 民間から探索者を集うなんて試みを国王が独断で始めたのも、こうして残った王子2人が集まっているのも、全てはその問題のせい。

 

「あーあ、どうして僕がこんなことをしなきゃいけないんだ。国王の地位なんて興味ないのにさ。知ってる? 国王様のお求めの染獣を手に入れた方が次の王様だって。みんな噂してるよ。笑えるよね」

 

 王位に興味などないと言い放つ弟を見て、バクシムは微笑む。

 

「探索者は肌に合っているようじゃないか。だが知ってるぞ、お前が地下の()()で好き勝手してることは」

「そうそう! 僕はああいうところで好き勝手生きれればいいのさ。もう地上に戻って来なくてもいいって程に。……ああ、ルシド兄さんがいればねえ」

 

 透き通る赤のグラスを掲げて、赤ら顔のクリドが呟く。

 その表情はやけに妖艶で、見ただけで心酔してしまうものも多くいるだろう。

 弟ながらとんだ人たらしに育ったものだと、バクシムは思う。

 自分が幼いころからこの男を見ていなかったら、うっかり騙されていたかもしれない。

 

 全くもって、無意味な問答である。

 こいつも(バクシム)も、この目の前の邪魔な男を消したくて仕方がないのだから。

 

 ここに来たのも、国王に呼び出されたからに過ぎない。

 互いの進捗を知り、そして本当に『残された手段』とやらがあの染獣だけならば、本格的に我ら兄弟は対立することになるだろう。

 ……昔は、仲の良い兄弟だったのにな。それもこれも――。

 

「あいつがいなくなってからだ。全てがおかしくなった」

「逆でしょ? おかしくなったのを、ルシド兄さんは自力で何とかしようとした。でも失敗した。馬鹿な人だよ。……あ、そうだ。兄さん知ってる?」

 

 使用人に葡萄酒を並々と注がせながら、彼は笑う。

 

「あの、ルシド兄さんの忘れ形見、また迷宮に潜り始めたよ。父上念願の民間上がりを連れてさ」

「……聞いている」

「怖いよねえ。あの子、一体何する気なんだろうね? ……国を滅ぼしちゃったり? 目的を果たしたら、僕たちも殺されちゃうかもね」

「ふっ……」

 

 笑いはするが、否定はできない。

 それはクリドも同じだろう。

 それだけの心当たりが2人にはあった。

 

 自分たちの野望に、迫る国難。

 そして様々に動く地上と――地下の者たち。

 うねる欲望が広がる自身の国の大地を眺めて、2人の王子は薄ら笑うのだった。

 

「さて、と。僕はそろそろ行くね。……あ、そうだ」

 

 もう用は済んだと立ち上がったクリドが、ふと言った。 

 

「ここの支部長に頼まれてさ、いくつか僕の子飼いを送っておいたから、兄さんの部下にも伝えておいてね」

「お前……」

「この国の問題は、僕たち王族が解決する。あの子はもう違うんだ」

 

 じゃあまた明日、と手を振りながら去っていく。

 奴の部屋には都一番の娼婦が呼ばれていた。自分の欲をとことん満たす悪癖はやはり変わっていない様だ。

 

「……歪んでるな。どいつもこいつも」

 

 そう呟きつつも、バクシムの脳内では騎士団へ下す命令を練り始めているのだった。

 

 

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