違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第42話 白砂の迷宮11層/騎草原①

 

 

 

 それから1月をかけて、俺らは深層への準備を進めた。

 ニーナ女史に頼んで新装備の調達。合わせて防具類や探索用の道具類の新調も行った。

 その新装備に慣れるために訓練をしつつ、11層以深に必要な様々な技術を身に着けていった。

 

 レウさんからの乗馬訓練も引き続き行われ、ついでにと試合と称した可愛がりも実施された。

 10層突破してもあの人には絶対に勝てん……何者なんだ本当に。

 

 そうした様々な準備を進め――この日を迎えた。

 

「おはよう、ルセラ」

「おはようございます。……いよいよ11層に挑まれるんですね」

 

 いつもの受付で、すっかり俺たち担当となったルセラさんがそう言った。

 今まで数日で次の階層に潜るなんて行為をしていたせいで、今回のようにしっかり準備したことを自分の事のように喜んでくれた。

 ……いや、俺らが無茶すれば彼女の胃がやられるらしいから、自分の事か。

 1月の()()のおかげか、顔色もよさそうだ。

 

 実際、よく考えりゃ相当くるっ――危険な行為をしてたよなあ……。

 自分のことながら、良く生きてたもんだよ。

 

「ええ。今回はいきなり15層なんていかないから安心してね?」

「それは、本当によろしくお願いします……」

 

 ただ、今の俺たちは元上級に元特選級もいるパーティー。

 メンバーで見れば11層は攻略して当たり前。今回は彼女の胃に負担はかからない筈だ。

 その分、失敗できない俺の方の負荷はでかいんだが。

 

「滞在予定はどれくらいですか?」

「今日は一度戻ってくるつもり。その後は潜って15層を目指すわ」

 

 深層の探索は数日かけて行うことがほとんど。

 染獣が強いのは勿論のこと、踏破条件の1つである大穴が遠いのだ。

 徒歩で移動するとなるとそれだけで数日はかかる旅になる。

 

 それほどに広大な領域が待ち受けているから、探索するにも備えが必要になる。

 1月も準備に時間をかけたのはそういう事情が大きい。

 

「では今日は、騎獣の確保ですか。皆さんでしたら説明は不要ですよね」

「そうね。もう用意は済んでるわ。15層へは……そうね、5日で到達する想定かしら」

「1日1層ですか……」

 

 当然ながらとんでもない強行軍だ。

 ギステルたち曰く、いくら実力と経験を身に着けた探索者達でも、深層初見の場合は1層攻略に1月はかかるらしい。

 それを1日でやろうってわけだ。

 いくらパーティーの半分が攻略済みといっても、狂気の沙汰である。

 

 アンジェリカ嬢とはそれなりに過ごしていたが、彼女は決して享楽や酔狂で潜っているわけではない。

 それほど急がねばならない理由があるのだろう。

 

「わかりました。依頼はなしで、11層ですね。手続きをしておきます」

「ええ、よろしく」

「はい。……あっ、そうだ。ゼナウさん!」

「俺ですか?」

 

 いきなり名前を呼ばれてなんだと近づいていくと、彼女は焦げ茶の封書を渡してきた。

 撥水加工のされたそれには、探索者への依頼内容が書かれた指示書が入っている。

 随分と豪勢な依頼書だが、1層が水洞窟であるが故に、このような形になったのだという。

 

「スイレンさんから指名依頼が入っています。こちらを」

「わかりました。期限は?」

「いつでも構わないとのことです」

 

 中をさっと見れば15層までで獲れる素材が纏められていた。

 余裕があるときに探しておこう。

 なんて考えていたら、ニヤニヤと笑うアンジェリカ嬢が覗き込んできた。

 

「へー? 武器も貰って、その上個人指名? すっかり仲良しじゃない」

「その武器の代金代わりですよ……」

「あら、お金なら払うのに」

 

 ちなみにニーナの武器代金などの金はアンジェリカ嬢が持ってくれている。

 俺やカトルにも素材の売却代金が入っており、探索者登録時に作られた口座に溜まっているが、全くと言っていいほど使っていない。

 恐らくこの国を去る時に少額だけいただくことになるだろう。

 

 衣食住はアンジェリカ嬢が提供してくれるし、俺にとっては奴を倒せる手段さえ手に入ればいいのだ。

 

「金よりも素材が欲しいみたいですよ」

「ふーん……?」

「大丈夫です。探索には影響させませんから」

 

 さっさと話を終えようとする俺の返答に、アンジェリカ嬢は笑みに変わって頷いた。

 後でねちねちと言われそうだ……。

 

「ならいいわ。頑張って手に入れた新兵器の力、見せて頂戴ね」

「勿論ですよ」

  

 そうして、俺たちは昇降機に乗って、第11層へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 長い昇降機での移動を終え、俺たちは11層へとたどり着く。

 

「うわぁ……広い……!!」

 

 扉が開いた先に現れたのは、どこまでも広がる草原地帯。

 どこかから吹く風が通り抜け、背の低い草が揺れている。

 空からは真昼の如く光が降り注いでおり、陽は暖かく風は少し冷たい、そんな心地良い気候。

 

 昇降機を降り、俺たちは草地を踏みしめると、硬い草の感触がしっかりと返ってくる。

 そのまま足を上げると、青々とした草は元の姿へと戻った。

 俺らの重さじゃ跡すら残らない。流石は深層。草ですら強靭らしい。

 

 流石に染獣の足跡は残る……よな?

 俺が足元を観察していると、横のカトルが前を見つめて感嘆したように口を開いた。

 

「これが草原なのね。風でなびく草が奇麗……草の水面みたい」

 

 この国に草原はない。

 岩と砂だらけの荒野はあるが、こんな青々と美しい光景ではない。

 

 そして地下に広がっているべき光景でもない。

 地下だってのに光は差してるし、真昼のように明るい。

 それは10層の密林なんかも一緒だが、こっちは見通しがいい分余計にそう感じてしまう。

 

「絵にするにはいい光景なんじゃないか?」

「そうだね。……帰ったら描いてみる」

 

 本当に、見渡す限りどこまでも草原が続いている。

 

 地上じゃ何かしら山や森の様な自然や、城塞みたいな建物の影が遠くに見えるものだ。

 だがここには何もない。

 本当に、遠くまで何も遮蔽のない草原が広がっているのだ。

 もちろん階層全域で見て全く何もないってわけじゃないが、それすら見つけるのに苦労するほどにはだだっ広い草原地帯である。

 

「何がありゃこんな景色になるんだ……?」

「踏み均された、と言われてるな」

「ん?」

 

 横に立つ鉄塊がぼそりとそう言った。

 

「木々も、山も。全て奴らが突き壊し、踏み均して……こうなったのだと」

「おっかねえな……」

 

 迷宮なら、染獣ならあり得そうなのが余計に恐ろしい。

 そしてこの層に出没する染獣は、まさにそんな連中だ。

 

「――さて、ゼナウ」

「ああ」

 

 迷宮に入ったから口調を切り替え、俺は皆の前に進み出る。

 

「今日の目的は新装備と戦術を試すこと。後は移動手段の確保だ」

 

 第11層から広がるこの草原地帯はあまりに広大であるのと、出現する染獣の性質上、徒歩で移動するのは非常に危険である。

 そのため、11層の染獣を乗り物――騎獣として活用することを選んだのだ。

 

 深層に挑む探索者は、まずこの騎獣となる染獣探しから始めることになる。

 

「狩るためじゃなく、乗るために染獣を探すなんて、凄い発想だよね」

「本当にな。何をどうやったらそんなこと思いつくのか……」

「それだけ草原が広大ってことよ。ここはそういう階層なの。騎獣を見つけて、草原を渡る。……これまでと違う、長い旅になるわ。さあ、行きましょう」

 

 そうして果ての見えない草原へと歩き出す。

 青と緑の境界線が遠く見える。

 ざあざあとなる草の音色を聞きながら、揺れる草の向きに従うように風の行く先へ歩いていく。

 

「それで、どこへ向かうの?」

「ん? さあな、適当だ」

「ええ!? いいの、それ」

「いいんだよ。どうせ歩きじゃ大穴までは遠すぎる。騎獣を見つけるまではこのままだ」

 

 地図はあるが、この地形じゃほぼ白紙と同じ。

 一応各階層の大穴の位置はわかってるんだが二足ではとんでもなく遠いので、まずは染獣に出会えるように適当に進むのである。

 

 

「……思ったより、静かだね」

 

 風にたなびく髪を撫でながら、カトルが呟く。

 彼女にとっては初めての深層。本来はその重圧に怯えそうなものだが、当の本人は受付周辺にいる時より気楽そうだ。

 

「風も気持ちいいし、聞いていたよりずっと静かな階層なんだね」

「残念、それも今のうちよ」

「え?」

「そんな平穏な場所なら、ここは深層なんて呼ばれてないわ。……ほら」

「……来たぞ」

 

 くぐもった声を即座にかき消すような地響きが、轟き始めた。

 

「なに……?」

「お待ちかねの染獣が来たのよ。……あれは、牛ね」

 

 音の方に振り向いた先に見えるのは、赤の混じった黒い塊。

 横長に伸びたそれは、もはや壁がこちらへ移動しているかのようにすら見えた。

 

「牛……? あれが……?」

「まあ、見えないわよねえ……」

 

 呟くカトルの目には、あれが牛には――生き物には到底見えなかっただろう。

 

 それは、巨大な鉄の塊に見えた。

 牛としてもあまりに大きな体躯は、胴体の位置だけで俺より高い。

 

 だがその頭部は更に巨大で、広い。

 異常発達した頭部はまるで巨大な金属盾のような形状になっており、その『盾』部分だけで鉄塊と同じ大きさがあるだろう。

 しかも分厚く、当然の如く、硬い。

 

 それが凄まじい速度で突き抜けて来るのだから、その突進の威力は城壁など1撃で粉砕する。なんなら城門そのものがすげえ速度で走ってくるようなものだ。

 人間が喰らえば身体が弾けてバラバラになるだろう。

 

「あれが……」

「この草原を支配する染獣――三騎獣の一角、塞頭牛(ラタンカ)よ」

 

 互いの頭を擦り合わせながら走ってくるその染獣は、5体。

 その勢いは凄まじく、足元を揺らす地響きが迫りくる。

 

「あんなのにぶつかられたら……!!」

「当然死ぬぞ。……この階層は、あんなんばっかだ」

「前言撤回! 全っ然静かじゃない!」

「だから言ったじゃない」

 

 迷宮の第11層から広がる草原地帯。

 ここは無数の染獣たちが覇を競い殺し合う、無限に続く戦乱の階層だ。

 

「でも牛ねえ。馬が良かったのに」

 

 斧を手に取りながら、アンジェリカ嬢は不満そうに息を吐く。

 

「どれでもいいでしょ……それに牛なら捕まえやすい」

「まあ、それもそうね」

 

 そう言って、アンジェリカは嗤った。

 

「さあ行きましょう。深層の旅の始まりよ」

「……ああ」

 

 こうして。

 俺たちの、深層の冒険が始まった。

 

 

 

***

 

 

 ゼナウ達が迷宮へと入っていってからしばらく。

 ワハルの探索者協会受付では静かな時間が流れていた。

 

 所属の探索者たちの多くが迷宮へと潜っていき、職員たちは大量に受け取った申請書を捌く作業が開始されていた。

 彼らにすればこれこそが主な業務であり、決して探索者がいない=暇というわけではない。

 

 ルセラもまた、作業に追われているのだが、その機嫌はとても良かった。

 

「~~♪」

 

 いつもなら胃薬片手に苦しみながらやる作業がどんどんと進んでいる。

 その理由は、今まで心労だった例のパーティーの心配をする必要がないからである。

 

 ――いくらアンジェリカ様でも、騎獣を確保したら戻ってくる。

 

 これはいくら彼らがとんでもなく強い人たちでも覆せない、この協会――否、この国の探索者にとっては必須行動なのだ。

 

 だから今日に限っては「15層攻略しました!」なんて阿呆な事態にはならない。

 しかも1月の休みがあったおかげで体調もすっかり回復した。

 ああ、仕事が進む進む。この調子で溜まり気味だった事務作業を全て終わらせてしまおう。

 そして休暇をとって、久しぶりの旅行を楽しむのだ。

 

「ルセラさん、随分とご機嫌ですね? 何かあったんですか?」

「ふふっ、その逆! 何もないの!」

「え……?」

 

 ああ、何もないって素晴らしい!

 心の中で歓喜の歌を奏でながら、ルセラは爆速で仕事を進めていた。

 

「――お姉さん、ちょっといい?」

「はい、なんでしょう――」

 

 そんな彼女の耳に、カウンターの向こうから声が聞こえてきた。

 どうやら2つ隣のカウンターへ来客らしい。

 こんな時間に探索者とは珍しい。

 寝坊でもしてきたのだろうかと思い顔を上げ――

 

「……あなた方は?」

 

 固まった。

 

 少し離れたカウンターの前、そこには2人の男が立っていた。

 まずカウンターから離れた所に立つ1人目。

 禿頭の焦げた肌に、堀の深い顔はごつごつとして威圧感を放っている。

 何より分厚く大きな身体に、布で巻かれた巨大な何かを背負っている。

 

 もう片方の男は対照的に背が低く、禿頭の男の半分程度。

 乱雑に伸びた髪でその顔は分からないが、先の声から男性だろうと推測できる。幼さの残る、甲高い声。

 そのせいで隣の禿頭の彼ほどの威圧感は受けないが、とはいえ明らかに常人ではないだろう。

 この感覚を、ルセラは何度も味わっている。

 それは――上級以上の探索者。

 しかもそれもそれなりに長くこの支部にいるルセラが見たこともない2人。

 あの人たちは一体……?

 

 驚いていると、背の低い方が、表情を緩めてカウンターへ寄りかかっていた。

 

「15層に潜りたいんだけどさ、いいかな?」

「えっと……失礼ですが、探索者証をお見せいただけますでしょうか」

「ああ、はいはい。これね。あと、ついでにこれも」

「……!! これは……少々お待ちください!」

「はーい、よろしくー」

 

 慌てて駆け出していった他の受付嬢。

 その行先は――恐らく支部長の部屋。

 

 ……緊急対応が必要な、明らかに上級以上の探索者。

 しかもあの妖しい雰囲気。

 ……まさか。

 

 思いついた可能性にルセラが震えていた、その直後。

 

「――――」

 

 ふと、禿頭の方の男が鋭くこちらへと振り向いた。

 その瞬間、ルセラの身体がびくりと跳ねた。

 

「――っ!?」

「あんまり見ないでくれる?」

「へ――?」

 

 一瞬視界が揺れた隙に、小柄の方がルセラの目の前に移動してきていた。

 乱雑に伸びた黒髪から覗く目はやけに鋭く、目が合ったルセラの背がぶるりと震えた。

 

「も、申し訳ございません……」

「……まっ、いいけどね。気を付けてねー」

 

 一体いつの間に移動していたのだろうか……。 

 手を振りながら元の場所へと戻っていき――足を止めた。

 

「そうだ、お姉さん」

「はい……?」

「今、民間上がりの探索者がいるんでしょ、ここ」

「……っ」

「そいつらってどんな連中? 教えてくれない?」

 

 震えるほどの鋭い視線が、ルセラを貫いた。

 ルセラが彼らの担当だと知っている筈がない。

 だから聞いてきたのは偶然だろう。……そう信じながら、知らずのうちに震えていた声で、なんとか言葉を返す。

 

「……申し訳ございません、規則で詳細をお教えすることは……」

「ふーん? ……知ってはいるんだ。ルセラさん、ね。覚えておくよ」

 

 そのまま、今度こそ元の場所へと戻っていった。

 ようやく解放されたルセラは、荒れていた息に気付いて必死に整える。

 いつの間にか冷や汗を搔いていたらしく、服の下がじとっと湿るのが感じられた。

 

 たった数度会話しただけでこれだ。

 生物として圧倒的に格が違う……そう感じさせられる対峙だった。

 

 受付嬢をわざわざ威圧してくる探索者などいない。

 いるとしたらそれは――他の支部の探索者。

 ならルセラが彼らの顔を知らないのも頷ける。

 

 そんな彼らが何故わざわざこのワハルの、15層に? 一体何のために?

 しかも民間上がり――恐らくはゼナウのことを聞いてきた?

 予想できることは少ないが、はっきりとわかることはある。

 

 ――このまま、彼らが戻ってくるとまずい。

 

「申請書、確認お願いします」

 

 声を上げてルセラは立ち上がると、受付の奥にある物陰へと入った。

 すぐそばに書類を置いてから、彼女は昇降機口へと走るのであった。

 

 

 

 

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