違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
それから2日をかけ、俺たちは15層へとたどり着いた。
草原での戦闘にも新装備にも十分に慣れ、狐たちもたっぷり食わせて更に大きくなった。
と言っても騎獣としてはまだまだ弱い。
主との戦闘は、俺たちがメインになるだろう。
そしてその前に、溜まりに溜まった討伐証明部位を預けるために一度昇降機で地上へと戻る。
それなりに長い時間をかけ昇っていく昇降機では誰一人、口を開くことはなかった。
今のところ、襲撃者の影はない。
いいことではあるが、それはつまり奴らはこの後に仕掛けてくるという事でもある。
このタイミングでやってきて20層で襲撃、なんてことはないだろうからな……。
「皆さん……!! おかえりなさいませ」
「ええ、戻ったわ。ルセラ」
受付まで戻ると、いつも通りの場所に座っていたルセラさんがぱっと明るい笑みを浮かべる。
「ご無事で何よりです。まさか、もう主を?」
「いえ、一度素材を預けに戻っただけよ。今は15層に入ったところ。ゼナウ」
「はいはい。えっとですね――」
これまでの道程を説明しながら、探索者証と大量の冷凍保存した素材を預ける。
直ぐに状況を理解したルセラさんは、困ったような笑みで頷いた。
「そ、そういう事ですか……。つまりこれは、5日分の素材という事ですね……」
「討伐証明に絞ってるから数はそこまで多くはないわよ? というわけで、よろしく」
「あ、え!? ちょっと、アンジェリカ様!?」
そのまま受付から離れようとするアンジェリカ嬢に、ルセラさんが慌てて待ったをかける。
「何?」
「いえ、何って……また潜られるんですか?」
「ええ。言ったでしょう? 素材を預けに来たって。……ああ、そうね。あなたの
「……あの、そのことなんですが……」
「?」
ルセラさんの戸惑いの声に、俺たちはそろって首を傾げる。
そして彼女は、我々が地下に潜っている間に起きたことについて教えてくれた。
「「――帰った?」」
「はい、そうなんです」
俺とアンジェリカ嬢の声が揃って響いた。
どうやら、件の2人組はもう既に帰ってしまったということらしい。
「どういうことですか?」
「……それが、どうもあの2人は王子の護衛でワハルに来ていた様でして、ここにはそのついでに――あっ、といっても王子様の命令の様なのですが、15層と21層の素材を集めに来ただけだったということでして……」
「第三王子が、ワハルに?」
ぴくりと頬をひくつかせたアンジェリカ嬢に、ルセラさんは頷いた。
「はい。昨日、その収集も終えたと、2人とも帰られました」
いかにも妖しい2人組だったようだが、意外にもあっさりと出ていったようだ。
ルセラさんが確認した、
「私の杞憂で、ご迷惑をおかけしました」
「「……」」
申し訳なさそうに頭を下げるルセラさんを横目に、俺はアンジェリカ嬢と視線を合わせた。
ルセラさんは安心しているようだが、この結果はかえって俺とアンジェリカ嬢に確信を持たせてしまう。
「いいえ、あなたの情報はとても助かったわ。ありがとう」
「……? そうですか? あの、ひょっとして今日もこのまま……?」
「ええ。15層に向かうわ」
「そ、そうですか……」
当然のように言い切るアンジェリカ嬢に、苦笑いを浮かべている。
普通は休むよな……。
だが、もし襲撃があるならばアンジェリカ嬢にとっても好機なのだ。
自分の婚約者を奪った敵の手口が掴めるかもしれないんだからな。
むしろ時間をかけて奴らの仕掛けが時間切れ――そんなものがあるのかは知らないが、駄目になるのは避けたいのだろう。
俺たちの命が軽視されていること以外は、概ね俺も賛成だ。
命に関しては、なんとか生き残るしかない。
「わかりました。15層、頑張ってください!」
「……ありがとう。行ってくるわ」
その後、支部内で汚れを落としたり、食糧の補給などを行ったりと休息をしっかりと挟んでから、再び15層へと向かう。
昇降機までの長い廊下を進んでいる途中、アンジェリカ嬢が問いかけてくる。
「ゼナウ、どう思う? 本当に素材集めかしら」
「んなわけないでしょう」
他の都市の上級探索者が、15層にわざわざ潜って帰る? ありえねえだろ。
これは明らかな『証拠づくり』だろう。
21層はいい。上級なら本来潜るべき階層だろう。だが俺たちがこれから通る15層にわざわざ潜るというのはかなり怪しい。
15層に罠でも仕込んだのか、あるいはそいつらはただの囮で、他のワハル支部の探索者にでも襲わせるのか。
手段は不明だが、どちらにせよ堂々と手下を送り込んだ上で引き上げさせれば、俺たちが死んでも奴らのアリバイは証明されるってわけだ。
21層にもわざわざ潜ってるのが本当に嫌らしい。
王子のくせに狡い手を使いやがる。どうせなら堂々と殺しに来いよ。
「わざわざ上級を送り込んで騒ぎになることが分からない相手じゃないでしょう?」
「そうね。あんな見え見えなことをして……第三王子派は無関係だっていうわけ? 全く馬鹿馬鹿しい。そもそも協会の大半はあの男の配下なんだから、私たちが死んだら大体の探索者が容疑者でしょうに。……でも」
これではっきりしたわ、と彼女は笑う。
「15層には何かがある。……気を引き締めて、ぶっ壊してあげましょう?」
「……了解」
こっちの方がよっぽどおっかねえよ……。
まあ、精々頑張るとしますか。
そうして。
主との戦闘に向けて、再び迷宮へと潜っていくのだった。
***
白砂の迷宮15層は、他と変わらない草原地帯……ではない。
勿論基本的にはこれまで通りの、どこまでも続く草原の風景なのだが、1つ大きな違いが存在する。
15層には巨大な岩山が草原の中に鎮座しているのだ。
次の岩山地帯への入口なのかなんなのか。
ともかくこの草原地帯で唯一と言っていい構造物が、俺たちの目指す場所である。
「あ! 見えてきたよ」
背後のカトルが指さした先に、灰色の輪郭が見えてくる。
王
遠くからでも巨大に見えるその山は染獣たちにとっても目指す場所らしく、この階層の染獣たちは日夜あの場所を奪い合うために戦争を続けている。
そのため、主の巣でありながら最も騒がしい場所なのだ。
日夜――まあ夜は来ないんだが、とにかく常に続く戦いの勝者が主となり、俺らはその主を狩る。
この迷宮でのみ起きる、不思議な生態系。
「さて、主になってるのはどの染獣なのか……」
「主になるのは三騎獣だけなの?」
「基本的にはそうだな」
「……それ、例外があるってことでしょ? 他には何があるの?」
「えっとな……本来食われる側の染獣が三騎獣をぶっ飛ばして主になるって時がたまにあるらしい」
この草原地帯には三騎獣以外にも様々な染獣たちがいる。
鹿やら別の牛やら……その中から特殊個体のような、特別に強いやつが生まれることがあるそうだ。
「……じゃあ、そうなってるかもね」
「やめろ、言ったらそうなる気しかしない……」
ただでさえ、何が起こるかわからねえんだから。もうあの4本腕みたいな珍事は御免だ。
三騎獣以外の連中が主になった場合なんて考えてねえ。
てか、もう既に異常事態になることは確定しているので、これ以上のおかしなことは勘弁してくれ。
「……本当にあるのかなあ。アンジェの言っていた、襲撃って」
「……」
ルシド王子の暗殺を想起させる、今回の第三王子の手下の訪問。
この15層に入って、1日で出て行った彼らが何かできるとは思えない――普通なら。
だが、こと迷宮において『普通』なんて、ほとんど意味がない。
「まあ、あるだろ」
だから襲撃は必ずある。後は
考えるのはそれだけだ。
「でもその上級の人、もう帰っちゃったんだよね? それでどうやるの?」
「さあな。ただ、前例があるだろ? 例の王子様を殺したってやつ」
人型の、謎の襲撃者。
染獣に紛れて襲ってきたというそいつを、アンジェリカ嬢たちも未だに見つけられていないという。
「……協会やアンジェたちが調べてもわからなかったんだもんね。なら、本当なのかなあ……」
協会が――何よりあのアンジェリカ嬢が半端な調査をするとは思えない。
……いや、協会が第三王子派ならあり得るのか? 実はわかっていたが隠蔽された、とか。
つっても、第三王子が協会を掌握したのは事件の後。その頃にはそこまで権力があったとも思えない。
てか俺がうんうん考えた所で、この国の政治事情なんて分からん。
「なんにせよ突破するしかねえよ」
考えることは1つでいい。
もし今回俺たちを襲う何者かがルシド王子を殺したのと同じ奴なら、必ず何らかの攻撃があるだろう。
それを返り討ちにしなければ、今度は俺たちが殺されるのだ。
そう。ぶっ倒すのは決定事項だ。
後は、アンジェリカ嬢は俺にその絡繰りまで看破して欲しい様だが……そう上手くいくのかどうか。
「……ったく、荷が重い」
スイレンといいアンジェリカ嬢といい、俺の目に期待しすぎなんだよ。
これはただ迷宮の痕跡が見えるだけ。
俺だってただ【迷宮病】があるだけの一般人だってのに。
ただの犯罪行為だった筈の染獣狩りは、気付けば国を救う大ごとになってるし。
頼りのアンジェリカ嬢は王子様と敵対中? わけが分からん。
失敗したら間違いなく死ぬ……いや、それは元からか。
ともかく、俺なんかに背負わせるにはあまりにデカすぎる責任だ。
「ゼナウなら、大丈夫」
背中に暖かな手が触れる。
「私が守るよ、絶対に。アンジェも、ファム兄さんもね」
「……」
「だからゼナウは安心して前を見て。そしたら、全部上手くいくよ」
「……だといいんだがな」
まあ、なんだ。
無敵の氷姫様がそう言うなら、少しは安心かもな。
大きく息を吐き出して、迫りつつある山を見る。
主となる染獣はその麓のどこかにいる。これからはぐるりと回って探さなきゃいけない。
「……奴が仕掛けてくるなら、主の戦闘の最中か、終わった後だろう」
「うん、そうだね。私もそうだと思う」
仕掛けるなら最も注意が散漫になるか、疲弊した時だろう。
どちらにせよ最悪だ。
できれば主との戦いの前に潰しておきたいが、そんな簡単に見つかる間抜けではない筈だ。
……俺の目なら、出し抜けるか?
仕掛けがあるとすれば、恐らくはあの岩山のどっかだ。
主や
いや、協会に俺の【迷宮病】は知られている。間違いなく襲撃者も承知の上だろう。
つまり俺の目をもってしてもバレないか、バレても確実に俺らを葬れるって自信があるってわけだ。
厄介なことこの上ない。
なんで人間同士の争いなんてもんを迷宮でしなきゃならないのか。
「……まずは、どれが主になったか確かめないとな」
今この場では何もわからない。
まずは情報を集めなければ。
「うん!」
元気よく返事するカトルだが、下手すればこれから殺し合いが起きることを理解できているのだろうか。
そうして、俺たちは岩山の近くへとたどり着く。
鉄塊の方へと合図をして、狐の足を止める。
既に山肌の巨大な岩が見える程の距離だが、すぐ近くに染獣は見えない。
移動しながら主を探していくことになるだろう。
「ここから先に行けば主の領域だ。その前に観察しておきたい」
「そうね。……さて、どの染獣が主になっているのか……あら」
遠見鏡を取り出して覗き込んだアンジェリカ嬢が、声を上げた。
「どうした?」
「……拍子抜けね。見てみなさい」
俺もまた遠見鏡を覗き込む。
そこにいたのは――巨大な黒い騎馬、
どうやらここは今、
「てことは、主は……閃
巨大で、硬く、そして最速の
厄介な奴には違いないが、一先ず三騎獣の1つが主で安心した。
これなら用意した戦術が使える。
「よし、気をつけつつ、主を探すぞ」
「うん。……馬の主なら、私も手伝えるね」
そう言って、カトルは空を見上げた。
そこに広がるのは雲一つない青空。
「えっと、雲を見つければいいんだよね」
「ああ」
三騎獣の主たちの中で、馬の主はある意味楽で、ある意味面倒。
見つけるのは簡単で、倒すのは面倒。
「閃
三騎獣の主の一角、閃
その特徴は、雷を纏い放つこと。
この草原の覇者たちは、なにかしらの魔法を操る。
これまでの主とも異なる武と魔の両方を携えた化け物なのである。