違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第51話 やるべきことは

 

 

 

 一旦人見知り――もとい、最難関課題は先送りにして、デザートや酒を楽しむことにした。

 酒の肴にと、俺たちの探索中に起きたらしい様々な事柄を使用人たちから聞きながら。

 

 アンジェリカ嬢への報告書らしい紙束を捲りながら、ミンナがその内の1つを読み上げる。

 

「50層に挑んだパーティーが今回も主攻略を断念して帰還したそうです」

「あら、また? ここ2年くらいずっとじゃない? 長いこと止まってるわね」

「2年も……? すげえな。その主、どんな奴なんです?」

「私も詳しくは知らないわ。ただ、とても()()と聞いてるわ。代わりに大人しい……というよりは動かないみたいね」

「動かない代わりに倒せない……安全に帰れる主ってのも奇妙なもんだなあ」

 

 いきなり報告が始まったので、聞いててもいいものか不安だったが、流石に重大な案件は除外されているようなので、娯楽代わりに気楽に聞いている。

 

 貴族様のお家には食事中の娯楽なんてものはない。

 普段も基本は無言で食べて、食後にお茶などをしながら話す程。正直退屈ではある。

 

 テスナの罠工房にいた頃なんて、昼食中は女将さんが近所で起きたことを喋りまくるのであっという間だったなあ……。

 無駄に近所について詳しくなって、おかげで不意な雑談にも応えられたのを思い出す。

 迷宮に潜っていると、外の事なんて全くもってわからなくなるからな。他人の迷宮事情を聞くだけでも面白い。

 

「主って、本当に色んな種類がいるよね」

 

 ちびちびと葡萄酒を飲んでいたカトルが、赤ら顔で呟く。

 

「今までのだけでも、水を操ったり、腕力が凄かったり、この間は武器みたいなものまで持ってたでしょ? どうやったらあんなに色んな種類の生き物ができるんだろうね」

「そこは未だに謎なのよねえ。そもそも地下にあんな広大な空間がどうやってできたのか、まだ解明はされてないわ」

「でも調べてはいるんでしょ?」

「勿論よ」

 

 迷宮の法則に関して、多少分かっていることは各国の迷宮関連の組織に広まっている。

 一応はそれなりの機密情報なんだが、どこかから漏れたのか物語として市井にまで広く知られているようだ。

 

「この国は遅れているけれど、他の国――例えばもっと迷宮の調査が進んでいる湖畔の国(ラクトリア)では迷宮学なんてものが発達していると聞くわね」

「へえ……聞いてみたいなあ」

「あんまりいいものではないと思うけれどね。……ミンナ」

「はい。ええと、次は……あっ」

 

 紙束を捲ったミンナが、ふと声を上げる。

 

「どうしたの?」

「民間からの探索者の方々が、2層を踏破したようです」

「もうか? 随分と早いんだな」

 

 ウィックたちの事だろう。

 この1月の準備期間の間に、彼らの訓練も終わり、正式に迷宮探索を始めたのだ。

 教導役はギステルからイラン君に引き継がれ、一緒になって探索を進めている。

 しっかりと準備したとはいえ、民間上がりのパーティーにしてはかなり順調な進行具合だと言えるだろう。

 

「あなたの同期たちも優秀じゃない」

「ええ。知識と経験さえあれば、深層までは行けると思いますよ」

 

 ギステルの受け売りだが、俺も同じ考えだ。

 肉弾戦なら鱗魚鬼(フログ)よりよっぽど強いだろう、武装した騎士だらけの試験を突破したんだ。素質なら十分にあるだろうからな。

 

「いつの間にか、随分と仲良くなったみたいね。……そのまま、20層に連れて良ければ楽なのにねぇ」

「んな無茶な……」

 

 流石に即死するだろう。

 仲間集めは、他で頑張るさ。

 てかあんたが一番頑張ってくれよ……。

 

 

 そんな話をしているうちに、いつもの時間がやって来る。

 満面の笑みで話を聞いていたカトルの頭が、がくりと崩れた。

 

「ふにゃ……」

「……そろそろね。ミンナ」

「はい。カトル様、お部屋に行きましょう」

「ふぁい……ぉやしみ」

 

 謎の単語を発して、カトルは連行されていった。

 そんな彼女に笑顔で手を振っていたアンジェリカ嬢がぼそりと呟く。

 

「また寝るまでの時間が伸びたわね。こっちの成長も順調、と」

「……成長なのか?」

 

 そしてカトルが見えなくなる頃には、いつも通り周囲から使用人たちの大半が消えていた。

 途端に静まり返った部屋の中、アンジェリカ嬢と見つめ合う。

 

「――さて、お楽しみの時間ね?」

 

 杯を掲げて、頬を赤く染めたアンジェリカ嬢がそう言った。

 15層まで踏破したから、次の情報解禁(ごほうび)の時間である。

 

「今日は何を話しましょうか。確か前回は……」

「……その前に、1つだけ教えてください」

「? なにかしら」

 

 話を遮って、彼女の目をじっと見つめる。

 揺らぐのは明かりの火のせいか、はたまた別の理由か。

 そこに宿る感情を決して逃さない様に、問いかける。

 

「あんたは知ってるんですか? 俺の知りたい真実を」

「……随分とはっきりと聞くのね」

「ええ。もう無駄な腹の探り合いはしたくないんですよ。引き延ばして試さなくても、俺はもう逃げませんよ。……あんたは、俺の命を預けるに足る人だ」

「……!!」

 

 あの13層の地下洞窟で、俺たちはこの人の過去も、真の願いまで聞きだした。

 そしてあの死闘。もう俺たちは、命を預け合ったパーティーになれたと言っていいだろう。

 今更くだらない駆け引きなんかしたくはない。

 

「だから、知っていることを教えてください。あんたは、俺の知りたいあの男について、どこまで知っているのか」

「……ゼナウ」

 

 見つめる彼女の瞳に変化はない。

 動揺の1つもしないとは、もしかしたら想定していたのかもしれない。

 しばらく静寂が続き。

 ふっ、と表情を崩すと、アンジェリカ嬢は優しい声色で呟く。

 

「そうね。あなたは今更逃げるような人でもないでしょうから、分かっていることは共有しましょう……私も、あなたのことは信頼できる人だと思っているもの」

 

 肘をついてこちらへと身を乗り出すと、彼女は柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう、ゼナウ。あなたのおかげで、私はあの人の夢を叶えられるわ」

「……まだ、終わってませんよ?」

「ふふっ、そうね。でも信じてるわ。必ずできるって」

 

 そう強く呟いてから、彼女は姿勢を元に戻した。

 少しだけ間があって、再び口を開く。

 

「だからあなたの望みはかなえてあげたいのだけれど、残念ながら、まだ全てはわかってないの。特に、あなたの探し求めるその仇が誰なのか、はね」

「そうですか……」

 

 もしかしたら既に、とは思ったがアンジェリカ嬢でもまだ見つけられてはいないらしい。

 それもそうか。いくら何でも情報が少なすぎる。

 

 俺でさえ奴の容姿も声も碌に覚えてないのだ。

 んな状態で探し出すのは、いくらアンジェリカ嬢でも無理がある。

 やはり奴を見つけるには、俺がこの目で直接見る……それしかないのだろう。

 

「ただ、分かってることもあるわ……ミンナ」

「――はい」

 

 ミンナが取り出した書類を受け取る。

 アンジェリカ嬢が頷いたので、中を見ると――。

 

「診察記録?」

「そう。この間見せた、あなたがいた病院のものよ。ただ、それはあなたのものじゃない。別の患者のものよ」

「……他の患者まで? どこまで情報を盗んできてるんですか……」

 

 前もそうだったが、海を越えた先の他国の情報をさらっと持ち帰っているこの貴族様は一体何なんだ。

 

「あそこの管理が杜撰なのよ。ああ、でも直接持ってきたわけじゃないわ。それはあくまで書き写し」

「……」

「まあ、方法なんてどうでもいいでしょう? 大事なのはその内容」

 

 絶対に良くないが、こうしてここにある以上は無事に……無事に? 盗めたという事なのだろう。

 アンジェリカ嬢は俺の手元の書類を指さし、告げる。

 

「見てもわからないだろうけれど、それはあなたと同じ迷宮病患者の診療記録。およそ数ヶ月以内の患者みたいね」

「数ヶ月? これが? ……多くないですか?」

 

 ぱっと見ただけで10枚以上は存在する。これが、たった数ヶ月以内?

 迷宮病はそう簡単になるものじゃない。

 身体を失う程の大怪我を負った上で生還し、その中で極稀に発生するものだ。

 

 そりゃ広い国ではそんくらい存在はするだろうが、あの病院は国の重要な、どでかい場所でもなかった。

 だからその数はおかしい。

 俺がいた時だって、他の迷宮病患者は確か2人くらいしかいなかった筈だが……。

 

「そう、多いの。異常にね。思い出して。あなたの院内での呼び名は?」

「……10号。俺の部屋番号です。だが、あそこには迷宮病患者じゃない、ただの染痕持ちもいた。だから全部が全部ってわけじゃ……」

「本当にそうだと言える?」

「え?」

 

 アンジェリカ嬢は自身の長手袋(イブニンググローブ)を捲り、その下にある染痕をちらと見せてきた。

 

「あなたと違って私は迷宮病は持っていない。でもあなたの顔と、私の腕の染痕はほとんど同じでしょう? ……知らない人が見たら、どっちが迷宮病を持っているか、判別できると思う?」

「そりゃ、できないでしょうけれど……」

 

 勿論顔と腕じゃ模様の出方に差はある。特に俺の顔は紋様が一部分しか出てないし、アンジェリカ嬢のも細い腕で全ての紋様が見える訳じゃない。

 だが、染痕という点では全く同じだ。そこに外見上の違いはない。

 

「でしょう? つまり、医者や周囲の人間が、『彼は迷宮病は持ってない』と言えば、あなたにはそれが事実になる」

「……ちょっと待ってください。じゃあ、あんたはこう言ってるのか? 『あの時、あの病院にいた他の患者全員が迷宮病を持ってた』って? 医者たちはそれを隠してたと?」

「少なくとも、病院の記録上はそうなってるわ。でなきゃあなたの記憶と、数が合わない」

「……」

 

 ……記録が間違ってたってことは、ないのだろう。

 ならば彼女の言うことが正しいことになる。

 ただ、それが事実だとして、どうしてわざわざ数を誤魔化すんだ?

 

 混乱しながら、縋る様にアンジェリカ嬢を見つめると、彼女は俺の様子を楽しむかのように微笑み、呟く。

 

「ちなみに、その記録には処方された薬の名前が書いてあるのだけれど、分かる?」

「……薬、ですか?」

 

 物騒な単語に眉を顰めながらも記述を追うが、正直訳が分からない。

 意味をなしていないように見える文字の塊がいくつかあるから、このうちのどれかなんだろうか。

 俺が首を横に振ると、分かっていたのだろう。アンジェリカ嬢は気にせずに話を続ける。

 

「当然ながら、処方される薬は人によって違うのだけれどね、いくつか共通しているものがある」

「はあ……」

「そのうちの1つが問題でね? 簡単に言うと、記憶を消すための薬なの」

「……ん?」

 

 なんだ?

 今なんて言った?

 記憶を消すとか言わなかったか?

 

「なんですって?」

「だから記憶よ、記憶。記憶を消す薬があなたたち患者全員に投与されてたの」

「……はあ!?」

 

 聞き間違いではなかったらしい。

 嘘だろ? 記憶を消す?

 

「何のために!?」

「それは、記憶を消すためでしょう? 他にある?」

 

 ないけどさ!

 え!? 俺のいた病院のことを言ってるのか?

 どれだけヤバかったんだあの病院!?

 

 更に混乱する俺を、今度は一切笑うことなく見つめながら、アンジェリカ嬢は話を続ける。

 

「元々、迷宮探索や染獣との戦闘で心に深い傷を負った人の治療なんかにそういった薬は使われるそうよ。だから置いてあること自体は不思議じゃない。ただ、そこにあったのは民間用じゃなくて、迷宮産の素材をたっぷり使った改良版……改悪版の方がいいかしら?」

 

 知らん、どっちでもいい!

 

「ともかく、本来の薬から遥かに強化された代物がたっぷり置いてあったのよ。そして、それがあなたたち患者全員に投与されていた」

 

 つまり、と彼女は言う。

 

「あなたのいた病院は、あなたたち迷宮病患者に記憶の書き換え、消去を行っていた可能性がある」

「……はは……」

 

 遂にはとんでもないことを言い出しやがった。

 薬で患者の記憶を消してるだって? ただのリハビリのための病院が?

 

「んなこと、何のために……」

「分からないわよ。流石に人目がありすぎて、治療の現場までは押さえられてないんだから。ただ、可能性として考えられるのは、1つでしょう」

 

 そうだな。俺も思いつく理由は1つだ。

 

「……俺たちが()()()()()()()()()()()()()。その証拠隠滅をされた?」

「そういうこと。ついでに自分が迷宮病患者であることも忘れてくれるなら尚良いでしょうね」

「……ええ? はあ……?」

 

 情報量の多さに視界が揺れる。

 ああ、くそ。なんだそれは。

 家族――らしき人たちを殺され、頭を叩き斬られて、挙句の果てにそれら全てを忘れる様に薬まで盛られてたって?

 

「……だから、何も覚えてないのか?」

 

 目覚めてからずっと、頭をぶった切られたから記憶がなくなったと思っていたが、違うのか?

 俺が何もかも覚えてないのは、人為的なものだったってのか?

 

「日常生活も送れない程に記憶が消えていたというのならばあり得るのかもしれないわね。迷宮産の毒の効果は、あなたも良く知ってるでしょう?」

「……ああ。記憶相手でも、どろどろに溶けて消えそうだ」

 

 だが、ならば分からないこともある。

 もし彼女の言うことが事実なのだとしたら、なんで俺はあの瞬間を覚えてるんだ?

 微かな、ほんの一瞬の記憶だけだけれど、あの叩き斬られる光景すら忘れている筈だろ?

 

 奴ら――誰だか知らないが、そいつらの処理が甘かったってのか?

 

 そりゃ薬を使うんだ。確実じゃない。

 俺以外にも断片的に覚えている奴はいて、それが俺の知る迷宮病患者達だったのだろうさ。

 それは朧気ながら理解した。したくはないが、ともかくそういうことにする。

 

 だが、やはりよくわからない。

 

「……なんでんなことをする必要があるんだ?」

「ねえ? 迷宮病になった人間の記憶を消して、日常生活に戻れるように病院に預ける。不思議なことをするものよね。……まるで、後処理でもしてるみたいじゃない?」

「後処理……?」

「そう。あなたも毒を使うなら経験があるでしょう?」

 

 葡萄酒の入ったグラスを見える様に掲げて、彼女は言う。

 

「例えば毒の調合に失敗したとする。その時生まれた『毒もどき』は、そのままどこかに流せばきっと何かに害を起こす。だから無害化する」

「……そうですね。調合部屋を作るときに、アンジェリカ嬢と、ルセラさんたちにも誓わされましたね」

 

 屋敷で汚染騒ぎを出すわけにはいかないと、協会の人まで出張ってきて大変だった。

 以来廃棄するものは徹底的に確認されている。

 あの時だけは優しいミンナも他の使用人たちも恐ろしい形相になる。

 

「それと一緒よ。作ったものを捨てるなら、無害化する。だから、後処理よ」

「……ちょっと待ってください。今の話と、記憶になんの関係が……記憶を消すのが後処理だなんて、それじゃまるで人工的に……」

 

 ふと呟いて、直後、悍ましい想像に背筋が震えた。

 だって、それはまるで……。

 

「迷宮病を人工的に作ろうとしている、みたいじゃないですか」

「そう見えるわよね」

 

 すっかり笑みの消えた表情で、彼女は頷く。

 

「いやいや、流石にありえないでしょう!? そんなことしてなんになるっていうんですか! あんなもの増やして、一体なんの利益があると?」

 

 迷宮病は確かに便利で強力かもしれない。

 だがんなもん量産しても、得られるのは迷宮を他の国より少し早く潜れる人材くらいだろ?

 アンジェリカ嬢みたいな【迷素遺伝】持ちだっているんだ。

 そんなことして何の得があるってんだ。

 

「……本題は、そこなのよ」

 

 混乱する頭の中、アンジェリカ嬢は、俺ではなく周囲の使用人たちへと視線を向けた。

 それを受け、使用人たち全員が部屋を出ていった。

 真の意味で、アンジェリカ嬢と2人きりになる。

 

 

 

 たっぷりと間をおいてから、アンジェリカ嬢は俺の直ぐ真横に腰かける。

 決して声を出さないようにと身振りで示してから、囁くように、彼女は口を開いた。

 

「あなたにだから話すけれど、実は35層に行く前に、ルシド様に言われたことがあるの」

「……? 王子様が?」

 

 どうしてそこで例の第二王子が出てくるんだ?

 ゆっくりと頷いてから、彼女は再び囁く。

 

湖畔の国(ラクトリア)は侵略戦争を起こす気なんじゃないかって」

「はあ?」

 

 そうして、彼女は話し始めた。

 あの地下洞窟で聞いた過去話の、省略された一部分を。

 

「私が彼を――第二王子(ルシド)を説得したのは教えたでしょう? その時、私の意志が固いことを認めた彼が白状したの。迷宮で見つかった死体が、湖畔の国(ラクトリア)の人間だった可能性があるって」

「……どういうことです? 違法に入り込んでたってことですか?」

 

 今の俺みたいに。

 

「あなたとは違うわよ。その時は民間からの募集なんてしてないもの」

「……そりゃそうか。じゃあどうやって?」

「入れ替わったのよ。()()()()()()()ね」

「……一緒じゃないですか」

「あなたは入れ替わった後に認可された。でも向こうは逆。認可された人間と入れ替わったのよ」

 

 ……一緒じゃないか。

 どうも、その人物は正式に協会から探索者として認められた者だったそうだ。商家の息子で、学院も卒業したこの国の探索者……の筈だった。

 だがその人物の遺骸が持ち帰られ、死因を調査する過程で、ありえないものが見つかったという。

 

「彼の身に着けていたものに、我が国にはない湖畔の国(ラクトリア)の最先端装備が含まれていたそうよ。……当然ながら、そんなもの国内に流通なんてしていなかった」

「その商家が、独自に手に入れたもの……じゃないんですか?」

 

 問いかけに、アンジェリカ嬢は首を横に振る。

 

「巧妙に似ている人間を選んだようだけれど、かつての学友たちの中で特別親しかった数名からは、『あいつは迷宮に潜るようになって変わった』と、そういう声もあったそうよ。でもそれは、性格どころか人物そのものが入れ替わっていたってわけ」

「……」

「そこから調べたら、同じ事例がもう1つ見つかった。死んでなければ、もっと長く、深く迷宮に潜ってたでしょう。何なら、まだ生きている奴らの中にもいるかもしれないわね。……というか、いるでしょうね。第三王子の下に」

「ん?」

 

 なんでそこで第三王子が出てくるんだ。

 首を傾げる俺に、アンジェリカ嬢は呆れ気味に告げる。

 

「15層で何があったか、忘れたの?」

「……ああ! あの骨染獣!」

 

 色々と衝撃的過ぎて抜け落ちていた。

 確かに、あれは全くもって『未知の技術』だった。

 

「そう。あの、骨染獣を主に仕込んだ技術。あれを私は知らない。いくらあいつが迷宮に特化した王子様でも、この国にそんな技術があるなら、私が知らない筈はないもの」

 

 生きている主に、別の何かを仕込む。

 例えば手のひら大の小さな何かなら俺にだってできるだろうが、今回のは主に匹敵するサイズの骨染獣だ。

 しかも、それをやったのは恐らくたった2人の探索者。

 

 どうやったのか、全くもってわからない。

 こうして落ち着いた今でも、見当もついてない様だ。

 

「つまり、あれは他の国(ラクトリア)の技術だってことですか? その王子様は、他国の知識を教えてもらってるって?」

「あくまで可能性だけれど、ね。もしかしたら、彼らが生み出した独自技術かもしれないし、提供者は他の国かもしれない。でも、一番濃厚なのは湖畔の国(ラクトリア)

 

 そりゃ、間者を忍ばせているくらいだからな。

 これで他の国の仕業だったらもう滅茶苦茶だ。

 

「そして、技術を得る代わりに、彼は湖畔の国(ラクトリア)の人間をこの国の探索者として紛れ込ませている。奴らはそういう協力関係にある……そう私は踏んでいるわ」

「その結果が、侵略で……戦争?」

「あくまで可能性よ。第三王子(あの男)が国を侵略させることを許すとも思えないし」

 

 そりゃそうか。

 兄を殺してまで王位につきたい奴がんな事もしないか。

 ……しかし。

 

「王子様だけじゃなく、他の国まで相手取って喧嘩するってわけですか?」

 

 ただの盗掘の筈が、世界規模のとんでもない騒動に巻き込まれたわけだ。

 だが、アンジェリカ嬢は葡萄酒を飲みながらすまし顔。

 

「あら、湖畔の国(ラクトリア)に関しては私は無関係よ? 関係あるのは、あなたと第三王子の方でしょう」

「は? 俺ですか?」

「だって、この先はあなたの願いにもつながるでしょう」

「……?」

 

 どうして俺の話になるんだ?

 もはや食卓に突っ伏すようにして横を向く俺の視界の先で、アンジェリカ嬢は笑みを浮かべた。

 

「私たちはまだ、ようやく15層を突破しただけ。だからあの男も余裕をもって、私たちを脅しにかかっているの。そのまま大人しくしてろってね。でも、もし私たちがあいつの想定以上に早く35層に到達すれば?」

「……そりゃ、止めに来るでしょうね、全力で」

 

 その王子様の狙いってのがいまいちよくわからないんだが、俺たちじゃなくて自分で35層の染獣を手に入れようとしているのは確かなのだろう。

 奴らが件の『大海の染獣』を手に入れようと動き出したのは数ヶ月前と最近だ。

 

 他国の『とんでも技術』で見つかればいいんだろうが、わざわざ邪魔をしに来るくらいだ。決して順調ではないんだろう。

 俺たちが35層に到達する前には、必ず手を打ってくる。

 

「それを打ち破り、あの男から真実を聞きだせれば……その先はきっと、湖畔の国(ラクトリア)に繋がる。しかも、向こうの国の()()()()に携わる、重要な地位の人間にね」

「……ああ、そうか」

 

 俺の仇は、向こうの国での特選級か、それに近い特権階級の人間の筈だ。

 そいつへたどり着くには俺自身がその立場になるしかないと思っていたが……。

 王子様のお相手なら、限りなくそれに近い人物のはず。

 そいつから情報を聞きだせれば――分かるかもしれない。

 

 俺の家族を殺し、俺の顔を叩き斬ったのは誰なのか。

 記憶の処理とか迷宮病のこととかは、正直どうでもいい。

 

「これで私たちは本当の意味で一蓮托生ね。私の望みが叶えば、あなたの望みもきっと叶う。……あなたの言う通り、話して良かった」

「……それはなによりです」

「改めて、ありがとうゼナウ。あなたに出会えて、良かったわ」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、彼女は言った。

 その笑みは出会ってから一番可愛らしい、少女のような笑みだった。

 

「……そんな顔もできるんですね」

「なによ。まるでいつもしかめっ面でもしてるみたいじゃない」

「いや、いつもはもっと悪そうな……」

「あ?」

「……なんでもありません」

 

 やっぱり恐ろしい女傑である。

 この人はたった1人で、自国の王族も他国すらも相手取ろうとしているのだから。

 改めて、とんでもないものに巻き込まれたものである。

 いや、どうも元々その一部だった様だが……捨てられた不用品が奴らの喉元まで迫れるなら、これほど痛快なことはない。

 

 お前らが捨てたこの目で、見つけて――ぶっ殺してやる。

 

 そのためにも。

 

「手伝いますよ。……俺たちの、全てをかけて」

「ありがとう。絶対に後悔はさせないわ」

 

 酒ではなくお茶の杯を交わして、俺たちは笑みを交わす。

 犯罪で繋がった関係だが、それだけに信用できる。

 互いの目的のために、王子だろうが他国だろうが、勝ち取って見せようじゃないか。

 

「そのためにも、仲間を見つけないとね」

「思い出させないでくださいよ……どうしたものか……」

 

 まずは、目の前の課題からである。

 明日、ルセラさんにでも相談しよう……。

 

 

 

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