違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第59話 最後の1人①

 

 

 

 

 それから岩の回廊を進んだ俺たちは、16層の環境に徐々に徐々に慣れていった。

 隠れ狙ってくる染獣たちを見つけては倒し、襲ってくる鳥は全力で避けながら、17層へ向かうための討伐証明を集めている。

 

 今は狭い岩場の陰で休憩中である。

 ここでは穴を掘れないので、1層の水洞窟みたいに染獣――主に墜公佗児(シラビ)が来れない狭い隙間を見つけて休む。

 火を熾して装備の汚れを落とし、ミンナたち特製の昼食に舌鼓を打っていた。

 

「あっ、これ美味しい。……それにしても、この階層は染獣がゆっくりでいいね」

 

 甘辛く焼いた肉を挟んだ薄焼きのパンを頬張りながら、カトルが口を開く。

 どうやらご機嫌な様子。草原地帯より活躍ができそうで嬉しいんだろう。

 

 カトルの氷魔法は速い連中には効きにくい。いくら詠唱が不要だからって、氷魔法は発生も到達も時間がかかるからだ。

 だから草原地帯では主に鉄塊と組み合わせた罠や盾として活用していた。

 

 その点ここの連中は鳥を除いて鈍い個体が殆どだ。

 のっそりと動いてたり隠れているところを凍らせるもよし、氷槍や氷塊を飛ばして攻撃するもよし。

 俺だけでなくカトルとも相性が良かったわけだ。

 

「本来はその分硬くて厄介なんだがなあ……解体するだけで手が痛えよ……」

「それは確かに……。私もちょっと殴っただけですっごく痺れちゃったもん。魔法も、動きを止めるだけだし。頑丈だよねえ」

 

 擬態能力とそこからの襲撃。

 それをなんとか防いで戦っても、凄まじい耐久力で耐えられてこちらの体力を削ってくる階層なのだ。……本来は。

 

「~~♪」

 

 まあ我々にはそのくらいの装甲ならぶち抜くお嬢様がいるのであんまり関係がない。

 俺が見つけてカトルが止めて、鉄塊が守りながらアンジェリカ嬢がぶち抜く。

 そのいつもの流れが上手くハマって、今のところは順調だ。

 

 更に下の層で強化されていったらどうなるかはまだわからないが……そこはまあ行ってみて確かめるしかない。

 

 正直、パーティーの消耗率でいえばこれまでで最も低いと言っていいだろう。

 ……俺を除いて。

 

「ゼナウはその……大丈夫?」

「ああ。少し休めば大丈夫だ」

 

 心配の言葉をかけてくれるカトルに頷きを返した。

 そんな俺は見張りを鉄塊に任せて、雄狐に背中を預けながら身体を――正確には目を休めていた。

 

 なんでこんなことになっているのかと言うと……ちょっとだけ、やりすぎてしまったのだ。

 

 この階層は俺の目にとっては最高の階層だった。

 擬態する連中は目で見ればすぐに分かる。……一応、鉱石が多いせいで岩全体が淡く光って見えるんだが、それにしたって染獣は注意深く見ればすぐに判別ができる。

 

 そして、硬く厚い装甲を持つからこそ、脆い弱点を突いた時の見返りも大きい。

 硬い殻で身を守るのは、その中身が脆いのと同義。

 突破できればあっさりと倒せるのがここの連中なのだ。 

 

 だから俺は、全神経を左目に集中させて探索と戦いをし続けた。

 よりはっきりと、より深く迷宮を見極められるように。

 

 その結果――左目に激痛が走った。

 

 肉が焼けるような痛みに、最初は敵の攻撃でも受けたのかと思ったが、すぐに目に力を入れると起きることが分かった。

 予定していた休憩場所までは何とか持たせたが……あのまま続けていたら目が溶けていたかもしれない。

 そんな錯覚を得るくらいには異常な痛みだったのだ。

 

「まさか、使いすぎるとこうなるとは……」

 

 ちょっと、張り切りすぎた。

 今は沸かしてもらった湯に浸らせた布を目に当てて、休ませている。

 

「流石に酷使しすぎかしら。もう少しゆっくり行きましょうか?」

 

 そのせいか、終いにはアンジェリカ嬢にすら心配される始末である。

 埋め込まれたナニカの侵食を心配する以前に、使いすぎて疲弊して殺される……なんてアホな事態は絶対に御免である。

 

「いや、進行はそのままで。直ぐに慣らす」

「……そう。ならいいわ」

 

 進行は止めない。

 言葉通り、配分を考えれば直ぐに長時間の行動も可能になるだろう実感はある。

 

 それに、これは俺にとって丁度いい試練なのだ。

 この目を更に使いこなせるようになれば、俺はより強くなれる。

 例えば、装甲を超えて、体内にある弱点まで見通せるようになれば――。どんな化け物が相手だろうが殺せるようになるだろう。

 

 ……今度は身体じゃなく、この『目』を鍛えるってわけだ。

 

 いいね、上等だ。やってやろうじゃねえか。

 

「……よし、もういいだろう」

 

 布を外して、周囲を見る。

 うん、問題なく機能してる。

 痛みも……今のところは大丈夫そうだ。

 

「大丈夫? これ見える?」

「なんだと思ってんだ……普通に見えるよ」

 

 カトルが指を2本立てて聞いてくる。

 右目は普通なんだからわかるわ。左目でも問題なく見えてるし。

 ……うん、本当に何の問題もなさそうだ。

 

「カトル、ありがとな。助かった」

「うん……無理はしないでね?」

「勿論だ。死にたくはないからな。……んなことより――」

 

 実際、俺の目の問題を除けば道程はかなり順調だった。

 各々の新装備も上手く機能してるし、この様子なら明日には17層に入ることができそうなんだが……。

 

「アンジェリカ様、ちょっといいですか?」

 

 ただ、明日は別の問題が起きることが確定している。

 

「……なにかしら」

 

 巨大な錨……ではなく槌を整備しているアンジェリカ嬢へと声をかけると、俺たちの会話を聞いていたのだろう、直ぐに涼し気な顔がこちらへと向けられた。

 

「そろそろ、明日合流の1人について教えてもらえませんかね」

 

 ついさっき知らされた、12人目の最後の仲間の合流。

 アンジェリカ嬢は気にしなくていいなんて言っていたが、気にするに決まってる。

 

「んー、どうしようかしら」

 

 小首を傾げながら憎らしくそう告げやがった。

 この女……。まだ隠すつもりか。

 

 ゆらりと立ち上がって彼女の目の前に向かい、その肩を掴んだ。

 無理やり振り向かせ、その目を睨みつける。

 

「ちょっと、ゼナウ!?」

「……あら、どうしたの?」

 

 それでも余裕な表情のアンジェリカ嬢へとゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……アンジェリカ様? 情報を隠して俺たちを殺しかけた事、もうお忘れで?」

「なんのことかしら」

「15層! もしあんたが第三王子のことを黙ってたら、俺たちは確実に全滅してたぞ」

 

 あの主の背に仕込まれていた骨染獣。

 もし襲撃の可能性を知らなかったら、あれに気付くのが遅れてアンジェリカ嬢とカトルはやられていただろう。

 そうなれば、俺たちはあっさりとあそこで全滅していた筈だ。

 

 少なくともあの瞬間は、アンジェリカ嬢の思惑を第三王子が上回っていただろう。

 きっと、同じような瞬間は必ずまたやって来る。

 それを防ぐためには、俺たちを信用して起きうる可能性全てを話しておいてもらわなきゃならない。

 だから――。

 

「あんたは計算ずくなんだろうが、不測の事態は必ず起きる。だから、そろそろ教えてくれませんかねえ……?」

「……」

 

 そのまましばらく睨みつけ合うこと、しばらく。

 アンジェリカ嬢は大きく息を吐き出した。

 

「わかったわよ。どうせ明日わかることなんだけど、まあいいでしょう。……よく考えたら受付で騒がれても困るし、ね」

「……?」

 

 騒ぐ? それはつまり、顔を合わせた瞬間に驚くような人物ということか?

 

「ほら、わかったら離れなさい。……全く、どんどん遠慮がなくなってきてるわよ、あなた」

「……あんたが無茶苦茶するからでしょう。こっちは命がけなんで」

「それは私もよ。いいからさっさと離れて。()()()()

「は?」

 

 そう言いつつ離れると、ぶるりと身体が震えた。

 なんだ? 冷気が……。

 咄嗟に背後を見ると、カトルが笑みでこっちを見てきていた。

 

「……なんだよ」

「ううん? 何も?」

 

 それきり何も言わなくなった。なんなんだよ……。

 寒さと、少し嫌な予感に震えつつ、身体を擦りながらアンジェリカ嬢の言葉を待った。

 少しだけ間をおいて、彼女が口を開いた。

 

「明日やって来る12人目の名前はジン。彼は……ルシド様の弟よ」

「……ん?」

「といってもかなり歳も離れてるから、私より年下のまだ若者よ。そう考えると、あの国王(じじい)もお盛んよね?」

「……んん?」

 

 手を突き出して、アンジェリカ嬢の言葉を止めた。

 いつもの嫌な微笑みを浮かべている彼女に、確かめる。

 

「今、ルシド様の弟って言ったか?」

「ええ」

「それってつまり……その12人目の仲間は……王族、ってことか?」

「ええ」

「ええ、じゃねえ! 王子を巻き込むってどういう神経してんだ!?」

 

 迷宮で最愛の王子を失ったんだろこの人。

 正気の沙汰じゃねえ……。

 だが当の本人はしれっとした様子で首を傾げた。

 

「あら、彼は王子じゃないわよ」

「はあ!? どういうことだよ!?」

「……そういえば、あなたは知らないのかもね」

 

 そう呟いてから、彼女は続ける。

 

「この国でいう『王子』はあくまで位階のことを指すの。王の子供ってだけならもっと大量……数がいるのよ。あの色狂いめ……」

「……はあ?」

 

 アンジェリカ嬢のよくわからん恨みは置いておいて……そういえば、んなことレウさんから聞いた気がする。

 この国の王位継承権は少し特殊だと。

 

「『王子』になれるのは国王が選んだ3人の実子のみ。この国に王子が3人しかいないのは、子供が少ないのではなく、3人しかなれないからよ。王の実子だけなら10人以上いるわ」

「その『王子』も、年功序列というわけでもない。今の第一王子は、生まれた順番でいえば3人目だ」

「……なんでんな面倒な仕組みを?」

 

 普通に生まれた順に王子にすりゃいいだろ。

 

「昔はそうだったわよ? ただ、迷宮が見つかって全てが変わったの。この迷宮探索が活発化した情勢で、()()王に国を任せるわけにはいかないのよ」

 

 現国王は必然的に迷宮に潜ることになったそうだが、まだ幼かった王の子供たち――本来の王子たちは、万が一の時のために迷宮に潜らなかったらしい。

 結果、本来王位継承を持つ息子たちは、浅層の探索者たちにも負ける最弱の存在となってしまった、と。

 

 いくら護衛がいるからって、それじゃ探索者や他国相手に示しがつかない。

 例えば国同士の集まりがあったとして。

 迷宮深くまで潜れる他国の王なり従者なりが威嚇するだけで気絶する王が治める国を、まともに相手してくれる筈がない。

 

 国を安全に営むのに、王個人の武力が要るなんて、恐ろしい時代だ……。

 とまあそんなわけで、この『王子任命制』なんて仕組みになったそうだ。

 迷宮が見つかって数十年。恐らくどの国も未だ変革の途中なのだろう。

 

「じゃあ、そのジンってのは?」

「王子の選定当時はまだ幼子だったから、当然選外。だから、今はただの王族よ」

 

 王の子ではあるが、王子ではない。

 だから迷宮に潜っても平気……ってことか?

 いいのか、それ?

 ……まあ実際明日来るってんだからいいのか。

 

「でもなんで一緒に迷宮探索に行くことになるんだ? 兄の敵討ちでもするってのか?」

 

 王子じゃないのは分かった。だがなんで『そいつ』が選ばれたんだ?

 仲間を選ぶなら、別に他の探索者でもよかったはずだ。

 それをわざわざ王族に決めた。その理由は……。

 

 俺の問いかけに、アンジェリカ嬢は微笑んだ。

 

「まあ、そういうことよ」

「……」

 

 怪しい。この怪物令嬢がんな感情的な理由で人を選ぶとは思えない。

 絶対になんか別の理由があるんだろうが……流石に喋らねえか。

 てかそこまで情報を明かしたなら大体想像はつく。とっても、嫌な想像だが。

 

「……王子様?」

 

 ちらと見ればカトルが口をぱくぱくとさせている。鉄塊は知ってたのか動じてないのか反応する様子もない。

 

「だから王子じゃないわよ。王族」

「一緒でしょ!? ええ!? 王族と潜るの、私たち」

「あら、それを言ったら私だって元王族よ? だから、平気でしょ」

「アンジェはいいの! 友達だもの。でも……ええ!?」

 

 まあ、あれが正常な反応だよな……。

 俺だって混乱してんだから。

 

「……こうなるから、後から言おうとしてたのよねえ」

 

 ぬけぬけと言ってやがる。

 明日そのまま紹介してたらもっと大惨事になってただろうが。

 

「まあカトルはいつも通り黙らせておけばいいわね。後はゼナウ、あなただけれど……安心しなさい」

「?」

「会えばわかるわ。どうして私が、彼を連れて行こうとしてるのか」

 

 自信満々の笑みを浮かべて、彼女はそう言うのだった。

 

 

***

 

 

 その日、屋敷は大混乱に陥っていた。

 

「おい、いたか?」

「いえ、どこにも……」

 

 息を荒げた使用人同士がそんな会話を交わしてはすれ違っていく。

 そんなやり取りをもう20度は繰り返し、その頃には全員が悟った。

 いよいよその時が来た、と。

 

「装備はあるか?」

「あります! だからみんな不思議で……」

「あ、本当? そしたら今回は本気かなあ。書置きは?」

「そっちは見つからなくて……」

「おお、じゃあ本気だ。いよいよかあ」

「何がですか!? 早く探さないと執事長に怒られますよ!」

 

 慌てる声と、何故か落ち着いている声が屋敷の中に混じり合う。

 この屋敷ならではの奇怪な光景に、新人使用人であるリーヤは目を白黒とさせていた。

 

「あっ! お気に入りの鞄が消えてる!」

「いつも適当な場所にしまうでしょう? 全部見た?」

「執事長が坊ちゃんの部屋のものは全部引っ張り出したから、間違いないよ」

「何してるのあの人……片付けるの私たちでしょ? はあ……」

 

 自分たちの勤める屋敷の重要人物が、その日、行方知れずとなった。

 その割には、大半の使用人たちはのんびりとした様子であった。

 

「「「いよいよかあ……」」」

 

 特に長年この屋敷に勤めてきたお局――ではなく重鎮たちはむしろ感慨深い様子。

 使用人用の談話室でのんびりお茶をしていた彼女たちを見て、リーヤは思わず問いかけてしまった。

 

「あの、皆さん、そんな落ち着いていていいんですか……? ジン様がいなくなったんですよ!?」

「いいのよ。いつもの癇癪なら探さなきゃいけないけど、今回はちゃんとした家出だから」

「家出は駄目だと思うんですけど……!?」

 

 確かにこの家の一人息子――正確には兄がいたが、今は一人だけ――であるジンは、この屋敷に半ば幽閉されている。

 

 王族という高い地位にいながらも大した自由はなく、勉学も鍛錬も指定された講師がやって来るだけの、与えられるだけの生活。

 そんな境遇に嫌気がさしたのか、我らがお坊ちゃまは定期的に家出を敢行する。

 

 大抵は1日足らずで帰ってくるし、そのことをわざわざ書置きしていく律義な人だ。何なら普通に皆に「行ってきます!」とか言って出てくし、お弁当も持っていく。

 それが何も残さず、誰にも見つからずに姿を消した。

 本来なら大騒ぎになる筈なのに……。

 

 混乱するリーヤに、おば様――ではなく、重鎮たちはほほほ、となれたように笑って手を振っている。

 

「普通はね。でもこの家は普通じゃないのよ。さっ、奥様のとこへ行きましょう。どうせご存知でしょうから」

「へ……?」

 

 お坊ちゃまの母にして、この国の王の側室であるリーヤたちの雇い主。

 重鎮3人は青い顔して首を振るリーヤを連れ、ずかずかとその居室へと乗り込んだ。

 

 

「――そうですか。あの子は行きましたか」

 

 まるで世間話をするかのような彼女たちの報告に怒ることなく、奥様は深く頷いてそう言った。

 

「あれ、ご存じなかったんですか? 私はてっきり……」

「知っていたらあなた達には伝えてるわ。片付け、大変でしょう?」

 

 未だ階下で吼えている執事長の声を聴きながら、ほほほ、と微笑み合う。

 彼のあの行動は恒例行事なのである。

 リーヤとしてはあっちが正常な反応に思えるだけに、このゆるふわ空間に未だ眩暈を起こしている。

 

「でも、そろそろだとは聞いてましたよ。アンちゃんから知らせが来てましたから」

「……あの子も、律義というかなんというか」

「ふふっ、可愛い私の娘ですよ。さっ、これから忙しくなりますよ」

 

 同性でも思わず見惚れてしまう程の可愛らしい笑顔を浮かべて、第二王子の母であるその人は手を叩く。

 

「あの子が戻るまで……10日くらいかしら? 全力で、隠し通しましょう♪」

「隠すんですか!?」

「ええ。……あなたはリーヤね。ふふっ、私は働いてくれている人の名前と顔はちゃんと覚えてるの。――いい、リーヤ」

「は、はい」

「これはとても重要な仕事なの。上手くいけば、この国は救われちゃうわ」

「……ええ!? す、救われる、ですか……!?」

「そう。みんなが幸せになる、とっても素敵で大事な仕事よ?」

 

 ただでさえ爆発寸前の頭に、更によくわからない情報を叩き込まれて、リーヤの頭はパンクした。

 だからだろうか、かえって冷静になった頭に、ふと考えがよぎった。

 

 ……まず、あの人を黙らせた方がいいのでは。

 

 野太い怒声の響いてくる下を見つめてそう思うリーヤであった。

 

 

***

 

 

「ふーんふーんふーん♪」

 

 その頃、首都(ワハル)の大通りを歩く若者の姿があった。

 外套で頭部を覆い、磨かれた木の棒を肩に担いでその先には荷が括りつけられている。

 

 鼻歌を奏でながら体を揺らし歩くその青年を、通る者たちは自然と眺めていた。

 それほどに存在感がある男なのだ。

 

「いよいよ明日かー。楽しみだなあ!」

 

 まずデカい。細身ではあるが190近い長身。棒を担ぐ片腕の筋肉は驚くほどに引き締まっており、なにかしらの武芸者であることが窺える。

 その上涼やかで堀の深い顔立ちは整っており、肌も服も異様に清潔で、どこかの金持ちの人間だろうこともわかる。

 

 ただそのどれも皆が見惚れる理由としては薄い。

 その若者は――何故か満面の笑みを浮かべており、見るだけで幸せな気持ちにさせるのだ。

 

 きっと、とてもいいことがあったのだろう。

 通りすがったものはつられるように微笑み、同行者がいるものは互いに笑いあって、通りそのものが温かな空気に包まれていく。

 

「しっかしこれ、甘いなあ……アン姉さん、いつもこんなの飲んでんのか。俺にはキツイや」

 

 その張本人たる青年は、初めて1人で訪れる市場を満喫していた。

 姉が愛飲する木の実ジュースに文句を言いつつも、その顔は満面の笑み。

 

「なんか塩辛いもん食べたい……お、良い匂い。すみませーん!」

「はいよー!」

「うわ、美味そう……!! これとこれと……あとこれも、2本ずつ!」

「兄ちゃん1人だろ? 気前良いねえ。なんかいいことでもあったのかい?」

 

 店主の問いかけに、青年――王族ジンは元気よく頷いた。

 

「そうなの! ずっと待ってた日がやっと来るんだよ。……俺、この国を助けるんだ!」

「……はあ?」

 

 明日からの本番に向け、まずは腹ごしらえをする彼の姿がそこにあるのだった。

 

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