違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話 作:穴熊拾弐
長い戦いの末、俺たちの作戦は最終段階へと突入した。
鎧が剥げ、その奥の本体を見せた『踏み鳴らし』から騎士団組が逃げ続ける。
既に騎獣である
だというのにその距離は少しずつ縮まっている。
「想像以上に速いですね……!!」
「まああの巨体だ。素早く動けるようになったら速いだろうね」
「なにせ歩幅がデカいですからなあ」
騎馬の上の騎士団連中は呑気なもの。
引き続き先頭を進むクリムだけが必死に視線を巡らせ――。
「目印確認! そろそろですよ!」
「よし。ワーキル、カイ。合わせて」
「「はい!」」
揺れも速度も凄まじい馬上で器用に姿勢を正しながら、揃って土魔法の詠唱を始める。
そんな彼らに見える様にクリムは右手を上げ、次の印を通過するのに合わせて振り下ろした。
瞬間、3人の土魔法によって視界を覆う程の土の壁が視界の向こう側に迫り出した。
それも真っすぐではなく、右側の崖から左斜め前に区切るような向きになっており、主の身体を、自然に左側へと寄せていく。
「次、曲がりますよー!」
そして最後の目印で左側の脇道へと突入した。
脇道といっても今までの渓谷と大して変わらない程に深く幅広い。
『周回跡』はあくまで主の通り道なだけで、他に道がないというわけではない。
道中には多数の支路が存在し、その内幾つかは、主が問題なく通れる程に広いものがあるのだ。
上手く主を誘導できれば、そこに誘き出すことが可能になる。
そしてその先にある広場が、奴との決戦場となる。
今の壁は主を無理やりこちらへ移動させるためのもの。
視線の先を行く
その結果――。
「……曲がった! 誘導成功です!」
主は四肢全てをぐるぐるとばたつかせながら、クリムたちのいる支路へと突っ込んできた。
「うおっ、気持ち悪いな……」
「大きくても、所詮は蜥蜴だねぇ」
「呑気なこと言ってないで! 合図!」
「はいはい……っと」
主の身体でごりごりと削られた壁面が崩れ轟音と土煙を派手に上げていく。
それを認めてから、ワーキルが青の曳光弾を打ち上げた。
後は道なりに進むだけ。
そうすれば――決戦が始まる。
「見えましたよ! ……入ります!」
視界の先。
両脇の壁に切り取られた光が見えてくる。
気付けば主はすぐ後ろ。
襲い来る地響きと轟音に耐えながらも、最後の全速力で騎馬は駆け抜け――開けた視界へと飛び出した。
「……っ!! 抜けたぁ!!」
宙へと跳んだ騎馬を追いかけ、主もすぐさまその先の広場へと躍り出た。
搔くように地を這う主の身体が、完全に中へと入った、その瞬間。
入ってきたばかりの入口にて爆発が起こり、崖を崩して通路を半ばまで埋めた。
そして――
「――今だ。撃て撃て!!」
ウルファの通る咆哮とともに、無数の岩の砲撃が、主の全身を襲ったのだった。
***
決戦場。
主を誘導しその討伐を行うと決めた場所は、20層に点在する直径700mを超すくぼ地。
いくつか隆起する台地は存在するものの、基本的には障害物のない、お椀状の構造となっている。
その崖上に3つの砲台が設置されている。
移動用の車輪がつけられた、金属製の大弩。
回転する弾倉によって次々と鉱石の弾丸が呑み込まれ、刻み込まれた火の魔法が叩かれ励起。爆発を起こして凄まじい速度で射出されていく。
空を裂いて飛来する金属塊――それも深層産の強固なそれが、弾丸の雨となって主の巨体に激突していく。
当然その前面にも火の魔法は刻まれており。
着弾と同時に、一斉に爆撃が連鎖していく。
『■■■■――――!!』
主の悲鳴が大気を揺るがす。
その圧だけで土砂が吹き飛び、土煙の輪が決戦場の底を駆け抜ける。
それを爆撃の音が更に塗りつぶし、耳を劈く轟音が辺りに響き渡る。
火と血しぶきの赤が空中にばら撒かれ、青い空を彩った。
『――すげえ音! でも、効いてるよ!』
『そうだろうそうだろ! これがオレらの絡繰りの力だぁ! 名付けて『連鉄花火』! 大成功だ。なあ、お前ら!』
『『いえーい!!』』
『赤鎚』たちの歓喜の声が聞こえる。
技術の証明を目的にし、この主の討伐を夢見てきた彼らにとっては、まさに喜びの瞬間だろう。
そしてその威力は、誇って良いほどに凄まじい。
『……凄いね。これが絡繰りか。騎士団に支部の施設を破壊するだけの価値は……あるのかな?』
主には通れない細い坂を通じて崖上へと上がったルトフが驚きの声を上げる。
『準備が要りますが、魔法より物量、速度に優れる……俺ら弓使いにとっては廃業の危機ですな!』
なんて笑いながら、騎士団の弓使い・ワーキルがどでかい一矢を放つ。
それは火薬でぼこぼこになった主の身体へと突き立ち、更に穴を広げていく。
『■■■■――――!!』
『やべっ! こっち来るぞ! 逃げろ逃げろ!!』
最も近かった砲門へと走り出した主に、その砲主だったウルファの悲鳴が響く。
3つの『連鉄花火』は『赤鎚』3名がその操作を担っている。
自身の騎獣である
その騎手を担うのは、俺とアンジェリカ嬢、そして鉄塊に変わって騎士団のクリム――遠距離攻撃手段を持たない組。
そしてウルファ担当は俺。
つまり、全力で逃げなければならなかった。
『ゼナウ!』
『わかってる!』
牛を全速力で駆けさせる。
直後、さっきまでいた場所に、主の右前肢が叩きつけられた。
轟音を上げながら、崖が抉られている。
『わお……』
『ありゃ、くらったら一撃だな……』
仮の騎獣で牛を操っていてよかった。初速が遅い牛だと逃げ遅れていた可能性がある。
てか、主が跳べたりしなくて本当に助かった……!!
そんなことをしたら自重で潰れるらしいので大丈夫だが、身軽になった今、崖を登ってくる危険がある。
今もこちらを巨大な目で睨みつけている。
それだけで身体に寒気と緊張が駆け抜けるが――。
『だが――近づいた今が好機! 撃て撃て!!』
そのままウルファが顔面に乱射する。
流石に目は閉じられ防がれるが、それでも十分に損傷は与えられている。
しかし、そもそもが途方もない巨体。
少々の攻撃では精々表面を削るくらいで、その程度では、更に奥の分厚い本体に損傷を与えるには未だ足りない。
その証拠に、3門による連射を受けながらも特大の前肢による薙ぎ払いが襲い来る。
直撃は全力で回避しつつ、その余波である岩弾が無数に飛来してくるから、それも避けるなり撃ち落とすなりしなければならない。
『――ふん!』
『わっ、ありがとう。ファム兄さん!』
だが、言い換えれば警戒するのはそれくらい。
振り払いを終えた腕に、ジンやカイ達の身軽組が駆け寄り、肉を斬り、打ち砕く。
爆発するように飛び散る血霞を風で吹き飛ばしながら、カイが独りごつ。
『やっぱり、攻撃手段はこの程度……つまらない』
絡繰りの乱射以外にもワーキルの狙撃やカトル、ルトフら魔法組の攻撃も進んでいる。
彼らは『連鉄花火』で穴を空けた皮下帯の更に奥を広げていく。
火に氷に雷と、色とりどりの魔法光が空に瞬き、その度に主の肉を削り落としていく。
『おっと、鳥が来たぞ!』
『無視でいい! 撃ち続けなさい!』
その騒音に引き寄せられた染獣たちもやって来るが、砲撃の嵐によって即座に対処されていく。
特に飛び込んできた
こんな風に円形の広場で主を攻撃し続け、奴の首を少しづつ削いでいく。
主はなんとか俺らを潰そうと必死に動き回るが、決して地上に降りない俺らに奴の本領ともいえる攻撃は届かない。
『薙ぎ払い、東側行くぞ! 下がれ!!』
『了解!』
叩き潰しも薙ぎ払いも、その全てを全員で避け、防いでいく。
俺らにとって、この主の硬さだけが厄介だったのだ。
そしてそれを捨てて得た速さも、ここなら何の問題もない。
虫を追ってこの狩場に飛び込んでしまった時点で、主は負けたのだ。
彼に残された道は、その無尽蔵の体力と馬鹿みたいな再生力で俺たちが限界を迎えるまで耐えることだけだ。
ただ実際、それは俺たちにとって最大級の課題であった。
――城並にデカい染獣を、真っ向勝負でどう仕留めるか。
他の手法と違って、「短期決戦式」には明確な
なにせその中身は単純に戦うだけの手法だ。
外核を破壊した以降の筋書きは基本的に存在しない。
だから俺たちは自らその方法を編み出さなければならなかった。
アンジェリカ嬢の怪力で叩き潰す?
ルトフたちがその剣で首を斬り落とす?
カトルの魔法で氷漬けにする?
俺の目で急所を穿つ?
色々と考えたが、結論は出なかった。
だから――全部やることにした。
『■■■■――――!!??』
首を削ぐ連撃に、遂に主は悲鳴のような咆哮を上げ、その身体を大きく仰け反らせた。
でろでろに血肉が溢れるそこは数mの大穴が開いている。
これまで身軽になった身体で暴れ続けていた巨体が、ようやく動きを止めた。
『怯みましたよ!』
『……今ね!! 全力で拘束!』
『土台は僕ら騎士団が! カトルさん、刺したら凍らせて!』
『は、はい!』
各方向に散らばっていたカトルやワーキル達の魔法使い組が、全力で魔法を行使する。
崖下に設置されていた魔法陣が輝き、そこから隆起した石の槍が、その大穴へとぶち当たる。
そしてそこから爆発するように広がった氷によって、主の身体を壁際に縫い留めた。
散々暴れ続けた主を、遂に固定した。
それは――トドメの合図。
『――ゼナウ、いける!?』
アンジェリカ嬢の鋭い声が届く。
それにすぐに答えず、俺は深呼吸をしてから眼帯に手をかけた。
……じぐりと、まだ左目には重く染みるような痛みがある。
だが、休ませたおかげで1度なら大丈夫だという実感があった。
『問題ない。……終わらせよう』
『『『おう!』』』
幾人かの気合の咆哮を受け、俺は騎獣から飛び降り駆け出した。
主のいる、崖に向かって。
『――ゼナウさーん!』
そこへ、風に乗ったジンが追いついてくる。
その手には、巨大な岩の槍が握られている。ニーナ女史が考案し、『赤鎚』がその製作を担った対巨獣用の突撃槍だ。
重量たっぷりのそれをなんとか担いで、ジンは声を張り上げる。
『いよいよだね!』
『ああ。……震えは?』
問いかけると、僅かに呆けた後にニカッと笑った。
『忘れてた! 全然平気! でも、流石に疲れたよ!』
『ホントにな! 今すぐぶっ倒れたい!』
心の底からそう叫ぶ。
ああ、今なら気持ちよく寝れそうだ!
『だから、さっさとやるぞ!』
『うん……いっくよー!』
ジンが俺の腰に手を回し、屈みこんで力を貯める。
そして全力の風の爆発とともに、俺たちは空中へと飛び出した。
目指すは姿勢を崩した主の顔面。
蔦撃ちをその牙に絡め、2人でスイング。
槍の重さと風の勢いを乗せ――奴の前肢へと加速していく。
塔みたいにぶっとい前肢。
それを視界に納めながら、
そして俺は、最後の
黒く染まり、そして奥にずれていく視界。
痛む左目を全力で行使して、奴の前肢の、一番脆い部分を見極めた。
――見つけた!
蔦の長さを変え、高度を合わせて、蔦を切り離す。
ジンの風の最後の加速を受け、2人で突撃槍を構える。
風を切り、重さを乗せて。
一塊となった俺たちは、直角に折れ曲がった奴の関節を破壊した。
***
そこからの連撃は、決して止まることなく、素早く進んだ。
『■■■■――――!!??』
肉と骨の爆発が起こり、ゼナウとジンは地上へと墜落していく。
主は最後の力を振り絞って拘束の氷岩槍を破壊こそできたが、肢の1つを失ったことで完全に機動力を失い、遂に地面へと倒れ伏す。
『拘束、もう一回!』
鋭く飛んだ指示によって、再び岩と氷の拘束が進み、主の身体を地面に縫いつける。
特に長く伸びた首は厳重に固定され、全員で開けた大穴が空に向けられている。
『外核』も前肢も失い、大穴の空いた主は、流石に抵抗を止めていた。
震える巨体は、頭を差し出すかの如く縫いつけられ――。
そこへ、4つの影が飛び降りた。
アンジェリカ、アズファム、ルトフ、カイ。
地上では名高い怪物が4体。そのそれぞれが自身の得物を構え、その持てる力を全て込めて――だらんと垂れた首の大穴へと墜落していく。
『さあ、さっさと――死になさい』
凶悪に嗤う怪物令嬢を筆頭に、死を告げる最後の連撃が叩き込まれた。
それは巨大な主の首の奥深くまでを徹底的に破壊して、その骨を叩き折ったのであった。
『――――……』
微かな鳴き声だけを残し、主の残った四肢から力が抜ける。
一瞬の滞空の後、地面にぶつかった巨体が、最後の地響きを起こすのだった。
『……』
『……動かない、よな?』
『動かないわよ。首を叩き折ったんだから。ちゃんと死んでるわ……ああもう、全身べとべとよ』
大穴から顔を出した、全身が主の血肉で真っ赤に染まった4人。その内のアンジェリカが口内の血を吐き出しそう言った。
『汚れ落としを頼むわ。それと、ウルファ』
『……はい』
『死骸は好きにしていいから、解体をお願い。……ああ、勿論休んでからね。流石に皆、疲れたでしょう?』
『休むって……え?』
『ちょっと、しっかりしてよ。もう終わったんだから』
巨体から飛び降り、久方ぶりの大地を踏みしめながら、アンジェリカはうん、と一伸び。
『20層の主、『踏み鳴らし』――討伐完了よ。お疲れ様』
『……』
『……うおおおおお!!!!』
直後、風に乗ってあちこちから歓喜の咆哮が響き渡った。
特にウルファのらしいものは崖上から肉声も聞こえてくる。
一体どれだけ大声を出してるのやら。
『ちょっ、うるさいわよ。風に乗せないで……』
『やった! やったなあ! お前らあ!!』
『『よくやったよーー!!』』
「……もう、騒がしい連中ねえ」
そう言いつつも、苦笑いを浮かべたアンジェリカは、ふと視線を左右に振った。
「さて、あの子たちはどこかしら」
先に消えていった功労者を探しに、アンジェリカは砂塵漂う決戦場の底を歩いていくのだった。
***
遠くから歓喜の声が聞こえている。
「……終わったらしいな」
「ですね。よかったー」
俺とジンは2人して倒れ込んでいる。
元々疲れ切った身体で主に突貫したのだ。
全身血まみれ――これは主の血肉だが。見てないが痣や打撲だらけの筈だ。
「なあ、なんで生きてるんだ俺たち」
「とんでもない高さから、凄い勢いで墜落したんですけどねえ」
分厚い腕に突っ込んで、墜落して……。
奴の骨を破ったところで勢いはなくなったし、風と蔦で何とか着地はできた。
それでも骨折どころか身体のどこかがもげてそうなのに……こうして無事なのが不思議なくらいだ。
「……丈夫になったもんだなあ。これは、流石にもう人間辞めてるか?」
「はははっ! かもしれませんね。……あー、楽しかった」
腹の底から息を吐き出し、彼はそう言った。
直後、砂塵が舞ってきて2人して咳こむ。
主が色々とぶっ壊したせいで、大量の砂塵が舞っているのだ。
疲れて立てない俺たちには酷い追い打ちである。
だがそれが通り過ぎた後には、透き通る空の青が視界一面に広がっていた。
綺麗だよなあ。
……迷宮は、なんで地上と同じ空があるんだろうな。いつか、わかるのだろうか。
動かすだけで全身が痛む右腕を空に向けて、ぼんやりと眺めていたら。
ふと、隣で倒れているジンの声が聞こえてきた。
「ゼナウさん。俺、やるよ」
「あん?」
「ちゃんと勉強して、立派な王に成れるようにする」
「……いや、お前王子じゃねえだろ……」
何勝手に王と他の王子を亡き者にしてんだよ。
……するのか? するのかもなあ……。
いやまあ、どうせ向こうからなんかしてくるだろうし、これから先絶対物騒な事態が起きる筈だが……まあいいか。
今はもう考えるのも面倒だ。なるようになれってんだこの野郎。
「――そこの寝坊助2人。さっさと起きなさい」
「あ、アン姉さん!」
なんて考えていたら、元凶がやってきた。
青い空の下。いつものように真っ赤な髪を風になびかせているその人は、とても柔らかで、穏やかな笑みを浮かべている。
とても血塗られた道を行こうとしている鬼には見えない。
……実際、その中身はそこまで強くないことは知っている。
最愛の人を失って、両腕も失って。
それでも這い上がった不屈の女傑は、遂にここまでやってきたのだ。
もうすぐ、目的の連中の喉元に手をかけられるんだろう。
だから彼女は決して止まらない。
例えその身が更に傷つくのだとしても。
「まだ解体に帰還もあるんだから、のんびりしてるんじゃないわよ」
「……了解」
疲れた身体に鞭打って立ち上がる。
自分もぶっ倒れたいくらいに疲れてるだろう雇い主にそう言われちゃ、こっちは起き上がるしかない。
「……」
「なに? どうしたの?」
「いや、なんでも。……お疲れ様」
一瞬見開いた後、ふっと笑って、彼女は頷いた。
「……ええ。お疲れ様。帰るわよ」
「ああ」
今回もなんで生きてるのか不思議な強行軍だったが、それでも生き延びた。
お互いの目的を果たすまで……精々頑張るさ。
こうして、長い長い20層攻略は終わりを迎えるのだった。