違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第81話 白砂の迷宮第21層/蠢森林①

 

 

 

 そうして、様々な準備を終えて、7日。

 第三都市の探索者たちが到着するまで後3日というところで、俺たちは25層までの攻略へと挑むことにした。

 

 21層から広がる階層は下へ下へと続く森。

 その主な生息染獣は虫。……染()って言ってんのに虫なのはご愛敬だ。文句は昔の偉い人に言ってくれ。

 

 そんな階層に挑むために必要な準備はそんなに多くはない。

 ただ必須と言われているものが2つ。

 毒と落下の対策である。

 

「皆、装備は万全ね?」

「うん、大丈夫! ちょっと動きづらいけどね……」

 

 そう言うカトルの腕は肌をぴっちりと保護する特殊な衣服に覆われている。

 スイレンたちに助言を貰いながら作った耐毒用の防具である。

 虫たちは多くが毒持ちであり、攻撃をただ防ぐだけだとやられてしまう。

 そのため、毒を沁み込ませない肌着が必要になるのだ。

 

「我慢なさい。解毒はそう簡単にできないからね」

「はーい」

 

 代わりに多少動きにくく、通気性も悪い。

 6層からの密林よりは涼しい気候なのが救いである。

 

 

 昇降機に乗り込み、目的の階層まで降りていく。

 並んで立つ仲間たちの目は、かつてない程に強く輝いている。

 ぐらぐらと、煮えたぎるような感情がそこにはある。

 その筆頭たるアンジェリカ嬢が告げる。

 

「さっさと駆け抜けるわよ。今日は24層まで進んで、しっかり休んでから主討伐ね。ゼナウ、案内は任せたわ」

「ああ。……ジンがいりゃもっと楽だったんだがなあ」

「ないものをねだらないの。代わりに準備をしたでしょう? さ、行きましょう」

 

 昇降機が開き、外へと出ると、途端に冷えた風が吹き抜ける。

 同時に、ごうごうと音が鳴り響く。

 激流でもあるのかと錯覚するほどのそれは、風に揺れた木々の木擦れの音。

 

「凄い音だね。川でも流れてるみたい」

「風が強い森はこんな音が鳴る。迷宮の木は丈夫だから、地上よりもずっと騒がしいだろうな」

「一日中鳴るんだろ、これ。ここに住んでたら頭がおかしくなりそうだ」

「だから虫しかいないんだろう。奴らは我ら程耳が良くはないからな」

 

 ()から吹き上がる風を受け、葉が葉を、幹を擦り叩く音が階層中に鳴り響いているのだ。

 そして、何より目の前に広がる奇怪な光景。

 

「森が……落ちてる?」

 

 カトルの言葉通り、目の前には視界の果てまで広がる森が――なかった。

 木々はある。さっきからうるさいくらいに主張している。

 だが視界にある筈の木々は、奥に行くにつれて下へ下へと消えているのだ。

 まるで地面に埋もれていっているみたいに。

 

 例えば俺の前に立ち並ぶ木の幹の奥に、生い茂る葉――樹冠があり、その向こうには何もない空がある。僅か数百mで森が視界から消滅しているのだ。だが鳴り響く音は、見える以上の森の存在を強く主張し続けている。

 ある筈の森が見えない、そんな奇妙な光景が広がっている。

 

「こうして見ると、わけがわからないな……なんだこりゃ」

 

 その答えは、少し進むだけで理解できた。

 

 ()()()()()()巨木に掴まりながら見下ろす先には、光の届かない大穴が口を開けていた。

 まるで数十kmに及ぶ大地が消失でもしたかのような、底の見えない大穴が広がっている。

 

「どこまで続いてるの、これ……」

「数千mはあるんじゃないかって言われてるわね。このワハルの迷宮で唯一、明確な果てがある階層よ」

 

 そして、当然の如く、ただの大穴ではない。

 これが地面の崩落なら、穴の断面はただの土だろう。

 だが、この階層はそうじゃない。

 

 数千m続く大穴の壁面には()()()()()()()()()()()()

 俺らが今立っている森林とほとんど変わらないものが、そのまま傾斜する壁に生えているのだ。

 

 周囲の木々は3mを超す、見上げる程の巨木たち。

 それが決して崩れることなく、落ちることもなく()()()()伸びているのだ。

 

 俺たちが捕まっている木も、本人は真っすぐ生えている。

 ただ地面が傾斜しているだけ。

 ……一体、何がどうなったらこんなもんが出来上がるんだ?

 

「あの森全部に虫がいるんでしょ? どうやって生きてるの……?」

「虫は元々上下なんか気にせず生きる連中だ。多少住処が傾いてても、関係ないのだろう」

「いや、あるだろ普通……」

「普通じゃないのさ、迷宮ってものはな」

 

 見ての通り、ここの森林地帯は山なんて生易しいものじゃなく、巨大な大穴だ。

 まともに立ってられない急斜面には木々が生えており、底まで()()()()、そのまま次の階層へと行く。

 落ちれば下に行くってのはある意味一番、現実に即している気がしないでもないが……。

 

「私も来るのはこれで2度目。できれば、2度と来たくはなかった階層よ。歩きづらいわ虫だらけだわ……いい思い出はまるでないわね」

 

 そう呟くアンジェリカ嬢の瞳は、しかし爛々と輝いている。

 やる気は十分らしい彼女の今日の装備は元の大斧。更に背中にも箱形の装備を背負っている。

 これはもう一つの、落下用の対策装備。

 

 このまともに立つことすら難しい傾斜の森には、無数の虫たちが暮らしている。

 普通に降りるとなると木の幹を階段みたいに足場にしながら進むのだが、その着地を虫たちは狩ってくる。その上、奴らの大半が飛行能力持ち。

 

 一体一体は強くないのだが、とにかく数が多く、種類も多彩。

 こっちは足場が不安定な中、毒持ちの虫たちが一斉に襲い掛かってくる、とにかく面倒な階層なのだ。

 

 だから、ここの攻略方法はとにかくさっさと駆け抜ける――基本的にその1択だ。

 ほぼ滑落に近い動きをしながら、この森を滑り降りていくのだ。

 それには風魔法が最適。故に攻略には風魔法使いが必須とまで言われている。

 

 だが当然ながら俺らに風魔法使いはいない。

 なので、代わりの装備をこしらえたというわけだ。

 箱形の背負い鞄に加えて、俺は毒撃ちを外して、別の装備を右腕に装備済み。

 これらの新装備と左目を用いて、俺が先導役を務めることになる。

 

「さて、どこから降りるかだが……丁度いい、デカい木があればいいんだが」

「あれはどうだ?」

 

 鉄塊が指さした先、一際大きく太い巨木があった。

 おあつらえ向きに、真っすぐ()()に伸びている。

 あれにするか。

 

 その幹に乗ろうと歩き出した瞬間、左目に反応がある。

 腰から投げナイフを取り出して光へと投擲する。

 

「接敵! 蟷螂1体!」

『――――!!』

 

 音もなく忍び寄ってきていた虫が甲高い鳴き声を響かせる。

 ここの住人の1体。

 木々に擬態して獲物を狩る擬蟷螂(フウスロ)だ。

 

 腐食毒のある大鎌を振るう、この階層では特に重量級の虫。

 この階層は重い奴ほど上にいる。

 上側はこの蟷螂たちの縄張りだ。

 

 鎌を振り上げた顔面に魔刃ナイフが突き立ち、顎に大穴が空く。

 それでも構わず鎌を振り下ろした1撃を、鉄塊の盾が弾く。

 そこをカトルが凍らせ、伸びた両腕をアンジェリカ嬢が叩き斬って、逆に相手の首を刈った。

 

 一瞬の連携で、虫を殺した。

 1体程度ならこんなもの。蟷螂は群れないから、ここでは最弱の染獣なのだ。

 それでも油断したら首を狩られるが。

 

「カトルの氷があるから、毒の心配も大分減るわね。怪しい場所はどんどん凍らせて」

「わかった!」

「そういや、ここの階層踏破証明ってどうすんだっけ? 落ちるんだろ?」

 

 解体を鉄塊に任せ、幅2mは優にある巨木を慎重に渡りながらアンジェリカ嬢に訊ねる。

 

「この階層だけ特殊でね、落下先――次の階層にあるわよ。だから気にせず落ちなさい」

「気にせず……って、これをか?」

 

 先端まで行ってようやく()()()始めた巨木の先は――途方もない程の大穴。

 山の頂上から飛び降りろと言われてるのとなんら変わりない。

 今から俺らは、ここを落ちなければならない。

  

「終わったぞ」

「ああ」

 

 解体を終えた鉄塊も合流して、これで後は行くだけだ。

 頷き、深呼吸。

 大丈夫なように準備しても、恐ろしいものは恐ろしい。

 先の見えない暗闇に飛び込むというのだから。

 

「……」

 

 迷宮側へと潜り、背中の装置を起動させた。

 駆動音が鳴り響く中、全員を振り返る。

 

「行くぞ、俺の後をついて来い」

 

 頷いたのを確認し、俺は背後へと――大穴へと駆け、飛び出した。

 一瞬の停滞の後、凄まじい浮遊感が襲い来る。

 

「――――っ!!」

 

 吹き上がる風を受けながら、それでも止まり切れない速度で落ちていく。

 周囲の森の輪が凄まじい速度で濃度を変えながら変化する中、それらがざわりと動き出すのを感じた。

 

 途端に、潜り込んだ視界に無数の光が湧きあがる。

 それらはここに住む数多の虫たちだ。

 

『――――!!』

 

 侵入者に素早く反応した奴らが、獲物を求めて襲い掛かってくる。

 蜂に蠅、蟻に蜘蛛……パッと見ただけで100は超える。

 普段人が来ないからなのか、元からなのか。

 久々の来訪者を歓迎しているらしい。

 

「来るぞ!」

 

 途端に、無数の明滅が起きた。

 獲物を我先にと捕らえるために、虫たちの攻撃が放たれたのだ。

 酸に糸に火……火!?

 

「虫じゃねえのかよ!?」

「今更でしょう! ゼナウ、先導!」

「わかってるよ!」

 

 視界に集中して、襲い来る光の隙間を見つめ――見つけた。

 上下左右からの砲撃の隙間へと向けて、落下を開始する。

 

 勿論ただ落ちるだけなら砲撃の餌食になって終いだ。

 そのための対策を――背負ってきた。

 

 背負った箱が展開し、脇から分厚い膜が広がった。

 箱から伝わる魔力によって膜に刻まれた魔法陣が起動。

 吹き上げる風に乗って、身体を持ち上げ、穴の淵を沿うように滑空を開始した。

 

 背中の新型装備は、染獣素材で作った滑空装備(グライダー)

 帆に当たる部分には風魔法を仕込んでいるので、空中機動も可能な一品。

 横ではなく下に滑り落ちるってのも変なもんだが、風魔法がない俺たちにできる最速の攻略法だ。

 

 そして先頭を行く俺は、右腕の装置も展開する。

 青白い光の膜が俺の前に展開される。

 こっちは砲撃を防ぐための耐物障壁。左目とこれで俺が道を切り開き、最短で進んでいくのだ。

 

 およそ数分間の滑空落下。

 選択を誤れば死へと真っ逆さまの攻略が始まった。

 

 

「わあああああ!?」

「――――っ!!」

 

 カトルの悲鳴と虫たちの合唱が響き渡る中、下から迫る無数の砲撃を左へと旋回しながら落ちていく。

 1つ2つ、避けきれないものは盾で弾いて突き進む。

 後ろは見えないが、鉄塊が何とかする筈だ。

 

 だから信じて突き進む。

 白やら赤やらの光りが大穴を彩る中、その地の底が見えてくる。

 波打つ湖のような、暗い水面。

 見慣れたそこへと突っ込む――その直前。

 

『――――!!』

 

 奇妙な鳴き声を上げる光が森から飛び出した。

 森から伸びる巨体。

 それは節が幾つも連なり、その全てに奇怪で鋭い脚と透明な羽の生えた巨大な芋虫(ワーム)

 直径2mを超す胴体と、ほぼ同じ大きさの大口で探索者を呑み込む魔虫――呑連虫(スウォーム)

 それが俺らを呑み込もうと飛び出してきたのだ。

 

 飛び込むのは階層への大穴か、虫の大口か。

 毒撃ちがあればそのままぶち抜くこともできるが、今回それはない。

 だから――。

 

「ゼナウ、命綱!!」

 

 ()から聞こえた声に素早く振り向き、蔦撃ちを放つ。

 それがアンジェリカ嬢に絡んだ直後、彼女は風を全力にして俺より先に落ちていく。

 腰に固定していた斧を構え、大口を開く虫の、その口の端へと斧を叩き込んだ。

 

「――どきなさい!!」

『――――!?』

 

 くねらせていた身体を真っ二つに断ち切り、奴の顎――どこが顎かは知らんが、斜めに叩き斬られてブルりとその顔が弾かれた。

 俺らはその横を滑り落ちていき、蔦撃ちを巻き込んでアンジェリカを引っ張った。

 そのまま、階層の大穴へと飛び込んで、無事に22層へと到達する。

 

 後はこれを2回繰り返すだけ。

 24層までの最短攻略を、俺たちは進めていくのだった。 

 

 

 

 

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