違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第83話 前夜①

 

 

 

 25層の攻略を終えた俺たちは、報告のために支部の窓口を訪れていた。

 そこにはいつも通りルセラさんが笑顔で待ってくれている。

 洗練された所作で頭を下げ、最早聞きなれた言葉がやって来る。

 

「皆さん! お疲れ様でした!」

「ええ。予告通り、最速で攻略してきたわ」

「そ、そうですね……。まだ2時間も経ってませんから……私の知る限り最速記録ですね……」

 

 朝から挑んだので、まだ昼前。

 実に優雅な迷宮探索――とは言えない人物が約1名。

 

「…………」

「か、カトルさんは大丈夫ですか……?」

 

 昇降機で戻る間も青い顔で震え続け、一言も発していない。

 何故だか俺は裾を掴まれ、背後から睨まれ続けている。

 ……またミンナたちに料理を用意してもらおう。そうしよう。

 

「怪我とかじゃないんで、すぐに戻ると思います」

「そうですか……で、では処理を進めちゃいますね!」

 

 見なかったことにしたのか、ルセラさんはそのまま作業を進めるのだった。

 その受付にもたれかかりながら、アンジェリカ嬢がこそりと訊ねる。

 

「それで? 例のは来た?」

「ええと……やはり予定通り明日――正確にはワハル自体には今日の深夜から朝にかけての到着になると聞いています。ここには明日に訪問予定です」

「……そう。明日の予定は?」

「支部長との挨拶を済ませたら、早速迷宮に潜られる筈です。上級の方々ですから、20層以降の探索は許可されていますよ」

 

 つまり、予定に変わりはないということだ。

 俺らとしてはぜひ長旅の疲れをゆっくり癒してくれと思うのだが、そうも行かないのだろう。

 さっさと邪魔者(おれら)を始末して、『大海の染獣』を探したいだろうからな。

 

 アンジェリカ嬢と視線を合わせて頷くと、彼女は頷き、にっこりと笑みを返した。

 

「そう。ありがとう。私たちも明日は26層に挑むから、よろしくね」

 

 まあ、急ぎたいのは俺らも同じ。

 迎え撃つ準備は――多分できている、と思う。

 後は全力で突き進むだけだ。

 

「……はい。御武運を」

「それは、明日言うべきじゃない? ……まあでも、ありがとう」

 

 残りの手続きはルセラさんに任せ、俺らは支部を後にした。

 まだ明るい外に出て、うん、と伸びをする。

 戦闘自体は短かったが、疲労感はそれなりにある。

 もうちょっとだけ頑張らないとな。

 

「……さて。ここからは各自準備を進めましょうか。また夜に屋敷でね」

「おう。俺は『赤鎚』のところで装備を受け取ってくる。……カトルはどうする?」

「……帰る」

 

 聞いたことがないくらい低く響く声で、カトルがぼそりとそう言った。

 だいぶ怒っていらっしゃる……。

 ちなみにまだ服は掴まれたまま。このままなら俺まで帰る羽目になる。

 縋る様に鉄塊に視線を向けると、微かに頷いてくれた。

 

「なら俺が一緒に行こう。いいな、カトル」

「……うん」

「よし。俺らは明日の荷造りをしておこう」

「ええ、よろしくね?」

 

 鉄塊がそう言ってくれたおかげで、ようやくカトルの手が離れた。

 助かった……。鉄塊にこっそりと伝えて、ミンナたちにご飯の用意をしておいてもらおう。

 

 

 ここからは三手に別れて行動する。

 流石に馬車の数が足りないので、俺は1人徒歩で目的地へと向かうことに。

 行く先は――『赤鎚』の工房である。

 

 いつも通り騒がしい音が鳴り響く工房へと入ると、ウルファたちが作業をしているところであった。

 作業場へと近づいていくと、こちらに気づいたウルファが手を挙げた。 

 

「おう、来たな! できてるぜー!」

「良かった。何とか間に合ったか……」

 

 この装備の有無で、俺たちの命運が決まるかもしれなかったのだ。

 これで、勝ちの目が大分見えてきた。

 

「当然! オレらは納期を守る技術者だぜ!」

「規則は守らないけどね」

「「はっはっはっ!!」」

 

 相変わらず元気な連中だ。

 ただ、いつも通りのやり取りを見ていると不思議と落ち着くのを感じた。

 そのことに気が付き、俺は思わず笑みを零した。

 ……どうやら、俺は緊張というものをしているらしい。

 

 あの『踏み鳴らし』を打倒し、数千mの落下を繰り返した後だってのに、ただの探索者にビビるとは。

 自分はまだまだ、ちゃんと『人間』らしい。

 

「あんたらが守らないのは常識だろ?」

「ああん!? 言うじゃねえか、ゼナウ。俺らが非常識? ――その通りだな! 絡繰りは常識破りの大発明よ!」

「「「はっはっはっ!!」」」

 

 それを誤魔化すように、ウルファたちと一緒になって笑いあうのだった。

 

 

 ひとしきり笑った後、イマが近くにあった荷車を叩いた。

 

「はいこれ、人数分の装備ね。重いけど平気?」

 

 荷台には木箱が4つ。

 急ぎで作ってもらった装備やその修理用品などが詰め込まれているそれは、抱える程の大きさがある。

 

「荷台を借りられりゃ十分だよ。この後行く場所で馬車も拾えるしな」

「この後もなんかあんのぉ? 主を倒してきたばっかなのに、忙しいねえ」

 

 アミカが荷台からひょっこりと顔を出す。 

 ……この荷台はこいつの寝床なのか?

 

「俺は大したことしてねえからな。体力は有り余ってるよ。……あんたは駄目そうだな」

「うん。ゼナウが行ったら、ぶっ倒れる予定ー」

 

 それは予定って言っていいのか? まあ、いいか……。

 徹夜で、急いで仕上げてくれただろうからな。感謝しかない。

 

「ありがとな。これで何とかなりそうだ」

「おう。……勝てよ、ゼナウ。お前らなら、大丈夫だ」

 

 拳を突き出し、ウルファが笑う。

 ……どうやら俺の緊張なんてお見通しらしい。いい奴らだよ、本当に。

 

「……ああ」

 

 それに拳をぶつけ、頷きを返した。

 

「行ってくる。本当に助かった。ゆっくり休んでくれ」

「お休みぃー」

 

 気の抜けたアミカの声に送られながら、荷台を曳いて次の目的地へと向かう。

 そこで待つのは――。

 

「――来たぞ、軍曹」

「おやゼナウさん。ようこそ」

 

 地下倉庫の隠し部屋に入ると、軍曹が恭しく礼をした。

 相変わらず正装だという赤い外套を身に纏い、胡散臭い笑みを浮かべている。

 

「主はどうでしたかぁ?」

「問題なく倒せたよ。蜘蛛だから警戒していたが、あの骨染獣程じゃなかったな」

「ふふ、我が流派の骨染獣はそう軟ではありませんからねえ。それに、15層とはいえ主に埋め込んだのですから、その魔力は潤沢だったでしょう」

 

 この連日の準備のおかげで、こいつとはすっかり長い時間を共にしている。

 私的なことは一切話してはいないが、妙にやる気に満ち溢れたこいつは、思っていたより真面目に仕事に取り組んでくれていた。

 そのせいか、俺も死霊魔術というものに少しは詳しくなった。

 

 死霊術士(こいつら)は染獣の骨を加工して作品に仕上げると、そこに大量の術式を刻み込む。

 それは神経の代わりとなって、生き物の如く骨を動かすのだが……。その燃料として、染獣たちの核を利用するそうだ。

 

 核は本来生物の魔力源となる器官だが、魔力で動く骨染獣とっては命の源になるってわけだ。

 当然の如く骨染獣最大の弱点となるため、大抵は骨の中でも一番硬い場所に核を納める部屋を作り、そこに隠すのだという。

 

「……あ? でも、15層の骨染獣は核を壊したりはしなかったぞ? 解体した時も2つ目の核なんてなかったし」

「生きている個体に骨を埋め込む場合は、宿主である生物の核を利用するんですよぉ。主に埋め込むのにはそういった利点もあるんです。技術は必要ですがねぇ」

「へえ……んな技術があんのか。しかし、それでも10層も下の主の方が弱いってのは、不思議な気分だな」

 

 しかも比較対象が探索者の作り出した骨染獣だってんだから、余計に複雑な気分だ。

 まるで人が迷宮を――世界を超越してしまったような、嫌な感じがする。

 なにが嫌って、それを作った奴とこれから戦うってところだ。

 きっと、より凶悪な骨染獣が襲い来ることだろう。

 

「25層の主は個体としては貧弱なのでしょう? それに、ゼナウさんたちも成長したということでは?」

「ああ……それは確かにそうか」

 

 20層までの渓谷地帯の探索は、特に俺にとっては劇的な変化があった。

 目の変化だけでなく、何故だか身体もより機敏に、力強く動くようになったし……。今15層の主と戦ってもあの時ほど苦戦はしないだろうと断言できる。

 

「ただ、向こうもそれは織り込み済みでしょう。故に、次はもおっと強い骨染獣を用意することでしょう。……そこで」

 

 軍曹が懐から紙束を取り出した。

 

「想定しうる骨染獣の組み合わせを考えました。ここから逸脱することは、基本ありえないかと。少々量は多いですが……ゼナウさんなら問題なく覚えられるでしょう」

「おお……助かる」

 

 明日直ぐに戦うかは分からないが……どうせ今夜も大して眠れはしないのだ。

 頭に叩き込んで、戦法を考えておこう。

 受け取ろうとしたが、その手がつい、と離される。

 

「……?」

「その代わり……わかっていますよね?」

 

 鋭い目をこちらに向けて、軍曹がそう問うてきた。

 彼の望みは分かる。この胡散臭さが服を着た様な男がここまで協力的なのには、明確な理由がある。

 俺はそれを知っている。そしてアンジェリカ嬢たちは知らない。

 鉄塊がそうしたように、これは俺の――そしてこいつらの戦争準備なのだ。

 

「そのために準備してきただろ? 何を今更……」

「申し訳ありません。そういう性分でして。……それで、手順は?」

「……分かったよ。全部話すよ」

「お願いします」

 

 決して譲らない軍曹に溜息を吐きながら、明日の流れを説明していく。

 まあ俺にとっても整理になるから丁度いい。

 

「――というわけで、俺らが屋敷を出た後、迎えが行く。後はそれに従ってくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 しばらくの説明を終えると、軍曹が紙束を手渡してくれた。

 良かった。納得してくれたらしい。

 受け取って仕舞っていると、ふと軍曹が口を開いた。

 

「お手間をおかけしましたねえ。代わりに、もう1つ良いことをお教えしておきましょう」

「……?」

「以前、アンジェリカ様がいらした時に私はこう言いました。『骨染獣は間違いなく現地調達だ』と」

「ああ、んなことを言っていたな」

 

 迷宮外では魔力が持たないだとか何とか。

 

「あれは、正確には間違いでして。骨を迷宮外で持ち歩く手法が、実はあるのですよ。そしてその死霊魔術士は、間違いなく使っているでしょう」

「そんな方法が?」

「ええ、それは――」

 

 そうして、俺は最後の準備を終えるのだった。

 

 

***

 

 

 それぞれの、諸々の準備を終えた夜。

 早めの食事を終えた俺たちは、談話室に集まって最後の作戦会議を進めた。

 

「――さて、改めての確認だけれど」

 

 壁に貼り付けた資料を叩きながら、アンジェリカ嬢が告げる。

 そこにはどこかから、どうやってか入手した似顔絵が並べられている。

 

「今回やって来る第三都市(マイヤ)の探索者は5人よ。前回来た2人に、新しいのが3人。パーティー名は『落水』。……嫌な名前ね」

 

 計5名の探索者。

 その素性は当然ながら支部には事前に通達がされており、我々はそれを入手している。

 登録情報すら分かるので、全くもって不明な相手と対峙するわけではないのだ。

 何なら、どこから見つけてきたのか、外見の姿絵(スケッチ)すらある。

 

 まず前回やってきた死霊魔術士とその護衛。鳥の巣頭のユニスと、禿頭の大男・ジュド。

 そして新たな3人。

 橙色の頭髪と、飄々とした印象を受ける整った顔の男――本来の『落水』の頭目(リーダー)にあたる魔剣士・ナスル。

 黒い頭髪を後ろに撫でつけた、大猿を思わせる顔の剣士・ベッグ。

 金の髪に細い目が特徴的な、狐顔の魔剣士・ゲナール。

 三者三様で胡散臭い連中が、旧『落水』の連中である。

 

「3人が元々パーティーとして組んでいた所に、前回の2人が合流した形ね。3人組の方は第三都市でもそれなりに名の知れた探索者だそうよ。……特に、『人狩り』として」

 

 第三都市――正確には、第三王子が管理しているらしい迷宮内都市には、当然ながら軍隊やらの公的な治安維持機構は存在せず、探索者による自警団的な組織がその役割を担っている。

 王たる第三王子の機嫌を損ねた者は、哀れにもその餌食となって死ぬか、管理された手駒扱い。未探索層の先陣なんかを任され、悲惨な末路を辿ることになるという。

 

「要は対人戦闘に特化した探索者ってことね」

「探索者を狩る探索者、ねえ……。何のために迷宮に潜ってるのやら」

「戦いにも種類がある。染獣との戦いに魅了される者もいれば、人との戦いに快楽を覚える者もいる」

 

 ……ああ、1人知ってるなあ。騎士団の次期団長とかいう偉い立場の青髪騎士が。

 あいつが求めるのは純粋な決闘だが、その自警団もどきはそうじゃないんだろう。求めるのは、一方的な制圧と殺戮。

 

 つまりその元々の『落水』メンバーはそういったイカれた感性持ちの集まりってわけだ。

 そのせいか、その3人は相当特殊な構成をしている。

 全員が剣士や魔剣士といった前衛役。それも素早さや隠密能力に特化した連中で固めている。

 

 中でも頭目(リーダー)であるナスルは第三都市における剣豪として名を馳せていた男らしい。

 ルトフやカイに並ぶ実力者な上に、人殺しに躊躇いのない相手……戦いたくはないな。

 

「その上、探索者としての実力も十分にあるそうよ。3人で向こうの25層までは踏破済み。しかも、ここ1年程で急激に実績を積んでいるみたい。……正直、不自然な程に」

 

 本来は対人専門――といえば聞こえはいいが、要は染獣を相手にすることをあきらめた探索者()()()のような連中だったという。

 それが急激に成長して、第三王子選りすぐりの探索者として派遣されるまでに至った。その理由は――。

 

「……身分を買った、か」

「ええ、そう。全員かは分からないけれど、少なくともこのベッグという探索者は、身分を売買した可能性が非常に高いわ」

 

 アンジェリカ嬢が握っている、第三王子と湖畔の国(ラクトリア)の取引の1つ。

 その被害者が、これからやって来るベッグ君らしい。

 つまりは、俺らを狩りに来るのは、ただの探索者ではない。

 

湖畔の国(ラクトリア)の、俺たちの知らない国の技術を持った探索者がやって来るってことだな」

「そう。そしてその中には、あなたと同じ……いえ、その『成功例』がいる可能性がある」

「……」

 

 俺のこの左目は、湖畔の国(ラクトリア)のくそ野郎によって埋め込まれた。

 だが俺は連中の下には置かれず、記憶処理をされて捨てられた。

 流石に埋め込んだ全員を捨てている訳がない。いる筈なんだ。奴らの手元に置かれた、成功例が。

 

 明日来るのは、その成功例かもしれない。

 そしてそれは、支部にも共有されていない情報のはず。間違いなくただの魔剣士なんかではないだろう。

 ……一体、どんな能力を持っているのやら。

 

「そして、この2人が合流したことで、その戦力は更に向上した」

 

 残った2人――前回第三王子とともにワハルにやってきた、2人の探索者を示した。

 鳥の巣みたいな頭をした小柄な男・ユニスと、禿頭の大男・ジュド。

 このユニスの方が死霊魔術士であり、ジュドはそれを守る前衛役だそうだ。

 

「こっちの2人は、支部にはほとんど情報がなかったわ。まさに第三王子のお抱え。形式的な情報しか分からなかった」

 

 ユニスは魔術師、ジュドは戦士。

『落水』と同じく向こうの25層の踏破記録が残っているが、極僅かな探索記録が残っているのみ。

 そして、その実態は希少な死霊魔術士。湖畔の国(ラクトリア)の尖兵といい、第三王子は俺らが知らない技術で必殺を狙っているようだ。

 だが――。

 

 アンジェリカ嬢がたっぷりの笑みを浮かべる。

 

「ただ残念。あのクソ王子が思っている程、私たちは馬鹿でも間抜けでもないのよ。準備は間に合った。意気揚々とやって来る連中を返り討ちにしてあげましょう?」

 

 準備もやる気も十全。

 後は明日、その全てをぶつけるだけだ。

 

 それぞれの決意が煮えたぎる中、決戦前夜は過ぎていくのであった。

  

 

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