違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第96話 束の間の休息①

 

 

 

 26層での激闘とその後処理を済ませた俺たちには、久方ぶりの平和な時間が訪れていた。

 ミンナに起こされることなくのんびりと目覚め、頭が寝ぼけたまま朝食を取り、たっぷりと食後の休息を楽しんだ。

 

 その間俺の心は平穏そのもの。

 階層攻略の作戦を考えることもなく、レウさんやらルトフたちとの訓練に怯える必要もない。

 ああ、平和だ……。

 それもこれも、26層での戦いが終わったから。

 

 ――そう、俺たちは遂に、迫りくる課題というものを全て乗り越えたのだ!

 

 今までは敵対勢力である各王子派閥の探索者たちに先を越されないよう最短での迷宮攻略に挑んでいた。

 それが今や第一王子たちとは協力関係を得て、第三王子の脅威も排除した(らしい)わけだ。

 

 もはや俺たちを追う期限(タイムリミット)は存在しない。

 後はのんびりしっかり準備をして、35層に挑めばいいだけなのだ。

 

『――35層への直行便、その許可を貰えないかしら?』

 

 昨日、アンジェリカ嬢が突如告げた『お願い』。

 当然の如く2人からは凄まじい反発があった。何なら俺も腰を上げて驚いたくらいだ。

 だって俺たちはその10層も手前の26層で死にかけたばっかりなんだから。

 

 勿論アンジェリカ嬢もそれは理解している。

 だから彼女は、通すための提案を携えていた。

 

『今回はやり方を変える。今度は私たちだけじゃなく、集団(チーム)で挑むわよ』

 

 それからアンジェリカ嬢の()()()交渉術によって、無事に35層の挑戦権を手に入れたのであった。

 

 

 というわけで、俺たちはこれから時間制限ではなく、確実な勝利を目指して準備を進めていくことになる。

 

 ……いや、まあ正確には期限はある。俺に限っての話だが。

 俺のこの目がどれだけ持つのか……その答えを知る者は、残念ながらこの国にはいないだろう。

 

 こと俺の事情だけを考えるのであれば、急いで『大海の染獣』を見つけて、湖畔の国(ラクトリア)へ向かう必要がある。

 俺の目的――あの黒剣の男を殺すためには、あの国に行かねばならないのだから。

 

 ただ、まあ。

 それは今日明日の話ではない。

 少なくとも今は……ゆっくりするとしよう。

 

「――では、これからのことについて話しましょうか」

 

 大騒ぎの祝宴を終え、揃って食卓で爆睡して運ばれていった俺たち4名は、翌朝いつもの会議室へと集まった。

 ミンナたちが淹れてくれた飲み物を堪能しながら、アンジェリカ嬢の言葉を待つ。

 

「次なる目標は、いよいよあいつ……『大海の染獣』よ。やっとここまで来ることができた……皆のおかげ。本当にありがとう」

「もう35層かぁ……。なんか、凄いあっという間だった気がするなあ」

「実際、10層くらいすっ飛ばしてるからな。それも、竜の巣の主を」

 

 普通に戦えば今まで最も苦戦するだろう主を無視していくのは、いいのか悪いのか……。

 あ、それでいえば20層からの落下も『飛ばした』に含んでいいかもな。

 そう考えると15層くらい飛ばしたことになる。

 ……びっくりするくらいあっという間だな。

 

「もう、余計なことは言わないの。私たちは実績を積みたいわけじゃない。目的はあくまで『大海の染獣』だけよ。そのために必要な手順が全て整った。だから目的を果たすだけよ」

「へいへい……」

 

 それが凄え怖いんだけどな。

 一気に10層もすっ飛ばすわけだから、染獣の強さは跳ね上がるだろう。

 そもそも『大海の染獣』なんて大層な名前のついた染獣……一体どれだけ強いのやら。

 

「その『大海の染獣』討伐だけれど、30日後に行うわ。それまでに必要な準備を行いましょう。まあ、いつもの流れね」

 

 俺の不安を余所に、アンジェリカ嬢は余裕たっぷりにそう言った。

 

 確か第三王子の捕縛に20日。そこから色々な手続きを踏まえての30日後……だったか。

 なんだかんだ言って最短で挑もうとしているのは変わらないらしい。

 

 とはいっても、流石に今回はそこで準備ができてなければ延期すればいい。

 そう考えれば大分気が楽になる。

 30日はあくまで努力目標。良い言葉だ……。

 

「今回はチームで戦うんだろ? 誰を連れていくんだ?」

「前回の20層攻略組の連中は声をかけるわ。ルトフたちは戦力として十分期待できるし、『赤鎚』も役に立つでしょう。後は、必要そうな人員を集めたいんだけど……」

「……必要って、どんな?」

 

 結局のところ、俺たちはこの『大海の染獣』について殆ど何も知らない。

 分かっているのは35層にいて、アンジェリカ嬢たちが一度その痕跡を見つけたというくらい。

 そんな染獣を倒すのに必要なモノって……なんだ?

 アンジェリカ嬢もまた、「そこが問題なのよねえ」と思案気に呟いた。

 

「分かっていることは、あの染獣がいた場所には水の気配があることくらい」

「水の気配?」

「ええ」

 

 首を傾げるカトルに、アンジェリカ嬢が指を振って文字を綴る。

 

「『大海の染獣』奴は名前の通り、海そのものが形を成した染獣だと言われている。砂漠にそんな生物がいるならば、その進む跡には必ず水があるでしょう?」

「それを見つけて辿ればいいってことか。なるほどー」

「5年前、私たちはそれを偶然見つけることができたの。乾いた砂漠に残された、明らかに大量の水が放たれた跡が。……だから今回も、それを見つけられると良いのだけれど」

「……35層を歩き回ってその痕跡を探せって? どれだけ広いと思ってんだよ」

「そうなのよねえ……」

 

 騎獣を探した時とはわけが違う。

 無数にいる中の1集団を見つけるのと、そもそも1体しか存在しない染獣を見つけるのとでは難易度があまりにも違いすぎる。

 しかも染獣本体じゃなくて水で濡れた跡? 砂漠だったら半日も経たず乾くだろんなもん。

 一体どれだけの時間がかかるというのか。

 

「そこも問題。大問題ね。あなたの目なら何か変わるとは思うのだけれど、それでもかなりの時間がかかると思うわ」

「邪魔者がいないとは言っても、染獣自体は存在しているわけだろ? それと戦いながらってのはかなり面倒だよな」

「そっかー、大変なんだねえ」

 

 唸る様に呟いて腕を組んで考え込むカトル。

 ちなみに鉄塊はいつも通り目を瞑っておられる。

 揺れる尻尾とそれに釣られる使用人付き。……平和で何より。

 

「だからそのためのチームよ。まずは全力を挙げて奴を見つける。そのための調査部隊を作り上げるわ」

「なるほど。だからまずは人集めってわけか」

 

 砂漠をある程度の長期間探索して、継続的に戦闘も行う。

 そんな集団――隊商(キャラバン)を作り上げる必要があるのだろう。

 

「そう。差し当たって必要なのは――」

 

 頬に当てていた指を振って、アンジェリカ嬢が告げた。

 

「35層――砂漠に詳しい案内人かしら」

 

 

***

 

 

 その日の夜。

 俺は1人迷宮区画へと向かった。

 午前中をたっぷりと休養に使い、それから協会支部へ向かって目的の人物に伝言を依頼。

 そこからは支部内で調べものをしつつ時間を潰して――今。

 

「「35層に慣れてる奴?」」

 

 最早見慣れた『赤鎚』の工房で声を揃えたのは、工房主のウルファと、10層を共に戦った『炎砂』のルイ先輩である。

 探索に出ていた彼に伝言を残し、集まって貰ったのだ。

 目的は、前と同じく有望そうな探索者がいないか聞き取りをするためである。

 

 ちなみにアンジェリカ嬢は別件の対応中。

 なのでいつも通り、仲間探しは俺の役割である。

 カトルと鉄塊? ……あいつらも、いつも通りである。

 まあカトルは迷書殿に通うようになっているので許してやろう。

 鉄塊は……きっと彼にしかできないことをしている筈だ。うん。

 

「ええ。案内人を探してて。誰かいい人いないかなって」

「案内人なあ……観光地って場所じゃねえからなあ」

 

 酒を片手にぐぐっと背を椅子に預けて、ウルファが言う。

 彼もまた作業終わりなので、礼代わりの酒と食料をたっぷり持ってきていた。

 少し離れた場所ではイマとアミカ、他の『炎砂』の面々が宴を始めている。

 その騒音を聞きながら、ルイ先輩も顔をしかめた。

 

「そもそもなんで毎回僕に聞くんだよ君は……僕らはまだ深層を探索中なんだってば!」

「でも先輩なら詳しいでしょ?」

「そうだよ。お前色々と人脈あるじゃねえか」

「ウルファさんまで……全く……」

 

 大きく息を吐き出して、ルイ先輩も酒を煽った。

 どうやら結構いける口らしい。

 

「というか、頼むならあの人に頼みなよ。シュクガル様。確か、君のとこのカトルさんが弟子入りしたんだろ? あの人なら間違いはないだろ」

「ああ、あの爺さんか……」

「爺さんって……この国の伝説的な探索者だからね?」

 

 確かにあの人ならどの階層でも案内はできそうだ。

 なにせあるかも分からない文明の痕跡を探して回ってるんだ。

 砂漠に穴掘って調査とかしてそうだ。

 

「でも、あの人は駄目なんですよ。これ以上借りは作れないんで」

 

 ただでさえ10日間の無償奉仕が決まっているんだ。

 これ以上何かを頼んで、更なる拘束やら無茶振りをされるのは勘弁である。

 

「借り……? 一体何をやらかしたんだ君は……」

「それで先輩、どうです? 他にいい人いないですかね」

「……一応、知らない訳じゃない」

「ほら! やっぱり知ってる!」

「……」

 

 指をさして叫んでしまったのですんごい睨みが飛んでくる。

 おっと。またすねられては大変なので、すっと酒の追加を注いでおく。

 今度は盛大な溜息を吐かれながらも、先輩は渋々といったように口を開いた。

 

「……ただ、今回は僕も大した力にはなれないぞ。なにせ知ってるって言っても顔見知りじゃないからね」

「それで十分ですよ。なにせ、未だ特選級が誰かも知らないんで」

 

 特選級はこいつ、なんてどこかに掲示されているわけでもない。

 探索者をやってりゃ人伝に聞いて知っていくんだろうが、特殊な境遇の俺たちはそれがない。

 ルセラさんに聞くのも手だったんだが、残念ながら忙しいのか支部では見当たらなかった。

 

「シュクガル様も特選級だからね? それも、とびきり有名な」

「……そうなんですか?」

 

 あの爺さん、特選級だったのか……。

 只者ではないと思ってたが、戦闘面でも化け物だったらしい。

 ますますこれ以上は頼りたくない。

 凄い顔をしてたのがバレたんだろう。まあいい、と一言呟いてから、先輩は情報を教えてくれる。

 

「うちの支部にいる特選級。その中に、あの砂漠地帯を好んで探索している人がいた筈だよ」

 

 ――特選級。

 

 迷宮に挑む数多いる探索者の頂点にして、人類の領域を大きく逸脱した怪物たちの総称である。

 そんな怪物たちは、王子やアンジェリカ嬢の様な元から最高権力の座に近い立場の連中を除いて、総じて地上のあれこれに興味がない。

 

 彼らは地位や金以外の物を求めて迷宮へと潜る。

 そんな彼らにとって、地上は時折補給に戻るための場所でしかない。

 それ故に、特選級の顔すら知らないという探索者はかなりの数がいると聞く。

 

 実際俺もこの国に来てそれなりに経つが、アンジェリカ嬢と爺さんを除いてお目にかかったことは一度もない。

 ルイ先輩はその内の1人に心当たりがあるという。

 それも砂漠の階層を好んでいる、俺らの探し求める人材が。

 

「なんて人たちなんです?」

「『たち』じゃない。個人だ。……いや、正確には1人と1匹かな」

「は? 1匹?」

「うん。その人は『調教師』として有名なんだよ。獣の従者と一緒に探索をしてる」

 

 なんだそりゃ。まるで、俺たちみたいな……。

 いや、それよりも。

 

「そんな少人数で35層に潜ってるのか……?」

 

 俺らが10人越えの隊商を組んで探索しようとしている場所に。

 それは……確かに怪物である。

 

「で、その人の名前は?」

「ええと確か――そうだ、カスバルさん!」

 

 赤ら顔になりつつある彼が、指を鳴らしてそう言った。

 

「砂漠を放浪して探し物をしてるっていう……不思議な人だよ」

 

 

***

 

 

 首都ワハルの迷宮。

 現行最深層が50層である迷宮の、その半分より先。迷宮の遥か深くには、地上と同じ砂漠が広がる階層が存在する。

 

 真白な砂が視界の果てまで続き、うねる起伏は山脈の如く複雑な地形を形成している。

 その至る所から、そして()から染獣が飛びだして襲い来る、厄介な階層である。

 

 1層から広がる輝水が前面に広がり、水の上を歩いているようなもの。

 歩く地面全てが染獣の飛び出す可能性がある……それ故に、この階層は他と比べても――それこそ竜の巣よりも危険度の高い場所として知られる。

 

 その中を歩き回る影が2つ。

 

「――♪」

 

 ぴゅい、と鳴る指笛を吹き、先を進んでいた1人が振り向く。

 凄まじい大柄。主に縦に伸びたその巨体は大人1人分はありそうな背嚢を背負い、砂埃にやられた外套を身に纏って、その顔は伸びた髪と被った外套で露出された部分は全くない。

 

 そんな男の指笛に呼ばれて近づいてきたのは、1匹の獣。

 砂に汚れた灰色の体毛を持ったのは、体長2mを優に超す狼のような姿。

 地上では立派な怪物認定をされるだろうその獣は、男の足に鼻を擦りつける。

 

「……ここも駄目か。次へ行こう」

「――――」

「ん? ああ、そろそろ水が尽きるか。……一度戻るか」

 

 わふ、と鳴く声に頷いて、男は砂塵の向こうへと消えていく。

 まるで散歩するかの如く、染獣犇めく砂漠を進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

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