違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第98話 束の間の休息③

 

 

 

 突如現れた少女・セリィは、俺の目を指さして『灯眼』と呼んだ。

 ……なんだそりゃ。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 カトルの呟きが聞こえるが、こんな妹を持った覚えはありません。

 イラン君たちが依頼の手続きに向かい、ここにいるのは俺ら3人の他にはウィックのみ。

 多分話す時間を作ってくれたのだろう。

 ありがたく思いながら、目の前の少女を見つめる。

 

「あー……セリィって言ったか?」

「うん!」

 

 笑みを浮かべて頷く彼女は、まだ幼さが残る表情。恐らく10代後半になったばかり。

 探索者より、学生って言われる方が納得できる若さ。

 そんな彼女の装備はどう見ても前衛の剣士のそれ。

 若くて細いのに、ばりばり前に出て戦う戦法をとるらしい。

 

 しかもこいつの加入で探索が著しく進行したわけだろ? ウィックも強いって断言してたし。

 カトルといい、アンジェリカ嬢といい、相変わらず探索者ってのは外見で判断はできないな……。

 

 ……で?

 その上でこいつは、俺の目についても何か知ってるときた。

 一体何者なんだ?

 

 まさか、こいつもゲナールと同じ染人(タグァ)なのか?

 ゆっくりと腰の短剣に意識を向けながら、目の前で笑みを浮かべている少女に問いかける。

 

「この目の事、詳しいのか?」

「『灯眼』のこと? ううん。本で読んだだけだよ?」

 

 だが、彼女は相変わらずの陽気な声でそう告げた。

 

「……は? 本?」

「うん! 『幻陽記』だよ! ……知らない?」

「……聞いたことねえな」

「そうだねえ」

 

 カトルも頷いて同意した。

 この国に来てから読んだものといえば迷宮に関する資料ばかりだが、見たことも聞いたこともない。

 恐らく仲間内では一番の読書家だろうカトルも知らないのであれば、この国では有名なモノって訳ではなさそうだ。

 

「ええー、知らないの? 灯眼なのに?」

「……悪いが、俺はその灯眼ってのを聞いたことがなくてな」

「そうなの? どうして?」

 

 ……随分と純粋な顔で首を傾げてらっしゃる。

 

 こいつ、ひょっとしてただの本好きなだけか?

 いかにもな登場するからてっきり関係者かなんかなのかと焦ったが……いや、もしそうならこんなところで騒いだりしねえか。

 あのゲナールとこの能天気少女が同じ組織の所属とも思えないしな……ビビらせやがって。

 しかし、『幻陽記』ねえ。

 

「名前的には物語か?」

「歴史書っぽくもあるよね。記ってあるし」

「うーん。なんか昔の人の伝記?かなあ。『水陽の国』って所の人のお話だったよ」

 

 セリィの言葉で、ますます謎が深まる。

 伝記? なんでそんなものに俺の目みたいなもんが載ってるんだ? 

 それに――。

 

「水陽の国? 聞いたことねえな。昔の国なのか?」

「どうだろ。昔の戦争でなくなった国とかもあるしなあ。なあセリィ、それいつの本か分かるか?」

 

 ウィックの問いに、セリィは首を横に振る。

 

「わかんない。おし――おうちの書庫にあったやつだから。でもかなり古いものだったよ」

「……そうか。そこに、灯眼ってのが載ってたのか?」

「そうそう。金色に光る不思議な瞳! その国にいた英雄様が持ってる瞳なの。凄いんだよ。迫りくる敵をどんどん倒して、国を何度も救うんだから!」

「……そうか」

 

 それを聞いて、俺は全身から力が抜けた。

 恐らくは創作の話だろう。輝く目を持つ英雄様……よくありそうな話だ。

 いきなり灯眼なんていうから何かと思った。

 てかなんだ敵を倒すって、目関係ねえだろ。

 

 これは、流石に俺の目とは別物だろう。

 ただ光る目ってのはちょっと気になる。

 

「良ければ今度その本見せてくれないか?」

「え? ……うーん。できるかなあ」

「頼む。少しでも読めればいいんだ」

 

 ……厳格な家なのか? 本1冊持ち出すのにそんなに悩むか?

 しばらく考え込んだかと思ったら、ぽん、と手を叩きながら顔を上げた。

 

「じゃあ、代わりにお願い聞いてくれる?」

「そりゃ構わないが……どんなお願いだ?」

「まだ決まってない! 決まったらお願いするね。あ、もちろん先に本は持ってくるから……駄目?」

 

 なんか恐ろしい約束を提示されている気がしないでもないが、ここでやっぱ止める、は無しだろう。

 

「分かったよ。代わりに頼むな」

「うん! 次に探索に行くときに持ってくるね」

「なんかよくわかんねえけど、まとまったなら良かったよ! じゃあ、日にちが決まったらルセラさんに伝えておくぜ」

「ああ。よろしく頼む」

 

 丁度その辺りでイラン君たちが手続きを終えた様で戻ってきた。

 彼らにはこれから探索が待っている。

 お喋りはここまでだな。

 

「じゃあ俺たちは行くわ。6層踏破してくるぜー!」

「おう。頑張れよ」

「またね! ()兄ちゃん」

 

 謎の愛称を残して、セリィたちは去っていった。

 

「なんか、凄かったね……」

「そうだな。……しかし、灯眼ねえ。まさか昔の伝記とやらに似たようなものが出てくるとは思わなかった」

「ふふっ、びっくりしたね。……昔にもゼナウみたいな人がいたのかな?」

「いたのかもな」

 

 そしてそれは、俺のような紛い物ではなく『本物』なのだろう。

 古の英雄様。そいつは一体、どんな世界を見ていたのだろうか。

 

「……ね、ゼナウ」

 

 ふと、カトルが下から覗き込むように言った。

 

「あん?」

「もし色々と終わったらさ、その『水陽の国』、探しに行ってみない?」

「……探しに? 旅に出るってことか?」

「うん。この国を出て、2人で」

 

 はにかむようにそう言って、直ぐにぱたぱたと手を振り始める。

 

「あ、ほ、ほら、私もタハムさんたちの所で色々と学んでるでしょ? その知識を活かせば、色々分かるんじゃないかなって」

 

 なにやら慌てだすカトルから視線を外し、未だ賑わいのある支部へと視線を向ける。

 探索を終え戻っていく者たちや、これからのんびりと潜っていく者たち。

 彼らはここの事情はあれど、皆自分たちの夢のために迷宮奥深くへと向かうのだろう。

 俺とは違って。

 

 ……俺は必要だから迷宮に潜ったわけだが、もしも、もしもだ。

 全ての問題が解決された時、俺は一体何をするんだろうな。

 

「……そうだな。それもいいかもな」

 

 それはきっと、遠い遠い先のことになるだろう。

 そしてその頃まで、この目が大人しくしていてくれるとは……とてもじゃないが思えない。

 ただ、照れくさそうにそう提案してくるカトルの気持ちは、単純にありがたいと、そう思う。

 

 いつかの未来。

 少し前までは考えもしなかったものを、考えられるくらい余裕が出てきたってことなのだろう。

 

「さて、俺たちも行くか。どこか寄ってくか?」

「あ、アンジェおススメのお店があるんだって。行ってみない?」

「それは……甘そうだな。いいぜ、行こうか」

「うん!」

 

 一先ずの目的は済ませた。

 数日くらいは、のんびりするとしよう。

 

 

 そう思って歩き出した、その時。

 俺たちの横を、支部の人間たちが慌ただしく通り過ぎていった。

 

「――見つかりましたか!?」

「いえ、まだ……!! どの出入り口も通った形跡がなく……」

「ああ、もう。どこに消えたのあの捕虜は……!!」

 

 通り過ぎていった支部の人間が、そんな会話をしているのが耳に入った。

 捕虜が、逃げた……?

 その時は、彼らの言葉の意味が分からなかったけれど。

 後になって、アンジェリカ嬢からその意味を知った。

 

 どうやらこの時、捕虜としてとらえていた筈の軍曹が支部から忽然と姿を消したそうだ。

 そしてほぼ同時期。

 監獄島からも、ワハルの支部からも、それぞれ数名の探索者が失踪したらしい。

 

 どうやら俺たちが想像している以上に、他国の人間というのは忍び込んでいるのかもしれなかった。

 

 

***

 

 

 それから数時間の後。

 暗くなった支部の受付に、1人の男がやってきた。

 あまりの巨躯に皆の視線が集まる中、受付にいたリュンが笑みを浮かべてお辞儀をした。

 

「カスバル様。おかえりなさいませ」

「……補給を頼む」

 

 こくりと頷き、それだけを告げる。

 十数日間も31層以深に潜り続けた男は、殆ど休息もとらずに再び砂漠へと戻ろうとしている。

 明らかな異常行動だが、慣れたものだとリュンは頷く。

 

「ご用意してあります。素材の受け取りは必要ですか?」

「幾つかある。これを」

 

 背負っていた背嚢をカウンターへ下すと、その一部を取り外す。

 そちらには幾つか依頼されていた素材が納めてある。

 金銭にはあまり興味がない彼であるが、それなりの期間担当をしてくれているリュンから持ち込まれる依頼――砂漠地帯にも少数だが求められる素材がある――をこなしているのだ。

 そちらの受け渡しと、ついでに背嚢への補給をしてもらうまでが一連の流れとなっていた。

 

「承りました」

「頼む」

「あ、カスバル様、お待ちを」

 

 本来ならば今のやり取りで終わり。

 カスバルは水浴びと装備の手入れ、そして相棒用の食糧調達だけ済ませて、翌日には再び迷宮に戻る筈なのだが、ここで珍しくリュンから声掛けが入った。

 

 こういった際は何かしらの依頼が入る時。

 振り返ったカスバルに、リュンはいつもの笑みのまま手元から手紙を取り出した。

 

「手紙……?」

「あなたに依頼が来ています。後程ご確認をお願いいたします」

「……俺に?」 

 

 この生活を繰り返すようになってからは、家からの連絡すら途絶えている。

 口頭での依頼ではなくわざわざ私信を渡してくるとは、一体……。

 

「はい。ある探索者からの依頼です。彼らは35層に挑もうとされています」

 

 周囲に人がいるため名前が伏せられる。

 手紙を見ろということらしい。小さく嘆息して、その手紙を受け取る。

 

「35層……主討伐の手伝いをしろと?」

「ああ、いえ、そうではなく……探し物をしたいようですね」

「……ほう」

 

 探し物。自分のことをよく知る――恐らく、この国で一番知っているだろうこの女からそれが出てくるということは、冗談の類ではなさそうだ。

 

「奇特な奴らがいたものだ」

「そうですね。多分、今この支部で――いえ、この国で最も奇特、と言ってもいいかもしれません」

 

 その一言で更に興味が湧いた。

 カスバルはその場で封を開いて中を見る。

 

「あ、ちょっと……」

 

 リュンは何か言いたげだったが、カスバルの上背ではその内容を盗み見ることはできないと諦めて黙って見守ることを選んだ。

 文章を眺め、しばらく。

 

「受けよう」

 

 一言、そう答えた。

 

「……わかりました。では、お伝えしておきます。顔合わせや条件確認もありますので、数日は地上に……」

「任せる」

「は?」

 

 珍しく表情を崩したリュンを、カスバルは殆ど見ることなく手紙をカウンターへと置いた。

 

「お前の方で適当に決めて良い。しばらくは31層にいるから、そこで合流すると伝えろ」

「それは……ええと……会うのが大変なのでは……」

()()を探すなら、俺くらい簡単に見つけられる。じゃあな」

 

 そう言い放って、カスバルはいつもの行動へと戻っていく。

 だがその瞳は、来た時と比べても爛々と輝いている。

 それを見逃さなかったリュンは、1人大きくため息を吐きだす。

 

「……随分と楽しそうで。なら、少し頑張りますか」

 

 今日は残業だと、窓口を他に任せて執務区画へと戻る。

 特選級の担当になると、こういう不測の事態が良く起きる。

 だからもう慣れ切ってしまっている。

 

 ただ――。

 

「逃亡者が見つからない!? 知るかあ!! こっちは色んな手続きで手一杯……あ゛っ、階層飛ばしの許可の書類が5枚しかない!? 全然足りない……再発行、時間がかかるわよねこれ……? どうすれば……? ぐっ、胃が……」

 

 ――ルセラさんに比べれば、ずっとましだよねえ。

 

 苦しむ上司の声を聞きながら、リュンは気合を入れて作業を進めていくのであった。

 

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