違法探索者の迷宮盗掘録 ゴミ溜めにいた男が英雄になるまでの話   作:穴熊拾弐

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第99話 束の間の休息④

 

 

 

 それから数日をかけて、俺たちは長い長い砂漠の旅の準備を進めていく。

 ルトフたちに『赤鎚』の協力も無事に取り付けた。

 彼らは個別に35層に挑むための準備を進めて貰っている。

 

 例の案内人カスバルからは『受けるが自分は31層にいる。探してくれ』といった内容の返事がきた。

 そのあまりの命知らずな返答を読んだアンジェリカ嬢が満面の笑みで机ごと手紙を破壊しかけたのを必死で止めながら、何とか説得に成功。

 結局他に適任もいないとのことで、砂漠の探索はまずその男を見つけるところから始まることになりそうだ。

 

 改めて協会からも、いきなり35層に挑む前のお試しを是非……と勧められたのもあり、先行で31層へ潜ることになるだろう。

 流石は特選級。我が道を行く連中である。

 

 

 と、まあ色々あったが、あと他に必要なのは帯同する医者――治療役。

 それには適任がいる。できれば、頼みたくはなかったけれど。

 

「――というわけで、お前たち薬師クランに協力を頼みたいんだが」

「あ、は、はい。わかりました……」

 

 薄煙くゆる部屋の中で、相変わらず全身を外套で隠した女――毒の魔女スイレンが頷いた。

 35層にも耐えられそうで、なおかつ治療の実績もある人間なんて早々いない。

 

 俺の知り合いではこいつだけしか知らない。

 一応アンジェリカ嬢たちにも聞いてみたが、同じ答えだった。

 なにより。

 

『あなたの目のことをまでしっかりと把握している医療関係者なんて、彼女かあなたがいた病院の人間のどちらかよ』

 

 全員納得の理由で、彼女に依頼をしたのだが……あっさりと了承された。

 

「いいのか? 頼んでおいてなんだが、大変な旅になるぞ?」

「ふ、複数人での旅団ならそこまで危険はありませんし、35層でしたら、わ、私も潜ることができますから。それに――」

 

 頬を赤らめて、スイレンが熱の籠った吐息を吐く。

 

「あなたのその目の活躍を、間近で調べられるというのであれば、私としても、嬉しいですから」

「……そうか」

 

 喜べばいいのか微妙な所だが……一先ずこれで治療役も確保できた。

 しかし、こいつも35層は潜れるんだな。

 実績やら皆の話を聞くに十分強いとは思っていたが、相変わらず見た目からは全く分からない。

 

「……毒はほどほどにな?」

「つ、使いませんよお……。今回、私は緊急時以外は非戦闘員……ですよね? あ、で、でも。ゼナウさんが使う毒の調合はお任せください」

「それは助かる」

 

 地味に長期間の探索では毒の管理が大変だったんだよな。

 使い切らさないように節約するというのも、戦いの中では余分な思考になる。

 それがなくせられるというのならありがたい。

 

「参加はあんただけで大丈夫か?」

「私と、もう1人、連れていくかも、しれません。その辺りはそちらの、人数次第かと」

「それもそうか。じゃあ決まったら教えればいいかな」

「は、はい」

 

 頷きが返ってくる。

 

「人数と、後、できれば滞在日数の目安も教えて貰えたらと」

「わかった。今のところお前らを抜いたら12人と……1匹」

「い、1匹……カスバルさんのお供の方ですね。動物用のものも用意しておきます」

「頼む」

 

 ……獣に回復薬とかって効果あんのかな。

 騎獣もいるし、獣医的な役割も存在はしてるんだろうな。

 てか、動物を連れて旅してるってなんなんだ?

 特選級まで行くような連中は、変なのばっかりだな……。

 

 それからいくつか必要な相談――持ち込める資材の量などの話し合いを済ませた。

 後は先に話していた通り、こちらの諸々が決まってからになるだろう。

 

「……さて、じゃあ俺はもう行くぞ」

「あ、お、お待ちを」

 

 立ち上がろうとしたところを素早く制される。

 ちっ……やっぱり素直に帰してはくれないか。

 

「26層で起きたことを教えてください。特に、あなたのその、目について」

「……」

「何かあったのでしょう? あなたの目はずっと、不安げに揺れています」

 

 ここに来たらいつも不安だよ――なんて軽口が通じる状況じゃなさそうだ。

 いや、実際不安なんだけどね。

 今いる場所も、最初に麻痺毒を嗅がされた場所だし……。

 

 ただ、こいつの言う不安は別のモノだろう。

 この左目……染人(タグァ)に関してだ。

 部屋に入った瞬間にこいつの指示で眼帯を外せられたので、俺の左目はスイレンにずっと見られたまま。

 

 その目の動きだけで緊張やら動揺を見透かされたってことか?

 まさか俺の顔すら見ておらず、目だけを見てたんじゃないか? こいつ……相変わらず怖え。

 

 震える俺に、奴はあくまでいつもの穏やかな口調で話しかけてくる。

 

「話せる範囲で、構いません。だから、教えてもらえませんか?」

「……はあ」

 

 まあ、こうなるよな。

 できればそのまま帰れたら良かったんだが、聞かれたら仕方がない。

 これから一緒に砂漠地帯を旅して、()()()()()は治療をお願いすることもあるだろう。

 できる限り情報は、渡しておかなければならない。

 

「これを」

 

 持ってきていた書類を手渡す。

 蜜蝋で封がされたそれを、スイレンが困ったような表情で受け取る。

 

「26層で、俺らはとある探索者から襲撃を受けた。その中の1人に、染獣の素材を身体に埋め込まれた奴がいた。これはその検死報告書だ」

「……!!」

 

 話を理解した瞬間にばっと顔が動いて封を開いた。

 素早いな……。まあ、予想通り。

 こうなると思ったので、事前にアンジェリカ嬢と相談を済ませてきた。

 この魔女相手にどこまでなら話していいか――と。

 

『あなたの主治医でしょう? 気にせず話しなさい。どうせこれから国を挙げて対策が必要な問題よ。()()()の知識は、こちらとしてもありがたいところよ』

 

 結果、このような寛大なお答えだったので伝えることにした。

 ゲナールの遺体に関してはアンジェリカ嬢が王城へと持ち込み、第一王子と、国王――は起き上がれなかったので側近による確認が行われ、その後様々な人間が立ち会い検死が行われた。

 その結果を纏めたものをスイレンには手渡している。

 

 当然第三王子諸々の話は取り除いて。

 特に……染人(タグァ)とかいう、俺の末路についても。

 まあ彼女の場合は、わざわざ伝えなくても直ぐに思い至ることだろうけれど。

 なにせ『この目が迷宮の何かが混ざってできた』というのは、彼女の発想だからな。

 

「……暴走し、異形化した?」

「ああ。少なくともそいつは最後の悪あがきの後に、腹が獣みたいな長い毛に覆われていた。その毛は、埋め込まれた核から発生していたらしい」

 

 外から見ただけでは身体の外側――皮膚が変わっただけに見えたが、実際は内部の肉すら変質していたそうだ。

 つまり、核の周辺から外側に向けて、人間ではない別の何かに作り替わっていた、といえる。

 

「そ、それは……そういった能力なのではなく?」

「とてもそうは見えなかったな。てか毛が生える力ってなんだよ」

「対魔法防御力を上げる、とか……無理が、ありますね……」

 

 奴の最後の攻撃は魔法によるものだった。

 離れた位置にいる俺を殺そうとしたそれは、自分を焼くつもりはなかっただろう。

 自分を守るためにあんな分厚い毛を生やす必要があったとは思えない。

 

 その後は黙って読み進めていったスイレン。

 しばらくして、呆然とした様子で顔を上げてこちらを見た。

 その焦点は、明らかに俺の左目に向かっている。

 

「ゼナウさん、その、目は……」

「多分、ご想像の通りだ」

 

 ほとんど顔は見えないが、それでも青ざめているのが分かる。

 震えた吐息が、視線をさ迷わせ、更にしばらくの時が流れた。

 

「それで、あんたの見立ては? 数多くの探索者を診てきたあんたは、そいつを見て、どう思った?」

「……そう、ですね」

 

 たっぷりと間をおいてから、スイレンは口を開いた。

 

「使いすぎると、元の染獣の姿になっていく。それはつまり、染獣というのはそれほどまでに、強力な自己を有している、ということなのでしょうか」

「……?」

 

 強力な自己……ってなんだ?

 

「すまん、全くわからん。どういうことだ?」

「えっと、そうですね……」

 

 問いかけに直ぐには答えず、スイレンは机の下から紙を1枚取り出し、その一部を大きめに千切って見せた。

 

「た、例えば、失った肉体を再生させるとき。元の肉体を姿形そのまま、再生すると思うんです」

「そうだな。染痕持ちも、感覚は失うが見た目はそのままだな」

 

 スイレンは千切った紙をそのまま宛がう。

 そうすると、元ある紙の姿に戻った。

 

「これは、身体が『本来の姿』を記憶しているため、と考えられています。ただ、ここに染獣の身体を埋め込んだとしましょう」

 

 スイレンが千切った紙の空隙に、傍にあった小瓶の蓋を宛がう。

 空隙全てを埋めたわけではないが、紙の一部を蓋が代替している。

 

「もしこれを再生させたら、果たしてどんなものができるのでしょうね」

「それは……」

「紙だけ再生して、蓋と接合する? でもそれは、『外側』しか再生していない、ですよね。なら瓶を追い出して、元の紙の状態に戻る? それとも……()()姿()()()()()()?」

「……あんたの言った、『強力な自己』ってそういうことか」

 

 不思議と元通りになる再生の基準。

 本来なら元々の紙に戻るべきだし、割合が多いのも紙だろう。

 だが、スイレンのいう『存在強度』が上の物が混じっていたら、果たしてどっちに再生されるのか?

 

「これの場合は、まだ紙の割合が多く、多分紙が空隙を埋める形で再生するでしょう。でも、こうして――」

 

 スイレンが紙の別の場所を幾つか千切り、紙が穴だらけになった。

 

「紙の割合が大きく減ってしまった時に再生したら……いつかどこかで、『瓶の蓋こそが本体である』と認識することになるのでしょうね」

 

 紙が――身体が『こう』あるべきというそれを、埋め込んだ染獣の核が壊してしまったと、そういうことか。

 

「ただ今回は再生した訳じゃない。ただ、あいつは全力を出しただけだ」

「……そのようですね。ですが、沢山魔力を流したことで、主導権が変わったのかも、知れません」

「あの瞬間、あいつは『人間』から、『染獣』になった、と?」

 

 なるほど。それは何となくだが理解ができる。

 大量の魔力を流したことで、あの瞬間、ゲナールという人間の『核』は埋め込まれた染獣のものに切り替わった。

 その結果、()()()()()()()()()()、あのような異形と化した……と。

 

 これが染人(タグァ)の末路ってやつの正体――ってことか。

 説明を終えたスイレンが、恐る恐る訊ねてきた。

 

「これは、もしかして、ゼナウさんも?」

「……正直、それに近い感触はあるんだ。使いすぎると、何かが頭に滲んでいくような、そんな感覚があるんだ」

「流石に、目で同じようなことが起こるとも思えませんが……怖いのは、確かですね。特に肉体を大きく欠損するような怪我を負ってしまった場合は……」

 

 俺も、ゲナールと同じ末路を辿る可能性があるわけだ。

 

「……大怪我はできねえな。精々気を付けるとするさ」

 

 そう呟いてみせる。

 その言葉に返答はなく、スイレンの手がこちらへと伸びてこめかみ辺りに触れる。

 そのままぐいと顔を寄せてきて、目の辺りを仔細に観察される。

 

「今のところ肌に変化はないようですね。顔の形も変わらない。ゼナウさんの感覚の正体は……目の奥の肉が浸食されている? ……ああ、直接見てみたい」

「駄目だからな?」

「むう……確かに、治療で切開をしたことが負傷判定されたら、たまったものではないですね」

 

 そういうことではないよ? そもそも気軽に切り開こうとするなって言ってるんだよ?

 俺の思いは通じることなく、手を離したスイレンが、さっと立ち上がった。

 

「で、では、他に異常がないか、調べましょうか。こちらへ」

「いや、もう戻ろうと……」

「駄目です。こちらへ」

「……はい」

 

 それからは数時間に及ぶ検査を行い、結果的に今のところ異常がないことが分かった。

 目におかしなところは今のところない。見えるものが違うこと以外は、あくまで人間の目と同じ。

 それが分かったのはなによりだが……疲れた……。

 

「今のところは変わらずってことか。ならあの感覚は……錯覚なのか?」

「……い、いえ。ゼナウさんの身体がそう感じているのなら、きっと何かは起きているのだと、思います。もし砂漠の旅で何かが起きたら、私がしっかりと診ますからね」

「……助かるよ」

 

 相変わらず気軽に解剖しようとしてくるところは恐ろしいが、医者としては頼もしい限りだ。

 

「じゃあ後は詳細が決まってからだな。また連絡する」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 色々とあったが、一先ず医者の確保に成功するのだった。

 

 

***

 

 

 その後、屋敷へと戻ってきた俺は、アンジェリカ嬢に呼び出された。

 

「入りなさい」

 

 部屋へと入ると、執務机ではなくその手前の応接用の椅子に身体を預けていた彼女が出迎える。

 間もなく夜になるという時間帯だが、いつもより派手なドレスを着ており、髪型も丁寧に整えてある。

 

「今夜も出かけるのか?」

「いいえ、帰ってきたところ。連日王城に行くのはもうこりごり……」

 

 ここ数日は、貴族やら商人やらの、鼻が利く連中が第一王子やらシュンメル家に接触を図っているのだそうだ。

 第三王子の庇護下にあった連中が、次なる寄生先を求めているのだとか。

 

「第一王子たちに任せられないのか?」

「勿論基本的には任せているわよ。私はもう既に王家を離れた人間ですから。……ただ、あの子の補佐はしておきたいの」

「そりゃそうか。……しかし、まさか本当にジンを王にするつもりだったとは」

 

 第一王子とアンジェリカ嬢の間で結ばれた密約。

 それは、第一王子でも第三王子でもなく、ジンを次期国王として擁立することであった。

 ……そんなこと、可能なのか? と思わないでもないが、できるからこそやっているのだろう。

 

 俺はそういった政治がらみには欠片も興味もないので、詳細を聞こうとも思わない。

 ただ顔も知らない王子たちより、良く知っているあいつが次の王になるっていうんなら、良いことなんじゃないかなと思う。

 未熟な部分は、それこそ第一王子とか他の連中が支えてやれるだろう。

 

「それで? あの女の協力は取り付けられたの?」

「ああ、問題ない。人数と滞在日数の想定が決まったら教えてくれと」

「それは勿論。……そうしたら、大体の人員は固まったかしら」

 

 カスバルの相棒含めて14人。

 かなりの大所帯になる。

 

「まずは『大海の染獣』を見つける。その第一陣としては、十分な数でしょう。本当はもう少し戦闘要員が欲しいけれど……その辺りはまず一度、試してみてからかしら」

 

 ぽん、と手を合わせて、アンジェリカ嬢が笑みを浮かべる。

 

「装備を整えてから、予定人員の一部でお試しで31層に潜りましょう。あのカスバルとかいう男の首根っこを捕まえに行くわよ」

 

 ……根に持ってるなあ。いきなり殴りかかったりしないといいけどな……。

 とはいえ、俺たちの次の目標が決まるのであった。

 

 

 

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