Dye Your Soul Your Color   作:鏡狼 嵐星

13 / 45
愛しているからこそ
視えない疵がつく
見える傷をつける



Right side, Troublesome invader

「パンケーキ、焼けたよ」

 

「お~、待ってたぜ~」

 

帝国内の一室で、バンビーズが机の前に座っている。そこへ、4皿分のパンケーキが乗ったトレイをレヒトが持ってくる。それぞれの皿にはパンケーキが3枚縦に乗っており、メープルシロップとソフトクリーム及び粉砂糖が乗せられている。そして、2つの小さな深皿には赤色と紫色のソースが入っていた。

 

「わ~い、ふわふわのやつだー。僕、これ!」

 

「私はこれで~」

 

「ちょっ、ずるいわよ。それ、私が狙っていたのよ!」

 

「あたしももらうぜ。この紫色のソースってベリー?」

 

「そうだよ」

 

各々がトレイの上から皿を取り上げ、自分の前に置く。しかし、リルトットだけ動かない。

 

「なあ、俺の分は何処だよ」

 

「すぐに持ってくるから待ってて」

 

「おう。いつもの量でな」

 

空になったトレイを脇の下に抱え、厨房に入り直す彼を見届け、リルトット以外はナイフとフォークを用いて眼の前の食事に手を付ける。

 

「……ふわふわなのにもちもち。甘さも絶妙。レヒトの料理って何でこんなに美味しいんだろうね?」

 

「アイスがほんのりしょっぱいですね~。より甘く感じます~」

 

「ベリーソースも合うな。酸味がたまんねえ!」

 

ジジ、ミニーニャ、キャンディスの感想を聞きながら、リルトットが上を見るようにして思い出す。

 

「そういや、先生に作り方を教わったとか言ってたな」

 

「え!? レヒトに先生なんているの!? 誰よ、キルゲ!?」

 

バンビエッタがバンと机を叩いて立ち上がる。

 

「ちげーよ。滅却師としての技能とか含めて、教えてくれたやつが外にいたらしい」

 

「わぉ、じゃあ超強いはずじゃん。ここにいないの?」

 

「いたら聖章騎士(ヴェルトリッヒ)になってるだろ。まぁ、詳しくは聞いてねー」

 

ジジの質問に暗に知らないと答える。事実、リルトットも先生とやらのことを聞いたことがあるが、彼にしては珍しく、言葉を濁されてしまった。答えたくなさそうだったこともあって、彼女は強く聞かなかった。最初の言動から死んでいないのかと考えていたが、会えない理由か何かがあるのだろうと納得したからだ。

 

「え~、気になる~。僕、レヒトの先生がどんなやつか気になる~~」

 

ジジが残ったパンケーキの一部を切り取り、口に運ぼうとしたその瞬間だった。巨大な爆音が聞こえた。バンビーズ全員が目を見合わせる。

 

「今の爆音、何だよ? どっかのバカが暴れてんのか?」

 

「誰かが修練場を壊した音とか~?」

 

「ありえるね。方向はどっちかな」

 

「男どもがいるあたりだろ、多分。ほっとけば良いじゃん」

 

うんうん唸っているバンビエッタ以外があまり気にしていないような反応をする。たまにだが、訓練で盛り上がって何かを壊したり、大きな音を出すことはある。

 

「何があったの?」

 

両手を広げなければならないほど大きな皿を運んで来たレヒトが、パタパタと音がなりそうな勢いで出てきた。皿の上に乗った巨大なパンケーキと少し溶けたアイスクリームが揺れていないのは流石というべきだろうか。

 

「あー、多分、いつもの騒ぎだ。気にすんな。それより、早くくれ」

 

「わ、分かった」

 

机の上を少し片付けて、レヒトが巨大な皿を置く。リルトットがその口を変形させ、パンケーキに食らいつき、その半分を食してしまう。元に戻した口に笑みが浮かんでいるのを見て、レヒトはほっと息をついた。しかし、その後に発せられた死神の霊圧(・・・・・)に対しては、流石に全員が反応せざるを得なかった。

 

「おいおい、さっきの事故じゃねーのかよ」

 

リルトットは口についたアイスクリームの跡を指で拭き取る。

 

「急ぐわよ! 準備なさい!」

 

状況が変わってからの彼女たちの動きは速い。すぐに準備を始める。ただし、レヒトだけがその場から動かない。

 

「どうした、レヒト?」

 

リルトットの声も聞こえていないのか、反応しない。不思議に思ったリルトットが彼に近づこうとするが、彼が瞬きをした後、彼の目の色が変わる。笑顔であることこそ変わらなくとも、何かしらの覚悟を決めたような目だった。

 

「ごめん、リルちゃん。先に行くね」

 

血装(ブルート)を起動した飛廉脚の移動。凄まじい速度のためか、部屋の中に風が吹く。風のせいで一瞬目をつぶったせいで、彼を見失う。

 

「待て、レヒトッ!?」

 

リルトットはその顔を見て、僅かな不安を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんな方法で我が帝国に侵入した?」

 

ユーハバッハがその霊圧を隠すこと無く放つ。

 

「そんなもの、影を使ったに決まっているだろう。それ以外の方法はあるのか?」

 

メコニルはその重々しい霊圧を気にする気配はない。

 

「その技術もどうやって手に入れた、と言いたいところだが、貴様ならば自ら導き出したとしてもおかしくない、か。怪物め」

 

怒りを隠さないユーハバッハに対し、メコニルは斬魄刀を黒い球の中にしまい、その球も消す。

 

「やめだやめ。おまえと戦うのは楽しくないし、面倒だ。帰る」

 

メコニルは踵を返し、ユーハバッハに背を向ける。だが、ユーハバッハはそれを声を上げることで制する。

 

「レヒト! そやつを殺せ!」

 

その声に反応するメコニルへ、彼方より数多の神聖滅矢(ハイリップファイル)が飛んでくる。メコニルはそれを手に凝縮した霊圧を込め、弾く。全てを弾き終わると同時に、戦場に戻ってきたレヒトが右手に持った刃でメコニルに向けて斬りかかるが、それを霊圧を帯びた手で受け止める。

 

魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)か。懐かしいものを持ってきたな!」

 

「あなた相手に手段は選んでいられませんのでっ!」

 

そのまま何度か交錯し合う彼らを横から見ていた聖章騎士(ヴェルトリッヒ)たちは、好機と見た。なにせ、ユーハバッハによる命令でレヒトがその力を全力で発揮してくれている。このまま数で押せば、あの存在を殺せる可能性が少しでも上がると考えたためだ。真っ先にバズビーが指先を向ける。

 

「やめるんだ、バズビー」

 

だが、ハッシュヴァルトによってそれを止められる。

 

「何しやがんだ、団長様よぉ。今、レヒトに加勢すりゃ、あいつを倒せるかもしれないんだぜ」

 

「陛下はレヒトにのみ命じた。お前たちはその場に残れ」

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、ユーゴー! BG9の『神の必殺(シフラスマキナ)』で殺せないって認識してるレベルのバケモンだぞ、あいつは! レヒト一人じゃなくて、俺達もやるべきだろうがっ!」

 

バズビーの滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)が彼の感情につられて、鳴動するようにきらめく。事実、その通りのため、他の聖章騎士(ヴェルトリッヒ)も言葉を挟まない。

 

「ならば、再度確認しろ。BG9」

 

「……まさか! 可能性が見える……っ!」

 

「そういうことだ、バズビー。手を出すな」

 

この場にレヒトの実力、その高さを疑うものはいない。それでもそう易々と信じられるものではない。それほどまでに『神の必殺(シフラスマキナ)』が殺せないとした事実は大きい。

 

「黙ってみていろ。我々は彼の邪魔をするべきではない」

 

ハッシュヴァルトの言葉が終わった頃、レヒトが攻撃をやめ、一旦距離を取る。しかし、メコニルはそれを追わない。レヒトは魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)にふれる。本来、チェーンソー状になっているそれを撫でる。すると、そこから漏れ出ていた音が極端に大きくなり、その回転数が上がっていることが理解できる。

 

「ほう。回転数を更新したか。だが、それは武器の寿命を削る行為だぞ?」

 

「ええ、分かっています。ですが、構いません。『似せ字(ナーハァムング)(The Power)』!」

 

レヒトがもう一度斬りかかる時、魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を持つ右手の筋肉が肥大化し、その威力を上げる。メコニルもそれに反応して、掌に宿す霊圧の量を増やす。2人の剣と掌が触れ合い、爆音が響く。その後、レヒトの腕の肥大化が収まり、元通りになる。

 

「『似せ字(ナーハァムング)紆余曲折(The Wind)』」

 

再度、攻撃を続けるメコニルの手がレヒトの魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)にあたろうとした時、魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)は『紆余曲折(The Wind)』によってその軌跡を歪ませ、手をすり抜けてメコニルの肩に直撃する。が、その一撃は肩の前に現れた鬼道に似た障壁に防がれる。魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)によって、障壁は直ぐに斬り払われるものの、その時点で十分な時間を稼いだメコニルは攻撃を手で受ける。

 

「そう真っ直ぐには来るまいとは思っていたが、正面から絡め手がくるとは思わなかった!」

 

「気づいてから防いでいる癖によく言いますね!」

 

その回転数を上げた魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)の音と、メコニルの手がぶつかり合う音が響く。しかし、レヒトによる攻撃は一向に有効打にならない。

 

「今、どんな状況なんだよ、トサカヤロー」

 

苛ついた表情を隠さないバズビーのもとに、バンビーズが到着する。着くや否や状況確認のために質問してきたリルトットに、めんどくさそうにしながらも答えた。

 

「今、レヒトと戦っているのが、超記戦力の狂幻興凶元(きょうげんきょうきょうげん)だ。どうやったかはしらねえが、影の領域(シャッテンべライヒ)に侵入してきやがった。で、陛下の命令でレヒト一人で相手している状態だ」

 

「……マジか」

 

特記戦力。ユーハバッハによって何かが未知数であると判断された者たち。それに対して、超記戦力とはその定義こそ変わらず強力な敵であるが、倒すこと自体がユーハバッハの目的には関係のない相手であると判断されており、認定した本人が逃げることを許した()()()()()()()()()()()()

 

「レヒトもとんでもねーやつの相手させられてんな。まぁ、相手が虚である以上、『虚討隊(リーア・リッパー)』のあいつが使われるのも妥当、か」

 

リルトットは納得した。彼の実力はわかっている。一度だけ見たことのある彼の滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)なら倒せるはずだと思った。だが、彼女は心の何処かにわずかに引っかかる、彼の覚悟を帯びた笑みの真相を図りそこねていた。そして、今戦っているレヒトの笑みが()()()()()()()()()なことも不可解な点だった。

 

「…………」

 

ユーハバッハが空に浮かびながら刃と拳をぶつけ合うレヒトとメコニルを見据える。僅かに、だが確かに影の方に視線を向ける。すると、ほんの少しだけ銃口が出現し、戦闘する二人に向けて霊子による銃弾を放つ。ただし、その軌道の上にはメコニルではなく、レヒトの頭が存在した。

 

「っ!」

 

思わず、何をやってんだと声を上げようとしたリルトットが、同時に驚くべきシーンを見ることとなる。その軌道の上にメコニルが腕を伸ばし、銃弾を受けようとしたのだ。

 

「ん?」

 

しかし、その弾はメコニルもレヒトもすり抜けてしまう。メコニルに多少の困惑が見える中、レヒトは自身の顔を覆うように右手を被せ、上から下に移動させた。すると、彼の顔の上には悲哀を浮かべた白い仮面(・・・・)が出現した。それを見て目を見開いたメコニルを気にすること無く、仮面の出現と同時に青黒く染まった魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を上段から振り下ろす。メコニルの右肩から左腰までを一閃し、二つに斬り裂いた。両断されたメコニルは空の上から落ち、地面に叩きつけられる。

 

「レヒトよ、とどめを刺せ」

 

周囲の聖章騎士(ヴェルトリッヒ)たちが目の前の状況を信じられない中、ユーハバッハの言葉が響く。

 

「……イえ、無理でス。防がレます」

 

しかし、レヒトは仮面を被ったまま、その場から動かない。

 

「痛い。いやぁ、久方の痛みだ。ジクジクと、実によく体に染み渡る」

 

メコニルは両断された体の上半身が左腕を基軸にして、その体を起き上がらせる。分断された体から大量の血を流し続けるその姿は、死に体なんてものではない。虚でありながら、魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)に切り裂かれて生きている事自体が意味不明である。それこそ、ジゼル・ジュエルのような死に関する能力に由来するものだとしか考えられないほどの姿だった。

 

「まったく、われも最低なことをするものだ。実力を信じてやれなかった。まだ足りぬのではないかと疑ってしまったのだ。許せ」

 

メコニルは何故かレヒトに向けて謝罪する。その後、斬り飛ばされた下半身が立ち上がり、上半身のもとに戻ってくると、右腕で自身の上半身を持ち上げ、元の位置に戻す。し体の位置取り自体は安定したものの、再生は始まらず、その血が流れ続ける。

 

「いかがデしたか、先生(・・)

 

「うむ、凄まじき、いや素晴らしき未知だったぞ、レヒト! この傷は甘んじて受けいることとしよう!」

 

メコニルは血反吐を吐きながら、心底嬉しそうに笑い声を上げる。レヒトの発言に、バンビーズが思わず表情を固めてしまう。今の言葉は聞き間違いではないのかと、そう信じたかったからだ。

 

「まさか本当に虚化(・・)をコントロールするとはな! これは過去の滅却師として生きた人間の誰もが成し遂げられなかった偉業だ! この部分では、おまえはユーハバッハを超えたと言って良い! たしかに可能性の芽はあった。われもそれは理解していた。だが、資質だけではそれを得ることはかなわん! 文字通り命がけの実験のたわものか!」

 

血がビシャビシャと広がりながらも、その痛みを微塵も感じていないように、メコニルの言葉が止まらない。虚化という単語を聞き、レヒトが何をしているのか理解した聖章騎士(ヴェルトリッヒ)たちは、眼の前の虚化した滅却師という存在を信じられずにいた。

 

「頻繁に虚圏に来ていたが、その時、数多の大虚の霊子を自身の内なる虚に与えた、否、その魂の一部として更新し続けたな?」

 

「知っていたんですカ」

 

「無論! 確かに()()()()()()()()()()()()()()はわれの力、虚を基軸とするものだが、虚としての性質は限界まで抑え込み、霊王の欠片と人間の魂魄によってバランスをとり、境界をたてたからこそ、お前は滅却師として独立できた」

 

さらに投下された、レヒトの滅却師の力をメコニルが与えたかのような発言は、もはや理解の外でしか無い。

 

「だが、お前は自らそれを保つ境界を壊し、虚の力を活性化させた。本来、虚化した魂魄は相反する力によって境界を保たねばならない。加えて、滅却師としての性質のせいで、お前は虚に対する耐性が極端に薄い。強くなったそれを、自身を構成する人間の魂魄及び片割れたる死神、そして自らの滅却師の能力をより強力に育て上げることで、無理やりバランスを取り直したな! われの技術と世魅が死神として強くなることを確信していることが大前提の行為だ! 状況を知ることも出来ぬ、言葉もかわせぬ相手に対し、完全に命を懸けた! これが笑わずにいられると思うか!」

 

「大事ナ家族です。ワかりますよ」

 

「そうか! 自分の子にそう言われるというのは、なんとも嬉しきものだ! 世魅もそうだろう!!」

 

楽しそうなメコニルに対し、いつもの調子を崩さないレヒト。会話を続ける彼ら以外はその会話から漏れ出る情報を噛み砕くことができていなかった。ユーハバッハとハッシュヴァルト以外の誰一人として、彼らが言っていることを理解できていなかった。

 

「話は終わったか? お前がとどめを刺さぬというなら、私が刺そう」

 

ユーハバッハが腰の剣を抜く。それを見たメコニルは体についた血で右手を濡らすと、むき出しとなった胸の中心に空く孔の上に、人差し指を持ってくる。

 

「ありがとう、ユーハバッハ! 少し先んじたが、お前のおかげで堪らぬ未知を感じられた!」

 

「礼などいらぬ。命を置いて逝け、狂幻興凶元(きょうげんきょうきょうげん)!」

 

「代わりに、われもそれに匹敵する未知を見せて、この戦いを終いとしよう!」

 

刹那、書くものもないその穴の上に血を用いて、ある図形を描く。そして巨大な()()()とともに、灰色にほんの少しだけ青が混じったかのような光が立ち上る。遙か上空に円とバツ印を組み合わせて浮かべたそれは、この場の滅却師にとっては見慣れたもの。

 

「お前たちが自身の力に、アルファベットで名をつけるのならば、われの力は〝A〟の字を選ぼう! その能力の真名はお前たちで考察すると良い!」

 

描かれた図形は五芒星。滅却師として認められたときに与えられるその証。

 

「そして、われなりの滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)に名をつけるならば! そうさな、『虚なる神(エルホロウ)』とでもするか!」

 

その背中には三対、計六枚の翼。羽毛を持つ天使の如きそれは幾何学的な形ではなく、灰色に染まった本物の翼のようであるが、発される凶々しい霊圧と相まって聖なる力とは到底見えない。頭の上に浮かぶ光輪は彼の頭から生えた角のようなものが貫通しており、堕天使のようなその姿は禍々しさを表しているようで、灰色の翼は未だに撒き散らされている彼自身の血で紅に彩られる。

 

「……なに?」

 

流石のユーハバッハでも声を漏らしてしまう。聖章騎士(ヴェルトリッヒ)たちはもちろん、ハッシュヴァルトも言葉を漏らすことすらできない。そして、メコニルが立っていた場所にいたまま、間合いを保っていたレヒトの腹を右手で貫いていた。

 

「うっ!?」

 

腕を伸ばしたわけではない。先程までいた場所にまだ彼がいる間に、レヒトは刺し貫かれていて、攻撃した後に移動したように見えるほどの速さ。もはや速いという次元でなく、同時に存在していると言ってもいいほどだった。瞬歩、響転(ソニード)、飛廉脚、完現術による魂魄使役その全てに共通する移動手段は、行使するためには力を込める必要がある。実力あるものほど、相手が移動する瞬間の体の収縮や霊圧の変化を見逃さない。だが、今のメコニルの移動には全く以てその傾向がなかった。つまり、端から見ても移動するための反応は何一つ起こしておらず、移動したと認識したときにはメコニルの行動は終わっていたのだ。

 

「動くなよ、レヒト。すぐ終わる」

 

「……っ!」

 

「てめえ、レヒトに何しやがる!」

 

いつの間にか右手も抑え込まれているレヒトを見て、真っ先に正気に戻ったリルトットとバズビーは、メコニルに向けて神聖滅矢(ハイリップファイル)とバーナーフィンガー1を撃つ。

 

「心配するな。少し悪くなった部分を調整しているだけだぞ」

 

メコニルに当たりそうになった2つの攻撃は、まるで時間が飛ばされたかのように、メコニルに当たる直前に彼の体の後ろへと瞬間移動し、彼の背後にあった壁や柱に命中する。

 

「なんだと!?」

 

バズビーの叫び声の間に、メコニルは最初の位置に戻っていた。なぜかその右手は真っ黒に変色して捻じれ、ぐちゃぐちゃの肉塊のようになっており、先ほどと比べても異様な姿へと変わっていた。

 

「まったく。魂の不具合をすべて取り出して、右腕に移した結果がこれだ。とてつもない偉業の中で無茶したな?」

 

リルトットがレヒトを見ると、その体には傷一つ無い。レヒトは不服そうな顔をしながら、メコニルを見た。

 

「なに、無理やり大虚を取り込んだせいで、魂の構成バランスが変になっていたようだからな。それを治すついで、毒と悪くなった部分を取り出しておいた。なにせ解毒できない毒を微量とはいえ、頻繁に接種していた上、体に無理やりなじませていたせいで魂魄が一種の中毒状態にあった。見た目こそ平気そうに見えたが、お前の滅却師としての力が相反し、相当きつかっただろう。その過程で削ったであろう寿命はともかく、これで滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)中だろうがなんだろうが命を削ること無く、虚化が可能だ。存分に力を磨くが良い」

 

虚を取り込むことで発生した魂の悪影響を取り出した挙句、それをたった数秒で治してしまった。その尋常でない技術と知能。もはや、驚かない点がない。

 

「あと、レヒト、お前な。自他問わず、『更新(The Renew)』で受けた傷を元の状態に更新しまくっているだろう。魂としての元の状態に更新するだけならば、一時的という制約を受けないとはいえ、その分、消費する霊圧も半端ではない。他人となれば尚更だ。そんな体で莫大な霊圧を消費するなど、無茶をしすぎだ。人格崩壊の可能性も、命を保てなくなる可能性もあったかもしれないというのに。誤魔化すのがうまいのも考えものだな。まったく、誰に似たのか」

 

レヒトはさらに秘密を暴露されたせいか、不満げな表情を追加した。対して、もう満足だと言わんばかりの雰囲気を放つメコニルに、彼は問いかける。

 

「先生、1つだけ聞かせてくダさい!」

 

「何だ? 何でも答えてやろう!」

 

「未だに疑問があるノです。先生からはいろんなことを山程教わりマした。戦い方も、生き方も何もかも、貴方に教えてもラったことが基軸です。それでも、この世界の以前の姿までハ教えてもらえませんでした。陛下はそれを取り戻すこトが目的です」

 

「うむ」

 

「そして、先生が嫌い(・・)だと明言したことがアる相手も陛下だけです。これを無関係だとは思えまセん。先生は以前の世界、生と死の境界のナい世界をどう思っているのですか?」

 

ここまでずっと維持していた、泣きそうな表情を持つ虚の仮面を取り外し、レヒトが真剣な顔を見せる。

 

「…………そうだな。答えよう」

 

僅かな沈黙の後、メコニルもその顔から笑顔を消す。悲しみと懐かしみを悟らせるような表情で、彼は続ける。

 

「あの世界はあらゆるものが曖昧だった。生も死も無かった。ただ世界に魂があり、それを廻すため、(プラス)であるか(ホロウ)であるか程度の違いがどうにかあった程度だった。そんな世界で生まれた虚が人を食らいはじめ、それに抵抗するように霊王が生まれた」

 

いつの間にか、地面に流れ出ていた血が止まっていた。

 

「われもかつてはただの虚だった。だが、われは霊王の一撃によって、自我意識を目覚めさせた。その意識は常に渇きを抱き、われはその衝動に赴くまま同族を食らうこととなった。その時に得た未知を理解するという凄まじい衝撃。それがわれの根源たるものだ。以降、われは孔を埋めるために同族を糧とする道を選んだ。人も虚も数多喰らうことで、孔が少しずつ埋まるような気がした。だからあらゆるものを喰らい続けた」

 

翼が苦しそうに蠢く。

 

「だが、喰べても喰べても、われの孔は埋まらなかった。故に、力あるものを、霊王を喰らうために戦いを続けた。だが、ある時、霊王は今の世界を創った。思い出しても笑えるぞ。いきなり今まであった世界が歪み、砂で満ちた夜の世界、虚圏へと変わったときのことは! あぁ、悟った(・・・)とも。われが霊王と戦えることは二度と無いのだと。だがそれを理解したときから、われの渇きは鈍った。いままで、何をしようとも強くなり続けたそれがいきなり鳴りを潜めたのだ。……皮肉だった。われの渇きは霊王により与えられ、霊王によって奪われたのだ!」

 

明後日の方向をみながら、ため息をついた。

 

「あぁ、しかし、渇きが無くなったわれにとって、初めて見ることができた世界は、感じることができた世界は、霊王の創った世界は、とても恐ろしく、あぁ、とても、とても美しくあったのだ。ゆえに、虚の神としての生は実に楽しかった。良くも悪くも、われの生は霊王にさんざん狂わされたものよ」

 

両手で顔を抑え、下に引っ張る。奇妙な笑顔で破顔する。

 

「だが、だがな。霊王がいなければ、われがこれほど世界を知ることもなく、未知を愛すこともなかっただろう。これほどまでに生まれたことに感謝することもなかった。命に関わりたいと思うこともなかった。ただの虚として生きた可能性もあったわれが目覚めたのは、霊王の意志なのだと、そう確信すらしている」

 

そして両手を使って、顔を揉みしだくと、元の状態へ戻す。

 

「で、結論だ。前の世界は嫌いだ。だが、あの世界に戻ることを否定はしない。今のわれにとって、重要な点は未知を知ることだ。世界のあり方はどうあっても良い。だが、かつての世界よりも、今の世界のほうがよほど未知が多い。なにせ、今の命は()()()()()からな」

 

手持ち無沙汰になったせいか、虚空に向かって手を伸ばし、指を動かす。両断された傷をまるで気にすること無く、首を左右に振る。

 

「ユーハバッハはわれの嫌う世界に戻そうとしているから、嫌いなだけだ。だが、ユーハバッハもまた等しくこの世界に生きる子。われにとっては友の子。そして、われに神を捨てさせるきっかけの子。霊王と同じ、われに新たな夢を抱かせた子。夢を叶えようと努力することを邪魔する気などあるわけがない」

 

そして両手を広げ、笑みを浮かべる。それは慈愛の目をもつ親の顔だった。それを見たユーハバッハがその体を震えさせる。

 

「答えはこれで満足か、レヒト?」

 

「はい。これでなんの遠慮もなく、()()()()()()()

 

「はははっ! 言うなぁ、レヒト。そうだな、首を長くして待っているぞ」

 

決意を固める我が子を応援する親。内容が物騒であることを横においておけば、微笑ましい景色であると考えることも出来る。

 

「さて、ユーハバッハよ」

 

「……なんだ」

 

「われに手を出した瞬間、われが敵に回ることを理解したからこそ最後まで聞いてくれてありがとう。改めて礼を言うぞ」

 

「…………ふざけるな」

 

「言った通り、われはお前の邪魔をしない。好きにするが良い。無論、レヒトの邪魔もしてやるなよ」

 

「………………なぜだ」

 

「他者を糧にせねば何もかもを失ってしまう、悲しき定めを持つ友の子よ。その生、存分に楽しむことだ」

 

「……………………あの時! 幾人もの我が同胞を殺した貴様が、そんな顔を私に向けるなァッ!!!」

 

抜き身の剣を持ちながらも、ユーハバッハはレヒトの質問に答えるメコニルに斬りかかることができなかった。それはメコニルを敵に回す利点が一つもなかったからだ。そして、ユーハバッハにとって、メコニルは許すことのできない敵である。千年前、自らの欲求を満たすためだけに、死神も滅却師も問わずに殺した怪物である。その怪物に過去を含めて、今の今までユーハバッハには誰も見せることのなかった親の顔を向けられ、彼は思わず怒りに支配され、激情とともに斬りかかる。メコニルは先ほどと同じように、剣が当たる直前までそこにいたはずが、当たるはずの瞬間にほんの僅か横にずれており、剣が当たらない。

 

「すまん、すまん。それは間違いなく、われの罪だ。あの時のわれは手加減というものを知らなかったのだ。あぁ、許さなくて構わぬ。許していないからこそ、われの子と知りながらレヒトを迎え入れたのだろう。間違いない。レヒトなら、われを殺す可能性が十分ある」

 

翼を羽ばたかせ、ほんの少し宙に浮くメコニルは体を抱え、丸くなる。

 

「ではな、子らよ。会えて良かったぞ。後悔しないよう、全力で生きるが良い」

 

ひらひらと手を振ると、また消える。次は完全にその気配も存在も消えた。残ったのは、重々しい雰囲気とレヒトに関する残酷な真実だけだった。

 

「…………おいおい、これさぁ……随分と、致命的じゃないの……」

 

一つ下の階で様子をうかがっていたアスキン・ナックルヴァールは、これから起きることを想像したくないのか、目元を覆った。

 




【滅却師大全】

かつて、滅却師には数多の種類が存在したそうです。その始まりは他者に魂を分け与える能力を持ったものが起因となっていました。
そんな力を持つものが何度か生まれては消えていったと聞きます。
しかし、分け与えた魂を集める力を持った陛下が生まれてから、その勢力図が大きく変わります。
その力によって比類なき力を得ることで、滅却師は徐々に陛下の系列となったもので染まっていきました。
千年前の戦いのときには、滅却師の力は全て陛下によって与えられているものとなりました。
しかし、その戦いの後、滅却師の定義に待ったをかけた存在がいました。
それが先生です。
あの人は、その戦いで受けた滅却師の攻撃から、その性質を理解し、自らの力として落とし込み、自らを滅却師として徐々に覚醒させていきました。
自身を焼く(滅却する)力すら、先生にとっては未知の塊だったみたいです。
そして、虚の性質を抑え込みながら、自身の一部を滅却師としての魂として作り直すことで、第二の祖となりました。
しかし、その力は毒でありながら、その毒を無効化するという矛盾の上に成り立つもの。
通常の滅却師には扱えなかったそうです。
そう、異なる魂魄を持つ混血以外には。

ーーーーーーーーーーーーーーー
先週、感想来なくて悲しみ。
乙の一言でも構いませんから、是非!
ここ好きめちゃくちゃ見てますので、そっちも是非おなしゃす!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。