Dye Your Soul Your Color   作:鏡狼 嵐星

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その疵深し、海淵のごとし
その罪灰し、死なずとも色無し
その欲強し、罪過を飲み干し



Left side, Restoration or Partner

「海燕殿にも苦手な方が?」

 

十三番隊内、隊員用食堂。つい少し前に入隊し、慣れていないことが多い朽木ルキアは、現十三番隊副隊長志波海燕とその妻である志波都とともに、少し遅めの昼食を取っていた。

 

「えぇ、護廷十三隊では有名な方で、年齢的にも実力的にも、海燕や私の大先輩。戦闘訓練を含め、何度もお世話になっていて、頭が上がらないのよ。でも、階級的には別の隊の三席で、公私との区別がはっきりしている方だから、隊務のときは敬語で接してくるのだけど、海燕はそれが苦手みたいね」

 

鮭の塩焼きに箸を入れながら問うルキアに、微笑みながら都が味噌汁を啜った。

 

「そうじゃねえぞ、ルキア! 苦手なんじゃねえ、気持ち悪いんだ!」

 

箸で沢庵を挟み、それと米を口に交互に入れながら、海燕が不機嫌そうな顔をする。その様子が本気であることをその表情から察し、ルキアはどんな方なのだろうかとその姿を想像した。

 

「おっ、世魅の話か? はははっ、海燕はまだ世魅のことに慣れないか」

 

そこへ、浮竹が少なめの昼食をお盆の上に乗せてやってきた。

 

「浮竹隊長、体調の方は大丈夫なんですか?」

 

「おう、今日はなんとか動けそうだ」

 

都の心配に、袖をまくって方に力こぶをつくるポーズをする。病弱な体を霊力で支える浮竹は、肉体的には鍛えられている方ではないものの、さすがの隊長格と言えるのか、力こぶはしっかり見えていた。

 

「勘弁してくださいよ、隊長。だって、俺より年上で、剣術とか鬼道とかさんざん教えてもらったのに、階級が上であるだけで敬語使われるんですよ? 未だに一勝もできてねえってのに」

 

「お前の言わんとしていることはわかるが、昔から世魅はあの態度を貫いてきているからな。お前と同じ立場のやつは多い。彼が変わることはないぞ」

 

「だよな~。副隊長になって、唯一、これだけは後悔したぜ」

 

浮竹が笑いながら、飛竜頭を口に運ぶ。ルキアの頭の中では、世魅という人物は高身長でムキムキなゴツい男という図が出来上がり始めており、表情が難しくなっていた。そんな様子を隣で見ていた都はクスクスと笑った。

 

「人の話題で盛り上がるのは結構ですが、そういうことは本人のいないところでしてもらえますか」

 

後ろから声をかけられたルキアと都が振り返ると、そこには険しい表情の女顔の青年が立っていた。

 

「げっ。世魅さん」

 

明らかに海燕がうろたえた。ルキアが想像していた姿と全く違うことに驚き、米を喉につまらせかけるのを見て、都が慌てて水を渡していた。

 

「げっ、とはなんですか。人を化け物みたいに言わないでください」

 

「相変わらず、あんたの敬語、背中がむず痒いんだよ! 昔みたいにしてくれ、頼むから!」

 

背中をそらして体を掻く海燕が面白かったのか、浮竹も笑い始める。しかし、それが肺に触ったのか、ゴホゴホと咳が始まった。すぐに落ち着いたおかげか、浮竹の表情は笑顔のままだった。

 

「それで何の用だ、世魅。今日は八番隊からの仕事はないはずだぞ。それに隊務が終わるにはまだ早過ぎないか?」

 

「今日は休みです。京楽隊長に働きすぎだと、しばらく休暇を言い渡されまして。各隊の様子を見て回っています」

 

「……それも仕事のようなものじゃないか?」

 

「ついでに戦闘訓練もしていますから、私にとっては休暇も同然です」

 

表情を変えない世魅に、浮竹は変わらないなとまた笑う。

 

「浮竹隊長に相手をしていただけるのなら、非常にありがたいのですが」

 

「そうしたいのは山々だが、今日は任せきりだった俺の仕事をなるべく進めたい。というわけで、海燕、世魅の訓練に付き合ってやってくれ」

 

え、俺!?と驚く海燕だったが、その表情は嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

十三番隊の持つ、対虚に使用される訓練用の巨大な草原。世魅と海燕が対面し、それをルキアと都が遠くから見るという構図になっていた。

 

「水天逆巻け、捩花!」

 

海燕の解号と共に、くるりと回る斬魄刀が伸び、白銀の槍へと変わる。

 

「転じろ、変幻無蔵(へんげんむぞう)

 

世魅が握る斬魄刀がするりと色を変え、その刀身、鍔、持ち手全てが灰色一色へと染まる。色こそ変わったが、それ以外の変化がまるでなく、ルキアは大きな変化を期待していたが、自分の斬魄刀と似た変化に少し拍子抜けしてしまった気分だった。その様子を見ていた都は笑いながら、その本質を話し始めた。

 

「あれが世魅さんの斬魄刀、『変幻無蔵』。尸魂界の中でも、〝最も応用が効く斬魄刀〟とされているの」

 

「応用が効く、ですか」

 

「ええ、見ていればわかるわ」

 

海燕が得物を構えるが、世魅はその刀を下ろしたまま直立している。数秒はそのままだったが、まず海燕が動く。槍先が世魅の下から襲いかかるが、世魅は右手首を軽く動かし、穂先を刀身に絡めて受け止める。

 

「初撃を譲ったつもりだが、それだけか?」

 

「まさか!」

 

捩花全体の周りから水が吹き出し、槍先が膨らむように集合し、破裂しようと蠢く。刹那、世魅の手にある灰色の刀剣がその形を変形させ、槍先を包み込み、破裂した水を受け止めて甲高い音を響かせる。

 

「次は?」

 

「やっぱり、あんたはその言葉遣いのほうがいいな!」

 

海燕は包まれた槍先を引き抜き、水流を巻き上げ、世魅を攻撃しようとする。包み込むように変形していた変幻無蔵は、更にその形を鞭状に変形させ、飛んできた水を弾く。

 

「工夫は見えるが、足りないな」

 

その言葉を気にすることなく、海燕が渦巻く水流を捩花にまとわせて片手軸で回しながら突貫するも、世魅は変幻無蔵を捩花と同じトライデントのような形状に変え、正面から打ち合う。だが、水流があるせいか、世魅側が弾かれてしまう。しかし、弾かれた勢いを利用して、世魅は前に出ながら変幻無蔵を小さな小刀まで縮小して詰める。

 

「それは前に見たぜ!」

 

水流が海燕の周りを守るように展開し、世魅の斬撃を防ごうとするがそのベールは軽く切り裂かれてしまう。それに反応が遅れるも、どうにか捩花で受け止める。

 

「うおっ、重い!?」

 

「前と同じ訳がないだろ」

 

「そりゃそうだっ!」

 

普段、十三番隊の隊員たちを圧倒する海燕が、他の隊とはいえ、三席に指導されている様はルキアにとって、衝撃だった。目を見開き、口を開けたままの彼女の口を都ははしたないと閉じさせた。

 

「あれが、最も応用の効く斬魄刀、ですか」

 

「ええ、あらゆる形状に自由に変化するのよ。そして、変化するのは形だけではないわ」

 

彼は現在も短刀から長太刀、薙刀や矛と変化しながら、海燕と打ち合っている。すべての武器において、海燕を押し切っており、その技術の高さがうかがえる。どうにか海燕が世魅の攻撃を弾いて体勢を整えようとするが、それを世魅は許さない。変幻無蔵が捩花よりも遥かに長い柄を持つ巨大なハンマーへと変貌し、上から振り下ろされる。

 

「させるかっ!」

 

捩花を思いっきり振るうが、その巨大なハンマーはその外見からは想像できないほど軽く弾かれ、その勢いを利用して鞭に変形した変幻無蔵が捩花に当たり、弾き飛ばされてしまう。遥か遠くに刺さった捩花を見て、海燕が嘆く。

 

「クソッ、あんたの斬魄刀は本当に対処しにくい! 脇差しに見えりゃ、馬鹿みたいに重い! 巨槌になったとしても、びっくりするほど軽い! 形状も重さも自由自在たぁ、なんとも万能な能力だぜ。それを使いこなすあんたもあんただがなっ!」

 

受けた衝撃で震える右手を抑える海燕に対し、世魅は変幻無蔵を元の形に戻し、それで肩を叩く。

 

「席官時代から実力を上げたことは認める。捩花の振り方も能力の応用もより良くなっている。だが、まだ才能頼りだな。自力が問われる部分でどうしても押しが足りない。最近、槍術や斬魄刀の訓練ばかりで、基礎鍛錬をおろそかにしているな?」

 

ビクッと反応し、吹けていない口笛を吹く振りをする海燕。世魅はしばらく無表情で海燕を見続けた後、手を叩く。

 

「よし、これから走り込みだ。俺に追いつかれる度に、都にお前の過去の間抜けな様を暴露する」

 

「卑怯だぞ、あんた!」

 

言い切るやいなや、鬼ごっこが始まる。海燕が瞬歩で逃げ回るが、世魅もそれを追う。ルキアがあわあわしだし、都は笑いながらそれを見守っていた。

 

 

 

 

 

海燕との訓練からしばらく後、都の調査部隊が敗走したと連絡を受けた世魅は他の任務で動けない四番隊の代わりとして、十三番隊の先行偵察隊の治療に来ていた。ルキアはそれを出迎え、志波都が横たわる場所まで案内した。

 

「状況は?」

 

「都殿以外は全滅しました。都殿に別状はないようですが、意識不明です。原因が分からず……」

 

「わかった、少し診る」

 

世魅が治療をしようと、志波都の体に触れる。だが、すぐに表情が曇った。それほど重症なのかと緊張したルキアの眼の前で目を疑う事態が起こった。

 

「何を平然と寝そべってるんだ、お前」

 

世魅は斬魄刀を抜き放ち、都の体を斬りつけた。上がった血しぶきがルキアの前に飛び、畳が真っ赤に染まる。何が起きたかを頭が理解できず、固まってしまう。都の体は切られた勢いで、外まで飛んでいって転がるが、なんとか上体を起こした様子を見せた。

 

「がっ、っく。な、なにをす、るんですか……?」

 

「変な演技はやめろ。今まで意識がなかったのに、この時点で覚醒するなんて都合が良すぎるぞ、虚」

 

正体を見破られたことに驚き、都の表情が一気に凶暴なものへと変貌する。

 

「貴様ぁ、何故わかった!?」

 

「治療するために、そいつがどんな状態なのか把握する能力がないわけ無いだろ、馬鹿か?」

 

都はこの場所で戦うことが不利だと理解したのか、外に逃げ出す。

 

「朽木、お前はここに残って、浮竹隊長と海燕を呼んで来い」

 

世魅はルキアの様子を確認せず、そのまま都を追いかけた。ルキア自身はようやく都に虚が乗り移っていたという事実を受け止め始めたばかりで、世魅の言葉をうまく聞き取れていなかった。

 

場面は、十三番隊隊舎を離れる。現在、世魅は逃げ続ける都を追いかけている。虚の能力が死神を操るような能力ならば、周りに誰もいない場所が良いと判断し、ある程度、隊舎から距離を取った時点で六杖光牢と鎖条鎖縛で対象を縛り付ける。だが、そのまま世魅は動けずにいた。世魅は軽く彼女の体を観察した時点で、虚が都の体に侵入していることを理解できたが、その原理までは理解できておらず、どうするべきかを悩んでいた。

 

「……儂を殺して、女を助ける方法を考えておるな」

 

六杖光牢と鎖条鎖縛で雁字搦めになっている虚が、都の顔でケラケラと笑う。

 

「それは叶わぬ! 儂はすでにこの女と融合しているのだ、つまり儂とこの女は既に同じ存在! 儂だけを殺すことはできぬ!」

 

「助けたいと思わないわけじゃないが……。無理だっていうのなら、さっさと殺す方が良いか」

 

表情を固めた都の胸を、変幻無蔵の刃が鞭の如くしなるように変形して貫いた。都の表情が一気に苦痛にまみれ、血を吐き出す。

 

「都ぉ!」

 

ちょうどその時、海燕と浮竹が世魅のもとにたどり着いた。外野から見れば、世魅が、都を縛道で拘束し、胸を刺し貫いているようにしか見えない。海燕は飛びかかろうとしたものの、浮竹に肩を掴まれ、歯を食いしばりながら世魅を睨みつけた。

 

「無駄だ、海燕。こいつは既に都じゃない。虚に融合された別物だ。意思があろうとなかろうと、俺たちが殺すべき相手だ」

 

世魅の言葉に海燕は絶望じみた表情になるが、浮竹はこの状況をある程度察せていたのか、表情は険しいまま変わらない。

 

「世魅、都をどうにか元に戻せないか!?」

 

回道のみならず、技術開発局に入り浸ってその技術提供に一役買い、鬼道とそれらを複合した知識及びその応用方法においては十二番隊からスカウトが来るほどのもの。つまり、世魅ならば、なにか対処法を導けるかもしれない。そう考えた浮竹は打開策があるかどうかを世魅に尋ねた。世魅は少し考えたが、すぐに答えを述べた。

 

「こいつ曰く、これは寄生ではなく、霊体の融合だそうです。死神としての外見が残っていても、融合がほぼ終わっているなら、死神と虚の魂魄を分離することは、混ぜた2つの液体を元の2つの液体に戻す行為に等しい。つまり、都と虚を以前の状態に戻すことは不可能です」

 

海燕の顔が苦渋に満たされる。調査隊として見送るべきではなかった、俺が行くべきだったという後悔の嵐が襲いかかる。だが、浮竹は世魅の言葉に、僅かな引っ掛かりができていた。

 

「……以前の状態に戻さないなら、助けられるのか?」

 

すがるように出てきた浮竹の言葉に、少し悩む様子を見せる世魅。元に戻さない、つまり虚と融合した今の状態のままでなら、都を取り戻すことが可能なのか。軽く頭の中で逡巡する。そして、結論を出す。

 

「できない、とは言いません。ただ、どういう結末をたどるのかまでは想像できませんが」

 

それは海燕にとって、最後に差し伸べられた救いの一手。その言葉の真相を理解した浮竹にとって、悪魔の囁き。浮竹は、かつての京楽が語っていたことを思い出す。

 

『世魅くんはね、強くなることだけが目的だよ。そのためならなんでもする』

 

ただひたすらに強者との戦闘を続ける男。それだけでなく、四番隊(回道を実践できる場所)十二番隊(技術開発局)でひたすら技術や知識を貪る。現在ですら、大半の隊長格の実力を超えていると認められる強さを持ちながらも、なお強くなるために。

そんな彼がこんな無茶ぶりに答えるということは、強くなるために必要な要素がここにあるということだと察せてしまう。今この場で強くなる要素なぞ、虚に関連することしかなく、そんな要素を彼が得ることを隊長たる自分が許可して良いものかと考えてしまう。いつかの虚化事件を思い出し、浮竹は少しためらった。

 

「っ、構わん! 責任は俺が持つ。やってくれっ!」

 

だが、浮竹はその囁きに乗った。それが地獄への導きだとしても構うものか、これは命のための戦いだと自分に言い聞かせて。

 

「海燕、捩花で俺と都の周囲を覆え! 誰にも中身を見せるな!」

 

気持ちを切り替えた世魅の行動は早い。

 

「な、なんでだ!? 都のことだぞ、俺が……!」

 

「今からやることは明記されていないとはいえ、尸魂界のルールに背くようなことだ。誰かに見られるのも、霊的に感知されるのもまずい。加えて言うが、命を助けるとはいえ、今から都の体を隅から隅までいじくり回すようなことをするわけだが、それを誰かに見られても良いのか?」

 

あまりにストレートな言い草に、もっと違う表現はねえのかと愚痴りながらも、その頼もしさに笑みを浮かべながら捩花を振り回す。水のベールが世魅と都の周りに展開し、その全体を覆う。

 

「フハハハ! 何を言っておるのか。言ったはずじゃ、融合しておると! そして、女の自我は儂の支配下にある。何をしようとも、無駄じゃ!」

 

覆われた水の結界の中で、自分の立場は揺らがないと虚は笑う。

 

「そうだな。その融合能力がお前の力である以上、お前の言うとおりだ。だが、同じ能力が()()()()()()()どうなる?」

 

「何を言い出すかと思えば、戯言を」

 

世魅は右手に持っていた斬魄刀を左手に移し、拘束されている都の頭を右手でつかみ、左手を斬魄刀とともに頭に添える。

 

「融合というのは相手と自分が同一になることを意味する以上、その状況でお前が自我を保っていられるのは能力を使う立場だから。だからこれからお前の能力を解析して、融合の仕組みを理解し、それを俺の斬魄刀を介して、()()()()()()()使()()。そうすれば、自力の勝負だ。たかが巨大虚(ヒュージ・ホロウ)ごときに負ける道理はない」

 

都の表情が理解できないものを視るような侮蔑的な表情に変わる。世魅はそれを気にすることなく、その手から緑色の光が溢れさせ、銀色の糸を張り巡らせた。

 

「お前の意図は読めんが、馬鹿め! 儂に触れたな!?」

 

虚がなにかしようとしたようだが、何も起こらない。

 

「な、何故だ!? 何故、斬魄刀が消えない!?」

 

「融合以外の能力を使ったんだろうが、無意味だ。さっき都を貫く際、鎖結と魄睡を撃ち抜いておいた。死神の体を主体として融合している以上、霊圧の出処とブースターを破壊すれば、霊力が使えない。つまり、お前の能力は使えない」

 

最後まで隠していた大逆転の一手が既に潰されていたことに、憤怒の表情を隠さない。ことごとく、自身のやりたいことを潰されてきて、虚のストレスは頂点に達していた。

 

「ふざけるな、小僧! どこまで儂を馬鹿にすれば気がす……」

 

「卍解」

 

虚の言葉を遮るように告げる。すると、左手にあった斬魄刀が溶けるように崩れ落ち、液体のように溶け落ちながら、蒸発するように霧散していく。地面に到達する前にその全てが消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

半刻が経過した頃。捩花を抱えながら、ウロウロと歩き回り、落ちつかない様子の海燕と、ただ捩花の結界を見つめる浮竹。世魅が中にこもって以降、他の虚の襲撃などを警戒している時間が続き、緊張感が張り詰めていた。状況が状況であるため、簡単に助けを呼べず、中の様子はこちらからはわからない。海燕があまりのストレスから、髪をガシガシと掻き始めた頃だった。薄い水のベールを切り開き、世魅が中から現れた。その腕の中には都が抱えられている。その表情は青い。

 

「都!?」

 

即座に世魅の前に立ち、都に呼びかける海燕に、世魅は答えた。

 

「虚から取り戻したという意味では無事だ」

 

役目を終えたおかげか、その言葉を聞いたおかげか、捩花による水の膜が壊れていく。

 

「都はどういう意味で無事じゃないんだ!? なんでこんなに苦しそうなんだ!? 何が起こったんだ!?」

 

海燕からの質問の嵐に、うざったいような表情をしながら世魅は都を海燕に押し付け、無理やり黙らせる。そして、地面に座り込んだ。

 

「まず、都と融合していた虚は、俺の卍解で無理やり引き剥がした。虚の本体は逃したが、逃げた以上、都の中に虚の意思は残ってない」

 

安堵する海燕が卍解という言葉に反応する。彼の知る限り、誰も世魅の卍解の名も能力も知らない。しかし、霊体に干渉できる能力なのかと考えたのを世魅に見抜かれてしまう。俺の卍解に関しては置いておけと言わんばかりに、睨みつけられた海燕は思考を都のことに向ける。

 

「潰した鎖結と魄睡やつけた傷も治した。だが、ここで問題なのが、同じ霊体として都と融合していた虚を()()()()引き剥がしたことにある。これは魂魄の一部を削り取った、つまり生物から臓器を引き抜いたようなものだ。つまり、見た目こそ傷はないが、今の都の体は重症どころか死にかけだ」

 

「じゃあ、すぐにでも四番隊に……!」

 

すぐにでも移動しようと焦る海燕を、次は浮竹が止めた。

 

「待て!」

 

「なんですか、隊長! 邪魔をしないでください!」

 

「世魅は言ったぞ。虚に融合されて、それは元に戻せないと! 」

 

ハッとする海燕に、世魅がため息を付いた。

 

「続けるぞ? 浮竹隊長の言った通り、今の都は虚と混ざっている。これ自体は戻らない。そんな状態で四番隊に駆け込んでみろ。よくて都は研究材料になり、悪ければお前が虚化実験に関わっていると判断されて、2人とも極刑だ」

 

海燕は唇を噛み締め、そこから血が出る。彼女を助ける能力がない彼は悔しくてたまらない。世魅が並べる言葉は正しく、それに反論の余地がない。何もできない自分が情けなくて、どうしようもなかった。

 

「……海燕。お前、都の為なら何まで賭けられる?」

 

「全部だ! 体も、命も、魂だって賭けてやる!」

 

世魅の質問に間髪入れずに答える。その回答が満足だったのか、世魅は提案した。

 

「そうか。なら、海燕、お前ここで死ね」

 

「は?」

 

「ゴホッ!?」

 

何を言っているのか分からず、海燕は言葉を漏らし、浮竹は咳き込んだ。

 

「副隊長の座も、志波家の名誉も、部下も仲間も全部捨てて、現世にいけ。お前と都はここで、虚ごと俺が殺したことにしておく」

 

浮竹は咳き込みながら、その言葉の真意を理解した。どうにか意見を挟もうとするが、咳が徐々に酷いものになり、血を吐き始めたため、会話に戻れない。世魅は浮竹のそれをあえて見過ごした。

 

「前に起きた虚化事件は覚えているな? あれの主犯格だと疑われている男は、現世に逃げ込み、死神の虚化の制御に関して研究を続けている。そいつに合流し、都の治療をさせろ。俺よりも確実にやってくれる」

 

「な、何いってんだ、あんた! 虚化に関わったやつを頼れって!?」

 

「そうだ。そいつにとっても、都はいい研究対象になるだろうが、俺の名を出せばいい。そいつには恩を売ってあってな。安全は保証する」

 

世魅はまだ迷う海燕を見据える。彼の事情をすべて知っているとは言えないが、家族の事情は理解している。家の復興か、伴侶か。どちらかを取れと迫っているのだ、無理もない。それでも、選択を迫る。

 

「現状の都に手を出せるのは、そいつだけだ。俺ではこれ以上、対処しようがない。都の寿命は虚との融合の反動で、どれだけもっても1日。手段は他にない。都を生かしたいなら覚悟を決めろ」

 

ゆっくりと決意を固めた海燕を、浮竹は苦しみながらも、その顔を見て倒れた。

 

 

 

 

 

 

深夜を超え、早朝。十三番隊には長く緊張が走っていた。虚に乗っ取られた都、それを追従する左刑部八番隊第三席と志波副隊長、そして浮竹隊長。その実力は新人でも疑えないほどのもの。無事に返ってくると信じていた。

 

朽木ルキアも海燕と浮竹の無事を祈っていた。彼らが強いと断言する左刑部三席がいる。不安になることはない。そう言い聞かせた。いくら操られているとはいえ、親しげに話していた都を斬ったあの男をどうにか信じた。すると、隊舎の外が騒がしくなり、隊全体にも浮竹隊長が帰ってきたことが知らされる。帰ってきた、と期待して会いに行くルキアだったが、すぐにただ事ではないと理解する。口に血の跡がある浮竹を世魅が背負っている状態で、それ以外には誰もいない。

 

「浮竹隊長は持病で血を吐いただけだ。寝かせておけ」

 

世魅の冷静な対処に清音と仙太郎が従う。だが、都と海燕がいない事実に席官たちが不安がっていた。ルキアもまた、嫌な予感が背中を走り、唾を飲み込んだその時だった。

 

「都と海燕は俺が殺した」

 

その瞬間、空気が凍った。あっさりと、表情を変えることなく、彼は告げる。

 

「今回の虚は霊体に寄生する能力を持っていた。結果、都を取り戻そうとした海燕も取り込まれた。放っておけば、被害が拡大する可能性が十分にありえた。だから虚ごとまとめて、2人とも殺した」

 

彼はそう言うと、ルキアのもとまで来て、血まみれの十三番帯の副官章を渡した。ルキアは言葉が出てこない。

 

「朽木、お前は俺の命令に従い、2人を呼んだ。それだけだ、気に病むな。海燕と都を殺す判断をしたのは俺だ。恨むなら好きに恨め。浮竹隊長が起きたら、それを渡しておいてくれ」

 

そのまま十三番隊を後にする世魅を、ルキアはただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

現世、空座町上空。世魅の言葉に従い、海燕は虚化を研究する『浦原喜助』を探すため、全力で霊圧の探知を行っていた。もちろん、そう簡単に見つかることはなく、ただただ時間だけが過ぎてゆく。背中に背負う都の息が徐々に荒くなっていく事実を感じながら、見つかってくれと願いながら探索を続けていた、その時だった。

 

「随分、面白いものを連れているな?」

 

海燕の霊圧感知をかいくぐり、突如として目の前に出現した男。灰色の髪を揺らす中肉中背の少年と言い換えていい。外見的にはどこにでもいるような普通な印象を受けるが、その霊圧と雰囲気は、唯一無二とも言えるほどの異質感をまとっていた。

 

「あんたが、浦原喜助か?」

 

その異質な重圧の中、海燕がどうにかひねり出した質問に、その男は少し驚きながらも満面の笑みで答えた。

 

「そうだぞ。われが浦原喜助だ」

 

「……そうか。なら、世魅さんの名で、頼みがある」

 

「よいぞ」

 

「都を治し、てっ、はっ?」

 

頼みを話す前の段階で了承されてしまったことに、海燕は思わず驚いてしまった。自身でも無茶な願いだと感じているのに、二つ返事どころではない。

 

「虚と融合した死神。とはいっても、前の虚化とは状況が違うな。これもまた未知だな、良き良き」

 

距離を保って海燕の正面にいたはずなのに、その男は既に都の体に触れるほど近くに移動していた。海燕はそれに気づくこともできなかった。反射的に動こうとした体を片手で抑え込まれ、もう片方の手は都の口の中に指を差し込んでいた。

 

「なっ、お前、何してっ……!」

 

「騒ぐな。ただ魂魄の状態を見ているだけだ。……うむ、虚化だな。ただ、虚の意志が希薄、というかほぼ無いな。残留思念のような状態になっていて、それが残した能力と喧嘩しているわけか。ん~、なら、こうだな」

 

男が都の口の中に更に指を差し込むと、都が目を見開き、ビクンと体をはねさせる。すると、彼女の頬に虚の仮面のようなものが発生し、彼女の顔面上を覆った。

 

「都っ! てめぇ、何しやがった!」

 

「何って、魂魄自殺を防ぐために必要な相反する力を入れ込み、霊体を安定させたのだが」

 

都から手を引き抜き、ハンカチのようなもので手を拭く男に警戒を最大限しながら、背中の都の様子を探る。すると、先程まで荒々しかった彼女の息が収まり始めていた。

 

「ん、良き良き。虚化を安定させるには、融合した虚そのものを抑え込む必要がある。だが、今回は虚本体の意志があまりに希薄であったせいで、元の虚の能力が暴走状態にあり、それも含めて全てを抑え込んでいたのであろう。相当の苦しみだったはずだ。よく持ちこたえた。われの手で、その能力に意志を与えたゆえ、虚化も安定したようだな。都だったか? 心の強さは素晴らしいものがある」

 

ははは、と笑う男に、海燕は申し訳無さそうに改めて頭を下げた。

 

「……すまん、あんたを疑った」

 

「構わん、構わん! あんなことをされれば、疑うのも無理はなかろう。さて、そろそろ……」

 

すると、深めに帽子を被った胡散臭そうな男が新たに現れた。

 

「何事ッスか?」

 

「お、来たな、喜助。新しい仲間だぞ」

 

喜助と名乗った男が、喜助と呼ぶ男に、ニコニコと海燕と都を紹介する。海燕も先程現れた男もはあ?と言いたげだった。

 

「すまぬな。われは喜助ではない。そう名乗ったほうが信頼されるかと思ってな」

 

少年は海燕の方を向き、非常に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「われはメコニル。世魅の師だ! よろしくな!」

 




【死神図鑑ゴールデン】

まさか世魅さんに師匠がいるなんて……。あの人何者なんだ?

いやあ、知らない方がいいッスよ。なにせ、世界有数の実力者ッスからね。

世界有数!? 一体どんな死神なんだ!? 総隊長の親戚とか!? いや、それにしては若すぎる気が……。

あたしも初めて会った時は驚きましたよ。何気なく店に入ってきたと思ったら、うちのお菓子全部買い上げて、食べきっちゃうんですもん。あのお腹はブラックホールッスね。

そっちかよ! 腹の話はしてねえよ!

いやいや、世魅さんもすごい大食漢じゃないッスか。お師匠さんらしいッスねぇ。

いや、そうだけどそうじゃねえよ!

ちなみにあの人が作る料理もうまいッスよ。うちでもたまに厨房に立ってもらってます。デザートなんか舌がとろけそうッス。

私も食べたいわ。

都ォッ! そっち側に行くんじゃねえ!
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