Dye Your Soul Your Color   作:鏡狼 嵐星

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有限だ
身体も心も
泉の如く
容易に枯れ果つ



巡礼3

「ふふ、派手にやってるわね」

 

僅かに黒い半透明の液体とリルトットが対面していた。それに目は無いが、まるで遠くを見るかのようにその形状を変えていた。

 

「今、全ての滅却師たちが私たちと対面してるわ。全員、一対一になるようにね」

 

「…………」

 

「少しくらいは話をしない? 退屈しちゃうわ」

 

口が無いにも関わらず、スライムのようなその存在は流暢に言葉を並べていく。

 

「……此処は、何処なんだ」

 

「あら? 分かっていると思ったけど……」

 

リルトットが口の方を歪ませたのを見て、それはふふふと小さな笑い声をあげる。

 

「なんて、意地悪だったかしら。そうね、この場所は少なくとも()()()()()()()()()わ。これで良い?」

 

彼女の頭はその意味を理解しようとする。だが、続かない。答えに辿り着けない。()()()()()()()()()()()()()()()。そんな確信があるのに、その先がわからない。

 

「キャハハハッ!! 毒飲む? 毒吸う? 毒食う? いっぱいあるよ! リンに硫酸、テトロドトキシン!!」

 

空を舞う数多のカトラリーが上下左右からアスキンを襲う。放った矢と自分の弓でそれらを打ち払いつつ、彼は逃げる。

 

「こんな能力の俺が言うのも何だがよ! 毒って自分から摂取するもんじゃねえだろ!?」

 

「そう? そう? 美味しいかもよ? ハマるかもよ? ほら、一口! あそれ、一口! ちょっとだけ! ちょっとだけだから!! キャハハ!!」

 

「テンション高えなぁっ!?」

 

唯一地面に立っている机、カトラリーと共に空を飛ぶ食器たちが左右にリズムよく揺れる。1組のナイフとフォークが、ある皿の上に乗っている青い謎の塊を切り分け、持ちあげながら彼に迫る。

 

「はい、あ〜ん!」

 

「食わねえからな!?」

 

「決めゼリフ! 決めゼリフ! 致命的! 致命的!」

 

「チクショウ! 話を聞く気がねえじゃねえの!?」

 

とにかく逃げる。『致死量(The Deathdealing)』による戦闘の停止は『毒入りボール(ギフト・バル)』で既に試したが、効果が無い。

 

(というか、コレは効果が無いと言うよりも……!)

 

アスキンが謎の食器たちに苦戦している間を、キィインと甲高い音を響き渡らせながら高速で飛翔する鳥が横切った。

 

「降りてきなさいよっ!!」

 

「ドウ、シテ?」

 

滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)が使えず、飛廉脚を使うための霊子もかろうじて集められる程度にしか集まらないせいで、彼女たちはこの世界で満足に飛翔することが出来ない。優雅に空を飛ぶ黒い巨鳥に対し、バンビエッタは矢や霊子弾で狙うも数を展開できないため、当てることが出来ない。霊子兵装としてカトラスを作っても攻撃出来ない。彼女にフラストレーションが溜まるのは当然だった。

 

「攻撃が当たらないじゃない!」

 

悔しそうな顔でそう叫んだ彼女を見た黒い鳥は、翼につけた飛行機の噴射口のようなものから発される音を小さくし、彼女の近くまで降りてきた。とっさに放たれた霊子弾も巨鳥はひらりと避ける。

 

「アタラ、ナイ。アナタハ、ワタシヲ、ミテイナイ、カラ」

 

「どういう意味!?」

 

「キヅイテル。ワカッテル。タダ、()()()()()()()、ダケ」

 

巨鳥の言葉を彼女は飲み込めない。しかし、その言葉を聞き取れたアスキンは整理された情報から導き出した結論に凍りついた。

 

「何? なに? 避けなきゃ当たるよ? 逃げなきゃ当てるよ?」

 

「……あー、なんつうかよ。今なにが起こってるのか、なんとなく分かった気がしてよぉ。我ながら致命的、だぜ」

 

音が止む。カトラリーたちが一瞬で動きを停止し、巨鳥が推進するのを止めて、地面に降りてきたからだ。

 

「毒ヤロー! 何に気づいた!?」

 

リルトットの叫びに、彼はぎこちなく笑う。

 

「……最初の違和感は俺とバズビー達がこの謎の世界に同時にいたことだ。俺は浦原喜助やバンビたちとやり合って負けてからの記憶がない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうね、合ってるわ」

 

リルトットと対面していたスライムが肯定した。

 

「んで、さっき、そこのスライムちゃんがここは三界の何処でも無いって言っただろ? じゃあ、候補は黒腔(ガルガンタ)な訳がないから、叫谷って可能性しかない訳だ」

 

リルトットの出した結論と同じ。だが、彼女はアスキンの表情からそうでないことを察した。

 

「……訳なんだが、一つ別の可能性があったのを見逃してたんだよな。気づいたのはそこの黒食器たちの力を考察した後で、確信を持ったのは黒鷲の言葉だ」

 

「僕達? 私達?」

 

「こいつらは俺の『致死量(The Deathdealing)』が効かない。いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

は?といいたげに、口を開けたリルトット。バンビエッタは状況を把握できていないものの、おかしな状況であることだけは飲み込めていた。

 

「無論、最初はこいつの能力を疑ったさ。だが、それにしたっておかしい。致死量を下げられないならまだ分かる。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()? 自慢するわけじゃないが、俺は自分の能力については信用してるんだ。何も不具合は無い」

 

「ソレデ?」

 

巨鳥の言葉に答えるように、アスキンはカトラリー達を指差す。

 

「つまり、俺は自分で自分の致死量を下げてた。そうとしか言えない。となると、だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何をっ! 言ってんのよ、あんた!?」

 

バンビの頭おかしいんじゃないの!?と言う視線に頭を悩ませつつ、彼は続ける。

 

「そりゃ、認めたくねえよ? 俺の内面がこんなテンション高めのやんちゃなやつだとは思いたくねえって。ただな、もしそうだとしたらいろんなことに説明がつくんだぜ?」

 

目の前にいる怪物の謎。

 

「まずはこの世界。叫谷ってのに行ったことは無いが、短期間で移動できるような距離に無いのは知ってる。それこそ、大人数の滅却師を連れて、尚且つ誰にも気づかれないなんて無理だ。そこで、さっき言った条件に合う世界を想像すると……」

 

彼は読み込んだ情報(ダーテン)を頭の中で思い返し、まだもう一つあるであろう世界の候補を推察する。

 

「死神は斬魄刀の始解を会得するために、精神世界に入って斬魄刀と対話するんだよな? まぁ、俺ら滅却師にはそんなもんないはずだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? だとすると、俺らが全員いるここは()()()()()()()()()()()?」

 

リルトットは声が出なかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ、理屈とかその辺りを無視してる上、俺たち全員が同じ世界に引き込まれてる理由まではわかんねえが……」

 

見たことの無い世界の謎。

 

「問題は聖職者とそいつが呼んでる(しゅ)ってのが誰なのか、だ。……もし俺の想像が合っていて、こんな滅茶苦茶なことができるとしたら、十中八九、レヒトなんだろうがよ」

 

聖職者と自称するものの謎。

 

「もし()()()()()()()()()()()なのだとしたら、(しゅ)ってのは()()()()()()()。拝領がレヒトの肉を食うってことなら、虚化じゃねえかと俺は思うワケ。ここまで来りゃ、俺の罪は大概、想像がつくだろ」

 

問われる罪の謎。

 

「レヒトと敵対したこと、だよな?」

 

それらに対する考察を、アスキンが三体の怪物を見据えて、ビシッと言い放った。

 

「30テン」

 

「…………え、マジ?」

 

大鷲が呆れたように言い放ち、器たちが励まそうとして、本体を振るわせる。

 

「まじ! マジ! 惜しかった! あとちょっと! ……ブフッ」

 

「…………………………やめてくれ、心に刺さる」

 

吹き出した様子を見せる器たちに、頭を抱えて項垂れたアスキン。対し、厳しい表情を向けるリルトットとバンビエッタ。くすくすと笑い出したのは液体の怪物だった。

 

「世界については貴方の言ったとおり、精神の中。全員が同じ世界につながっている理由もおおよそ合っているわ」

 

もとより音がほとんどなっていないはずのその場所で、雰囲気がシンと静まり返る。

 

「けど、私たちについては間違っていないけれど正解じゃない。罪に関してはハズレ。だから30点なのよ」

 

「……此処がレヒトの精神世界だって言うのか……?」

 

雲一つない空と黒い水が満ちる大地。空はまだ分かる。水が満ちているのもまだ分かる。だが、黒という色がレヒトを表しているようには見えなかった。確かに、メコニルの力を受け継いだ彼は青黒い霊子を帯びていたし、滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)は灰色だ。黒という要素がない訳では無い。それでも、彼に“黒”という要素が見出せなかった。

 

「ええ、そうよ。リルトット。(しゅ)に初めて出会った滅却師にして、その慈愛に畏れを抱いた純血(エヒト)

 

「っ!」

 

レヒトを見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に連れてきた滅却師がリルトットであるのは、知る者は知っている事実である。だが、レヒトとの会合を彼女は誰にも話していない。もちろん、心の内など以ての外だ。つまり、それを知っている眼の前の怪物は……。

 

 

 

 

蒼く澄み切った空に映える黒い大地。雪のように白い棺を前に、黒いヒトのようなものは祈る。

 

(しゅ)よ】

 

青い腕で祈るように手を組みながら、尖っていること以外の特徴を持たない青い頭が懺悔の言葉を紡ぐ。

 

【貴方はどのような罪であっても、その全てを赦すのでしょう】

 

ゆっくり立ち上がり、大きく刻み込まれたその傷を痛ましそうに撫でながら。

 

【ですが、貴方がどれほど慈愛に溢れているのだとしても】

 

その姿を少しずつ大きくさせて、漆黒の液体は先ほどと同じように棺を飲み込んだ。

 

【私は(しゅ)の願いを踏み躙ったことだけは赦しがたいのです】

 

 

【挿絵表示】

 

 

それはただ虚空を見つめ続ける。

 

【貴方の意に反してでも、私は貴方の願いを叶えましょう】

 

それは雲一つない空を見上げ、告げる。

 

【肉片よ。(しゅ)より剥がれ落ちたモノ達よ。(しゅ)より与えられし()()()()()()()()()()

 

大地を満たす黒い水が僅かに湧き立つ。

 

【滅却師。理を改め、全力を尽くすことを許す。全霊で(しゅ)に祈るがいい】

 

 

 

 

 

 

世界に響く聖職者の声を、滅却師も怪物も全員が聞き取っていた。

 

「名乗りが許されたということは、全員が少しずつ罪を自覚してきたおかげなのかしら? それとも聖職者が痺れを切らしたのかしら?」

 

「ヨウ、ヤク」

 

「そうだね! そうだよ! 分かってもらわなきゃ! 腑に落ちてもらわなきゃ! キャハハハ!!」

 

リルトットもバンビエッタもアスキンも、嬉しそうにする怪物達の様子を見て、生唾を飲む。聞いてしまえば、知ってしまえば、理解してしまえば、後悔すると言う確信がある。だが、同時に聞かなければならない、知らなければならない、理解しなければならないと確信もしている。

 

「私は『虚なる食(ルトリット)』」

 

黒い液体の彼女はその青い核を徐々に黄色に染め、牙を生やした翼のようなものを展開した。

 

「『虚なる炎(ビバンタッエ)』」

 

翼が、青い眼光が赤く染まる。羽ばたいた翼から落ちた羽が、球体のように丸まり、翼の下先に浮かぶ。

 

「『虚なる境(アンキス)』! オレたち、『虚なる境(アンキス)』!」

 

カトラリーそれぞれにジグザグの棒が一対、翼のように生える。紫色に光りながら、ジグザグに曲がった点が膨れ、球体と化す。

 

「……っ!!」

 

「嘘……嘘よッ……!」

 

「おいおい……マジかよ……」

 

見間違えようが無い。怪物たちのそれは光輪(ハイリゲンシャイン)こそ無いが、滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)そのもの。

 

「ぼんやりしてていいのかしら?」

 

虚なる食(ルトリット)』の一部が伸び、巨大な手のひらとなって、彼らに覆い被さろうと迫る。

 

「『スプンド』」

 

その攻撃を避けた彼女たちの目の前で、地面が手形にくっきりと穴が開く。

 

「『神の毒見(ハスハイン)』っ!!」

 

状況をどうにか飲み込んで、アスキンが滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)を解禁する。それを確認した『虚なる境(アンキス)』が自分たちをぶつけ合い、奇妙な音を掻き鳴らす。

 

「『毒入りボール(ギフト・バル)』!」

 

投げられた毒入りボール(ギフト・バル)に『虚なる境(アンキス)』が群がる。ナイフ状のそれがボールを切り分け、フォーク状のそれが取り分けていく。カトラリーたちが唯一ある机にそれを盛り付けた。

 

「『飴入り毒(キャンディ・ギフト)』!!」

 

机の上に盛り付けられた絢爛にも見える紫色のそれが爆発する。速度自体は高い訳ではなく、四方八方に吹き飛ばされたそれを三人が避ける。地面に落ちたその塊は地面をドロドロに溶かし崩していく様子が確認できた。

 

「地面の致死量を操作してんのか!?」

 

「違うよ! 異なるよ! ただの猛毒!ただの劇物!」

 

「それ、俺の霊圧をマジもんの毒にしたってことじゃないの……!?」

 

アスキンの独り言に対し、『虚なる境(アンキス)』が律儀に答える。冗談じゃねえぜと弓を構える。

 

「『エクス・ブラスト』」

 

空に飛び立つ大鷲が翼を広げる。その根元に付随する弾たちが小さな爆裂を繰り返し、飛行挙動を左右に振りながらバンビエッタへと迫る。アスキンの姿を見た彼女も自分の滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)を起こす。

 

「っ、なん、で!?」

 

その体に翼が生え、光輪(ハイリゲンシャイン)が現れた。()使()()()()()()()()()姿()()()()()()()姿()()

 

「ヨソミ、ダメ」

 

キイィィンと鳴り響く巨大な爆音で正気を取り戻した彼女は、紅みを帯びた巨鳥の突撃をカトラスでズラし、凌ぐ。

 

「なんでっ、なんでよ! これは、前のッ……!」

 

「ワタシタチガ、()()()、カラ」

 

巨鳥の羽ばたきと共に射出される赤い羽。バンビエッタも同様に翼から霊子弾を飛ばして応戦する。羽と弾はぶつかれば爆発を起こし、連鎖的にそれが広がっていく。

 

「『スパイフ』ッ!」

 

「『スパイフ』」

 

伸びた黄色の腕輪が、同じく伸びた液体と衝突し、甲高い音を響き渡らせる。

 

「漸く始まったのだから、楽しみましょう?」

 

顔の無いスライムの声が彼女たちの耳に染み渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天秤を……見るんだ…………」

 

巨大な両腕が縦横無尽に振り回される。獣の如き鉤爪がハッシュヴァルトを覆うように迫る。彼はそれを盾と剣で凌ぐ、凌ぐ、凌ぐ。

 

「……今は使()()()()…………その天秤を……」

 

頭の銃口が緑色に光ると同時に放たれた砲弾を、剣で切り抜く。爆発の中、巨剣の横薙ぎをまた盾で受け止める。どんどん剣や盾は傷ついていくのに、彼は自身の力を使うことができない。

 

「お前の力は……幸運と不幸を…………()()()()()()()()()()()()……」

 

怪物の体に刺さった旗が強く靡く。その足から緑の光が幾何学的に広がると、地面が溶岩のように泡立つ液体となって隆起する。ハッシュヴァルトはそれを後方に退避することで避ける。前に出られない。足が出ない。剣を振れない。

 

「お前は……この争いを……受ける痛みを…………不幸だと認識できない……当然だ…………これ以上無い幸福の……対価なのだと……そう思っているから…………」

 

「……っ」

 

「我が名は……『虚なる量(ヴァッシュトルハ)』…………お前の……影……」

 

ハッシュヴァルトと『虚なる量(ヴァッシュトルハ)』の間を、濃い青色を宿した巨大な腕骨が通り過ぎる。

 

「逃いげえるなあよおっ!」

 

「うっざ!」

 

「けひひひひ、うざあくてえ、結構!」

 

関節が無い上に宙に浮きながら、無造作に振り回されるそれをジジは逃げながら回避する。能力の性質故に対集団戦において、無類の力を発揮する『死者(The Zombie)』だが、能力が他者依存であるため、直接的な戦闘能力自体は無い。

 

「いいぜえ、霊子兵装を撃ってくれてえもおよお!!」

 

巨大な頭蓋骨も攻撃に参加し、三方向から迫る。能力の効かない骨の体による物理的な挟撃。ジジにとっては最悪の状況である。

 

「……ボク、これ好きじゃないんだけどッ!!」

 

ただし、『死者(The Zombie)』が使えないことは()()()()()()()()()()()()()()()。ジジの体に『動血装(ブルート・アルテリエ)』が巡り、振り抜かれた拳が頭蓋骨の顎に直撃する。

 

「てえなあ! 滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)を使えば、もおうちょいよお、楽に戦えるってえのに!」

 

「うるさいなあっ! ボクの滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)がゾンビ化特化だって()()()()()()()()!?」

 

カツカツと自分の体を鳴らす『虚なる亡(ゼルジ)』と名乗った骨の怪物に、ジジは文句を垂れ流す。

 

「けひひひひ、俺え達が誰だあか()()()()()()()()()?」

 

「…………そりゃあ、あんな分かりやすい名前を名乗られたらさ? 誰でも気づくよ」

 

また、『虚なる亡(ゼルジ)』がけひひひと笑う。ジジがその骸を見つめる中、がしゃがしゃと節がなる音が近づいてくる。

 

「ふあぁ、なんのはなし?」

 

「おお、『虚なる従(ザトベリエ)』かあ? 随分とお、ボロボロにしたなあ?」

 

女蜘蛛(アラクネ)の上半身、その蟷螂の腕が振り抜かれると、ジジの前に血塗れになったエリザベトが転がった。ピクリとも動かないその姿に対し、ネクロフィリアであるジジであっても、この状況で興奮はしない。

 

「エリザ!!」

 

虚なる量(ヴァッシュトルハ)』の鉤爪と巨剣に左右を押し固められているハッシュヴァルトは視線しか向けることが出来ない。

 

「めんどくさかった。いがいにねばったし?」

 

「けひひひ、けひゃひゃひゃ! あとはトドメえだあけだなあ!」

 

対し、『虚なる従(ザトベリエ)』の傷は殆ど無い。それは力を失ったとはいえ、エリザベトに圧勝したことを意味する。

 

「ジゼル・ジュエル!!」

 

最悪な状況から脱するために、ジジは周囲に目を向けるが、死体なんてものは周囲に在るはずがない。ジジの回復は他者の細胞の肉付けによるもののため、素材無しで再生させることも無理。進化した力を封じられている今、選択肢は無い。

 

「後で文句言わないでよねえ!!」

 

ジジは自分の片腕を霊子兵装で切断し、それを分解してエリザベトの傷を埋める。微かな息が大きくなり、エリザベトが咳き込み始める。

 

「……邪魔はしないんだ?」

 

「じゃまするの、めんどくさいし」

 

ジジが怪物たちの様子を窺いながら呟く。『虚なる亡(ゼルジ)』と『虚なる従(ザトベリエ)』はただ彼女たちの様子を見守るだけで何もしない。

 

「貴女ッ、たちは、私たちの、()()()()()()()()()()()()!?」

 

「正確にいは、滅却師化した虚なんだあよなあ?」

 

エリザベトの考察を彼らは言葉で、態度で証明する。

 

「ほんらいはね? くいんしーのほろうかははめつ。そのことわりを()()()()()()()()()()()()()

 

虚なる従(ザトベリエ)』が始まりを告げる。

 

「たあだな? それえは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよなあ!」

 

虚なる亡(ゼルジ)』が真実を語る。

 

「虚化を……制御するために必要な…………()()……私達は(しゅ)に従い……お前達に力を貸した…………私達は決して……()()()()()()()()()()()()()……」

 

虚なる量(ヴァッシュトルハ)』が理由を伝える。

 

「虚化……屈服……!」

 

ハッシュヴァルトは情報(ダーテン)を思い出す。死神が始解を得るため、そして虚化をコントロールするために必要な行為。仮面の軍勢(ヴァイザード)たちが現世で秘密裏に行っていたものであるが故に、そもそも虚化のコントロールするための方法など調査しても意味がないと判断されたが故に、その詳細までは示されていなかったそれ。無論、滅却師である彼らに屈服の方法など分かるわけがない。

 

「べつにわたしたちをたおせとはいってない。()()()()()()()()()

 

退屈げな『虚なる従(ザトベリエ)』は自身の腕にある鎌を毛繕いするように口元に誘った。その様子を見た『虚なる亡(ゼルジ)』は手のひらを自身の顔にやり、笑い出す。

 

「俺え達が従ってえも良いとお思える理由を示しなあ? 例えば、何でこおんな状況に陥っているうのかくらいはあ、理解してえ貰わなあきゃなあ!?」

 

虚なる亡(ゼルジ)』が吠えたのを聞くと同時、『虚なる量(ヴァッシュトルハ)』は言うべきことはもう終わりだと言わんばかりに、体から霊圧を吹き立たせる。

 

「汝の……罪を……見定めよッ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「虚化によって生まれた内なる虚は元となった魂を侵食するものだよぉ。自我があろうがなかろうがねぇ。だからぁ、(しゅ)は私たちに()()()()()()()()()()()()

 

空の上に浮遊する巨大な緑の蝶。雷のような形へと変わったその翅が、鱗粉と共に落雷を振り落としていく。雨のように、細かく大量に降り注ぐそれを、キャンディスは滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)の翼を刀のようにして打ち払う。

 

「オマエたちの力になるように。オマエたちを傷つけないように。オマエたちに協力するように、ナ」

 

ピンク色に染まったテディベアは、短い両手をどうにか体の前に重ね、背中からハートを連ねたような翼を羽ばたかせて突撃する。その技が何なのか理解したミニーニャは同じ姿勢をとって、同じ技を繰り出す。

 

「ダイヤモンドプッシュ!」

 

激突音と共に、両者が弾き飛ばされる。テディベアが弾き飛ばされた先にいたバズビーはどうにかそれを回避するが、その隙を赤い両刃の剣は見過ごさない。

 

「魂とはッ! それを入れる器、及びその魂の証明たりうる記憶を以て成り立つッ! 故にッ、(しゅ)は自らの魂魄で我らの(からだ)を作ると同時に、我らに記憶(こころ)を与えるという選択をしたのだッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

その剣が展開する二本の棒のようなもの。その先がバズビーの体に向けられ、二本のレーザーが放たれる。片方のレーザーをバーナー・フィンガー1で弾いたバズビーだが、もう一つのレーザーに右肩を撃ち抜かれる。

 

「ぐぁあっ!」

 

「時間や想いは勿論、知恵、技術、力に魂、さらには記憶ッ! (しゅ)はあらゆるモノをお前たち、滅却師に捧げてきたのだッ! では、(しゅ)はその対価に何を望んだのかッ! お前は聞いているはずだッ、バザード・ブラックッ!!!」

 

撃ち抜かれた際に出た叫びに合わせ、赤い剣は彼の喉元にその刃を添える。

 

「さぁ、選択の時だ! ()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

 

痛みで無理やり覚醒させられる意識。

 

目の前にいる怪物達の言葉。

 

そして、名前。

 

俺は首元にあるその剣が『虚なる灼(ザドーバ)』と名乗った瞬間から、こいつらの言いたいことが自分の中にある違和感と繋がった。

 

…………レヒトの想いを決して軽く見ていたわけじゃねえ。少なくとも、俺はそうだ。()()()()()()()

 

思い出す。レヒトが戦いを終えて、自分たちの元へ来た時のことを。

 

虚の姿になって尚、俺たちのために帰ってきたんだ。それは分かってたはずだ。だが、虚化にビビってなかったかと言われれば、違う。

 

滅却師である限り、虚化の恐ろしさをよく知っている。俺も虚化した滅却師の末路を何度も見たことがある。骨身に染みた恐怖そのものを長く刻まれてきた。

 

そうだ。俺も、バンビーズも、他の奴らも。虚化への恐怖が、ユーハバッハへの畏れが、狂幻興凶元(きょうげんきょうきょうげん)の滅茶苦茶な理論が、レヒトとの信頼を上回ったんだ。

 

その結果、俺たちはレヒトに何をしたのか。忘れていたわけじゃねえ。考えないようにしていただけだ。

 

レヒトが俺たちに何を望んだ?

 

忠誠? 恩義? 感謝?

 

……んなもんじゃあっ、ねえだろうがッ!

 

「ただ! 生きて欲しいと願ったアイツをっ、俺たちは選ばなかった、いや、()()()()()()()()()()()()()、そうだろ!?」

 

俺の声が世界に反響していく。キャンディスもミニーニャも、『虚なる雷(スキャディン)』と『虚なる力(ミャーニニ)』と共に動きを止めた。

 

「それは罪を認めるということか?」

 

声音が一気に冷めた『虚なる灼(ザドーバ)』。ようやくこいつらの言いたいことが分かったと俺たちに伝わったんだ。淡々と問い詰めたくなる気持ちが理解できる。恥ずかしいことにな。

 

「……あぁ、認める。俺の罪を」

 

首元の切先が燃え始める。同時に俺の首の皮膚を焦がす。痛え。だが、今は逃げるわけにいかねえ。散々、利用するだけしておいて、今更かもしれねえ。それでも、今、覚悟を示さなきゃ、いつやるんだ!

 

「ならばッ! 我らの怒りが分かるはずだッ! 我らの名は全て、お前達一人一人と共にあれと付けられたものッ! (しゅ)の想いが我らの生まれた理由ッ!」

 

少しずつ、喉に刃が入り込んで行く。熱さと痛みが体の中が焼けていることを教えてくる。

 

「そ、うだな。話を聞い、てねえのは俺、の方だった」

 

「……ならば、ならばだ。もう一度、汝に選択を迫る」

 

虚なる灼(ザドーバ)』に付随した翼が炎を吹き上げ、剣の鍔の方向へとその位置を変える。そのまま勢いに任せれば、俺の首を切り飛ばせるように。

 

「私を受け入れるか?」

 

最後の通告だ。このままいけば、傷を癒す能力を失った俺は死ぬ。……ユーゴーには謝らなきゃいけねえな。それでも、ここで逃げるのは違うっ!

 

「あぁ。やってくれ」

 

「その意気や良しッ!!」

 

目の前で、翼の先が爆発的な炎が生まれたことを見届けた。




拙い挿絵を1つ。AIってのは便利ですわ。

いやはや、毎度おまたせしますね……。
仕事に慣れるまではどうにか残業してでも頑張りたい気持ちがあるのと、メンタル面が弱くて悩んでばかりで趣味活が打ち込めなかったりと、色々悩む今日このごろ。
落ち着きたいときに少しづつ書いております。

『無個性で普通の俺と魔獣母胎で病んでる彼女』の方も書きたいやつはあるんですが、いかんせん時間が……。まぁ、ぐうたらしている時間が多いので、そこで書くべきなんですよね。いやぁ、言い訳ばかりで申し訳ない!

まだ読んでいただいている方、本当にありがとうございます。
更新されているのに気づいたら、これからも一読を。
感想が来たら泣いて喜びます。

では、また次の話で!
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