Dye Your Soul Your Color   作:鏡狼 嵐星

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好きです
貴方のためなら
死んでもいいほどに



Right side, Take me into the your party

見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)内、屋外訓練場。3人分の影がその中を高速で動き、たまにぶつかり合う。

 

「ガルヴァノブラスト!」

 

空に浮かぶキャンディスの神聖滅矢(ハイリップファイル)にのった5ギガジュールの電撃が、地上にいるレヒトのもとへ飛ぶ。しかし、レヒトに当たる直前で不自然に曲がり、地面に突き刺さる。

 

「はぁ!? なんで曲がるんだよ!!」

 

「空気の抵抗力を更新して、周囲の空気に電気が流れるようにしたよ。5ギガジュールなら、一般的な雷の約17倍だから調整がちょっと大変だね」

 

「んなこと聞いてねーよ!!」

 

キャンディスが神聖滅矢(ハイリップファイル)を撃ち直すが、レヒトが両手のひらを体の前で動かすとその矢が逸れてゆく。

 

「隙ありです~」

 

彼の後ろからミニーニャが巨大化させた腕を振るう。それに対し、レヒトはひらりと体を捻り、足を地面につけ、腕をミニーニャの腕に添うように片手を添わせると、一瞬でミニーニャを背負投げして地面に叩きつける。あまりに一瞬の出来事だったためにミニーニャが目をパチクリさせていた。

 

「……なんで私が地面に寝っ転がってるんですか~?」

 

「合気道って知ってる? ミニーの力強い一撃を利用して、ミニーの力で君をひっくり返したわけだ」

 

「利用されるなんて不服です~」

 

ミニーニャが起き上がる際に放った一撃も、彼の両手でぬるりと逸らされる。彼女の腕に添えられたレヒトの腕に、一瞬だけ静血装(ブルート・ヴェーネ)が見える。しかし、同時に動血装(ブルート・アルテリエ)が起動しているようにも見えた。

 

「お、おい! レヒト、お前、今、血装(ブルート)を2種類同時に使わなかったか!?」

 

「え? いや、同時には使ってないよ。でも、切り替え速度が早かったのは事実かな?」

 

滅却師としての戦闘技能の一つ、血装(ブルート)。血液の中に霊子を流し込むことで、防御に向けた静血装(ブルート・ヴェーネ)、攻撃に向けた動血装(ブルート・アルテリエ)の2種類の力を引き出すことができる。ただし、それぞれのシステムが違うため、同時発動できない。

 

「確かに同じタイミングで発動しているように見えました~。でも、そんな事できませんよね~?」

 

「だから、切替速度が高いだけだって。ほら」

 

そう言ってレヒトは両手を広げ、血装(ブルート)を起動する。そして、静血装(ブルート・ヴェーネ)動血装(ブルート・アルテリエ)を連続して切り替える。徐々にその速度を向上させていき、その2つが同時展開されているような速度で、それを展開した。

 

「いや、速すぎるだろ!? 霊子の流し方が全く違うんだぞ、そんな速度で切り替えられるか!!」

 

事実として、血装(ブルート)の切替速度が速いとされているキルゲ・オピーの切替速度は一瞬と言えるほどのスピードである。が、レヒトが行っているほどのスピードではない。

 

「確かに超速いです~。コツとかあるんですか~?」

 

「えっと、普通に霊子を血液に流すだけだと、血液速度に依存して切替速度を一定以上にできない。だから、切替速度を上げるために血液と霊子を別の速度で動かすんだ。そうすれば霊子の道を切り替えるだけで血装(ブルート)を切り替えやすい。それに流れる速度が異なれば、血と霊子が簡単に交じることはないからね。だけど、切り替える際に少しでも調整をミスすると血液や霊子がぶつかりあって逆流しちゃうから、切替速度を少し上げる代わりに、体に悪影響が起きやすいデメリットがあるんだ。だから、あんまりオススメはできないかなぁ……」

 

「やってること意味わかんねーし! どれだけ難しいことやってると思ってんだ、お前!」

 

事実、全身の血管の中に霊子が通る道を別に作るという超人じみた行為を、レヒトがどうにか言葉にしようとするが、キャンディスのツッコミをくらう。レヒトは苦笑いしていた。

 

「そうそう。思ったんだけど、キャンディはさ。聖文字(シュリフト)による雷撃を落とすように放つじゃない?」

 

「そりゃ、雷は落ちるもんだろ?」

 

「一時的にでも良いから、一定の場所に帯電する事ができたら便利じゃない? あとは体に流すようにして、ミニーみたいに筋力の限界値を引き上げるとか? 纏って防御技にするのも面白いかも!?」

 

「言うのは簡単だけどさ。やるのはアタシじゃんか」

 

もちろん、キャンディスだって自分の能力を鍛えることを怠っているわけではない。レヒトの言ったこと通りではないものの、自分なりに能力を研究し、自分自身を電池のようにして充電しておく能力などを開発した。その行為は非常に時間がかかるものであり、そう軽々しく行えるものではない。

 

「えっと、じゃあ、やってみるね」

 

「……何いってんだ?」

 

言うやいなや、レヒトは自身の心臓あたりに手を置く。

 

「『似せ字(ナーハァムング)雷霆(The Thunderbolt)』」

 

バチバチと電流が流れる音がレヒトから流れ始め、キャンディスとミニーニャは思わず、一歩退く。レヒトがその体に流れる電流を一本にまとめ上げ、蛇を動かすように体に巻き付け、両腕の先に球状として纏め上げる。

 

「こんな感じかな?」

 

「待て待て待て! ツッコみたいところが馬鹿みたいにあるんだが!? なんでアタシの能力が使えるわけ!?」

 

「んっと、僕の『更新(The Renew)』で僕の霊圧をキャンディに近い状態に、一時的に更新したから? 真似してるだけで、君の能力そのものってわけじゃないよ」

 

マジかよと、キャンディスは思わずうめいた。聖文字(シュリフト)は各々一つ。それはユーハバッハですら例外ではない。バンビエッタを完封した例の一件で、レヒトの『更新(The Renew)』の対応力と凄まじさを理解したつもりでいたが、それはあくまで一部に過ぎなかったということを理解した。

 

「……うん。霊子を集める際に電気的な性質を付与する関係上、肉体もそれに耐えられるような性質に変化している。放電ができるからこそ、充電ができる。なら、あと出来ることは充電できる容量を増やすこと。体で充電出来るんだから、充電する部分を細かく分けたら容量が増えるかも。あとは、無駄に放電しないように電力量の調整、放電口の最適化、なんなら自身の抵抗の大きさを変えることで攻撃に変化を与えたり出来るかも……」

 

そして、キャンディスが感じていた問題、想像できていなかった部分も含め、次々に呟く。一度だけ能力を真似しただけで、課題を発見できる観察眼と言語化出来る知識。訓練を願い出た自分の考えは間違っていなかったとキャンディスはニヤけた。

 

「ま、都合がいいや。レヒト、もっとわかりやすく教えてくれよ」

 

「うん、いいよ」

 

「あ、ずるいです~。私の能力も真似て、教えてくださいよ~」

 

「ミニーの課題は能力を使わなくてもすぐに分かるよ」

 

「え~?」

 

「単純な殴打や蹴りが多いせいか、武術をある程度知っている立場からすると攻撃が読みやすい。加えて、攻撃する前から強化された箇所がわかる。だから、対処法さえ誤らなければどうにかなっちゃう」

 

「私の一撃を受け流せる人なんてなかなか居ませんけど〜」

 

「まぁ、2人共、単純な威力自体はそうなんだけど、聖文字(シュリフト)における戦闘方法の動きが単純すぎる。多分、能力の理解度が低い、かな? もう少し工夫があった方がいいよ」

 

サクッと彼女たちの戦闘スタイルを切り捨てた。仮にもユーハバッハに認められて聖文字(シュリフト)を与えられる程度の実力があるため、思わず不満が顔に出てしまう彼女たちにほんのりほほえみながらレヒトは続ける。

 

「利用の仕方によってはバンビちゃんほどの出力と便利さがあるにも関わらず、キャンディもミニーも彼女にはかなわない。能力の相性? 一度に放出できる量の違い? ううん、能力の良さをうまく押し付けているかどうかがモロに影響してるんだ。バンビちゃんの立ち回りは完全に聖文字(シュリフト)頼りだけど、能力の都合上、避けることができないことを存分に活かしている。ジジは再生力に頼った戦法だけど、傷をつけてもらうことそのものが有利になるから、それもよし。リルちゃんは能力を押し付けるような立ち回りはせずに、周りの状況をよく見てから動いてる。聖文字(シュリフト)の解析能力もあるから、立ち回りによって相手に不利を押し付ける。もちろん、彼女たちにも改善点はあれど、今のスタイルで十分、相手に対処をさせにくいことは間違いない」

 

他のバンビーズの立ち回りを振り返り、その良さを語る。

 

「キャンディは威力は十分だけど、相手がどんな状況でも巨大な一撃を当てることに執心する癖がある。ミニーも重い一撃を放てるけど、何処に力を集中しているのかわかりやすく、素直に使うことが多い。かといって、2人共、防御できない攻撃かと言われるとそうでもない。つまり、他3人に比べて対処法がわかりやすい」

 

逆に2人の弱点を語る。良いところもあるんだよとフォローするが、それで機嫌が良くなるほど単純な彼女たちでもない。

 

「……それで敵を倒せるんだからいいじゃんか」

 

「そうです〜」

 

「なら、かかっておいで。聖文字(シュリフト)なしで対処してあげる」

 

表情を真剣なものに変えて、レヒトが構える。一気に空気が張り詰め、それにつられて2人も戦闘体制に移った。

 

「初手は譲るね」

 

余裕そうな彼に対し、キャンディスとミニーニャは顔を合わせる。滅却師の基本的な戦闘技能は霊子兵装による攻撃、血装(ブルート)、飛廉脚、そして聖文字(シュリフト)。この中でも聖文字(シュリフト)は死神でいう斬魄刀のようなものであるため、それを縛ることがどれほど厳しいものなのかは想像に難くない。流石の2人でも怒らずにはいられなかった。

 

「お前がいくら強いからって、いくらなんでも舐めすぎなんだよ!」

 

雷霆(The Thunderbolt)』による雷撃。その速度は避けられるようなものとは思えないが、放った場所に彼はもういない。

 

「ほら、すぐ熱くなる」

 

腕を振るったキャンディスの下から回り込むように動きながら、レヒトは右掌を彼女の腹に添え、掌打を加える。

 

「ガッ!?」

 

吹っ飛ばされたキャンディスの背後からカバーするように、レヒトの背後からミニーニャが腕を巨大化させてふるう。レヒトは後ろを見ることなく、姿勢をさらに下げ、左手を地面につけると体をミニーニャの方へ飛ばす。

 

「っ!」

 

ミニーニャの腕と交差するように、レヒトの体が動く。加えて、その反動を生かした彼の蹴りがミニーニャの足に当たろうとした。

 

「甘いですっ!」

 

足の筋肉を膨張させてそれを防ごうとするが、レヒトは右手を地面に当て、宙返りをするように蹴りの向きを上方向へ変える。ミニーニャが腕から足へ変えていた強化をさらに切り替える前に、彼の蹴りが彼女の左腕に直撃し、吹っ飛ばされる。

 

「見てから判断していたら遅いよ?」

 

未だ余裕そうな態度を崩さないレヒトに対し、吹っ飛ばされたことに怒りながらキャンディスとミニーニャも体勢を立て直す。

 

「クッソが! こんなにも差があんのかよっ!!」

 

「本当、ムカつきますね」

 

彼女たちも決して実力が測れないほど愚かではない。今回の訓練も、レヒトの実力の高さを買ったからこそ誘った。バンビエッタを封殺することが出来る聖文字(シュリフト)、『爆撃(The Explode)』を防ぐだけの静血装(ブルート・ヴェーネ)、投げただけの霊子兵装を神速に至らしめるほどの動血装(ブルート・アルテリエ)、他にも凄まじい知識と霊子操作技術。神赦親衛隊(シュッツシュッタフェル)に匹敵、いや一部分なら追い抜いているといえるだけの実力者である彼に教えを請えることなどそうそうない。

 

「……例えば、『雷霆(The Thunderbolt)』なら放電量を下げて神聖滅矢(ハイリップファイル)と共に連射するだけでも脅威度は大きく変わる。『(The Power)』なら動血装(ブルート・アルテリエ)を併用することで腕なら一撃をより重く、足なら移動速度を大幅に向上させることも出来る。もっと君たちは強くなるよ。僕が保証する」

 

数分後には、彼女たちは息を荒げ、床に転がっていた。彼はそんな彼女たちに触れて回復させた。

 

滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)無しじゃ、聖文字(シュリフト)すら引き出せないのかよ。バケモンじゃんか」

 

「全くです~。こちらのことも考えてほしいです~」

 

「あはは。褒められてる?」

 

「「褒めてない(です~)」」

 

呆れた声を聞いても、レヒトは笑ったままだ。

 

「とりあえずよ。次にやることがわかった。……ぁりがと」

 

「どういたしまして」

 

顔を赤くしてその向きをそらしながら、か細い声で礼を言うキャンディス。ミニーニャもペコリと頭を下げる。それを見て嬉しそうにレヒトは礼を受け取った。

 

「それにしても、レヒトは何故、私達を鍛えてくれるんですか~? それだけ強ければ、私たちを鍛えるようなことをするよりも、陛下直属の部隊に入ればいいと思うの」

 

事実として、聖章騎士(ヴェルトリッヒ)たちの仲はあまり良くない。共に訓練することがないわけではないが、ここまで丁寧に教えたりすることはない。

 

神赦親衛隊(シュッツシュッタフェル)のこと? えっと、あまり興味ないかな」

 

彼の顔は本当に興味がないと言わんばかりに、つまらなさそうな顔だった。しかし、2人を見直して笑顔に戻し、続けた。

 

「僕はそんなことより、キャンディとミニーの方が大事だよ」

 

少し話はそれるが、レヒトは身長こそ低いものの、騎士団の中でも十分な顔立ちを持つ。他にも面倒見の良さや礼儀正しさなどを含め、彼の人間性や性格にケチをつけられる団員はおらず、聖兵(ゾルダート)との訓練にも頻繁に参加して支えるているおかげか、星十字騎士団(シュテルンリッター)内でもキルゲ並みに信頼が高い。柔らかい雰囲気や言動も相まって、男女問わず非常にモテる。もちろん、聖章騎士(ヴェルトリッヒ)たちも例外ではなく、逆鱗さえ踏まなければこれほど付き合いやすい相手もいない。そして、レヒトがリルトットと仲が良いため、彼と関わることが多いバンビーズはあの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()レヒトの印象が凄まじく良い。そんなレヒトからユーバッハ直属の立場になるよりも『あなたが大事』と言われることは。

 

「「…………」」

 

凄まじく恥ずかしい。キャンディスは耳まで赤くなり、そして今までどうにか誤魔化そうとしていたミニーニャも顔を赤らめざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

聖章騎士(ヴェルトリッヒ)見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の中に好きな建物や部屋を用意することができ、聖兵(ゾルダート)たり得ない一般滅却師も多少(・・)好きに扱っても良い事になっている。その中でもバンビーズが集まりつつ生活する建物は、バンビーズ及び一部の女性滅却師のみが入ることを許された居城であり、男性滅却師の中ではレヒトだけが自由な出入りを許可されていた。

 

「ん~、おいし!」

 

バンビエッタはチーズケーキを頬張り、足をばたつかせる。同じ部屋の中で、ジジがフルーツタルトを食べ、それを見ながらレヒトがコーヒーを飲む。最近ではありふれた光景だった。

 

「レヒトのケーキはほんっとに美味しいわね! いつでも食べたいわ!」

 

「そうだねー、バンビちゃん。たまにしか作らないのなんで?」

 

「いつでも作れるとなると、注文が止まらないからだよ。量も制限しないと、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)にいる滅却師ほぼ全員分作ることになっちゃう」

 

あ~、と納得するバンビエッタとジジ。別にこの場所で食料に困っているというわけでもない。無いのだが、レヒトが作るものすべて、過去の食事を超えるおいしさを持つせいでこうなった。

 

「あぁ~、レヒトが女の子だったらよかったのに。それなら、バンビーズの一員にして、レヒトの料理がいつでも食べられたのに~!」

 

あまりにも自分の都合しか考えていない発言。ジジは流石バンビちゃんと言ってはいるものの、目が笑っていない。レヒトも笑顔だが、笑い声に元気がない。

 

「あ、そうだわ! レヒトの『更新(The Renew)』で自分の性別を女の子にしたらいいじゃない! それならレヒトをバンビーズに入れても問題ないわね!」

 

「いやいやいや、それは無茶でしょ。ねえ、レヒト?」

 

「ん~~~、やってみよっか」

 

「……はぁ!? 本気(マジ)!?」

 

バンビエッタの無茶振りに応えようとするレヒトに、ジジは心配だった。失敗することが、というよりはレヒトならなんとかしてしまいかねないからであった。彼は自分の胸に手を当てて、しばらくウンウン唸っていたが、ふと思いついたかのように顔を上げた瞬間、彼の体に変化が起きる。彼の胸のあたりが少し膨らみ、尻や足に丸みが出て、髪が少し伸びる。そして、立ち上がり、くるりと一回転。

 

「……意外にうまくいくもんだね」

 

「うっそぉ……」

 

ジジの口から思わず言葉が漏れた。すると、バンビエッタが立ち上がり、レヒトの前まで来る。ここまで無言の彼女に驚くレヒトの胸にガバッと手を出し、揉み始めた。

 

「ひゃぁっ!?」

 

「ふんふん、本物ね。リルよりあるわよ!」

 

「ちょっ、あっ、へ、変なぁっ、感触っ、うぁ」

 

バンビエッタがレヒトの胸を遠慮なく揉みしだく。初めての感覚にあえぐレヒト。レヒトのほうが身長が小さいせいか、女性同士とはいえ若干の犯罪臭が漂う。そんな光景を見て、ジジはよだれを垂らしていた。

 

「女の子になったレヒトはかわいいわね! 色々服を見積もってあげ……っ!」

 

色々考えながらバンビエッタが、改めてレヒトの顔を見たときに言葉に詰まる。その理由は、女性としての初の体験に顔を赤くしてボーっとしており、今まで見たこと無い彼の表情を見ることになったからである。普段から笑顔を絶やさないレヒトが、惚けた表情をしている事自体、そうそう無い。騎士団指折りのレベルで強く、余裕を崩したことがない彼。バンビエッタにとっては若干のトラウマを含む相手であるものの、現在は決して悪印象はなく、むしろ男として好感を持つ相手でもある。逆に、レヒト以外の男への印象は最低限しかないせいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「レ、レヒトに着せる服を見繕ってくるわね!」

 

流石に恥ずかしくなったのか、部屋から逃げ出す。ようやく開放されたレヒトは赤くなった顔を片手で隠しながら、ソファに座り込む。ジジはその姿を見て、垂らしていたよだれを拭い、話しかけた。

 

「レヒトの能力ってめちゃくちゃだよね。性転換なんて出来るものじゃないよ」

 

「そう、だね。すごい目にあった」

 

「バンビちゃんの前であんな事するからだよ。あの子のワガママは今に始まったことじゃないじゃん」

 

「……うん、これから善処するよ」

 

流石のレヒトもこたえたらしい。ジジは若干目をそらしつつ、問いかけた。

 

「ねぇ、レヒト。さっきのやつ、他人に使うことは出来るの?」

 

「出来るよ。でも、僕の聖文字(シュリフト)は理解した対象を一時的に異なる状態に変更するもの。もし誰かの性別を変えるとしたらその子のことをくまなく理解しなきゃいけないし、いつか元に戻ることになる。もし常に性別を変えていたいなら、ずっと聖文字(シュリフト)を使い続けなきゃいけない。ちょっと難しい、かな?」

 

「……そっか」

 

ジジが残るフルーツタルトを口に含み、レヒトは机の上にあったコーヒーカップを再度持ち上げ、中を飲み干す。

 

「もしジジが望むなら、そうしてあげてもいいよ」

 

赤らめた顔が落ち着いてきたのか、いつもの笑顔を取り戻したレヒトの言葉に、ジジは半目になる。

 

「誰も僕のことって言ってないんだけど?」

 

「そうだね。なら、それを聞く理由になった誰かにそう伝えておいてよ」

 

ジジは少し不満な顔をして、レヒトの前まで来て詰め寄る。奇しくも先程のバンビエッタのような立ち位置になった。

 

「ねえ、お人好しが過ぎない? 裏があるようにしか思えないけど?」

 

「もちろん、裏があるよ。その条件を飲むなら約束してほしいことがあるんだ」

 

「なにを?」

 

「同族の相手は殺してまでゾンビにしないこと」

 

ジジの顔が曇る。それはいつかやる可能性のあった手だった。レヒトが来るまで一切の迷いなく使おうとしていた手段である。

 

「へぇ。別にいいけど、ちょっと報酬が足りないかなー?」

 

「じゃあ、代わりに僕が死んだら、一生、君のゾンビになるよ」

 

自身をヤバいやつだと自覚するジジでも、レヒトの言動を一瞬理解できなかった。ジジの『死者(The Zombie)』の能力を知って、ゾンビになっても良いと言う存在などいるわけがないと本人も思っていたからだ。いくらレヒトでも言って良いことと悪い事の判別くらいつくだろうと思っていたのもあるが、彼がジジの性癖に気づいていることは知っている。ならば、()()()()()()()()()

 

「冗談ならタチ悪いよ?」

 

「冗談じゃないよ」

 

真剣な表情ながらも、わずかに微笑んで彼は言う。

 

「僕ね、死に方は決めてるの」

 

正面にいるジジと目線を合わせるように立ち上がる。先程まで見下ろしていた相手がほとんど同じ高さで目線を合わせてくる。

 

「誰かのために、誰かを前に進めるために死ぬつもり。この約束で君を前に進められるなら、後悔はない。好きにして構わないよ」

 

「…………ほんと、何様なのさ……」

 

言葉が尻すぼみになっていく。これほど真っ直ぐ見つめてくれる相手なぞ、密閉されたこの陰る場所に一体どれほどいるのだろうか。陛下も、団長も、同じバンビーズでもここまで心の底に触れるように対話してくれるだろうか。ここはそんな甘い環境ではない。どう足掻いても、彼の甘さに引き込まれてしまう。そう感じざるを得なかった。

 

「レヒト、こんな服どうかしら! ちゃんと下着も用意したわよ!」

 

「……お手柔らかに」

 

戻ってきたバンビエッタのやる気に、レヒトは少し顔色が悪そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

俺がレヒトと出会ったのは偶然だ。

 

当時、俺が聖文字(シュリフト)の候補者として挙がっているとき、現世の哨戒任務が与えられた。

 

陛下は滅却師が何処にいるのかくらいはわかるらしいが、その詳しい位置どりまではわからないらしい。そのあたりはよく知らねー。まぁ、現世に残っている滅却師を探すのも俺たちの仕事の一つだったってことだ。

 

俺と何人かの聖兵(ゾルダート)によって、調査が順調に行われて、純血の滅却師の生き残りを発見し、無事回収した。しかし、巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が出現し、その中で一番強かった俺が相手になる必要が出てきたときだった。他の聖兵(ゾルダート)を逃した後、巨大虚(ヒュージ・ホロウ)と戦っている最中、突然1人のガキが間に割り込んできたのだ。どうみてもそいつは俺たちを認識しており、霊力もずば抜けて高く、今までそいつが見つけられなかった事実にももちろん驚いたが、間に入ってきたことが一番驚いた。咄嗟に首根っこを掴んで引き離そうとしたが、巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が攻撃をやめ、ガキに跪いたのだ。これまたビックリだ。子供の霊が虚を手懐けているとか正気か、と思うのも当然だろう。そもそも手懐けられるもんでもねーだろうに。

 

俺が惚けている間に、そのガキは巨大虚(ヒュージ・ホロウ)の仮面を撫でながら、俺に名を聞いてきた。発する霊圧もそうだが、体に血装(ブルート)を巡らせている気配があるため、このガキも滅却師であることを察することができた。俺が名前と滅却師であることを伝えると、ガキは目に見えて嬉しそうな表情を浮かべ、仲間がいたんだ!とはしゃぎ始めた。滅却師である自覚はあんのかよと呆れつつ、事情を聞いた。

 

この時初めて、このとんでもねーガキがレヒト・ヴィーダという名前であることを知った。そして、聞いた過去は凄まじいもんだった。戦い方を教えてくれた先生とやらに放り出されて以降は1人で現世を彷徨っていたらしい。なまじ滅却師が希少種であることを知っていたせいで、同族探しは半分諦めていたそうだ。その先生とやら、間違いなく馬鹿だろ。死んだわけでもなく、放り出したって。

 

陛下の任務にこいつが含まれているのか知らないが、実力は間違いない。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に来るか、と聞いたら二つ返事で行くと。ただ、その巨大虚(ヒュージ・ホロウ)は連れてけないぞと言ったら、これまた困った顔をした。なんでだよ。敵だぞ。

 

だが、迷っているレヒトに巨大虚(ヒュージ・ホロウ)は自分からその首を差し出したのだ。これまた驚愕だった。正直、理解し難い光景だった。また俺が固まっている間に、レヒトは悲しそうな顔をしながらも、霊子兵装でその首を切り落とした。そして、その首を大事そうに抱え、消滅するまで見守っていた。消滅した後に開いた目は若干、充血すらしていた。

 

 

 

何を悲しそうにする必要があるんだ。

 

なんでそこまでするんだ。

 

そいつは俺たちを殺せる力があるんだぞ。

 

 

 

顔を拭い、俺に頭を下げながら連れ行ってくださいと願うその子供に、俺は言葉にし難い感覚を覚えていた。恐怖じゃねー。かと言って嫌悪感でもねー。何が近いかと言えば、羨ましい、か。

 

俺が死ぬ間際なんか誰も悲しんじゃくれなかった。親の顔も、周りの人間の顔も思い出せねえのに、腹が空いていたことだけを覚えている。俺が倒れた時、誰も俺のことを見ていなかった。

 

なのに、今、こいつが虚に見せていたものはなんだ? それは虚なんかに俺たちがして良い顔なのか? 初めて出会った相手なんかに嫉妬しているとも思えねー。俺は何にイラついてるのか、分からなかった。

 

そして、そのガキを見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に連れて行こうとした時、手を繋いで良いですか、なんて聞いてきやがった。普段なら突っぱねると思う。ただ、この時は何故か拒否したくなかったことをよく覚えている。

 

 

 

ありがとうございます、リルトットさん!

 

リルでいい。タメ口で構わねー。

 

分かった、リルちゃん!

 

順応はえーな。まぁ、良いことか。……なぁ、レヒト。お前は……。

 

……? なにか言った?

 

いや、なんでもねえ。今から陛下に会うから、礼儀正しくしろよ。……もちろん、陛下のことは知ってるよな?

 

…………。

 

おい、その表情はなんだ? 冗談だよな。冗談なんだろ、なあ?

 

 

 

 

レヒトが虚を従えていたことを知るのは俺だけだ。これだけは誰にも言ってねえ。

 

何故か言ったらダメな気がしてならねーんだ。

 




【滅却師大全】

ねー、レヒトさー。

なにー、ジジ?

気になるんだけど、バンビーズの中なら誰が好み?

みんな。もちろんジジも好きだよ!

……いや、そうじゃなくて、さ。見た目的な話。

? みんな可愛いよ?

…………じゃあ、騎士団の中で一番仲がいいと思ってるのは誰?

一番、一番かぁ。多分、リルちゃんかバズビー、かな。

へぇ、あの人、リルと並ぶんだー。じゃあ、逆に仲が悪いなーって思う人は?

親衛隊の人かな。交流が少ないのもあるんだけど。そこを抜くなら、エス・ノトさん。僕を見るだけで怖いって言われちゃって。でも、騎士団の人は大体何が趣味なのかとか、好きなものが何かとかくらいはわかるよ。

え、すご。じゃあ、僕の好きなものなーんだ?

女の子とバンビーズ、あとは僕の作ったお菓子?

せいかーい。……まぁ、ちょっとハズレなんだけど、いっか。

何か言った?

何でもなーい。

そっか。……まだバレてなさそう、かな?


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