最近ちょっと忙しくて、申し訳ないです・・・。
今回も若干のシリアスがあります。
よろしくお願いします。
Side 澪
言った。
言ってしまった。
私の嫌な部分、絶対に人に見せたくなかった部分。
どうにもならないことを、どうにかしたいと思って、でもどうしたら良いのかわからなくて。
最低だ。
こんなもの、八つ当たりもいいところだ。
律だって練習してるのは知ってた。
毎日、学校から帰ってからもずっと部屋で練習して、日に日に上手くなっているんだから。
唯だってちょっと不器用だけど、それでも0から初めて一生懸命私たちについてきてくれてる。
ムギのことだって・・・私たちがまだ2人についていけてないから、率先して千乃と私たちを繋いでくれてただけなんだ。
全部わかってる。
全部わかってるんだけど、言ってしまった。
だって悔しかった。
軽音部としてのスタートは一緒だったのに、2人の後姿はもう見えないくらい先を走ってるんだから。
それを少しでも縮めようと私だって、努力してきたんだ。
けど、そんな努力だっていったい何になるんだ・・・。
私1人がやる気になって、空回りして、大切な友達を傷つけて。
私はいったい何をやりたかったんだ?
気づいたら一人、海岸にいた。
ヒリヒリすると思って、足を見たら裸足だった。
何も履かずに飛び出してきたのかな・・・その場に留まることが嫌で、逃げ出したんだきっと。
みんな私を嫌いになったと思う。
あれだけ喚きたてたんだ。
自分こそ何もできないくせに、人のことばかりを言う嫌なやつだって。
これからどうしよう・・・。
もう前みたいな関係には戻れないだろうな・・・嫌だな。
交友関係の狭い私の唯一の友達だったのに。
これからの高校生活もつまらないんだろうな。
っていうか、何で私は音楽をやってたんだっけ。
私、何がしたかったんだっけ。
ベースをやり始めたきっかけってなんでだっけ。
波の音だけが聞こえてくる。
その波の音さえも私を攻めるように感じられて、まるで世界に誰も私の味方がいないような気さえして。
そんなこと自分の被害妄想だってわかってるんだけど、もうそう思わないと自分の嫌な部分に押しつぶされてしまいそうだから。
どこまでも私は嫌なやつだ・・・そう思った。
「おい、澪」
律の声がした。
Side 千乃
気持ち悪い・・・これは嫌だ、これだけは嫌だった。
一度無くし、奇跡が起きて取り戻した視力が、また失われていく感覚。
息継ぎのできないまま、ずっと海のそこを目指すようなそんな感覚で。
もがきかたもわからず、ただひたすらそれを受け入れるしかない。
怖い。
見えていかなくなっていく。
洗面所にたどり着いた私は、鍵をかけることも忘れて、もどした。
私の胃から、さっき食べたものが逆流する。
あぁ、せっかく皆さんとつくったご飯なのに・・・もったいないなぁ、なんて思って。
「うぇ・・・っ・・・ケふ・・・」
「千乃ちゃん!大丈夫!?」
ドアを開けて紬さんが入ってきました。
汚れてしまってる私の様子を見て、なんの躊躇いもなく、背中をさすってくれます。
こんなところ見られたくなかったから、私は手で紬さんを押しのけようとしたのですが、その手は空をきりました。
視力の低下、というよりも機能が失われていくこの喪失病は、私から距離感を奪いました。
見当違いのところを私の手が通り抜けていったことは、とても間抜けに見えたでしょう。
笑われてしまうかもしれませんね。
むしろ笑ってください。
こんな病気で、最後には消えてしまう私をどうか笑ってください。
以前は周りは悲しい雰囲気だったので、次は嘲笑でもどんなものでもいいから笑い声が欲しいです。
バカですね、そんなことするはずがないのに。
優しいから紬さんは。
今の行動だけで、気づいてしまったんじゃないでしょうか。
そして、心を痛めてしまうんです。
嫌だなぁ。
せめて、少しでも紬さんへのダメージが少なくなるように、一生懸命笑います。
怖いですけど、気持ち悪いですけど、紬さんのためならって思えて。
大丈夫ですよ、って。
こんなことへっちゃらです、もう既に一回経験してますから。
こうみえて結構、経験豊富なんですよ?
だから泣かないでくださいよ。
紬さんがそんな顔してしまうと、私だって・・・悲しくなっちゃうじゃないですか。
泣かないでください、お願いします。
「千乃ちゃん、無理に笑わないで?大丈夫、ここには2人だけだから・・・全部受け止めるから」
ギュッと胸に私を抱きこみます。
ダメですよ。
私が泣いたら紬さんも泣いちゃうじゃないですか。
でも、優しいその心が聞こえてくるくらいぎゅって抱きしめてくれて、紬さんの心音がとくとくって聞こえて。
それがなんだか無性に懐かしいものに思えて、頑張って止めていた涙も溢れ出してきてしまいました。
自然と、私の口から言葉がこぼれていきます。
「どうしよう・・・どうしよう紬さん!喪失病、始まっちゃったよ!眼がね、おかしいんです!ここに紬さんがいるのに遠くにいるように見えたりするんです!怖いです!これからどんどん無くなって行っちゃいます!嫌です怖いです!」
震える体をどうにかして欲しいと、紬さんを離さないように、思いっきり抱きつきます。
1人にしないで欲しい、一緒にいて欲しい。
こわいこわいこわい怖いんです。
そんな私を紬さんは力いっぱい抱きしめてくれました。
私が喚きたててる間もずっと耳元で、ここにいるよって言ってくれました。
おなかから込み上げてくる気持ち悪さと、まだ止まらない涙と嗚咽にどうにかなってしまいそうな私を紬さんはずっと抱きしめてくれていました。
もし、喪失病が人に見えない悪魔や幽霊なんかの仕業だとしたら、その喪失病に私が触れられないようにと、紬さんは私をずっと抱きしめてくれてました。
恐怖と寒さに犯されながら、それでもこの伝わる温かさを逃すまいと必死に握りしめて、私の意識はここで途切れました。
Side 紬
千乃ちゃんをベッドへと寝かした私は、ひとり頭を抱えてしまいました。
千乃ちゃんが言った喪失病・・・信じてなかったわけじゃなかったけど、まさかこんな時に、と思ってしまった。
皆で仲良く合宿にやってきて、千乃ちゃんも海が始めてだって言うから凄く楽しみにしてたのにこんなことになるなんて。
さっきの光景を思い出すと、今でも悲しくなってくる。
澪ちゃんが、今まで胸の奥底に溜め込んでいたものを吐き出したことにより、その場は凍り付いてしまった。
澪ちゃんにも思うところがあったのだろうと思う・・・私が以前そうだったように。
でもその時は千乃ちゃんが全部受け止めてくれた。
その上で、千乃ちゃんは私に秘密を話してくれて仲良くなれた。
けど、そんな千乃ちゃんが澪ちゃんは羨ましくて妬んでしまったんだと言ってた。
才能もあって、容姿も綺麗で、性格だって文句なし。
誰もが羨むものを全部持ってるって。
私は澪ちゃんを叱ってあげたかった。
そんなことはないんだって。
千乃ちゃんは確かに可愛いし、歌だって凄く上手だけど、千乃ちゃんはいっぱい持ってないものがあるということを教えてあげたかった。
だから、澪ちゃんには何もないって言ったことを許せなかった。
千乃ちゃんがしてくれたみたいに、私も澪ちゃんを受け止めてあげたかった。
けど、千乃ちゃんが少しふらついてから、口を押さえながら駆け出していってしまった。
それと同時に澪ちゃんも外に走って行ってしまった。
私は、千乃ちゃんの尋常じゃない顔つきを見て、すぐにでも行ってあげたかったけど、澪ちゃんだって放っておけない。
だから、少し迷ってしまったところに、律ちゃんが。
「澪は任せてくれ」
そう言って律ちゃんは行った。
唯ちゃんも澪ちゃんのほうを頼むと言われ、律ちゃんに付いていきました。
私はすぐに千乃ちゃんの後を追いました。
すると、洗面所から苦しそうな声が聞こえます。
千乃ちゃんが、真っ青になりながら、もどしていました。
私はすぐに駆け寄りましたが、その時に千乃ちゃんの手が私のいるところのまったく別のところを通り過ぎていきました。
瞬間、私の体から血の気が去っていくのがわかりました。
嫌な予感というには具体的過ぎて。
喪失病・・・おそらくは距離感がなくなってしまったのではないかと。
確かめる前に、千乃ちゃんを抱きしめ、落ち着かせますが、千乃ちゃんは笑いました。
無理に笑ったんだと思います。
きっと、私を心配させまいと。
そんな悲痛な笑顔をさせてしまった。
今でもそれが許せないの。
だから、私はひたすら抱きしめて、私の温度、鼓動、全部千乃ちゃんにあげるかのように抱きしめ続けました。
結局千乃ちゃんは、最後まで泣き続けて、今では眠ってしまいました。
あんな千乃ちゃんを見てしまったら・・・。
まだ、目尻に涙が溜まってる千乃ちゃんの頭を撫でながら私は思ってしまう。
喪失病の治療方法と、なんで千乃ちゃんなんだろうと。
喪失病なんて、聞いたこともないし、琴吹専属の腕のいい医者に聞いてみてもそんなものは知らないといってた。
なら、千乃ちゃんが始めての患者となるのだろうか。
その治療法を探すには、千乃ちゃんが協力が必要になってくるが、見たくない現実を見せ付けてしまうことにもなると思う・・・。
なんで・・・なんで千乃ちゃんなんだろう。
事故に遭って、両親を亡くして、ずっと病院生活で友達がいなかったというこの少女を、なぜ神様は・・・。
もちろん考えたって、答えなんてわからない。
でも、わからないからってこのまま手をこまねいているわけにはいかない。
千乃ちゃんは、高校生活が自分の時間だといった。
それは3年間ということで喪失病が進行しきってしまうという意味なのではないか。
なら、私は私の持てる全てのものを使っても、千乃ちゃんを守ってみせる。
3年後も、それからさきもずっと一緒にいるために。
皆にも言ったほうがいいのかという考えが頭をよぎるが、千乃ちゃんには口止めされてるから・・・。
とりあえず、千乃ちゃんの起きた時のために飲み物を持ってくるのと、澪ちゃんたちはどうなったのかを確認しようと立ち上がろうしたら。
千乃ちゃんが、眠ったまま私の服のすそを握っていた。
一人にしないで、そう聞こえたような気がして。
「赤ちゃんみたい・・・1人になんかしないわ・・・」
悲しそうで不安そうな顔をする千乃ちゃんのおでこに、優しくキスをする。
すると、少し表情が和らいだような気がして、千乃ちゃんの手が開き服から離す。
そのことに少しだけ、後悔があるけれど、すぐに戻ってくるからと思って、急いで用事を済ませるために走った。
「・・・寝てる時に、口にキスはさすがにダメだから・・・起きたら・・・その時は・・・」
Side 律
「おい、澪」
海岸沿いで1人でいた澪を私は見つけた。
いつもの澪とはちがい、その目はどこか淀んでいた。
どうしてこんな目をしてるのか、私にはわかってる。
「・・・帰ろうぜ。ここは寒いしさ」
「・・・律だけで帰ってくれ。私は荷物を取ったら帰るよ」
その帰るという意味は、私の言う意味とは違った。
まぁ、なんとなくそう言うだろうなぁとは思った。
「澪が言い出した合宿だろ?最後までやっていかないのか?」
「今更・・・あんなこと言っちゃったんだ。私はもう軽音部やめるよ」
「はぁ・・・なんだって?」
「もう音楽は辞めるって言ったんだ」
下を見ながら言う澪。
けっして目を合わせようとはしない。
まあ、いつもどおりだな。
本心じゃない時はいつも目を合わせない。
「何で辞めるんだ?」
「わかってるだろ!皆にあんな事言って・・・今更どの面下げて会えばいいんだ!」
「あんなことって・・・どれだよ?」
「なんっ・・・!」
「もしかして、私たちに言ったことか?」
まったく・・・澪はバカだな。
「間違ってないよお前が言ったことは。私が遊びを優先したことは事実だし、唯が忘れてたことも本当だ。ムギは・・・見てたらわかるだろうけど、千乃好きなんだからあわせちゃうのもしょうがないだろうって思ったよ。だから、お前は間違ってないよ。でも、千乃には謝っておけよ?あれは澪が悪い」
「・・・・」
「自分でもそう思ってんだろ?」
その問いに澪はかすかに首を縦に動かした。
「ま、そのことは千乃と2人で話してくれ・・・私が口を挟むことじゃないよな。それに・・・私も謝らなくちゃいけないな」
「・・・律が?」
「あぁ。澪がそんなふうになるまで溜め込んでたこと、気づいてあげられなくてごめんな。部長失格だ」
「・・・・・」
「本当なら私が率先してひっぱらないといけないのにさ、澪にそういうことやらせてた・・・」
「・・・・・・」
「でもさ、澪。遊ぶことも大事なんだ。いつもいつも肩肘張っててもしんどいだろ?」
「しんどいって・・・しんどくなきゃ上手くなんない・・・プロになんかなれないだろ・・・」
「んー・・・私が思うに上手くなるには、プロになるにはさ、もちろん練習も大事だ。いっぱいいっぱい練習しないとだよな。でも、同じくらい楽しくないとダメだって思うんだよね」
その言葉に澪は、顔を上げる。
私はにっこり笑って。
「辛い、きついだけじゃ、この長い道は歩いていけない・・・だから適度に遊びも必要だと思うんだ」
「でも・・・律は遊びが多すぎると思う・・・」
「そこが困りどころでさ!私だけだとどうしても楽しいを優先しちゃうんだよねー。だから頼りになる幼馴染にお尻叩かれないとな!」
「・・・バカ律」
「知ってるよ、バカ澪・・・さ、帰ろう」
「で、でも・・・みんなきっと怒ってるだろ」
「怒ってるかもなー。もしかしたら絶交だー!って言うかもな」
「・・・どうしよう」
「変わりたいんだろ?だったら自分で考えないとな」
澪の手を取って、歩き出す。
冷たい手だ。
こんなところにいたらそりゃあ凍えただろうに。
本当、澪はバカだ。
「自分には何もない、とかさ。
そんなこと言うなよ。
私のほうが何もないっつーの!」
風が出てきて、波の音が大きくなる。
こういう島では天気は変わりやすいんだっけ。
雨が降ってきそうだ。
私はそのなかで、澪に聞こえるように一方的に話す。
「私、澪に憧れてるんだぜ?
綺麗な黒髪で、女の子らしくて、勉強もできて、頼りになる私の幼馴染。
私の自慢だ!だから、もう二度とそんな悲しいこと言うなよ!」
聞こえたかな。
自分から言っといて、聞こえてたら恥ずかしいなと思ってしまうぜ。
千乃は恥ずかしがり屋だけど、こういうことはポンと口にするんだよな。
澪も、いつかそう変われるさ。
合宿所に戻ると、ムギが冷蔵庫の前にいた。
飲み物を注いでるところから察するに、千乃に持っていくのかな?
「ムギ、ただいま。千乃は?」
「律ちゃんおかえり・・・千乃ちゃんは眠ってるわ。澪ちゃんは?」
「・・・ムギ、さっきはごめん!わたし、何も考えないでただ喚き散らしちゃって・・・本当にごめん!」
「・・・澪ちゃん。何も持ってない、って言ったこと、今もそう思う?」
「いや・・・私にも持ってるものはいっぱいあった・・・ただ気づいてないだけだった」
「そう・・・なら私は澪ちゃんを許すわ。私が千乃ちゃんに合わせすぎてたのも事実だし・・・ごめんなさい」
「いや・・・ムギが謝ることなんて・・・」
「でも、千乃ちゃんにはちゃんと謝って欲しいの・・・澪ちゃんにあって千乃ちゃんにないものだってあるんだから」
そういったムギの顔は、みたこともない悲しいものだった。
あのムギと千乃の喧嘩以来、やっぱりムギは千乃の何かを知ったのかな。
それを私たちに言わないのは千乃が言わないでとか言ってるんだろうか。
そこまでするくらい、知られたくないことなのだろうか・・・。
「あぁ・・・千乃にもちゃんと謝りたい・・・もう寝ちゃったのか?」
「えぇ・・・ちょっと疲れが溜まってたみたい・・・でも澪ちゃんのこと心配してたわ」
「そっか・・・明日、ちゃんと千乃と話したい」
「おう!意見をぶつかり合わせるのはいいことだぜ!」
「あとは唯だけど・・・どこに?」
「澪を捜す途中で、2手に別れたんだけど・・・まだ帰ってきてないのか?
「いえ・・・みてないけど・・・」
「ちょっと待って・・・何か聞こえないか?」
「本当だ・・・これは・・・ギター?」
その音の出所に行くと、唯が1人でギターをかき鳴らしていた。
「唯・・・お前・・・」
「あ!澪ちゃん!お帰り!」
「あ、あぁ・・・ごめん、迷惑かけて・・・」
「ううん、全然いいよぉ」
「唯・・・ギター・・・」
「うん?あぁ・・・澪ちゃんを捜してたんだけど、見つからなかったからギターの練習をすることにしたの!律ちゃんなら絶対澪ちゃんを見つけれるって思ってたから、私は少しでもギターの練習をして上手に弾けるようにって!」
そう言って、ジャカジャカと弾くその腕は、たしかにまた一段と上手くなっていた。
この短時間で、腕を上げたのだ。
「はぁー・・・凄いな唯は」
「澪ちゃん・・・私いっぱい練習するよ!もう忘れないくらいいっぱい練習するから、これからも一緒に音楽やろうね!」
まっすぐすぎる唯のその目は、澪を笑顔にした。
「うん・・・よろしくな唯!」
とりあえずは丸く収まったのかな。
後は千乃なんだけど・・・さっき、千乃の顔はただ事じゃないように思えたからなぁ・・・。
ムギに聞いてみるか?
いや・・・言ってこないということは、やっぱり本人からじゃないとってやつだよな。
明日、本人に聞いてみるか。
神様「ムギちゃんマジ天使」
今回は律ちゃんと、澪ちゃんの絡みと、軽音部の結束を固めるきっかけになるような回にしたかったので、こんな話を書きました。
そして、主人公の病気の再発による不安と同様を少しでも描けて入れればいいなと思います。
次もなるべく早く更新できるように頑張ります。
よろしくお願いします!
ちなみに、今回の喪失病d失ったのは、視力の低下とそれに伴い距離感の喪失です。
と言っても、ものが重なって見えたり、ぼやけて見えたり、色が薄くなって見えたりということです。
しかし、精神のコンディションにより、その度合いは増したりします。
これから、どんどん進行していきます。