けいおんにもう一人部員がいたら   作:アキゾノ

31 / 60
あぁ・・・いよいよあと一ヶ月くらいで社会人・・・なんだか得体の知れない恐怖感が。


次も早い更新目指して頑張ります。
よろしくお願いします。


第28話 歌う人

Side 菊里

 

 

 

昨日は楽しかった。

久しぶりに人と話した気がするわ。

ここ3ヶ月くらい、ドアの前まで来るあの子がよく話す千乃という子の話。

それを初めて聞いたとき、何故かわからないけど凄く惹かれた。

聞く限り、歌が上手くて人見知りで上手く話せなくて、可愛い小動物のような女の子。

それだけだったら普通の女の子なのに、あの子・・・紬ちゃんが沢山話す。

それもこれ以上ないくらい嬉しいそうに。

興味が湧いてきた。

そしてトム先生の治療を受けに来ていると聞いたとき、会いたいと思った。

こんな気持ちはこの病室に入ってから持ったことがないかもしれない。

もう随分とこの部屋にいるからそんな気持ちは無くなっていると思ったけど・・・その事実にまた惹かれる。

それから、窓を開けることが多くなった。

ここの子供達がはしゃぐような声が増えた気がしたから。

その中に紬ちゃんと・・・綺麗な声の女の子がいることに気づいた。

この声の持ち主だ。

直感でそう感じ取った。

 

 

なるほど・・・遠目から見てもわかるくらいに可愛いわ。

外見だけでなく、人に慣れていないそんな動作が所々で見える。

 

もしかしてあの子は・・・何か事情があって人と接することが得意じゃないのではないか。

もしかしたら・・・そう、私のような。

会いたいという気持ちがもっと強まった。

でも、私はこの病室から出ることは出来ない。

 

機械に繋がれているということも大きい。

それに、ここから出てしまえば・・・いよいよ私という存在が消えてなくなってしまいそうで。

親から見捨てられて、友人もおらず。

生きている意味さえもうわからなくなっている、そんなちっぽけで無力で意味のない私が、まだこうして私足りえているのは一重にこの病室にいるからだ。

こんな気持ち、誰にもわからないだろうけど・・・ここが私の存在できる唯一の場所なの。

 

だから私には彼女に会える機会がない。

こうやって窓から眺める。

それしかない。

今までどおりに。

 

 

けど、奇跡か神様の悪ふざけか、昨日偶然としか言えないが彼女がこの病室にやってきた。

どうやら誰に頼まれたわけでもなく、本当に偶然。

部屋の中からはわからないけど、彼女がドアの前にいるのが私には手に取るようにわかる。

そうなることが決まっていたように、当たり前のように私は声をかける。

 

 

「入ってきて」

 

 

久しぶりに出した声は驚くほど鮮明に通る。

まるでこの時をまっていたかのように。

 

 

入ってきた女の子を見たとき、やっぱり、と思った。

『同じ』であったから。

何も聞いていないけど、それがわかった。

俄然、興味が湧いてきた。

 

彼女のその顔は浮かばれないようで、緊張からなのか何か嫌なことがあったのか・・・。

私にはわかる。

 

 

そして彼女、千乃ちゃんに私は自分のことを話す。

それは私と『同じ』だから共有したいと思ったのか、『同じ』くせに幸せそうだったからかはわからない。

9年間、ずっと話さなかったのに自分でも驚くほど饒舌だった。

胸の内から込み上げてくる思いは私を留まらせることなく口を動かさせる。

 

よくある事故でずっと病院生活。

普通の人だったら同情の念を向けるか、不幸自慢かという顔をする。

けど千乃ちゃんは驚いたような顔はしたものの、それは同情でも軽蔑でもなく。

少しの喜びと泣きそうな顔だった。

わかるよ。

自分と『同じ』存在を見つけることができたっていう喜びと、同時に自分と重ねた故の顔だったんだよね。

紬ちゃんから聞いてはいたけれど、顔にすぐでるみたい。

 

特に私が親のことを話しているところで凄く顔が歪んでいた。

今時、そんなに珍しくはないと思うのだけれど・・・まあ所詮私の知識はテレビのドラマとかくらいだけどね。

 

けど・・・久しぶりの親のことを思い出した気がする。

どんな顔だったか・・・忘れてしまってるけど。

薄情な親、それが一番のイメージ。

当初は、見舞いに来てくれない親を待ち望んだり恨んだりもしてたけど、今となってはどうでもいい。

この病院で話すのなんて、先生くらい・・・それも必要最低限の返事だけ。

・・・・・よくドアの前まで来る紬ちゃんとは会話していない。

理由は・・・私には不必要なものだから。

生きていく上で、それは必要ないものなんだ。

他者との繋がりも、それを望む気持ちも。

わずかな栄養と生命維持装置。

それだけで人は生きていける。

むしろ、そんなものを背負うから弱くなるんだ。

誰かと接するということは、弱さを作ることに他ならない。

その『誰か』を気にしなくてはいけなくなる。

その『誰か』を大切に思えば思うほど、愛せば愛すほど、その『誰か』が傷つけば自分も傷ついてしまう。

そんなものは弱さだ。

弱点にしかならない。

私1人でさえ、こんな機械につながれていないと死んでしまうほど、弱いというのに。

『誰か』を背負ってしまったら。

愛してしまえばもう・・・。

 

だから、私は紬ちゃんと話さない、部屋に入れてこなかった。

9年間、私が事故にあってからずっと通い続けてくれた紬ちゃんを。

 

まだ私が制服を着ていて、紬ちゃんが小学生になると嬉しそうに話してくれていたあのころ。

私なんかとは違う、危険もない世界で育った可愛い私の妹のような存在。

 

 

背負えるわけがない。

紬ちゃんにとって、私がもし大切な『誰か』になってしまったら・・・どれだけ重荷になってしまうか。

こんな醜い私を、その優しさから愛してしまったら・・・どれだけ傷ついてしまうか。

 

だから私は接することをしなかった。

 

けれど・・・捨てきることもできなかった。

本当に1人で生きていくなら、もう来るなって言えばよかったのにそれが出来なかった。

心のどこかで、求めていたとでも言うのか。

どうしても、言うことができなかった。

 

 

この気持ち、きっと千乃ちゃんならわかってくれるはずだ。

彼女は私で、私は彼女なんだから。

 

彼女もまた私と同様で、事故によって人生を破壊された子だった。

何の因果か同じ9年間。

 

その後に言った千乃ちゃんの言葉。

一度死んで、この世界にもう一度生きる権利を与えられた、いわば生まれ変わった、という。

普通なら、SF小説の読みすぎかドラマの見すぎか・・・なんにせよおかしい子だと一笑に付した。

けど、相手は『私』だ。

その言葉もすんなりと、自分でもびっくりするほどあっさりと受け入れられた。

 

それを羨ましいとは思えなかった。

むしろ可哀想だと思った。

こんな世界で死んだ後も続かなければならないのか、と。

けれど目の前の女の子はそれを苦とは思っていないような顔で・・・いやきっと心の中ではちゃんとわかっているのだ。

また、別れを経験しないといけないと。

わかっているくせに、それでも現状を受け入れているそんな彼女に、私はイジワルをしたくなった。

 

今、幸せか。

 

彼女は、答えられなかった。

 

 

 

 

そんな昨日の出来事を思い出すと、少し笑顔が浮かぶ。

別にイジワルして楽しかったということではない。

いや・・・少しはあるけれど・・・。

じゃなくって、彼女は幸せだとは答えられなかった・・・けど、幸せじゃないとも言わなかった。

そのことが、私が笑った理由だ。

 

『私』が、幸せではない、不幸だ・・・と言わなかった。

その意味を想像すると胸から何かが込み上げてくる。

久しく忘れていたこれからもの感情の名前を忘れてしまっているけど、とても懐かしいものだ。

 

 

その思いに浸ろうとした瞬間、歌が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side 千乃

 

 

トム先生の許可を貰って、私達軽音部は朝早くに駅前に集合した。

そこには唯さん、律さん澪さん、紬さんの姿。

そして和さんと信代さんの姿も。

アンプやスピーカーなど一緒に運んでくれると申し出てくれたのです。

結構・・・ていうかかなり重いのですが信代さんは軽い軽いと笑いながら運んでいました。

律さんや澪さんは緊張しているのでしょうか、口数が少ない気がします。

あ、澪さんは半分気絶しているみたいです。

唯さんはいつもどおりと言いますか、変わらず明るく歩いていますが、手と足が一緒に出ているのは気のせいでしょうか。

 

紬さんは、何かを考えるように沈黙を続けます。

律さんや澪さんみたいな緊張からではないと思うのですが・・・。

 

和さんは私に気を使って、隣を歩いてくれます。

やっぱり、視力の低下のせいか、外を歩くのは慣れて来ているとはいえ自然と遅くなってしまうのです。

一番後ろを歩くのですが、和さんが同じスピードで隣にいるので、安心して私も歩くことが出来ます。

 

けど、やっぱり緊張します。

多くの人の前で歌うのは楽器のお店以来ですし、何より菊里さんに私の思いは届くのでしょうか。

所詮は私1人の押し付けで、だからなに?と言われるのではないでしょうか。

迷惑なだけなんじゃないでしょうか。

1人でいいと言っている菊里さんに、無理やり迫っているだけなのではないか。

そんな思いが昨日からずっと頭を回って、結局答えは出ませんでした。

こんな状態でなにを言っても、伝わらないんじゃないか・・・。

 

 

ぎゅっと。

両手を包まれる。

この感触は、私が何か困った時にいつも助けてくれた感触だ。

左は紬さんが。

右は和さんが。

 

ぼやける視界に、2人の顔が。

何も言わず、ただ優しく頷いてくれる。

上手く言えないけど、ちゃんと言葉に出来ないかも知れないけど、私は今この気持ちを全て歌にして全部伝えたいと、そう思った。

 

 

 

中庭には既に、多くの人が待っていた。

いつもラジオ体操に出ている人達はもちろん、ナースの方々やスタッフの方。

そして。

 

 

「ゆきのおね~さ~ん!」

 

 

シンちゃんが大きな声で手を振りながら走ってくる。

その後ろにはいつもの仲間達がいた。

 

スッっと私の前に立つ3人の影。

紬さんに和さんに信代さんだ。

それを見たシンちゃんはピタっと擬音が出るほど綺麗に止まった。

 

 

「おはようシンちゃん・・・昨日言ったこと、忘れてないようで良かったわぁ」

 

 

「う、うん・・・オラ忘れてないゾ・・・」

 

 

「あはは・・・」

 

 

そのやり取りを見ていたら、肩の力が抜けたような気がしました。

律さんも大丈夫なようです・・・ただ澪さんが・・・。

 

 

「お姉さんたち、きょうはすっごくたのしみにしてます!!」

 

 

紅一点のネネちゃんがそう言って、澪さんのところに。

 

 

「みおおねえさん、かっこいい~!」

 

 

「へ?」

 

 

言われた澪さん本人は、何が?みたいな顔をしていますが、ネネちゃんの言葉、判る気がします。

澪さんは人見知りで、おっかなびっくりしていますが、ベースを持つと途端に目つきがキリっとします。

もちろん本人は緊張していることに変わりないのですが、それでも今まで練習してきた時間は裏切らないので、雰囲気が一変してつい見とれてしまうほどかっこいいです。

 

 

ネネちゃんの言葉に、外だけではなく内もいい感じにリラックスできたのか、若干赤くなりながらもその動きはいつもよりも軽快です。

律さんも安心したのか、ドラムの準備を。

唯さんはポーズを決めたり既に終わったときのことを考えて、顔に笑顔を浮かべています。

きっと失敗することなんて微塵も考えていないのでしょう。

その信頼はチーム全員に向けてのものでもあるのです。

その信頼にこたえられるように私も精一杯、頑張ります。

 

見上げて、ある一室を見つめます。

その部屋は窓は開いてるのですが、真っ白なカーテンがなびくだけで部屋の主は見えない。

けどきっとこの声は届くはず。

 

全員の準備が出来たようで、和さんと信代さんが、グッと親指を立ててくれたのがわかりました。

 

 

マイクスタンドの前に立つ私。

唯さんの楽器を買いに行ったときに、紬さんと歌ったあのときも緊張したのは歌う前まで。

歌うことが好きだった。

両親が褒めてくれた歌うことが大好きだ。

だから歌う時はいつもその思いに満たされる。

父と母の優しい両手の感触、頭を撫でられたときの温かさ。

今、歌うことができるこの幸せ。

大好きな軽音部の皆さんと一緒に演奏できる幸せ。

和さんと信代さんが見ていてくれてる幸せ。

 

この幸せを、そのまま感情から歌にする。

 

 

「歌う人」

 

 

 

この歌はKOKIAという歌手の曲です。

『生きてる』とはどういうことかを歌った曲。

菊里さんに向けて、私の感情をぶつけるにはこれ以上の曲はありません。

人は生きてるのです。

何もない人なんていない、どんな些細なことでもそれは誰かにめぐりめぐって力となっている。

そうやって繋がって、また誰かから何かを貰って。

人は生きているのです。

1人なんかじゃない。

私にだって・・・菊里さんにだって。

 

紬さんは9年間も菊里さんに話しかけてきた。

本当に菊里さんが誰とも接する気がないなら、追い返してたはず。

もう来るな、話しかけるなと言えばよかった。

けど、それはしなかった。

わかります。

本当は誰かと話したかった。

本当の意味で、1人になることは出来なかった。

菊里さんが捨てきれなかった人との繋がりと、紬さんが諦めずに信じ続けたから。

 

生きてることは幸せか。

 

そう言ってほしかったのは他ならぬ『私』自身、菊里さんなのだ。

 

確かに生きていくことは楽しいことばかりではない。

傷つくことも多分にある。

嫌われることもあるでしょう。

けど、それが生きていくと言うことなのです。

綺麗じゃなくたっていい、泥にまみれたっていい。

一生懸命に生きていく。

そうすることで、その姿は種となって、周りの人の心に自分と言う花が咲くのだ。

 

菊里さんがもう何も感じず、本気で死にたいと思っているのならこの歌は届かない。

けど、紬さんの9年間は無駄じゃなかったって、私はそう信じてる。

菊里さんの9年間は寂しい、辛いだけじゃなかったって信じたい。

紬さんの声は・・・菊里さんの心にちゃんと花を咲かせるはずだ。

 

 

 

 

歌い終わった私達は肩で息をしている。

曲自体はそんなに激しいものではなく、むしろバラード、クラシックの分類です。

けど、誰も言葉を発することが出来ない。

合宿の時よりも、部室で練習していたときよりもかなりの疲労度です。

人前で演奏することはやはり違う。

そして何より、今までで一番いい演奏ができた。

皆さんの顔を見るとそれがわかる。

律さんが呆然としている。

澪さんが自分の手を見ている。

唯さんが空を見上げている。

紬さんは笑顔で皆さんを見ている。

和さんと信代も驚いた顔をしている。

 

そして少し遅れて、シンちゃん達が拍手をしてくれた。

それに気づいたかのように拍手を頂いた。

聞いてくれた皆さんは口々に、「凄かった」「鳥肌がたった」「また歌って」と言ってくれた。

トム先生も手が腫れ上がらんばかりに拍手をしてくれていた。

 

確かな手ごたえ。

私は菊里さんの病室を見上げる。

しかしそこに姿は無く、変わらずにカーテンだけが揺れていただけでした。

 

 

 

 

 

 




神様「KOKIAさんは最高やでぇ・・・」

今回も読んでくださってありがとうございます。
最近は時間がなくて薄いないようにバカみたいな更新期間と、舐めてんのか!って言われても仕方ないと思ってます・・・罵っておくれハァハァ

次の話で文化祭に行きますです。
やっと・・・やっと軽音本編に回帰です!
よろしくお願いします!



この話で紹介したKOKIAさんの『歌う人』という曲はすばらしいものです。
私はKOKIAさん大好きなので、これからもたびたび紹介するかと思われます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。