Side 千乃
緊張する。
この言葉だけを聞くと、何も伝わらないと思うのですが今私は足が震えて心臓の音が聞こえてくるほど緊張をしています。
喉が渇いて、眩暈がして、その上に夢の中にいるようなふわふわと足が地面についていないような。
隣を見てみると、あの紬ちゃんも少し表情が硬い気がします。
喪失病で見えにくくなった視界でもそれくらいはわかります。
唯一、唯ちゃんだけはいつもどおりなのが救いです。
「ライブハウスって・・・こんなところだったんですね」
「そうね・・・私も来るの初めてだから少しだけ緊張しちゃうわ」
今はお昼。
ライブ自体は夕方から始まります。
その前に受付とリハーサルなどがあるそうで、私たち3人はこうして来ているのですが。
なんていうか・・・圧倒されまくりなのです。
まず、律ちゃんから聞いていたのはあまり大きくないライブハウスで参加者も少ないということだったのに、体育館くらいあるんじゃないですか?
今はまだ準備段階らしいので置いてはいないのですが、ライブが始まったらテーブルとかも設置されるらしいです。
いわゆる立食パーティーみたいな感じです。
他のバンドのかたたちも、熱心に打ち合わせをしておりその数はざっと見て10組は超えています。
シールを貼って、何度もはがされた跡のあるギターケース。
飲みかけのペットボトル。
足元を這う、無数の導線。
全てがはじめてです。
緊張、します。
こんな時、いつも先陣を切ってくれる律ちゃん。
やっぱり律ちゃんは凄いんだって改めて思いました。
今日・・・来てくれるかな。
「とりあえず、受付しましょう」
ボーっとしてた私たちは、紬ちゃんの声にやっと動き出しました。
といっても・・・受付って何をしたらいいんでしょうか。
「ちょっと聞いてくるね!」
唯ちゃんがそういうや否や、ほかのバンドの人達の輪に入って聞いてくれました。
山中先生のバンド時代みたいな怖い格好をした人達に普通に話しかけられる唯ちゃんはいつでもどこでもマイペース・・・でした。
受付が終わり、私たちは時間をもてあましていました。
周りの空気はピリピリしており、話しかけるのが憚られました。
どうしようかと思っていたら声をかけられました。
「見ない顔だね。今日が初めて?」
「えぁっと・・・」
「はい、そうです」
言葉に詰まって、いつも通りの人見知りを発動させた私に代わり、紬ちゃんがそう返してくれます。
声をかけてきたのは、前髪を短く切りそろえた温厚そうな男性でした。
「あはは、緊張してるのかな?大丈夫、僕も初めはそうだったから!」
笑うその動きや口調からも、きっと優しい人なんだということが伺えるその男性は手を差し出してきました。
「自己紹介が遅れたね。僕は根岸宗一。ポップミュージックが好きなんだ」
「琴吹紬です」
「平沢唯です!」
「湯宮・・・千乃でっす」
「解らないことがあったらなんでも聞いてね。こう見えて音学歴は長いんだ」
「ありがとうございます・・・でもなんでこんなに親切にしてくれるんですか?」
紬さんがそう聞きました。
他のバンドの人達とは違う雰囲気の根岸さん。
私も少し疑問に思っているのです。
「あー・・・ここの人達は今日は自分のことだけで手一杯だけど普段はもっとフレンドリーなんだ。だから別に僕が特別って言うわけではないんだ」
「・・・?」
「あれ、もしかして知らなかったのかな?今日、有名なレーベルのスカウトが見に来るって」
「え!?」
その言葉に驚いたのは唯ちゃんでした。
そしてその唯ちゃんの大きな声に、周りの人達が嫌そうな顔をします。
「だから今日は、みんないつも以上に真剣で余裕がないんだ」
気を使って、小声になった根岸さんにならい、自然と私たちの声も小さくなります。
「なるほど・・・納得がいきました。でも、なおさらなんで根岸さんは私たちに親切にしてくれるんですか?」
「うん、まぁ、なんていうか、僕も初めてライブハウスに来たときに同じように助けてくれた人がいたんだ。右も左もわからない僕に優しくしてくれた人に、憧れてて・・・それで僕もそういう人になりたいって思ったんだ。それに、音楽って売り込むようなものじゃない、売れるものを作るんじゃなくて必要とされる音楽こそが真の音楽だって、そう思うんだ」
はにかみながらそういう根岸さん。
「まぁそういうことだから、君達もいつか後輩にこうやって優しくしてくれたら嬉しいな。それじゃ、またね」
そう言ってそそくさと去っていく。
「きっと照れくさかったのね」
「でもいい事言ってたよ!」
「はい・・・感動しました」
今日がまさかそんな日だったなんて・・・スカウトがきているなら空気がピリピリしているのも納得です。
そして、そんな中でも根岸さんみたいな優しい人に出会えたことがうれしいです。
「あら、あそこでプログラム表みたいなの配ってるわ」
「こんなのもあるんだね~・・・あ、わたし達最後から2番目だ」
「まぁやっぱり常連の人達が最初だったりするのかしら」
「なるほど・・・あれ、わたし達の次のバンド名・・・」
「なになに?わ~かわいい名前だね」
「ホイップ・ラブ・クリームス・・・・・・・澪ちゃんが好きそうな名前ね」
あ~・・・なんとなくわかります。
それにしても、たくさんのバンドが参加するみたいです。
きっと私たちよりも上手い人達がたくさんいるのでしょう。
5人が揃っていればどこでも最高の演奏をする自身はあります。
けど澪ちゃんと律ちゃんがいないわたし達に、果たしてちゃんと演奏できるのでしょうか・・・。
いや・・・やらなければならないのです。
律ちゃんが言った『強さ』。
話を聞いただけですが、律ちゃんが澪ちゃんから感じたその『強さ』、私にはなんとなくわかります。
けど、それをただ言葉にしただけでは何も伝わらない。
自分で、見つけて理解するしかないのです。
きっと、そういうものなのです。
「上手だね~・・・」
ぽつり、そう唯ちゃんが言います。
すっかり日も暮れ、ライブハウスは熱気に包まれています。
ボーカルの人が飛んで跳ねて、それにあわせてお客さんも元気に飛び跳ねて。
会場が震えるほどの一体感。
誰も彼もが叫んでいる。
これがライブハウスでの演奏。
私には多分出来ないと思います。
いわゆる魅せ方というのでしょうか?
スカウトの方がこられていると言うこともあるのでしょうか。
「あと少しで、私たちの出番ね・・・」
「はい・・・」
「緊張、してる?」
「はい・・・」
「どうして?」
「だって・・・こんなに大勢の人達の前で・・・それに、澪ちゃんも律ちゃんもいないですし・・・」
「うん・・・じゃあ逃げ出したい?」
「・・・」
真剣にこっちを見てくる紬ちゃん。
逃げてしまえば、それができてしまえればどんなに楽か。
嫌なことも面倒くさいことも、全部放り投げだしてしまえたならば。
けど、私はそれをしない。
それだけはしない。
喪失病だったあのころ、願ったことだから。
もし、次の人生があれば精一杯に生きたいって。
だから、今をないがしろにすることだけは絶対にしない。
「逃げません・・・澪ちゃんが律ちゃんを必ずつれてくるって信じてますので、わたし達の姿を見せたいんです」
「たった3人で、演奏も失敗するかも知れない・・・恥をかいてしまうかもしれない・・・それでも?」
「はい、その姿こそを見てもらいたいから」
「うん、千乃ちゃんならそういうと思ったわ」
手を取ってそういう。
油井ちゃんの手も取る。
3人が輪になる。
「今だけは3人で放課後ティータイム。いつもより人数が少なくて寂しく感じるかも知れない。けど忘れないで。この手の感触を」
「はい・・・!」
「憂も和ちゃんも見に来てるし頑張らなきゃ!」
「はい・・・ってえぇ!?」
「信代ちゃんも来てるわよ?」
「な、なんで!?」
「何でって・・・招待したの」
「憂、すっごく楽しみにしてたからいつも以上に気合が入るよ~」
和ちゃんも信代ちゃんも着てるんですか!?
うぅ、急に緊張度が増してきちゃいました。
でもそれ以上に、勇気が湧きました。
かっこ悪いところ、見せられないです。
「・・・千乃ちゃん、和ちゃんが来るとなんでそんなに緊張するのかしら?」
「え・・・?」
「・・・やっぱり和ちゃんは・・・特別なの?」
「特別・・・」
「もし・・・もし私が和ちゃんの立場だったら、同じような感情を持ってくれる?」
紬ちゃんが何故かそんな事を聞いてきました。
意図がわからない、この質問も、なんでそんなにおそるおそる聞くのかも。
「紬ちゃんは・・・ずっと一緒に演奏してくれるんですよね?」
「!?」
考えられないのです。
紬ちゃんがいない軽音部を。
和ちゃんは特別です。
私の初めての友達で、憧れで、なんていうかその・・・よくわからないですけど・・・綺麗でずっと一緒にいたいって思います。
けど、紬ちゃんだってそうです。
ふわふわしてて、優しくて、すっと一緒にいたい、演奏したいってそう思います。
「そう・・・嬉しい!変なこと聞いてごめんね・・・そっか、和ちゃんと私は違うところでリードし合ってるのね・・・ぐふ」
「ゆっきー、私も?」
「もちろんです!唯ちゃんも・・・軽音部はずっと一緒です!」
こうやって、途中で少し何かを噛み締めるような紬ちゃんも、純真無垢な唯ちゃんもいて、澪ちゃん律ちゃんがいて軽音部なのです。
それを解って貰うためにも、気合を入れて歌いたいです。
スタンバイ、お願いします。
そう声をかけられて私たちはステージに上がる。
忘れずに菊里さんからもらったマスクをつけ、唯ちゃんは相棒のギー太を、紬ちゃんはキーボードの前に、そして私はマイクを前に。
ライブハウス内は照明が暗い。
あえてそうしてもらいました。
夢心地のような、そんな時間を感じて欲しいから。
見慣れないトリオバンドに、奇抜で精巧な仮面。
多分、今回の参加者で見た目だけで言うなら一番インパクトがあるはずだ。
ざわざわするお客さんたち。
それに少しだけ満足をする。
けれどスカウトがきているからか、他のバンドの人達から嫌悪の念を感じる。
ブーイングというものも飛んできています。
そんな手で目立ったつもりか、と。
その声はどんどん大きくなって会場を包みます。
生きてきて、こんなにも敵意と言う感情を向けられたのは初めて・・・です。
ならば、次は演奏で満足してもらいたい。
負けるな。
そう澪ちゃんに言われた。
プレッシャーに、敵意に、3人組で初出場の高校生が成功するわけがないという常識に。
律ちゃん、来てくれていますか?
重い空気が場を支配して、情けないことに足が震えてしまいます。
けど、負けません。
逃げません。
それが『強さ』だって私は思っているから。
「Ake-Kaze」
私のその言葉と共に、唯ちゃんがギターを鳴らす。
きっと律ちゃんと澪ちゃんは見てくれてる。
だったら私が歌う曲はその2人に向けて歌いたい。
『強さ』とは何か。
ずっと考えてた律ちゃんに。
私だって『強』くない。
いつだって強さとは無縁の、ちょっとしたことですぐ泣いてしまうほど弱い私だった。
でも、生まれ変わって・・・和ちゃんに出会えて『優しい強さ』に触れた。
軽音部の皆さんに囲まれて、誰かと一緒になって作る『絆の強さ』に助けられた。
『強さ』と一口に言っても、それはたくさんあるのだと思う。
けど、その根底は繋がっている。
『逃げない』こと、『立ち向かうこと』。
それこそ、私になかった『強さ』だと思うのです。
そしてその『強さ』は、きっと誰もが持っているのです。
小さなころ、好き嫌いをせず何でも食べたとか、テストを一生懸命頑張ったとか・・・。
いじめられてた女の子を、助けたとか。
誰もが持ってるその『強さ』は、生きていくうちにどんどん見えなくなってしまう。
けど、無くしたわけじゃない。
胸の奥底で、今か今かとくすぶっているだけなのです。
周りの目とか、誰かが決めた常識とか、見えない鎖で出れなくなってるのです。
だから私はこの曲を歌う。
何も特別なことはない、誰でも共感できる普遍的な情景が歌いだしのこの曲だからこそ、きっと昔を思い出せる。
歌詞自体も日々の当たり前のことを歌っている。
朝ごはん、炊き上がった白いご飯の匂いを胸いっぱいに嗅ぐ。
私には、わからないことなのですが・・・きっとほとんどの人はお母さんがつくる朝ごはんの音で目を覚ますことがあったのではないでしょうか。
リズムよく流れる包丁の音。
並べられる食器の触れ合う音。
その後姿に、きっとこう思ったのではないですか。
母の強さを。
子供のころはその姿に何故、『強さ』を感じたのかわからなかった。
けどこうして少し年を取って、色んなものに出会った今なら・・・。
きっとわかるはず。
家族を支える『母の強さ』。
そしてこの曲にでてくる『石動なく』と言う言葉。
これは造語で、本来は『揺ぎなく』と言う意味。
母親だって人間で、嫌なこともある、辛い時だってある。
けど、『母親』というものから逃げない。
石動なく。
揺ぎなく。
2番に入り歌うものは、一人上京をして今まで守ってくれた家族から離れる、けどその思い出を胸に泣きそうな時も頑張ると言うもの。
辛い時も寂しいときも、明日は笑顔で、と。
きっと上京をするものは、何か夢を抱いてくるもの。
その夢が叶うまで、道は険しく困難で。
けど『逃げない』。
自分の信じる道を、夢見た自分になるために。
1曲目を歌い終わって、間を空けずに2曲目に入る。
「ルーズリーフ」
そう叫び、私の口から『自由』が飛び出す。
今まで歌ったことのない軽快なラップ調のこの曲は千差万別、十人十色。
誰も彼も違っているのは当たり前。
それを否定するのではなく、また自分が違っているのもいいじゃないかと歌う。
そのままでもいい、変わりたいなら変わればいい。
全部、自由なんだ。
難しい事なんて何もない。
ただ自分がそう決めたなら、私は笑わない。
そんなことで悩むな、あなたはあなたの主人公。
ライブハウスでどんな曲がいいのかわからず、1曲目はバラード、2曲目は軽快な曲。
そして最後は。
その時、壇上に上がる一つの影。
それは、よく見知った顔でした。
「澪ちゃん!?」
Side 澪
怖いと、素直にそう思った。
話はいきなり前後するけど律とはライブハウスの前で待ち合わせた。
時間になっても来ない律を、一応持ってきたエリザベスを背負いながらはらはらしながら待ったけど、千乃達が演奏するのには間に合った。
どんな顔できたらいいのか解らないのか、律は「よぉ」と言ったっきり話さない。
まったく・・・いつもはあんなにお調子者なのになぁ。
でもこうなった原因は私にもあるんだろうなって、思ってた。
子供のころから、ずっと思ってた。
私が、実は、律の重荷になってたんじゃないかって。
いじめられてた私を、ヒーローが助けてくれたあの時から、そのヒーローは正義の味方のように頼りでなければならないと。
そう縛っていたのではないのか。
事実、律はあれからもずっと、私と一緒にいてくれてる。
ずっと一緒にいて、私を引っ張って行ってくれてる。
それがどんなに心強かったか。
それがどんなに心苦しかったか。
でも、律はヒーローなんだ。
誰に何を言われたでもない、一度は私を見捨てたと言ってもその後にまた助けてくれたあの律はまぎれもない私のヒーローだった。
ちょっとやりすぎだと思って止めに入ったけど、どれだけ嬉しかったか。
だから・・・今日までその優しさに甘えてきてしまった。
まるで恋する乙女だ・・・べ、別に律にそういう感情があるわけじゃないぞ!?
いや確かに、ムギとか和の争奪戦を見てたらどきどきしたりするけど・・・うん。
と、とにかく!
私は律の枷になってるんじゃないか?
律が悩んでることを私は知らなかった。
その悩みの内容さえも。
だから、私もなんて話しかければ解らず・・・そして冒頭に戻る。
怖いと思ったのは周りにいる人間達。
千乃達が姿を現してから、沸きあがるブーイングの嵐。
もともとライブハウスの観客だからこういう気性の荒いところがあるのもわかる。
そういうバンドが今日来ていてファンが過激なのもわかるけど、なんで千乃達がここまで非難されてるんだ?
千乃達がなにかしたのか?
こんな・・・大勢から敵意を向けられるなんてまるであの時みたいだと思った。
思い出して、足が震える。
ステージにいてそれを一身に浴びてる3人はきっともっと辛いだろう。
ベッドにもぐりこんで何かも拒絶してしまいたい。
けど、足を留まらせる。
また、ヒーローが現れるんじゃないかって横目で。
「・・・・・律」
「・・・・・」
けど、律は動かない。
何かに耐えるように。
違う、って思った。
こんなのやっぱり律じゃない。
私のヒーローじゃない。
勝手だってそう思ってくれたっていい。
私の律は、私の中の律は!
その時、歌いだす千乃。
この逆境の中でもその声は透き通ったソーダ瓶のビー玉みたいに綺麗で。
ピタリとブーイングが収まった。
いきなり始まったその曲に、全員が耳を傾けている。
凄い・・・歌も演奏もだけど、それ以上に3人が。
その姿勢、逃げないその3人に。
そう、これなんだ。
この立ち向かう姿に・・・私はヒーローを見たんだ。
隣を見ると、律も目を見開いていて。
涙を流していた。
「澪・・・澪・・・私・・・怖かったんだ・・・」
途切れ途切れにそう口を開く律。
「澪が・・・私から離れていっちゃうんじゃないかって・・・」
急にそういわれて、私は意味が解らなかった。
考えたこともない、私から離れていくなんて。
けど、涙をボロボロ流す律は冗談ではなく、真剣だった。
「澪は・・・人気者だ・・・かわいいし美人だし・・・正直何度も思った・・・羨ましいって・・・澪がいじめられてたころも・・・そう思ってた」
「・・・・・・」
「その時の私はバカでさ・・・いじめられてる澪にないものを見せ付けたら・・・澪と友達になれるんじゃないかって・・・そう思ってたかもしれない・・・ううん、きっとそうだ」
「・・・・・・・」
「だから、『強さ』を求めた。強かったらいいんだって・・・そんなふうに単純に考えてた・・・」
「律・・・」
千乃達の曲が変わって、アップテンポに。
「けど、私は強くなんかなかった・・・ただの勘違いしたバカだった・・・本当に強かったのは・・・澪だった・・・」
「・・・え?」
「お前をいじめてたやつを、庇った・・・眩しかった、かっこよかった・・・なんでその姿に『強さ』を感じたかわからなかったけど・・・今なら、あの3人を見てたらわかった・・・私、『強い』ってこと・・・ずっと勝つことだと思ってたんだ。ケンカでもなんでも・・・でもそうじゃなかった・・・勝たなくたっていいんだ、逃げなきゃいいんだ・・・『強い』って・・・そういうことだったんだ・・・本当にバカだ、こんなことに今気づいたなんて・・・何年澪と一緒にいたかわからないくらいなのに・・・きっと気づきたくなかったんだ・・・いじめから逃げた私と、立ち向かった澪。弱いと勝手にそう思ってた澪が私よりも強いなんて信じられなかった信じたくなかったんだ!見てみぬフリして、ずっと同じ場所でうろうろしてたんだ・・・なのに澪は・・・ファンクラブまで出来て、たくさん言い寄られてるのを見て・・・置いてかれると思った・・・恥ずかしい、こんな気持ち・・・だから、頼りになるところを見せたくてライブをしたかったんだ・・・結局私はあんなところにたつことすら出来なかったけど・・・」
曲調につられてなのか、一気に巻くしたてる律。
ムギも私も、吐き出した抱えてたもの。
私はそっと、律を抱きしめた。
優しくなんかしてやらない・・・力いっぱいに。
「そんなことでずっと悩んでたのか・・・本当、バカだ」
その言葉にビクリとする率。
「私が『強い』ってそう思うなら・・・きっとそれは律のおかげなんだ。律が助けてくれたから、私のために怒ってくれたから・・・立ち向かえたんだ・・・律の『強さ』に触れたから・・・」
すっと、離れる。
律が手を伸ばしてきたけど、私はそれをもう一歩下がることで触れない。
律の顔が悲壮に歪む。
こんな律・・・本当に初めてだ。
拒絶、ではなく見て欲しいから。
今でも怖い。
けど、何故か怖くない。
何を言ってるか自分でもよくわからないけど、そんな気持ちだ。
これから自分がやろうとしていること、普段の私なら気絶ものだ。
「だから・・・律が自分の『強さ』を忘れたって言うなら・・・見てて」
私は走る。
目指すはあのステージ。
あの場所。本来は後ろに頼りになるヒーローが私を見守ってくれてるけど今日はいない。
見ていてもらう、今日は前から。
そうだろ?
「澪ちゃん!?」
唯が、ムギが、千乃が驚いた顔をしている。
3人のそんな顔もなんかおかしいや。
「みんな・・・協力してくれ。律にみせてやりたいんだ」
いったい何を?
そう問いかけられることもなく、むしろ待ってましたとばかりに微笑む。
最高のメンバーだ。
このメンバーは、律、お前がそろえたんだ。
ベースをかき鳴らす。
ウォーミングアップはいらない。
すでに心はマックスビート、今なら何でもできる。
だから今からすることも怖くない。
私の姿を確認して千乃が呟く。
「裸~Nude~」
なんて綺麗な歌声なんだ。
何度聞いてもそう思う。
私がそうなんだから、律もそうだろ?
ましてや観客なんて・・・。
この曲はバラード。
歌い始めから抑えたテンポ、けどサビに入るとなんて力強いことか。
歌だけではない、歌詞も。
律には内緒で練習していたこの曲。
まさに律にこそ聞いて欲しいとそう思った。
傷つき頑張った人に、喝采を。
鎖に囚われている人に、光を。
報われない人達に力を!
何度も何度もそう歌う千乃。
その小さくて華奢な体のどこからそんな強い声が出るんだろうか。
必死にベースを鳴らす。
届いて欲しいから。
律・・・律が言ってくれた。
私が強くて・・・自分がちっぽけに思えるって。
私は強い・・・でしょ?
こんなに怖い人達の前で、乱入するかのように参加して・・・逃げずに律に見て欲しかったから。
でも、この『強さ』は律に憧れて・・・律に触れて手に入れたものなんだ。
だから・・・今の私のこの姿は昔の律の姿で・・・律が自分のことを弱いって言うなら私の姿を見て思い出して・・・!
ヒーローの律を・・・!!!
Side 律
あぁ・・・そうか・・・澪、私の事を強いってそう言ってくれるのか・・・。
4人が演奏するその姿を私は見て、わかった。
そうだったんだ。
これだった、これこそが『強さ』で・・・。
昔の私だって・・・そう言ってくれるんだな。
演奏が終わるまで私は涙が止まらなかった。
ずっと聞いていたかった見ていたかった。
けどどんなことにも終わりはある。
3曲目が終わり、4人は何事もなかったかのように舞台裏へと帰っていった。
遅れて歓声が。
始まる前まであんなにひどいことをしていたくせに手のひらを返して。
でも、誇らしい。
その後、私たちはすぐにライブハウスを出た。
話したいことがたくさんあったから。
4人を前にして、色んな言葉が浮かんでは消えていく。
4人に伝えたい、けどそれを表す言葉が見当たらない。
なんて言ったらいい?
なんていえば伝わる?
だめだ、解らない。
けど4人は。
「難しく考えるな、律はバカなんだから」
疲れ果てた澪がそう言い、3人が笑う。
・・・ちぇ。
かっこつけて良いこと言おうとしてたのに・・・でもいい。
そうだな、難しく考えるからこじれるんだ。
私は私らしく行く。
「空気悪くしてごめん!そんでありがとう!」
そう。
こんな単純でいい。
だって私だもん。
軽音部の部長で、こいつらの頼りになる存在で・・・澪のヒーローだからな。
Side ???
私は今、胸の鼓動が止まらない。
偶然、ライブハウスに来て出会ってしまった。
素晴らしい演奏をする人たちに。
どこまでも力強く、時に繊細に歌うボーカル。
それにピッタリとあわせるキーボード。
自由奔放な多彩な音を放つギターにしっかりとした木曽が見えて根幹を支えるベース。
ドラムがいないことに疑問を感じたけど、そんなことはどうでもいいくらいだった。
名前も顔も不明、プロなのかも不明。
体つきから多分全員女の人だと思うけど・・・同じ女性として憧れてしまう。
最初は酷いブーイングを浴びせられてたのに、演奏で黙らしたその生き様に感動すら覚えた。
あのグループ・・・HTT(なんて呼ぶのかはわからない)は演奏し終わったらすぐに姿を消した。
いっきにファンを掴んだので、多くの人達が悲鳴を上げていた。
私もその1人だ。
サインとか・・・いつもどんな練習してるのかとか、目指すのは何なのかとか・・・聞きたいことがたくさんあった。
そして・・・できるなら私も一緒意演奏したい、一緒に音楽を作りたい。
なにやら今日はスカウトが来てたらしく、そのスカウトマンも走り回ってHTTを捜してた。
このライブハウスに通ってたら・・・また会えるよね?
その時まで一生懸命練習をしとかないと・・・!
その少女は左右に結んだ髪を揺らしながら呟いた。
「やってやるです!」
余談ではあるけど、HTTのあと、最期に歌ったのは根岸宗一、3人に親切にした人である。
彼は初めは甘い甘い歌を一人で歌っていたのだが、途中女の乱入があり少しの暗転のあと、そこには額に2世と書かれた白塗りの、とても根岸宗一とは思えない存在がこの世のものとは思えないギターテクニックと歌でその場の空気をSATUGAIしたのだった。
本当に余談である…
神様「エイシャオラ!」
お疲れ様です。
久々に結構早い更新・・・一気に書き上げたので誤字脱字、雑なところあるかもなので申し訳ないです・・・。
一つ補足を・・・憂ちゃん和ちゃん信代ちゃんの3人は最後のシーンで気を利かせてちょっと離れたところで待機状態です。
和ちゃんだけ、千乃に変な虫が来ないように、HTTを捜す観客に逆方向を教えてました。