そして書きなぐったものなのであしからず・・・。
Side 千乃
喪失病。
それは私から切って離す事のできるものではなく、私という存在をもし一冊の本にしたならば栞のようなものだ。
いつでもどこでも、そこから私は始まる。
そんな病気を恨んだ。
そんな私を恨んだ。
泣き叫びたかった。
声は出なくなった。
あの日、あの病室で一度私は死んで、奇跡が起きて、今こうして新しい生活を手に入れることが出来た。
でも、解ってる。
これはズルなんだ。
言ってしまえば、これは本の最後にある後書きで、ここでいくら素敵な物語を綴ろうと、終わりはすぐにやってくる。
当然のことであり、私はそれでも生きたいと願ったからここにいる。
そして、そんな短い後書きの世界で、やりたいことはたくさんあった。
美味しいご飯を食べたい。
友達と遊びたい。
歌を歌いたい。
どれもこれも出来なかったことばかりだけれど・・・この新しい世界で叶った。
その中心には、和ちゃんがいた。
私の初めての友達。
生まれ変わって、喜び勇んだものの結局はグズグズと独りでいた私に手を差し伸べてくれた。
どれほど救われたか。
どれだけ嬉しかったか。
首筋に綺麗に切りそろえられた髪。
凛とした姿勢。
包み込むようなまなざし。
聞くとホッとするような声。
綺麗だと思った。
こんな女の子になりたかったとも思った。
不思議なことに和ちゃんと話すときは頭がぽーっとしてた。
その意味を私は理解できていなかった。
でも、最近になってわかってきた。
これが『好き』っていうことなんだって。
普通の『好き』じゃなくて、特別な『好き』。
もちろん、軽音部の皆さんのことも好きなんだけど、その好きとはまたちょっと違う。
いや・・・紬ちゃんのことも・・・うぅ、頭がパンクしそう。
とにかく!
私は前の世界でやりたかったこと、美味しいものを食べる、友達を作る、歌を歌うを体験し、ずっと夢物語だった・・・恋をしてみたいということも叶っていた。
目の前の、涙を目に溜めて、宝石みたいな和ちゃん。
喪失病が進行して無様に地べたに倒れてしまっていた私を、助けに来てくれた和ちゃん。
そんな恥ずかしい格好を見られたくはなかったけど、和ちゃんは自分のことのように泣いてくれた。
そのことが嬉しかった。
ソファに座らせてくれて、なだめてくれて。
自分のことを責める和ちゃん。
自分は無力だと。
そんなことはない。
絶対にない。
持てる気持ちをそのままにぶつけた。
一瞬のことだった。
私の口に柔らかいものが。
目の前にはかつてないほど近づいた和ちゃんの顔が。
何が起こったかわかったとき、逆に理解できなかった。
どうして?
なんで?
それが、ち、ちゅーだと言うことに気づいて私は今までにない衝撃を受けた。
だって、ちゅーなんてお母さんとお父さんにだけしかしたこともされたこともないし、両親からは生涯を誓った相手としかしてはいけないって言われてた・・・きがします。
慌てて離れようとするのですが、やはり喪失病はきちんと進行していて上手く手を動かすことが出来ず。
また、和ちゃんが私の手を押さえて逃げ場がありませんでした。
結局私はされるがままで、和ちゃんの、その、えっと、ちゅーを受けるのでした。
心臓は破裂しそうで、和ちゃんの口から漏れる息がそのまま私に入ってきて。
もうどうにかなりそうだった。
ファーストキス・・・。
そして離れる唇。
多分私の顔はおもしろいくらいほうけてると思います。
そして。
和ちゃんが言う。
『好き』だと。
その言葉が私には信じられなかった。
まさかと思った。
だって、和ちゃんだ。
あんなに綺麗で、かっこよくて。
誰からも頼りにされてる存在が、私を好きといったんだ。
冗談だと思った。
でも、和ちゃんは言う。
出会った時から、そして出会うたびにどんどん好きになって言ったって。
涙が出た。
さっきまでの悲しい涙なんかじゃない。
この胸の奥から湧き上がる感情はなんなんだろう。
女の子同士だとか、そういう一切合財を洗い流していく。
目をギュッとつむり、搾り出した『大好き』と言う言葉。
あぁ・・・なんて、なんて綺麗なんだろう。
「和ちゃん・・・」
ぽつり、声がこぼれる。
和ちゃんの体が、見ていてもわかるくらいビクリとした。
これって・・・その、告白ということなんでしょうか・・・。
もしそうだとしたなら・・・。和ちゃんでも怖いんですね。
和ちゃんほどの人でも不安な気持ちになるんですね・・・。
それが解った時、喪失病の悲しさも何もかも吹き飛んだように思えた。
「和ちゃん、えっと、確認です、けど・・・『好き』っていうのは、えぁっと・・・そういう、『好き』という意味で、しょうか?」
声が震えてます。
夢見たいな話。
夢なら覚めないで欲しい。
必死にこくこくと頷く和ちゃん。
かわいすぎです。
でも、私は・・・。
「嬉しい、です。初めて、告白されちゃいました・・・和ちゃんと、会ってから私、夢が叶いっぱなしです・・・でも」
でも。
そういった瞬間に和ちゃんの顔が曇ったような気がしました。
違うんです。
和ちゃんが嫌い、なんて絶対にありません。
「でも・・・私、喪失病です。視力も悪い、です。体も、上手く動かなく、なっちゃいました」
その弊害からか、上手く話すことも出来なくなってるような気がします。
「一緒にいると、迷惑を、かけちゃいます」
そう・・・。
「それに、私は、あと2年、で・・・」
2年後には消えてなくなってしまっている人間である私に、和ちゃんの大切な人生を費やして欲しくない。
本当は、死ぬほど嬉しい。
言葉になんかできない。
許されるなら泣いて喜びたい。
私だって和ちゃんのことが好きだ。
1番になりたい。
もっともっと、色んなことを和ちゃんとしたい。
けど、2年後いなくなった私は和ちゃんを残していくことになる。
例え、喪失病で、和ちゃんの心から私が失われても、何故か傷ついている和ちゃんを思ってしまう。
優しい和ちゃんは、かならず傷つく。
そんなの、耐えられない。
そうなることが解っているのに、どうして私はこの告白を受け入れられると言うのか。
「だか、ら・・・」
ごめんなさい。
せっかく、告白してくれたのに。
好きといってくれたのに。
勇気を振り絞ってくれたのに。
私は、自分から幸せを手放す。
そうすることが正解なのだ。
今は苦しくても、喪失病はこの思いすらも奪っていくのだから我慢するのだ。
和ちゃんの行為を無駄にした私に、神様でも何でもいいから私に罰を与えて欲しい。
涙が零れた。
今度の涙は冷たかった。
「そうじゃないでしょ千乃ちゃん?」
そこにいたのは、神様ではなく、私の太陽。
腕を組んで、仁王立ちするかのような黄金の髪を持ち呆れたように笑う。
紬ちゃんだった。
神様「ヒーローは遅れてやってくる」
すいません、衝動的に書き上げたものです。
千乃の心境とあわせると、もっと書きたかったことがあったのですが・・・次の話はじっくり書き上げたいです。
またよろしくお願いします!