けいおんにもう一人部員がいたら   作:アキゾノ

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遅くなってすいません。
今回はちょっと短めです。
そして、無理やりカンががががががが。
よろしくお願いします!



第42話

Side 千乃

 

 

 

あの年明けライブから3日が経ち、私たち軽音部はふわふわと落ち着かない気持ちを抱えていた。

原因は一枚の名刺。

海馬コーポレーションと銘打たれ、目もくらむほどの美しさで描かれている竜のシンボルマークが眩しい世界的な企業。

テーマパークやゲームソフトなど、子供達が幸せになれるモノを作り出すことを第一とするこの企業は、その他にも様々なジャンルしも手を出しているらしいのです。

そしてその中には音楽もあり・・・よくテレビで見かける有名なアーティストやCMソングなどなど、上げればキリが無いくらいに海馬コーポレーションがプロデュースし、世に出た人達がいる。

そしてその人達は紛れもなく、『本物』であるのです。

 

 

そんな海馬コーポレーションの人が、私たちHTTのライブを見て、声をかけてくれたのだそうです。

律ちゃんと唯ちゃんはこの3日間、ニヤニヤが止まらなかったそうです。

本当はすぐにでも、あのライブの後にでも話をさせて欲しかったのだそうですが、澪ちゃんが気絶をしては復帰し、名刺を見せたら気絶をして、と。

その繰り返しで、すこし時間を空けることにしたのです。

私も少しだけそのことにホッとしたのは内緒です。

夢にまで見た『プロ』という場所。

こんなチャンスは本来ありえないと思います。

 

そして今日、海馬コーポレーション本社、応接室に私たちは来ているのです。

ふかふかのソファーに、大理石の机。

スーツ姿の綺麗なお姉さんが淹れてくれた紅茶が湯気を躍らせている。

このティーカップも相当高いんだろうなぁ・・・でも紬ちゃんの持ってきてくれているものも高いんでしたっけ・・・なんてへんなことを考えてしまいます。

緊張が止まりませんね。

 

横を見れば、澪ちゃんは・・・いつも通りとして、あの律ちゃんや唯ちゃんも心なしか表情が硬い気がします。

見えづらくなった眼でも、なんとなくわかるほどなのできっとそうなんでしょう。

紬ちゃんは、横に座ってくれていて、初めて来る場所でもサポートをしてくれています。

本当に・・・うれしいです。

こ、こ、恋人、ですから私も貰ってばかりではなく、紬ちゃんに何かをしてあげたいのですが・・・難しいです。

っと、また思考が逸れてしまいました。

今回、海馬コーポレーションに来ている理由、それは律ちゃんが名刺をくれた人とお話をするためで、どんな話になるのかはわからないのですが、それが更に緊張を煽ります。

 

 

数回にわたるノック。

そして扉が開かれ。

現れたのは高そうなスーツをパリっと着こなした、女性の方でした。

 

 

「お待たせして申し訳ありません!」

 

 

少し小柄で、首もとまで伸ばした髪。

そしてその髪をまとめるために、両サイドを大きなピン止めを2本使い、クロスされているのが見える。

ぼやける視界には、優しそうでふわふわした雰囲気の女性だとわかる。

唯ちゃんみたいな雰囲気で、親近感を覚える。

それは私だけではないようで、みなさんも緊張がすこし和らいだように感じました。

 

 

「私、海馬コーポレーション人材育成課の阿澄ゆのと申します!」

 

 

ぺこりと、挨拶をしてくれた阿澄ゆのさん。

私たちも立ち上がり、それに習うように挨拶をする。

 

 

「は、はじめまして!田井中律です!」

「平沢唯です!」

「秋山澪です!」

「琴吹紬です」

「えっと、湯宮、千乃、です」

 

 

「よろしくおねがいします」

 

 

阿澄ゆのさんは、緊張気味の私たちに微笑み。

 

「どうぞ座ってください」

 

と。

 

 

「さっそくですが・・・HTTのみなさんのライブを見させていただきました」

 

ズイっと対面に座った阿澄さんが、体をこちらに寄せてくる。

 

 

「大変感動しました!」

 

 

その言葉を聞いたとき、軽音部のみなさんの表情に嬉しさが浮かび、照れくさくもありました。

 

 

「私、この会社で新しい人材の発掘と育成を担当する部署にいましてですね、日本全国色々なところに足を運ぶんです」

 

「すごーい!私なんてほとんど家の回りしか行かないよー。あ、でもムギちゃんの別荘が一番遠出したところムガ」

 

いつも通りの唯ちゃんの口を、律ちゃんが慌てて抑えます。

 

「すいません!どうぞ続けてください!」

 

 

「あはは・・・えっとそれでですね、自分の目で、耳で、肌で感じてピンと来るものを探しているんです。まあ簡単に言うと将来有望な若い子たちや、今まで埋もれていた才能ある人に声をかけて回っているんです!」

 

 

「たしか、海馬コーポレーションはここ近年ですごく成長された企業ですもんね」

 

 

「お、おいムギ」

 

 

「そ、そうなんです!今の社長になって会社の方針が一新されて、各分野、様々な方面に手を入れてるんです!社長はすごいんです!機械の発明も芸術の昇華も子供達のための施設も、全部取り揃えていて、世界中の子供達が楽しめるものを提供するのが夢なんだって!

私もその企業理念に感動して、一生懸命勉強してこの企業に入ったんです!・・・あ」

 

 

途中からすごい勢いで話し始めた阿澄さんは、顔を赤くしながら席に座りなおしました。

その様子に、もう私たちに緊張感はなくなっており、阿澄さんを微笑ましい眼で見ている律ちゃんや唯ちゃんもいるのでした。

 

 

「す、すいません・・・話が逸れてしまいました」

 

こほんと咳払いをし、再度こちらに眼を向ける。

 

「そしてですね、今回たまたまHTTのみなさんの音楽を聴き、これだ!って思って声をかけさせていただいたということです」

 

 

「・・・・・・・」

 

 

「つまり、海馬コーポレーションプロデュースで、メジャーデビューしませんかということですか?」

 

 

「そうです!社長の審査を受けていただく形になりますけど、HTTのみなさんでしたら絶対大丈夫だと私は思っています!」

 

 

拳を固める阿澄さん。

律ちゃん唯ちゃん澪ちゃんの3人は喜びを隠せないようで笑顔が浮かんでいます。

 

けれど。

紬ちゃんだけが何故かその笑顔を浮かべることがありません。

そしてその紬ちゃんが口を開く。

 

 

「もしそのお話を受けさせていただく場合、担当は阿澄さんが?」

 

 

「はい、私はHTTの担当をさせていただきます!」

 

にっこりと笑う阿澄さん。

それとは対照的に紬さんは厳しい表情をしたままです。

 

「失礼ですが・・・阿澄さんは」

 

「ゆのでいいですよ!」

 

「・・・ゆのさんは、今までにも担当された方はいらっしゃるのですか?」

 

「いえ、まだ入社して1年目でして・・・もしHTTのみなさんがこのお話を受けてくれたなら、初めての担当・・・マネージャーということになります!」

 

その言葉を聞いて、紬ちゃんは一層顔を渋いものにします。

その理由を私は解りません。

 

「・・・担当を替えていただくことは、できるのでしょうか?」

 

そして、紬ちゃんのその一言によって場は凍りつくのでした。

 

 

 

 

 

応接室。

いるのは軽音部のメンバーだけ。

ゆのさんは、席を外しています。

先ほどとは打って変わって、皆さんの顔には困惑が浮かんでいます。

紬ちゃんの言葉によって、凍りついた場。

律ちゃんが、ゆのさんに謝って軽音部だけで話させて欲しいと言い、ゆのさんには席を外してもらっているのです。

部屋を出て行くときのゆのさんの顔。

沈痛な表情をしていたような気がします。

 

「ムギ・・・なんであんなこと言った?」

 

律ちゃんが言う。

いつもと違ってすこし厳しい口調で。

 

「そうだよ~。せっかくゆのっちが声をかけてくれたのに~」

 

「それにあんな言い方・・・ムギらしくないって言うか・・・」

 

唯ちゃん、澪ちゃんも言う。

 

けれど紬ちゃんは動かない。

眼を閉じたまま、話を聞いている。

そして口を開く。

 

「経験豊富な人にマネージメントしてもらったほうがいいと思っただけよ」

 

「なんでだよ。確かにゆのさんは経験浅いかも知れないけど、だからこそ一緒にやっていけるって思えるじゃん」

 

 

「・・・みんな忘れてない?私たちには時間がないのよ?」

 

 

その一言で、私は解りました。

紬ちゃんがなんであんなことを言ったのか。

 

「私たちには・・・千乃ちゃんには時間がないの」

 

そう言って、席を立つ。

紬ちゃんは部屋をでていく。

 

律ちゃん、唯ちゃん、澪ちゃんは呆然としたままだ。

私は・・・急いで紬ちゃんの後を追った。

 

 

 

「ま・・・待って」

 

ぼやける視界、ぴかぴかのオフィス。

なれない場所で、壁に手をつたえさせながら後を追う。

 

そのことに気づいたのか、紬ちゃんが支えてくれる。

 

「千乃ちゃん・・・」

 

「紬ちゃん・・・ごめんなさい・・・わたしのせいで」

 

「それはちがうわ!私が・・・無力だから・・・絶対に喪失病を治すって決めてたのに・・・症状が止まらない・・・もちろん諦める気なんてない・・・けど・・・それでも・・・怖くて仕方ないの・・・千乃ちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって」

 

「つむ、ぎちゃん・・・」

 

「おかしいと思うけど、早くプロになって、たくさんの人に私たちが認められれば、喪失病も治るんじゃないかって、千乃ちゃんがずっと私の隣にいてくれるんじゃないかってそう思うの!

だから・・・だから!」

 

「紬、ちゃん・・・泣かないでください・・・紬ちゃんの気持ち、嬉しい、です。だから・・・」

 

「うぅ・・・私、ゆのさんに酷いこと言っちゃった・・・私たちのことを認めてくれたのに、私・・・」

 

抱きしめる。

紬ちゃんは優しい。

そんなこと解っている。

だから、私のことを思ってきっとこう思ったのだろう。

経験のないゆのさんではなく、ベテランの人にマネージャーを任せてつつがなくデビューを終えようと。

私が喪失病で、時間がないから。

紬ちゃんは、そう思ったのだ。

 

「紬ちゃん、の、いいところ、わかってます。誰かのため、に一生懸命、になれるとこ。

その気持ちだけ、で、私は、嬉しい、です」

 

泣きじゃくる紬ちゃんの背中を、さび付く腕で軽く叩く。

リズムは一定ではないけれど。

私のために、嫌な役を引き受けて、そしてこうやって傷ついてしまっている。

 

「でも、私は、その気持ち、よりも、紬ちゃんが傷ついてしまうこと、のほうが、嫌です。

紬ちゃん、が、誰かから、誤解されて、しまうことのほうが、嫌です」

 

だから。

 

「一緒に、ゆのさん、のとこに、行きましょう?」

 

私の胸の中で泣く紬ちゃんが顔を上げる。

こうしてみると、やっぱり紬ちゃんも女の子で、子供なんだなと思う。

いつもはみんなを優しく包み込む、お母さんのような紬ちゃんだけど。

こういう姿を見せてくれるのは私の前でだけ。

自然と頬が緩む。

 

「うん・・・」

 

にっこりと、微笑を返す。

 

 

 

 

 

 

ひとまず私たちは、3人のもとへと戻り、話した。

紬ちゃんはその間も、私の手を握ってもじもじとしていた。

だから、拙い言葉だけど私が説明をした。

3人は怒る、なんてことはせず、浮かれていたと逆に謝ってきた。

私はそれにすごい勢いで首を横に振る。

みなさんが気にすることなんかじゃなくて、私がいけないのだから。

紬ちゃんもみなさんに謝って、私も謝る。

そうして、みんなで顔を見合わせて自然と笑いが起こる。

 

いつか、こうして笑い会えることが出来なくなることに、どうしようもないっ不安と焦燥感があるけれど。

それでも私は、今こうして、みんなで楽しいと思える日々を過ごせることに感謝するのです。

 

 

そして律ちゃんが、ゆのさんにもう一度お願いしにいこうと言い、直接赴くことにしました。

どこにいるのかわからなかったので、受付の人に聞こうと思い通路を歩く。

その途中、ゆのさんの声が聞こえた。

そこは休憩室。

自動販売機といくつかのテーブルとソファがある。

こういったちょっとした休憩室でさえも至れり尽くせりの設備なあたり、やはり大企業なんだと気後れしてしまいます。

 

話しているのはゆのさんと、もう1人、女性の声。

その内容は、私たちのことだった。

 

 

 

 

「やっぱり私、この仕事向いてないのかな・・・」

 

消え入りそうな声で、俯き話すゆのさん。

その原因が私たちにあるので、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

 

「そんなことないよー。ゆのっちは面倒見も良いし」

 

相手の女性、ゆのさんは小柄だけれど、その女性は背が高く。

声の大きさもはきはきとした通りのよい声もどちらかというとゆのさんとは逆の印象を受けた。

 

「それにゆのっち、この会社に入るために一生懸命勉強したんでしょ?簡単に諦めちゃだめだよー」

 

「宮ちゃん・・・」

 

「なんかこういう会話してると、高校時代思い出すね。あの時はまだ私たちも絵描きの卵だったもんねー」

 

「結局、絵描きにはならなかったけどね」

 

「絵を描くことよりも、やりたいことが見つかったってことだもん。恥じることじゃないよ?」

 

「うん・・・ありがとう宮ちゃん」

 

「いえいえー。ゆのっちが落ち込むと私が慰めるのはいつものことだからね」

 

「もう・・・宮ちゃんってば」

 

「あはは。でもさ、やりたいことが見つかって、一生懸命勉強して憧れの会社に入って。

それで、初めてこれだって思える人達と会えたんでしょ?」

 

「・・・うん」

 

「だったらさ、自分の気持ちが伝わるまで相手に何度でも伝えなきゃ!

大丈夫、ゆのっちならできる、絶対できるよ」

 

「うん・・・うん!」

 

「それに、ちゃんと結果出さないと社長にも怒られるしねー。粉砕、玉砕、大喝采!って」

 

「うぅ・・・それはいやだよ~」

 

「ゆのっち、社長のこと大好きだもんね」

 

「ち、ちがうよー!尊敬してるし憧れだけど、そういうのじゃ・・・迷惑だろうし・・・」

 

「かわいいなーゆのっちは」

 

 

 

話している会話を遠巻きに聞きながら、私たちは顔を見合わせる。

ゆのさんのやりたいこと、それがなんなのかわからないけど、それでもゆのさんは真っ直ぐだ。

まだ、私たちと一緒にやって聞こうと思ってくれている。

なら私たちがすべきことは・・・。

あれ?

紬ちゃんがいません。

どこにいったのでしょうか。

 

 

「ゆのさん!」

 

紬ちゃんの声。

見ればゆのさんの目の前に紬ちゃんがいるではありませんか。

 

 

 

「さっきはすいませんでした・・・それで、今更虫のいい話かも知れませんが、ゆのさんと一緒にやっていかせてください。

どうか私たちを、私たちの歌を世界に届けさせてください!」

 

勢いよく頭を下げる紬ちゃん。

 

急いで私たちも駆け寄る。

そして頭を下げる。

 

ゆのさんが慌てて立ち上がり。

 

「わ、わ、えっと、顔を上げて?」

 

そしてゆのさんは続けて言う。

 

「私のほうこそ・・・経験もなくて、本当はあなたたちをベテランの先輩に任せたほうがいいか持って思ってたけど・・・どうしてもあなたたちと一緒にやりたいの。

・・・笑わないで聞いてくれる?」

 

頷く。

 

「私がこの会社に入ったの、社長が全世界の子供達を笑顔にしたいって言ったからなの。

恥ずかしいんだけど、私、高校時代は絵描きになりたかったの。

私の絵を見て、誰かの心を豊かにしたいって思ってたの。

でも、私、才能なくて・・・。でも誰かを笑顔にしたいって言う気持ちはなくならなくて。

そんな時に、私に出来ないなら、他の誰かに任せようと思ったの。

私に出来ないこと、まだ見ぬ誰かならできるかもって。

他人任せになっちゃうみたいで嫌なんだけど、それでもどうしてもその夢だけは捨てられなくて。

だから、私と同じ夢を持つ人を見つけて、その人と一緒に誰かを笑顔にすることが出来たらなって・・・その手助けが出来たら言いなって思って、この会社に入ったの。」

 

「ゆのっちは真面目だからね。うそは言ってないよ」

 

「それでね、あなた達HTTの演奏を聞いたとき、この子達とならできる、ってそう思ったの。だから、お願いするのは私のほうで・・・。

まだまだ若輩者で、一生懸命やるけど、もしかしたら頼りないところを見せてしまうかも知れないけど・・・それでも、どうか私と一緒に・・・!」

 

 

「ゆのさん・・・」

 

まっすぐな心をもつゆのさんの言葉はどこまでも真っ直ぐで。

その言葉に私たちは1人残らず同じ気持ちになるのでした。

 

 




神様「新キャラ・・・?」


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