けいおんにもう一人部員がいたら   作:アキゾノ

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連続更新。
梅酒をがぶ飲みした勢いで書き上げたものですので、過度な期待はしないでください(みなみけ風


第44話 The Phoenix 100万回の‘I love you’ グングニル

Side 千乃

 

生まれ変わって、こんな気持ちに何度なっただろう。

夢が叶う瞬間、ずっと夢見ていたころの私を思い出す。

もう、今は遠くすら感じるよ。

寝たきりだった私は、ずっと飢えていた。

美味しいご飯が食べたいよ。

友達が欲しいよ。

走り回って遊びたいよ。

空気を胸いっぱい吸いたいよ。

歌いたいよ。

お母さんとお父さんに、頭を撫でて欲しいよ。

 

奇跡が起きて、私は生まれ変わって、そして夢みたいなことが何度もこの身に降り注いだ。

友達が出来た。

独りじゃなく、何人も。

何度もほっぺたをつねってもこの幸せから目が覚めることはなかった。

美味しいご飯が食べられた。

ほかほかの、白い宝石みたいなご飯。

歯ごたえのしっかりして、最初は上手く噛めなかったおかずの数々。

涙を流して食べた。

軽音部も皆さんと、走り回った。

足の遅い私だけど、振り返って笑ってくれる最高のメンバー。

きっといつまでも忘れることは出来ない。

 

そして今、生まれ変わってから欲張りになっている私の数ある夢の一つに届きうるチャンスが目の前に在る。

 

プロの歌手になる。

始まりは、他愛もない、親ばかの一言からだった。

千乃は歌が上手いね。

そこから始まった。

喜ばせたかったから歌った。

もう、おぼろげにしか思い出せない両親が褒めてくれたんだ。

この世界に生を受けて、歌うことの素晴らしさを改めて知った。

歌は、誰かの心に寄り添い、歩くことが出来るということ。

その意味を菊里さんや琴吹病院の子供達から学び、ますます歌うことが好きになった。

プロになりたい。

プロになりたい。

プロになりたい・・・けど、自信がもてない。

全く私という人間はいつまで「こう」なんでしょうか。

自分に自信が持てない。

だって、その「自分」を、私はついこの間まで持っていなかったんだから。

HTTの皆さんの演奏は素晴らしい。

きっと、みんなならどこでもやっていける。

そう思う。

だから、私が足を引っ張ってプロになれなかったらと思うと・・・怖い。

みんなは私の歌を、声を綺麗だといってくれる。

それを信じられないわけはない。

それでも私は自分に圧倒的なまでに自信を持てない。

手が震えう。

目の前が真っ暗になってしまいそうだ。

こういうとき、どうすればいい?

 

頭の中に、愛しい人の声が聞こえる。

 

「好きな人に頼られるのは嬉しい」

 

すると、私を後ろから抱きしめる感覚。

この温かさは紬ちゃんだ。

 

「緊張してる?」

 

「はい・・・」

 

紬ちゃんは私と向き合い、もう一度抱きしめる。

そして、その豊満な胸に私の頭を抱き寄せる。

 

「私の音、聞こえる?」

 

ゆっくりと、けれどどこか不規則な音。

とく、とく、とく。

 

「紬ちゃんも、緊張、ですか?」

 

「そうよ。でもね、ほら」

 

ぎゅっと、力強く抱きしめられる。

すると先ほどまで不規則だった心臓の音は、一定のリズムへと移り、いつまでも聞いて痛くなるほど安心するものになった。

 

「誰かと繋がれば、怖いものも、緊張も、半分こずつ。千乃ちゃんの緊張は、私が半分持つわ」

 

「・・・だったら、紬ちゃんの、緊張は、私が、もちます」

 

「うふふ、ありがとう・・・本当はこんなことしたくないけど、不公平だもんね」

 

そう言って、紬ちゃんは、私に携帯電話を渡す。

その画面には、和ちゃんの名前が載っている。

 

「え・・・っと?」

 

「敵に塩を送るなんて・・・でもそれで千乃ちゃんの緊張が少しでも薄れるなら・・・グヌヌ」

 

「・・・ありがとうございます。紬ちゃんは本当に優しいです」

 

すこしはなれた場所へ移動する紬ちゃん。

足しは、コールボタンを押す。

 

 

 

「・・・もしもし?ムギ?」

 

「あえっと・・・」

 

「千乃?どうしたの?」

 

「えっと、その・・・」

 

いざかけてみたものの、何て言えばいいのか・・・その時。

 

 

「次で最後ですね・・・エントリーナンバー100、HTTの皆さん、準備のほうをお願いします」

 

あわわわわ。

もう始まる。

始まってしまう。

まだ心の準備ができていないのに・・・。

うぅ・・・。

 

「千乃?何か困ってるのね?」

 

「はい・・・でも、時間がなくて、なんていえば、いいか・・・」

 

「・・・わかったわ。千乃、あなたなら大丈夫。独りじゃない。あなたを信じる私を信じて?」

 

一言。

たったその一言で、私の心から迷いはなくなった。

・・・単純すぎますか?

でも、そう言うものです。

愛は不可能を可能にする。

私の愛する、紬ちゃんと和ちゃんから力を貰った。

それだけで私は何度でも歌う。

 

「・・・ありがとうございます。和ちゃん、海馬チャンネル、見ていてください。今日、私たちは夢をかなえます」

 

大好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく・・・今日はすごい日だな」

 

「急にどうしたんだ律」

 

「だって考えてみろよ。プロにならないかって言われて、会社の社長と面と向かって会って、急にテストをするといわれ、いきなり全国デビューだぜ?」

 

「確かにな・・・なぁ、本当に私たち、ちゃんと演奏できるのかな」

 

「ん?」

 

「だって・・・私たちの前に演奏してた人達、見ただろ?どのバンドも上手い。正直、私よりも上手いベーシストも何人もいたし・・・」

 

「うぅ・・・ギターもだよぉ」

 

「ドラムもな」

 

「キーボード・・・はほとんど使ってるバンドいなかったわ」

 

「み、みなさん!みなさん、の演奏は、最高です!足を引っ張るのは私の、歌です」

 

大きな声で言う。

 

「千乃ちゃん・・・」

 

「多分・・・いや、きっと、私は誰よりも経験がない、です。ずっと、病院で寝ていたから。

ここにいるどのボーカルよりも、経験がない、です。

でも、この1年は、本当にたくさんの『嬉しい』がありました。

断言できます、この1年間、最高の、メンバーと、音楽を作ってこれた、のは、ここにいるどのボーカルより、私です。

だからこそ、一生懸命、歌います!だから、皆さん、私を、助けてください、一緒に、音楽を作りあげてください!」

 

恥ずかしいほどの敗北宣言。

でも事実だ。

そのことを恨んだこともあった。

もっと早く、歌いたかった。

でもできなかった。

悔しい。

でも、そのおかげでこの素晴らしい仲間を得た。

私は誰よりも劣っている。

わかってる。

なら、それはそれでいいじゃない。

歌は独りで歌うものじゃないんだから。

私の周りには、最高に頼りになる部長、跳んで跳ねる天才ギタリスト、みんなを支えるベーシスト、調和を与えてくれる黄金の太陽がついてるんだ。

なら、下手くそは下手くそなりにいくだけ、歌うだけだ。

 

4人は顔を見合わせ、笑った。

 

「まったく・・・千乃に励まされるとはなー」

 

「律の面目、丸つぶれだな」

 

「澪ちゃん、今日は強気だね!気絶してないし」

 

「ふふふ。あのころの私とはちがうのさ」

 

「さっき、トイレで泣きついてきたのは誰だったかなぁ?ねー、みおちゅわん」

 

「言わないって約束だったろ!?」

 

「結局いつも通りだなぁ」

 

「ふふ、でも、これが私たち放課後ティータイムよ」

 

「さ、じゃあ行こうか。我らが歌姫のお披露目だ。」

 

「そうだな。なにを怖がる必要があったんだ。私たちのボーカルは千乃なんだった」

 

「ゆっきー、いつもみたいに素敵な声、聞かせてね!」

 

「その心配はないわよ唯ちゃん。千乃ちゃんは絶好調よ」

 

「頼もしいぜ」

 

「なんかわくわくしてきたね!あ、憂、ちゃんと録画してくれてるかな」

 

 

「HTTの皆さん、よろしくお願いします」

 

舞台の裏にいる私たちに、声が投げられる。

さぁ、開幕の時は来たれり。

今日はいったいどんな音楽を作り上げられるのか。

怖いけど、この緊張感が、くせになってしまいますね。

電気はついておらず、舞台裏から準備が完了する。

菊里さんから貰ったマスクは忘れずに付けている。

 

私の肩を、4人の手は叩いていく。

私も、返す。

前を向く。

ふと、後ろから声が聞こえたような気がした。

 

‘‘千乃、頑張って’’

 

和ちゃんの顔が浮かんだ。

 

 

 

 

ブザーがなり、幕が上がる。

いまだ電気はついておらず。

 

「The Phoenix」

 

けど律ちゃんの激しいドラムが鳴り響く。

続いて唯ちゃん、澪ちゃん、紬ちゃんと続いていく。

律ちゃんの落雷のような音に、まるで落雷そのもののように一人ひとりに電気がついては消えていく。

 

息を吸って、歌詞を紡ぐ。

この曲は洋楽だ。

内容はどこまでも攻撃的だ。

と言っても誹謗中傷という意味ではない。

どんな状況でも、例え間違っていても、戦う意思を失くさない。

負けそうなとき、くじけそうな時、拳を掲げろ。

そうしたなら私たちは何度でも歌って君を不死鳥のように蘇らせてあげる。

 

ハイテンポで流れるこの曲は、きちんと歌えないとなにを言っているかもわからなくなってしまう。

その上、英語である。

アメリカ人ではない私の英語じゃ拙いかも知れないけど、何か伝わるでしょう?

これが私と、私の最高のメンバーで作った曲なんだ。

叫ぶように歌う。

この曲にはそれが合う。

動かない体を、それでも絞り上げるように歌う。

まだ一曲目なのに、もう息が切れてしまっている。

でもかまうものか。

あぁ、汗が吹き出る。

喉がからからだ。

けど、生きてるって感じがする。

体中をマグマが流れているみたいだ。

 

 

 

初めにこの曲をもってきたのには、律ちゃんの作戦だ。

マスクのバンド。

しかも女のバンドが、いきなりこんなハードな曲を演奏する。

それも英語で。

インパクトは勝ち取れたはず。

さぁ次だ。

 

 

「100万回の‘I love you’」

 

先ほどとは打って変わって落ち着いた出だしのこの曲。

歌詞は、タイトルどおり100万回のI love you を大好きな人に伝える。

けど、それでも足りない。

いくら言っても、どんなに言っても、どんな言葉でも、この気持ちを伝えられない。

それくらいに好きなんだ。

私にとっての紬ちゃんや和ちゃんのような存在を、きっと誰しもいるはずだ。

その人に好きという気持ちを伝えるにはどうしたらいい?

とてもとても大好きなこの気持ち。

つたえきれないよ。

でも、それでもやっぱり『大好き』と言う言葉以外に表せない。

だから何度でも言うよ。

100万回のI love you.

 

 

 

最後の曲。

 

「グングニル」

 

子供のころの夢を覚えていますか?

ヒーローになりたい。

お金持ちになりたい。

でっかい家に住みたい。

そういう夢は大人になるにつれて、きっとどんどん口に出来なくなってきたはず。

世間の視線に怯えて、周りに流されて。

けど、誰にでもあったはずなんだ。

この曲は、そんな夢を持った主人公がその夢をかなえるために旅に出る歌。

周りはそんな主人公を疎ましく思い、失敗しろ、やめてしまえと口々に罵倒する。

それは悪意じゃない。

みんな羨ましかったからなんだ。

自分が出来ないことをやってのけた主人公のことを。

 

その主人公が、挫折しかけた時、気づく。

まだ、握りこぶしが作れていることに。

それができるなら、まだ全力を出し切っていないってこと。

次第に主人公を見て周りの人達は、自分達も握りこぶしを作っていることに気づく。

そしてその拳を天に掲げ、今もまだ戦い続ける主人公に対し突き出す。

 

世界中の誰が笑っても、自分を信じれなくなってはいけない。

私は笑わない。

一生懸命独りで戦い続けてきたあなたのことを。

 

 

 

 

歌っている途中、審査員やテレビのことを忘れていた。

ただ必死にHTTのみんなで曲を作り上げることに夢中になっていた。

結果はどうだろうか。

私の歌は、私たちの演奏は、誰かに届いたのだろうか。

静寂が続く。

 


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