今回も短めで申し訳ないです。
よろしくお願いします!
Side 律
普段歩きなれている道。
子供のころからずっとこの道を通ってたっけ。
小学生のときも、中学生のときも。
思えばこの町も変わったなぁと感じる。
いや、変わったのは私か。
私たち・・・か。
2月上旬。
寒さが肌を刺す。
マフラーやコートに身を包み、できるだけ寒さを感じぬように身を縮める。
それでもどうしても寒くて震えてしまう。
口から漏れ行く白い息は、なるほどさながら体の中の『熱』なんだとわかった。
体温とか、感情とか・・・夢への情熱とか。
千乃を除くHTTの面々で、琴吹病院へと足を運ぶ。
その足も、鉛のように重い。
KCPで、私たちは現実を突きつけられた。
それは、私たちにプロになる資格はないということ。
そして・・・千乃だけがその資格があると言うこと。
「・・・寒いな」
この台詞も何度目だろうか。
そして返ってくる言葉もない。
皆、目に見えて消沈している。
どうして私たちじゃなく、千乃なんだろうか・・・とは思わない。
私たちは、特に私には圧倒的に技術も何も足りていないのは解っている。
そんなのは自分が一番良くわかっている。
千乃の歌があったからこそ、私たちは夢をここまで実現する事が出来た。
わかっている・・・わかってるさ。
それでも・・・悔しい。
あの後、海馬社長に言われた事が頭をぐるぐる回っている。
「貴様らには、圧倒的に足りていない」
何が、とは言わなかった。
きっと、足りてないものが多すぎたんだろう。
そして、もう一つ。
千乃は・・・独りになっても歌い続ける、とそう海馬社長は言った。
第三者に何がわかるってんだ。
千乃の事、今日初めて知ったくせに。
でも・・・きっとそうなのだ。
千乃は、独りになっても歌う。
夢だもんな。
普段、びくびくしてて自信なんて欠片もないくせに、歌うときだけはかっこいいもんな。
だから、きっと千乃は私たちがいなくても歌う。
その事に安堵しつつ、悲しくも思った。
なにより・・・言われたくない事、目をそむけてた現実を誰かに言われた事に悲しくなった。
「千乃に・・・言わなくちゃな」
「何を?」
「社長に言われた事さ」
「・・・いや」
ムギが短く言う。
「しょうがないだろ・・・私たちに力が足りなかったんだ」
「いやよ・・・全員で・・・律ちゃんがいて澪ちゃんがいて唯ちゃんがいて私がいて、千乃ちゃんがいてHTTだもの」
「ムギ・・・気持ちはわかるけど・・・悔しいけど私たちには」
澪がそう言い切る前にムギが被す。
「ダメ!千乃ちゃんを独りにさせない・・・だってそうでしょ?一人じゃ千乃ちゃんがかわいそうだもの」
「ムギ・・・」
「だめ・・・絶対そんなのだめ・・・千乃ちゃんには私たちがいないとダメなんだから」
「ムギ、お前の気持ちもわかる。私だって同じ気持ちさ。千乃は危なっかしいもんな。きっと誰よりも変な奴に騙されるから守ってやんなきゃってのはわかるよ」
うん・・・守ってやんなきゃ。
守ってやんなきゃな。
あいつの夢だけは。
「でもそれは一人で音楽を続けさせないっていうのとはまた違う話なんだ。
本当はムギだってわかってるんだよな?
KCPはでっかい会社だ。ゆのさんだって、頼りになる。
だからそういう面では大丈夫さ。
ずっと夢だったんだ。他に何もないくらいに千乃は歌いたいんだ。
それを私たちが寂しいっていう理由だけで邪魔なんかできない・・・すべきじゃないんだ。
わかるよな?」
「・・・わかんない」
「はぁ・・・ムギ!」
「わかりません!千乃ちゃんの夢が叶いそうなのに、どうして私は一緒にいられないの!?
喪失病が進行したのに・・・なんで支えてあげられないの・・・?」
涙をぼろぼろと流すムギ。
久々にこんなに感情を露わにするムギを見て、微笑む。
こんなにも感情を豊かにするのは千乃に出会ったからなんだと知っているからだ。
頭をくしゃくしゃと撫でる。
「支えてやれるさ。今生の別れってわけじゃない。私たちの関係は何も変わらないさ。
だから・・・な?」
「そうだよムギちゃん。むしろゆっきーに早く追いつかないといけないんだから、これまで以上にゆっきーの傍にいて練習しないとだよ!」
「唯は頑張り屋だなぁ・・・私たちも負けないようにしないとねムギ」
唯と澪が言う。
あぁ、そうとも。
何も変わらないさ、私たちHTTは。
「・・・うん」
涙目のムギが、頷いた。
病院に着き、ゆのさんがトム先生と話していた。
私たちに気がついあのか、手招きをする。
今さっき、千乃の意識が戻ったこと。
そして、起きるなり泣いてしまったこと。
理由は喪失病が進行したことによる弊害と、自分のせいでライブを台無しにしてしなったと思い込んでいること。
どこまでも人のことを気にする千乃に苦笑して、どこか安心をする。
そして一抹の不安も。
許可をもらい、私たちだけで話させてもらうことに。
ドアを開け、中へ入ると千乃がベッドに座っていた。
「おっす、もう大丈夫か?」
「!!」
驚いた千乃の顔。
「みなさん・・・ごめんなさい・・・私が倒れたせいで・・・最後まで居ることができませんでいた・・・もし、これで私のせいで今回の話がなかったことになったら・・・」
「あー、それは大丈夫だ。正式に千乃のデビューは決まったよ」
その言葉に顔をあげ、心底安心したかのように笑った。
「ほ、本当ですか!?よかったぁ・・・」
そして、ここからが部長の私の仕事だ。
「ここから先は、千乃一人だ」
なるべく、暗くならないように笑顔をで言う。
「・・・え?」
先ほどまでの笑顔が嘘のように、千乃は停止した。
「まぁ一人って言ってもゆのさんもいるし、私たちだってすぐに追いつくからさ。待ってろよな!」
「え、っと・・・ちょっと待って、ください・・・どういう、意味ですか?」
「あぁ今回、合格というかプロになれたのは千乃だけってこと!羨ましいぜこんちくしょう!」
「・・・冗談、ですよね?いつもの、律ちゃんの・・・」
「嘘なんかじゃない。千乃は自分の一人の力で、勝ち取ったんだ。誇りに思うよ」
「うそ・・・なんで・・・澪ちゃん?唯ちゃん?」
その問いに、2人は顔をそむける。
「つ、紬ちゃん・・・?」
泣きそうな顔をしたムギが一瞬顔を伏せ、そして千乃の手を取る。
「千乃ちゃん。ごめんね。私に力がたりなくて、千乃ちゃんを音楽で支えることができなかった・・・本当にごめんなさい」
「・・・あ、あはは。皆さんで、冗談、考えたんですか?・・・びっくり、しました」
「千乃、これだけは覚えといてくれ。絶対に音楽を辞めないでくれ。お前のことだから全員じゃないと嫌だなんて、言うかもしれない。だけど、そんなことは言わないでくれ。
これは、お前が頑張ったから得た結果なんだ。
そこに嘘はなに一つだってない。
そして私たちがプロになれなかったのにも嘘は何一つない。
だから、お前が勝ちとったその栄光を、私たちのせいで無駄にしないでな・・・」
「い、いやです・・・私、一人じゃ・・・」
「お前は強くて、良い子だ。
きっとすぐに有名になって…誰もが千乃に夢中になる」
「みなさんが、いないと・・・私・・・」
「いるさ!ずっとここに」
千乃の胸をトンっと軽くたたく。
「お前が嬉しい時も悲しい時も、歌ってる時もずっとここに」
精一杯の笑顔で笑う。
あぁ・・・千乃はいつもこんなことをしていたのか。
無理に笑うことも多かったって聞く。
すごいよ、やっぱり強いよ千乃は。
「それに、私たちだって諦めたわけじゃないんだぜ!?すぐに追いついてやる!
なんたって最高のメンバーがいるんだ。今回は足りないところがあったけど、すぐにそんなものなくしてデビューしてやるさ!
夢は一番有名なギター、ベース、ドラムにキーボード!
そして有名になった私たちは世界一のボーカルと武道館でライブをするのさ!」
澪も唯も、ムギも頷く。
だから。
「いったん、お別れだ」
神様「次回からドロドロ展開・・・」