猟犬烏の青春   作:面無し

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今回もよろしくお願いします!


2-35 自由な猟犬

 

 

夜空を見上げた。

 

私の視界には星の瞬くはずのアビドスの夜空はぼやけてしまっていた。

パチパチと音のなる車椅子は度重なる衝撃でさすがにどこかイカれてしまったかもしれない。

 

カーラの残してくれたものだったから大事にしたかったけれど、そこは妥協するしかないだろう。

脱出に成功できたのは良かった。

建物の警備は手薄であのジャンクで脱出するよりよっぽど容易だった。

 

『経験が生きたな』

 

そんな風にウォルターなら言ってくれるはずだ。

私は心のなかであのクソ中間管理職二号に向けてもニッコリ笑顔を向けてやった。

ただ、そんなことはいい、今は……アビドスに戻るかしなければいけない。

広い土地に一人放り出された状態と言うのはかなり寂しさを感じるので、誰かと早めにあいたい。

 

私は動きの鈍くなってしまったカーラの車椅子を動かす。

周囲を見渡してみても、ぼやけた視界では建物の輪郭くらいしかわからないし、夜というのも相まって頬に当たる砂からアビドスのどこかという以外はわからない。

アビドスの広さは最初に先生と訪問したときに知っているが、一か八かで適当に走ってアビドスにたどり着けるか試してみるか。

ホシノにも聞かないといけないことがある。

 

それに、あのクソ中間管理職二号がおとなしくしてろと言ったのだ、私に何かの仕掛けがあってもおかしくはない。

動き回っておくのは鉄則だ。せっかく逃げたのに居場所がバレたり、向こうの体に移動したのがバレたら最悪だ。

 

けれど、やみくもに動かし過ぎてもいけないとは考えている。

アビドスの夜は冷える。いくら車椅子がある程度私の命を何とかしてくれるとはいえ、凍死は防げない。

感覚が死んでいるから熱い寒いはないが、ある程度目標はつけないと遭難して死ぬことになる。

アビドスの皆も探してくれてるかもしれないから、それもあてにしたい。

 

そう思いながら私が走る先────月明りに照らされて立つ人物が見えた。

 

「予想していた通りです、レイヴン」

 

『ちょうどよかった。黒服』

 

見覚えのある黒スーツ。亀裂の入った黒い顔。

ホシノと契約を交わし、いつかの夜私に言葉を伝えてくれた奴がいた。

 

「ご期待に添えたようで何よりです」

 

私に深々と頭を下げる黒服。契約関連を考えれば白々しくも思える。

でも、この場では契約を履行してくれるという点ではこいつは私にとって得難い存在だった。

 

『それで、お前がいるってことは何か用があるんだろう?』

 

私は前回と同じく頭の中で黒服に返事をする。

黒服は頷いた。

 

「ええ、ですが、後々のための謝罪も行いに来ました」

 

私は黒服の言葉に違和感を覚える。こいつはタダで謝るような奴じゃないと感じていたから。

けれど、謝罪内容を聞いて納得する。

 

「この度は私の提案によりアビドスより小鳥遊ホシノさんが自主退学するきっかけの一端を担ってしまったことを、ここに謝罪いたします」

 

『なるほど、そんなことが起こってるわけだ。契約だろう?』

 

「ご存じでしたか」

 

『借金の援助でも提案したか?』

 

私はどういう契約内容かは知らないが、それによって退学するとなれば借金関連だろうというあたりをつけていた。

それか、ホシノのことだから連れ去られた私の救助でもしようとしてくれたかもしれない。

 

「ご名答です。また、自主退学については貴方とご自身を交換という形を取ろうとしたようです」

 

『なるほど、この私は確かにACがなければ弱点になるな。だが、私は脱出済みだ。

向こうに移動したのがバレたとしても、すぐこっちに戻ってこれる。

端末操作でもしてもう一度こっちに戻れば、あとはアビドスの土地に任せて雲隠れすればいい』

 

だが、私のその返答に奴は首を振った。

 

「いいえ、小鳥遊ホシノさんとの借金返済の契約は破棄されました」

 

それを聞いて私の頭には嫌な予感が走った。

 

『まて、じゃあホシノは……』

 

「彼女はカイザーに対し自分の身柄と借金の交換を望むことにしたようです」

 

私は納得した。ホシノに聞いた先輩から託されたアビドス。

そして彼女のなりたい先輩の姿、それを考えれば、借金を優先するのは当然だろう。

それよりも……

 

『……ホシノにお前とカイザーが狙う何かがあるな?』

 

アビドスの借金に並ぶ何かがホシノにある。

だから、ホシノは自分を差し出せるのだ。

 

「はい、彼女はキヴォトスにおいて最高の神秘をお持ちです」

 

それをカイザーは狙った。いや、おそらく黒服も。

神秘が何なのかという疑問は残るが……正直後からどうとでも調べればいい。

 

『さっさと助けに行かないといけない理由が増えた。もういいか』

 

「貴女を助けることよりも学園の借金を優先したことについては良いのですか?」

 

何をわかりきったことを聞くのだろうか、こいつは。

 

『良いも何も、彼女なら当然そうするだろう』

 

ホシノがアビドスを守りたいと言っていたのを私は知っている。

それが、嘗ての戦友と同等の覚悟で発されたものならば……私を見捨てるのは当然だろう。

私からすればあって一か月もしていない私を優先されたほうが驚く自信がある。

 

「憤りを感じないのですか? あなたと彼女は友好関係だと考えていましたが」

 

『選んだ私に、選ばれなかったことを憤るような資格はない』

 

それも、当然のことだ。

ルビコンで私は依頼を受けて、時にはその依頼を複数から選んで、誰を殺すか決めてきた。

何を怒る理由があるというのか。

 

「左様ですか。レイヴン。我々はあなたのその姿勢は非常に惜しいと考えています。貴方は先程言った神秘についても、その特性として特別なものを持っていると考えています」

 

また神秘……それが私にもあるということか、特別が破壊の力とでも言うならいつかの夜の言葉でわかっていた。

私は黙ったまま促す。

 

「我々の組織……ゲマトリアにて専属の傭兵をいたしませんか?

報酬は、我々からの知識の提供、今回狙われた621の肉体、もう一つの体、両方の安全と自由の保障。

そして、キヴォトスにおけるあなた身分と生活を用意しましょう。お好きな学園への入学を行い、安定した学園生活が行えますよ。

最後に────621としての肉体への再手術の技術推進と完成した場合の無償提供をお約束しましょう。

貴方の力は、貴方の価値、力とは振るわれる相手を選ぶべきものです。理解しているものの手に委ねるべきとは考えませんか?」

 

確かに、報酬としては断る理由が見つからないものだった。

というより、再手術の費用を考えれば私ははずいぶんと高く見積もられている。

それに、確かに言うことは一理ある。力も無理に振りかざせば良くないことが起こるだろう。今の、カイザーのように。

理由として、世間に詳しい黒服について行くことは悪い選択では無いように見える。

だが──

 

『断る』

 

私はそれを断った。

高く見積もってもらったのは結構なことだが、私という人間を見誤っている。

私は不便な肉体自体を何とかしたいと心から願った覚えはないし、力の振るう先はこれまでそうして殺してきたように、これからも、私が選ぶ。彼に従うと決めた時のように。

 

「我々の知識はキヴォトスでも特異なものです。

真理と秘儀その知識を絶ち、自らの安全と体の治療を断ってまで、あなたは何をしたいのですか?」

 

何をしたいか……決まっている。

私はウォルターの願いを叶えるとと決めた。

普通に生きると決めたのだから、ならば当然決まっている。

 

『ホシノを、友人を迎えに行く』

 

「捨ててもいい自らの学園の借金をわざわざ被り、後輩を巻き込み、貴女を見捨てさえした彼女をですか?」

 

『そうだ』

 

愚問だと思った、その程度のことが友人を見捨てる理由になるのか?

譲れないものが対立したわけでも、私がアビドスを焼くわけでもない、ホシノがただ、もっと大事なもののために私を優先しなかっただけで?

────あり得ない。

 

「貴女はこの砂漠に放置されれば死に至ります。そうでなくとも車椅子には相当な負荷がかかっています。その安全を得られるのですよ?」

 

『死ぬなら、私はそれまでだ』

 

それも当然。散々殺してきた私が今更死を怖がるような資格はないだろう。

私はできる限り生きなければならない、だが同時に誰かのために生を渇望する資格もない。

だから、ホシノを助けて死ねるなら、この命を、あの人が望んだ普通に捧げて死ねるなら私はそれで構わない。

 

「貴女の不在はいつかカイザーにも感知されます。抜け出したことがバレれば今度は厳重な警備が敷かれるでしょう。

貴方の自由は失われます。私の提案にのり、その足でアビドスを救うこともできます。どうして断られるのですか?」

 

黒服の追求、何度もかけられる愚問、決まった答えの何が疑問なのか。

警備が敷かれる、確かにそうだろう、自由もなくなる、それもそうだ。

お前の提案に乗れば、安全で安心で、そのままアビドスも好きに助けられるだろう。

 

決まった答え、それが気に食わないというのなら、それよりももっと単純な答えがある。

ホシノや、私の命や、アビドスなんかよりも何よりもの前提として、私は───

 

 

 

(ウォルター)以外に飼われるつもりはない』

 

 

 

 

犬でも飼い主を選ぶ。その犬の矜持に従って。

私は何があろうと、手綱が切れようと、彼が死んだとしても───『ウォルターの猟犬』だ。

 

 

「……残念です。レイヴン」

 

黒服は、嘗てのエアと同じようなセリフを吐く。

だが、私に彼女の提案を断った時のような痛みはない。

こいつ相手に彼女を重ねることすらおこがましい。

 

「なら、私からできるお話は以上になります、このまま小鳥遊ホシノを迎えに行かれると良いでしょう」

 

そう言って黒服が踵を返すのが見えた。

だが、今度は私の方に用がある。

 

『おい』

 

「……なんでしょう?」

 

振り向かずに黒服は言った。

ウォルター、こういう時あなたなら、きっとこうするはずだ。

 

『そう言えば……お前はさっき詫びを言ったな』

 

「確かに言いました」

 

『ならば、その侘び、今この場で払ってもらえるな?』

 

「……いいでしょう。何をお望みですか?」

 

『カイザーが私に仕掛けている罠等の解除、ホシノの引き渡し場所の情報をよこせ』

 

「断った場合は?」

 

『カイザー共々、鉛が好きならそうするんだな』

 

「分かりました。交渉の日時はわかりませんが、カイザーの代表者……あなたが中間管理職と呼んでいる物の位置を端末へお送りしましょう」

 

これでいい、これで全ての用は終わった。

後は舐めた真似をしてくれたあのクソ中間管理職に授業料の振り込みに行けばいい。

 

『用は済んだ、お前への振り込みは今度にしてやる』

 

「承知しました。では……」

 

黒服が私の車椅子に手を伸ばす、ガチャガチャと暫くいじっているような音がして、あいつは去っていった。

私は目を閉じた。あとは体を移動して、合流する時間に合わせて奇襲すればいい。

 

『私の授業料は高いからな……』

 

目の前を走る紅の電を見ながら私は体を移動しようとする。

ただ────

 

 

 

────今回の移動は以前と違うものだった。

 

 

 

 

 

 

 

青空を見た。

青い空に、赤い星の煌めくそんな空。

 

「共に、新たな時代を……」

 

殺した彼女(エア)の声がした。

視界が暗転する。

 

「最初の選択をしたのですね」

 

彼女の声がまた聞こえる。私は違和感を覚えた。

声が聞こえたこと、生きている彼女にではなく────その声色に。

 

「あなたも、見つけてください」

 

彼女は続ける。

私は君を知っている。でも、違う。

 

「新たな世界での、あなたの幸福を」

 

 

君は────誰?

 

 

雷光がもう一度視界を埋めた。

 

 

 

 

 

 

────目を開けた。

 

 

移動時に変な何かを見た気がする。

ただ、記憶が曖昧で青空を見たような記憶しかもう残っていなかった。

私はフラフラと起き上がる。窓の外は目を閉じたあの時から考えれば時間が進んでいて、若干白くなり始めていた。

 

「ホシノ……」

 

急がないと。見回しても、私の携帯は今の教室に無かった。

ベットから移動しようとして気づく。背中が妙に重かった。

 

「なんだ?」

 

背中へと手を伸ばす。連邦生徒会制服の開いている背中の部分から、黒い翼が生えていた。

 

「犬耳の次はこれか」

 

だが、こんなことをあまり気にしていられない。

私は駆け足で教室を出た。委員会室の隣だが、皆はいない。

私は携帯を取りに自分の教室へ向かう。

 

教室でスマホと自分の装備を持って、廊下へ出る。

連絡しようとスマホを掲げる前に、見た窓の外に遠くのビルの屋上にホシノの背中がチラリと見えた。

私は連絡するのも忘れて走り出していた。

 

 

 

 

「もういないか!」

 

駆け上がった屋上にホシノはもういなかった。

私は周囲を見渡す。そして、黒服から情報を思い出した。

 

携帯を開けば、モモトークに見慣れないあいつ(黒服)からの地図が入っている。

自動追跡しているのか動く点は、アビドス砂漠と校舎の間あたりに向かっているように見えた。

 

私は先生とメットに連絡を送る。

そして、返事も待たずにそのままビルの淵へと立った。

 

 

 

────イメージするのはあの風紀委員長。

 

 

 

意識した背中の翼はは背面装備と同じような感覚がした。

あの時、戦った時、あいつは確かに飛んでいたし滑空していた。

なら、私の翼も同様のことができるはずだ。

 

私は地面を蹴り上げる。

 

広げた翼は、風をつかむ。

空中へ飛び出して、ふわりと浮くような感覚を得ながら白んだ夜の空を見た。

 

 

思わず、息を漏らす。

ホシノを追いかけて、自分で初めて苦しみなく選んだ選択の景色はどこまでも遠く広く見えた。

 

「そうか、これは……」

 

この翼はきっと自由の証。

レイヴン────君からもらったこの翼に従って、私は。

 

望んで友人を助けに行くよ。

 

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