猟犬烏の青春   作:面無し

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2-38 二度目

 

 

 

彼女が光の剣を、あの戦車を両断した兵器を人に向けて振るおうとしていたのを見た。

そして、先生の端末から出た壁に、飛ばされるのも見た。

 

ゴロゴロと転がった彼女の立てた砂煙。

それを見据えながら、私は心臓がバクバクと音を立てるのが聞こえていた。

 

彼女は人を殺そうとしていた、間違いなくそうしようとしていた。

あの音声で聞いた通りに、あのカイザー理事を光の剣で殺そうとしていた。

 

「先生……皆」

 

爆風で傷を負ったホシノ先輩がこちらを見ていた。

けど、どう声をかけようかと考えていたものは頭からなくなっていて。

私以外の皆も声を出せないでいた。

 

「ホシノ、見つけたよ」

 

───先生を除いて。

腰の抜けたように尻もちをついて荒く息をするカイザー理事の前に歩いていって、落ちていた端末を先生が拾う。

 

「ありがとう」

 

そう言って彼は端末を撫でた。大事そうに端末をもう一度しっかり持って、先生が土埃へ目を向ける。

私も目を向ければ、もうもうと立ち上る土煙の中で、ゆらりと彼女が立ち上がるのが見えた。

 

「なぜ……邪魔をするんですか? 先生」

 

声だけしか聞こえてないのに、ぞっとした。

何時も聞いていた通り平坦な口調、けれどどこか冷えたような音があった。

 

「君に、生徒にそんなことはさせられないよ」

 

けれど、先生は物おじせずに彼女にそう答えていた。

あのカイザー理事の前に立って、一歩ずつ彼女へ近づいていく。

それを止めたのは彼女の目がこちらを向いた時だった。

 

「止まれ」

 

声と共に、先生へ向けられた視線を私たちも見た。

私に向けられたものでないはずなのに、ぞわぞわと背筋に走る何かを止められなかった。

先生は足を止めて彼女に主張する。

 

「ここで彼に契約してもらう。利子の引き下げと保証金の取り消し、契約の変更をしないことの三つ」

 

先生はそう言ってカイザー理事へと視線を向けた。

 

「お前も、状況はわかるはずだ」

 

先生の声には彼に珍しい怒気が籠っていた。

言われたカイザー理事は黙っている。それを見て、彼女は静かに言葉を発する。

 

「頷かないなら……」

 

黙ったままの理事へ脅しをかけるように一歩彼女が踏み出す。

思わず一歩退く、私はあのラーメンに目を輝かせていた少女と目の前の彼女が同じ人物だと信じられなかった。

 

「レイヴン」

 

先生が、咎めるようにレイヴンへ声をかける。

 

「ここは……ルビコンじゃない」

 

その言葉に、彼女は短く返答した。

 

「それがどうした」

 

先生へ、口調までも変わった彼女が主張する。

 

「彼の願う普通を得るために、私はルビコンと変わらず必要なら殺す」

 

向けられた目を私は見ていられなかった。

油断すると自分の首が落ちるのではという錯覚がする。

あの音声を聞いた時のイメージが明確に今の彼女に投影されてしまっていた。

 

私は無理矢理に目をカイザー理事へと向ける。

先生が居なければ死んでいたはずのこいつは、今は俯いたまま震えていた。

私はそれだけ怖かったのだろうと思う。

 

今彼女が目の前に居るだけでこれだけ怖いのに、それを直接向けられたこいつが味わう恐怖はどれほどのものなのだろう。

学校の事で恨む気持ちはありつつも、私は素直に自業自得とまでは思えなかった。

 

 

 

けれど────

 

 

 

「フフフフフ、クハハハハ」

 

 

ホシノ先輩と、そして先生と彼女を見て、笑いだした事で、私はこいつが恐怖に震えていたのではないと理解した。

 

「何がおかしい」

 

先生が厳しい口調でカイザー理事へと詰める。

その問いかけの答えは、不自然な風切り音とジェット機のような音が答えてくれた。

 

「先生! 何か来る!」

 

私がそう叫ぶと、アヤネがアビドス砂漠の方を指さした。

 

「あれです! って……何ですかあれは!?」

 

人型のロボットが飛んできている。青炎をブースターから出して、朝の空を飛ぶそれは流星のようにも見えた。

ロボットが、カイザー理事を庇うように彼女の前に立つ。

 

「お前たちの戦いが激しくなったからと呼んでおいてよかった」

 

立ち上がった理事が、持ち直したのか余裕そうに胸を張りながら言った。

ロボットを見ていた彼女から、苦々しげな声がした。

 

「アイビス……解析は3割満たず、データごと機体も爆破したはずだ……」

 

いつかの地下での出来事なのだろう、爆破されたそれが再現されているという疑問に、カイザーはこともなげに言った。

 

「バックアップは取っておくものだろう? 以前の戦場では一か所潰せば終わりだったのかな?

そんな甘いリスク管理しかできない企業の相手をしていて、我々を同じとみていたなら……心外だな」

 

「黙れ、所詮こいつも劣化品、大きさは三分の一、人型で飛んできた以上変形機構の再現もできてない、私が潰せば済む話だ」

 

そう言った彼女の周りの砂煙が晴れる。

遠目で見えていた、彼女の黒い翼が、大きく大きく広げられていた。

 

「私は自由の烏、私の自由のために、この偽物と共にお前には消えてもらう」

 

「やってみろ、こいつらの相手をしてもらう間に、私は退却させてもらう」

 

ほぼ全滅していたカイザーの残った取り巻き達が私たちに銃を向けていた。

手こずりはしないが、逃げるだけの時間を稼ぐだけなら十分な数がいる。

けれど────

 

「ん、返り討ちにして、先輩には返って来てもらう」

 

「そうですよね! 全部返り討ちにしてやるんだから!」

 

「皆で戦えばどんな相手でも!」

 

「倒して見せます!」

 

そう威勢よく言った時だった。

ホシノ先輩が彼女とロボットの間に入って手をあげた。

 

「ううん、皆には帰ってもらうよ、私はこのままこいつらについていく」

 

そうして、先輩はそれでいいでしょとカイザーに確認を取る。

 

「ああ、いいとも、我々としてもこれ以上の被害は出したくないからな、こいつの性能を試せないのは惜しいが」

 

そう言って、カイザー理事は私たちに目を向けて残念だったなとでもいうように小さく笑う。

それに、彼女が駆けだした。もう問答する時間も惜しいというように。

 

「レイヴンちゃん、ストップ」

 

「ホシノ! 私は……え? ────あれ?」

 

けれど、その足はホシノ先輩にたやすく抱き留められ、地面へと力なく崩れ落ちた。

そのまま彼女は力の入らない自分の体を信じられないというように困惑の顔を浮かべる。

答えはホシノ先輩が言ってくれた。

 

「カイザーに捕まってから、脱出まで、無茶してないはずがないもんね。車椅子の方、多分危ないよ。レイヴンちゃん」

 

その言葉を肯定する様にメットが言った。

 

「先生、便利屋から連絡だ。ついさっきアイツの車椅子から大きな放電音があったらしい」

 

その言葉に、先生も苦々しい顔をした。

 

「危惧はしていたけど、このタイミングで……」

 

先生は目の前のロボットを見る。

彼女の世界の兵器の名前であろうアイビスと呼ばれたそれは、その巨体の各所に武装が並んでいるのが見える。

いつかマーケットで見た巨大戦車と同等の超兵器、さっきは威勢よく返り討ちなんて言ったが、私はその威勢に反して自分の足が重くなっているのに気づいていた。

 

 

 

────悔しい。

 

 

「どうする先生? このまま退くか? それとも無謀を承知で戦うかね?

そこの小娘の車椅子が戦っている間にどうなるか……私にはわからんなぁ」

 

ニヤニヤと笑うような声でそう言うカイザー理事を先生は睨む。

 

「まだだよ」

 

そう言って彼は黒いカードを取り出す。『大人のカード』先生はそれを宣言する様にカイザー理事の前に出す。

そうして差し出されたそれが、何か逆転の一手を作れるものなのだと私は考える。

けれど────先生は逡巡してそれをしまった。

 

「一旦退こう」

 

そして、悔しそうに、本当に悔しそうにそう言った。

カイザー理事はその様子を愉快そうに嗤う。

 

「そうだなあ! 大切な生徒を守るために、大切な生徒を見送らないといけないなあ。

約束通り、これで借金はなくしてやる。ありがたく思えよ!」

 

その言葉に先生は苦々しい顔をして睨みつけつつも何も反論できなかった。

そして、私たちも。

 

ただ────

 

「待って! 行かないでホシノ! そんなやつも、この偽物のガラクタも! 全部私が倒すから、だから行かないで!」

 

彼女だけが、自分の装備を、盾も、銃も持たずにカイザーの下へと歩いて行くホシノ先輩へそう叫んでいた。

その目にはさっきまでの鋭い光はなく、刺すような威圧もなく、あのラーメンを食べていたレイヴンがいた。

 

「ごめんね。来てくれて嬉しかった……本当に、嬉しかったよ。ありがとう」

 

そう言ってレイヴンの下を離れた先輩は私たちへも一度だけ目を向けて去っていく。

 

「レイヴンちゃんをよろしくね」

 

 

 

その一言を残して。

 

 

 

*****

 

 

 

ホシノが去っていく、友人が去っていく、私はそれに必死に手を伸ばそうとする。

けれど、その手は力なく空を切る。

 

(まって、待ってホシノ!)

 

友人をもう一度呼び止めようとする私の声は、もう喉からは出てくれなかった。

ああ、私はまた友人を取りこぼすのか……

 

自分で友人を手をかけることばかり経験してきた。

自分にある人の命を奪う力がそのまま友人の命を奪うところばかり見てきた。

相手にも譲れないものがあったから、私にも譲れないものがあったから、そんなことばかりしてきた。

 

ルビコンでの私の普通はそれだった。人を殺して、コーラルを求め彼と共に歩む。

そんな日常の先のキヴォトスでの日々は、これからの日常は違うんだと思ったんだ。

(ウォルター)の望む普通を、新しくできた友人と共にきっと歩めるんだと思っていた。

薄まった感情を呼び起こしたルビコンの日々、その感情で苦しい思いをした日々が変わると。

 

今回は、今回からは、きっと助けられると思っていた、願っていた。

私の命ばかりを奪う力で、初めて友人を助けるのだとそう思ったのに。

 

どうして、私は肝心な時に上手くいかないのだろう。

コーラルを手にしようとした時、あのクソ中間管理職(スネイル)にしてやられたように、今回はあれのもどきのような奴にしてやられて、せっかく脱出までしたのに。

私は、嘗ては主人に脱出を助けられ、そして、今回は友人に彼女(エア)の紛い物から助けられている。

 

失意の中で、意識が朦朧とする。

私へ駆け寄る。先生と、皆の顔を見る。

 

心配そうな先生の顔と、心配だけれども少し怖がるようなな皆の顔。

車椅子がどうのと、言ってくれてたっけと私は思った。

 

きっと、皆にバレてしまったんだろう、車椅子の私のこと。

そして、止めようとした時のことからも知ったんだろう。私の過去の一端を。

 

ああ、私は失敗したんだ。二度目の失敗をした。

もうしないと思ったのに、あの中間管理職もどきに鉛の授業料を叩きこんでやると思ったのに。

 

薄れる意識の中で、私は二度の失敗を誰に言うでもなく侘びていた。

 

(ごめんなさい……私の力不足で……ごめん……なさい)

 

失った主人にだろうか。去っていく友人にだろうか。それとも、自分で手にかけた彼女(エア)にだろうか。

ただ、私はこの悔しさと申し訳なさを、誰かに許してほしかった。

 

意識が朦朧とする。浮かぶような感覚の中、私は砂漠に立つ彼女の偽物を眺めていた。

 

 





個人的解釈:大人のカードは現状の描写上、因果律や時系列を無視して、己の時間を代償に縁故のある誰かを代償時間分呼び出す、もしくは誰かを消費した時間分回復させるものと考えてます。
新しい情報でこの展開ダメになるかもしれないけどここはそう言うものでよろしくお願いします!!!
人は用意できるが物は用意できない感じ。

なので今回のレイヴンは身体的回復じゃないのでダメ(車椅子とレイヴンの体は自然回復しない、できない)
偽物エアちゃん号を倒したところでレイヴン(車椅子)が無事ではないので大人のカードはダメなんですねぇ!

ただ、今回の先生が居ないとハッピーエンドにならないので先生はやっぱり特異点の予定です。

※文章中レイヴンがほぼ全部彼女になってるのはそういう文章と思っていただければ幸いです。
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