よろしくお願いします。
暗転したシッテムの箱が復旧した時、先生が覗いたアロナのいる教室には既に誰もおらず、アロナはあわあわと今見た光景について一生懸命に先生に伝えたのだった。
「そっか、女の子が」
一冊の本を見知らぬ女の子が置いていった。
白い髪の綺麗な女の子でした! と言う彼女の言を聞いて直感的にレイヴンの関係者だと考えた。
彼女について知ろうとしたら出てきたなんて、状況が都合が良すぎるがよすぎるとしか思えなかった。
先生はシッテムの箱から移動した空間……青空の浮かぶ教室でアロナから件の本を受け取っていた。
「教えてくれてありがとう」
そう言ってアロナの頭を撫でながら本を見る。
題名の無い黒い装丁の本は中身はほぼ真っ白だった。数少ない書いてあることといえば、表紙のつぎ、目次のページに下記の文言がある。
曰く────
『真の複製を烏の下に』
そしてその下には手書きの文字があった。
細く、線がキッチリと整えられた字。
『彼女の危機と求めに』
レイヴンを助けるための物だと予め開示されている。
だが、同時にこの文言が意味することが真実ならと彼は思う。
「なんで今はなにもおきないんだ?」
それともすでに起動してる? 今はちょうどレイヴンの危機では無いのだろうか。
先生はページをめくる。白いページには何もない。
「これは……」
「なんて書いてあるんでしょう?」
はずが、一人だけ読める生徒がいた。
「アロナ……読めるの?」
「はい!! でも……難しいですね」
そう言ってアロナは胸を張った。
先生はそこで思い出した。あの読み出し用の機械を教えてくれた音声のことを。
「これも……生徒ならってことかな」
先生はそう予測する。
大人には見えない文字……そうだとするなら、ヒントになり得るかもと彼は考える。
「レイヴンのACへの接続は続けられる?」
もう一つ進めようとして作業に対しても先生は問いかけた。
アロナは少しむむむとなにやら念じてから首を振った。
「あれー? ダメですね……非常電力に接続できなくなってます……確かにまだエネルギーは余裕があったはずなんですが。
物理的に遮断されたとかでしょうか……そんなことあり得るんでしょうか」
「そっか……ACには接続するなってことなのかな」
踏み込もうとした瞬間阻まれたと彼は感じる。
突然現れた女の子の目的が分からない。
情報を妨害しただけならレイヴンの危険を助長しているようにも感じる。
ただ、そういう訳ではないと先生は考えていた。
あの生徒にしか聞こえない音声がレイヴンに当てたものなら、あれは生徒にレイヴンのことを伝えるためのもの。
踏み込むことにその子なりの基準があるということだろう。この本の存在もあるなら。
「この本も別の役割があるってことかもしれない」
先生は思考をアビドスへと向ける。
「アロナ、この本は一度みんなにも見せてみるよ」
「わかりました。私はさっきの次元の揺れを詳しく観測できないか試してみます」
そう話して、教室からコクピットへ戻った先生を待っていたかのように、アビドス全体へ通信が入った。
*****
「レイヴンが怖いか?」
その率直な問いかけに私は素直に頷けませんでした。
彼女が不自由に動けない方がいいなんて、車椅子生活かもと聞いて安心した自分を認めたくありませんでした。
けれど───
「私は怖いよ。けど、コイツが車椅子なら、私は怖くない。何もできないからな」
メットさんはそうあっさりと私に明かしました。
私は彼女の顔を見ます。何処か少年っぽさも感じる彼女の瞳は車椅子のレイヴンさんを見つめていました。
そして、私の方を向いて肩を竦めた彼女は気まずそうに笑う。
「それに、私は二回ボコられてるしな」
そうだったと私は思い出しました。
すっかり馴染んで仲間と感じていましたが、元々はヘルメット団として私たちを襲って来ていたのでしたっけ。
車椅子を見る時も私に指示をしてくれていましたから、レイヴンさんが怖かったと言ったのを私は少し意外に思いました。
「メットさんはすごく冷静に見えていました」
そう私はこぼします。
「きっと怖がってなんかなくて、レイヴンさんを心配してるんだろうなって」
この人はこんなに凄いのに自分がホッとしてしまった事が信じられませんでした。
車椅子の、今は朦朧としているレイヴンさんにさえ恐怖を感じてしまう自分が情けなく思えていました。
けれど、メットさんはそんな私に首を横に振りました。
「いや、めっちゃビビったよ。ボコられてた時の怖さなんて屁でもないと思った」
「なら、どうしてそんなに……」
平気そうなんですかとまで私は言えなかった。
『平気』なんて私は何かレイヴンさんを化け物か何かみたいに言っているみたいに思えました。
けれど、そう思っていたから、メットさんが言ったことに驚きました。
「平気じゃないよ、こんな人外じみたやつ怖くないほうがおかしい」
「へ?」
認めてしまうんだと思いました。人に対して、人じゃないなんてなんて酷いと私は思っていました。
けれど、メットさんはそれを言って、間の抜けた声を出した私にいたずらっぽく笑いました。
「当たり前だろ、自分が逆立ちしたって敵いっこない、左手にはいつでも自分を殺せる武器を持ってる。そんなの怖くないわけないだろ?」
「でも、じゃあどうして!」
私はメットさんの態度がよくわからなくて思わず詰め寄りました。
けれど、メットさんはそうした私をどうどうと宥めながらなんてことないように言いました。
「『言葉を解す獣』ってのもいるってことだ」
メットさんはそう言って車椅子のレイヴンさんの方を見ました。
「先生の居た外の世界じゃ軍人になったクマも居るらしい。
そんなのに比べたら受け答えできる分レイヴンの方が友好的じゃないか?」
「でも、そう思ったとして……怖いままでどうしたらそんな風に……」
そう問いかける私に、うーんと唸ったメットさんが言いました。
「そうだな……いつか死ぬなら、気分良く死にたいんだよ」
そう言って、メットさんは話してくれました。自分の今までを思い出しているのか遠くを眺めるような目をして。
自分の中の確信を確かめるように。
「私はさ、ヘルメットだったろ? しかも下っ端、立場なんてよくない。
チャンスをアビドスに貰っただけで、私は失敗したらもうやり直せないんだ。
だから、後悔しないようにって思ってるんだ。
───レイヴンを怖がって、動かないでいてアビドスがつぶれたら、きっと後悔する。
───レイヴンを怖がって、レイヴンと話せないでいたらレイヴンと話してた仕事がうまくいかなくて、きっと後悔する。
───レイヴンを怖がって、逃げたり、別の学校へ行こうとしたら、私は元ヘルメット団だ、きっと後悔する。
それだけなんだ。今までヘルメット団になってウジウジ決めるのを怖がって、後悔してきたから」
だからさ、とメットさんは立ち上がって私に目を向けて言いました。
「これは人生だ、上手くいかないこともある。だからこそ、笑える選択を……な?」
「怖くていいのでしょうか」
俯いてした言葉、それは罪悪感の吐露でした。
私は、きっと私はメットさんが言うだろう言葉をわかっていて、それでも言いました。
それを誰かから与えてもらうことで、進めることもあると思うから。
「いいんだよ、怖くて」
私は一度息を吐きます。そうして私も立ち上がって車椅子の彼女を見ました。
次に、その隣で力なく横たわる彼女を……レイヴンさんを見ました。
二つの体に目を向けて頷く。
「ありがとうございますメットさん。私、後悔しないようにしたいです」
「ああ、そうしな」
そう言ってくれたメットさんに、私はしっかり返事をした。
私の顔は……怖いのを受け入れて、歩むことにした私の顔は笑えていたと、思います。
「ん」
そうして二人で話したところで、メットさんが端末を取り出しました。
そして、私にも画面を見せながら言いました。
「先生や、皆に連絡するぞ」
*****
「そう、そんなことがあったの」
伝え聞いたレイヴンの過去を聞いた。あの車椅子の体で行っていたことを。
そして砂漠であった一件、レイヴンがカイザーの理事へ向けて明確にした殺すという選択肢をとったことも聞いた。
最後に、アビドスのネットに一応で保存したというその音声……レイヴンの過去とあまりに軽い命の音も。
「彼女をどう見たらいいのかわからなくなった」
そう、アビドスのシロコさんは言った。
私は彼女たちの感じたことを否定することはできなかった。
砂漠での一件でも半ば予想していたし、ある意味私はその可能性を知っていた分衝撃は少なかったとも思えた。
だから、彼女たちのその顔も、その態度もある意味で当然のことと思う。
自分の死をイメージして恐怖しないものなんていないと思うもの。
そして、それを与えてくるかもしれない存在を恐れることも。
「もし、あの光の剣がカイザー理事ではなく、私たちに振るわれることがあったら?
いい子だと、思っています。いいところも、かわいいところも知ってます。でも、それでも……」
「それがないなんて、言えないじゃないですか……」
そう、残った二人、ノノミさんとセリカさんがそう言った。
怖いけれど、いい子だから嫌いになったりできない。
可愛い子だから仲良くしたいけれど、もしもを想像してしまう。
そして、音声を聞いた私が感じている以上のものを彼女たちは砂漠で見たのだろう。
私は信頼する社員たちへと目を向ける。
カヨコやハルカが真剣そうなのは当然として、ムツキも今回ばかりはしっかりした表情をしていた。
私は思う、自分がアビドスの人たちの立場だったらどうなのだろうかと。
自分の目の前に、光の剣を振るおうとする、レイヴンがいたら?
もし、アビドスに手を貸すと言った一件の時に、彼女が銃じゃなくてあの剣を使えたら?
もしも、私が屈さなければ……迷いなくといったところだろう。
一つ、息を吐いて、私はどう言葉をかけようか迷う。
私自身、その彼女たちの
『恐怖には打ち勝ってこそだと思うわ!!』……駄目ね。打ち勝ってなんてそんなものは彼女達だってわかっているもの。
『恐怖することは仕方ないと思う、いいところを意識して……』駄目よ、毒にも薬にもならないようなこと。
『そんなこと、きっと起きないわよ! レイヴンはいい子でうちの新入社員……』これもいけない、否定できないと今自分で思ったところなのに。
私は悩んで、この子達を私の言葉で何とかするなんてできないと思った。
だから、だから、私に言えることがあるとするなら……
「私は……彼女を怖いとは思えないわ」
私の思いを伝えるだけ。
「それはどうしてですか?」
ノノミさんからの問いかけ、それは当然の疑問だと思う。
さっき私が思い出した交渉の場面だって、私はその場になればすごく怖いと思う。
けれど、それでも、どうしても、彼女を怖いなんて思えないのだ。
「砂漠で聞いたの、彼女の恩人のことと、その恩人への彼女の思いを」
そうして私は話していく、彼女から聞いたウォルターさんの話を。
「レイヴンの恩人の話を聞いたわ、自分の使命を全うして亡くなったそうよ……」
彼女から聞いた人、彼女に遺志を残した、おそらくは私が憧れるに足る人物。
あの砂漠の施設に行った時の問いかけは、レイヴン自身のことだったんだと今では思う。
「自分の父親が行っていた危険な遺物を消すために活動していたらしいわ」
自分の身内から出たその危険なものを彼はどう思ったのだろう。
消すためというだけあって、きっと、きっと強く責任を感じていたのだと思う。
「その中でレイヴンも、戦場に送られたそうよ」
そして、彼が使命に殉じて、そのためにレイヴンやレイヴンの先輩と聞いた人たちを雇っていたなら。
レイヴンを引き取るとした彼はどういう思いだったのだろうか。
「仕事の後は彼女をねぎらい、褒め、体調の心配もし、休むようにも言う。最後には『お前の意思に従え』と彼女の自由すら認めたわ」
死にかけの子を助けて、それでも使命のために使いつぶすような場所に送らないといけない。
自分に出来るのは労って、声をかけて、褒めて、心配をして、それしかできない。
せめての最後の自由を与えるなんて、彼にはきっと当然の思いだったのだろう。
「彼女はそんな彼の想いを引き継いだそうよ」
私だったなら、私だったならきっと、そんな自分をなんて最低な奴なのだと思うだろう、無力な自分を責めてしまうと思う。
だから、自分の残してしまった全てを清算してくれた彼女にとても、とても感謝したと思う。
「そうして、彼女は戦って、彼の遺した危険なものをすべて消して、その後にキヴォトスに来た」
レイヴンを助けて、自分の父親の関わった危険なものの清算をして、レイヴンに後の人生まで残して。
こうして話して、やはり思う。なんて生き様! なんてハードボイルド! なんてアウトロー!
素晴らしい、素晴らしいわ!
きっと話に聞くあなたなら、そんな私を嫌がるとは思う。
でも、そう思っても、やはり私は憧れる。
「彼女は、彼が生きてほしいと言った普通の人生を生きたいと言ったわ」
そうしてあなたの望んだ人生を彼女が求めているという彼女の、あの目を────
『私は人生を勉強中なんです』
───あなたの言う普通を遠く見つめて私に笑いかける彼女の目を眩しく思うから。
憧れの彼の遺志を引き継いで、彼の望む人生を生きたいと思った彼女を、あなた娘のような子を、怖いなんて思えない。
「そんな彼の……親の願いを叶えたいと願う彼女がどんな人間であったとして、怖いなんて思えないわ」
私の話を聞いて、アビドスの人たちは俯いた。
私の想いはどう届いただろうか。怖くないと思う私の心は彼女たちに伝わっただろうか。
そう思って彼女たちを眺める私に、セリカさんがポツリとつぶやいたのが聞こえた。
「本当にラーメンも普通の食事も、初めてだったのよね」
彼女は顔をあげた、バイト中のいつもの彼女らしくまっすぐな瞳が見えた。
「私、レイヴンのこと信じることにします。彼女はずっと私たちの味方でいてくれたから。
だから、自分にレイヴンがそんなことするはずないって信じることにします」
それを聞いて残りの二人も頷いたのが見えた。
「そうだね。レイヴンは仲間だから、怖いのはそうだけど……それ以上に」
「助けてあげないと! ですよね」
そうして三人が笑いあったのを見て私は胸をなでおろす。
空に向けて心で叫んだ。
(やったわー! 見たかしらウォルターさん! レイヴンのこと、任せて頂戴ね!!!)
*****
「うまくいって良かった」
「さすがアルちゃんだよね」
そう言ってムツキとカヨコはうんうんと頷いた。
きっと社長なら何とかしてくれると二人は信じていたのだ。
それにしてもとムツキが言う。
「本当にレイヴンちゃんそんなひどいとこにいたんだね」
「そうだね、まあ予想はついてたし向こうの事情もあるんでしょ。今がそうじゃないなら、私は社長に賛成」
「うん。私ももちろん賛成だよ」
そんな話をしなが二人は便利屋最後の一人……ハルカに目を向けた。
社長が話し出してから、思い出すように目を細めてぎゅっと胸に手を当てて聞いていたのを二人は見ていた。
「ハルカちゃん?」
「は、はい! 何でしょう?」
「ハルカはどうだった? 社長の話聞いて」
その問いかけにハルカは少し考えてから一度頷いて二人に向けて言う。
「素晴らしいと思いました。私も、レイヴンさんとやっぱりもう一度しっかり話して、彼女のこと聞いてみたいです」
その答えに、二人は頷いて、ムツキがアルの方へ目を向ける。
「アルちゃーん、話終わったのはいいけれどさ、この後はどうする?
攻めてくるまでできるだけトラップ増やしちゃう?」
「え、あーどうしようかしら……」
そう言って、アルが悩んだところにだった。
『おーい、便利屋、連絡……ってシロコたちも一緒にいるのか』
メットからの通信がカヨコの端末に入った。
その通信にアルは問いかける。
「どうしたのメットさん、何かあった?」
その言葉に、メットは少し考えてから、彼女が好きそうだなと思って、いたずらっぽく聞いてみる。
『アル社長』
「……何かしら?」
「いい知らせと、悪い知らせ……あと凄くいい知らせがあるんだ。どれから聞きたい?」
この本で一応考えていた小道具系はもう出ない予定です。
アルの気持ちをうまく表現できたでしょうか、不安だ……
※アビドスのアルの話を聞いたがわの回はまた別にやる予定。
一応メットとアルはレイヴンに対しての気持ちが別の想定です。
メットは怖いけどそれはそれって考えですがアルは怖いと感じてないタイプです。
レイヴンにされたことは怖いけど、レイヴンは怖くないみたいな。