よろしくお願いします。
「いらっしゃい」
いつもの無表情ながら、その突然生えた犬耳と翼を楽し気にピコピコと揺らしながらレイヴンさんは私とウタハ先輩を迎え入れてくれた。
やっと健康……とは言い難いけれど、命の危険のなくなった車椅子の体を隣にして彼女は椅子に座る。
用意してくれた私たち用の椅子に座って、レイヴンさんを見れば首をかしげて彼女は私たちに問いかけた。
「話したい事ってどうしたの?」
本当に、表情以外は感情の豊かな子なのだと感じる。
私はさっきエンジニア部と先生も一緒に話したことを思い出しながら彼女に伝えていく。
「君の体と、これのことについて話したくて」
「これは……あの記録媒体と本?」
レイヴンさんの車椅子を直したときに使った先生の持ってきた設計図の本。
そして、キヴォトスでの物品に対応する物品を示す音声の入った媒体。
先生曰く、生徒にだけ読んで聞こえる二つの記録媒体は、今回の一件で、レイヴンさんの命を救うのに最も役に立ったものと言って過言でなかった。
これがどうかしたのかと言いたげな彼女にウタハ先輩が続けた。
「君宛てだったらしいね。勝手に聞いてすまない。
本は設計図、記録媒体は物品についての音声だった」
そう言って詳しく続けていく。
設計図はレイヴンさんの世界の物品の設計図と思われること。
音声はキヴォトスでのそれを作るための物品がわかること。
そして二つとも生徒でなければ聞いたり読むことは不可能なこと。
けれど、それを説明したところまででレイヴンさんは不思議そうに記録媒体を眺めて言う。
「私には音声は聞こえなかったんだけれど……」
「そうなの?」
予想と外れた答えに私は聞き返した。
生徒には聞こえるとされた音声、もちろんレイヴンさんも聞いたものと先生も私達も思っていた。
私の問い返しに頷くレイヴンさんをみてウタハ先輩は少し考えてから指を立てた。
「レイヴン、こっちは試したかな?」
そう言って先輩が指したのは車椅子のレイヴンさんだった。
そういえばとレイヴンさんは首を横に振る。
「物は試しだ」
そう言ってウタハ先輩が車椅子のレイヴンさんの方へと歩み寄る。
私が残される方の体を支えながら車椅子の方を見れば、移動の終わった彼女がウタハ先輩の再生する端末へとしっかり目を向けているのが見えた。
本当に、タイムラグも無しで移動して遠隔で体を動かしているんだと私はあらためて実感する。
キヴォトスに来てもう一つの体を得たこと、どういう理屈でそうなっているのだろうと私は考えてしまう。
そう、思っている間に、私の手がポンと叩かれた。
いつの間にか返って来ていたレイヴンさんが私を見ていた。
「設計図ってやつの方、見て良い?」
「え、ええ。もちろん」
そうして渡した設計図の本を見て彼女は口を開いた。
「おそらく、これも車椅子の私でないと読めないみたい」
そう言って彼女は私とウタハ先輩、それから車椅子の自分を見つめる。
この三つに共通するものが何かがあるから見れるはずとは思う。
けれど、それが何なのか今の状況からはわからなかった。
そんな中でウタハ先輩がふむふむと何度か頷く。
「有力なのはヘイローの有無だろうが、今は君もあるからね」
そう言って示されたレイヴンさんの頭には確かにヘイローが浮かんでいる。
最初に会った時は確かに無かったそれが共通項なら、自由に動ける方で読めないのがおかしい。
「先生から聞いた話、設計図はレイヴンさんのAC……だったわよね? に乗った時に貰ったらしいわ」
一応先生から聞いた話も共有しておく。
白い髪で赤い目の女の子が来て、これを貰ったと。
けれど、レイヴンさんはそれにも首を傾げた。
「私の関係者というのが自然だけれど……白髪、赤い目の知り合いなんて居ないし」
つまり、何処かでレイヴンさんの技術を知った人がいるということだろうか。
「レイヴンさんはカイザー以外でレイヴンさんの技術を持った人に心当たりはないの?」
その私の問いかけに、レイヴンさんがゆっくりと考えながら話してくれた。
「黒服っていうやつがいる。カイザーの情報源で私の技術を持っていたやつだ」
******
「お待ちしておりました、先生」
黒服は部屋へと入って来たもう一人の男へとそう言った。
シャーレの先生と名乗るもう一人の特異点、どんな人間なのかと話せる機会を待っていた。
レイヴンというもう一人の特異点とは別の人間……少女でない、大人として。
「あなたとは一度こうして、顔を合わせてお話ししてみたかったのですよ」
そう言って黒服は部屋のデスクへと腰掛ける。
彼を見つめる先生は警戒する様に黒服へと目線が向けられている。
アビドスの防衛戦が終わった後、自分の部屋に置かれていた一枚の紙を見て彼はここに来ていた。
位置を示すだけの単純な内容の書かれた宛名のないその紙は、彼が足を運ぶには十分な理由があった。
レイヴンが地下で手に入れたパルスブレードと記憶媒体、その二つと共に置かれていたという黒い紙と同じものだったから。
彼は紙を呼び出しと知りながら、レイヴンにも手を出し、カイザーに置かれていたことからホシノにも関係があるとして、今この場にいる。
黒服は、自分を見つめる先生へ向けて、その黒い顔に映る、白くひび割れたような口に笑みを浮かべて、先生へと言葉を並べる。
「連邦生徒会の呼び出した不可解な存在。
オーパーツ『シッテムの箱』の主であり、連邦捜査部『シャーレ』の先生。
あなたを過小評価する者もいるようですが、私たちは違います。
……まず、はっきりお伝えしておきましょう。私たちは貴方と敵対するつもりはありません
むしろ協力したいと考えています」
レイヴンへの協力は断られた今、彼はその手を先生へと向けている。
だが、先生の中での結論は既にある。彼はその黒服の言葉を遮るように確認した。
「君たちが……カイザーの言っていたゲマトリア?」
その言葉を聞いて黒服は目を細める。あの男はそんなことも掴まれていたのかと、自身の方針転換が正解であった考えながら頷く。
「はい、適切な名前があったため、拝借して使っております。私のことは『黒服』とお呼びください」
そうしてその黒い顔に映ったひび割れの笑顔をゆがませて、彼は先生に自己紹介を続ける。
「私たちは、観察者であり、探究者であり、研究者です。
貴方と同じ『不可解な存在』だと考えていただいて問題ございません」
そう主張する黒服を見つめながら、先生は問いかける。
「レイヴンのこと、どこまで把握している?」
それは自身が出来る限り踏み込むと決めた生徒について。
あのブレードの持ち主を考えれば、カイザーの情報源がこの男であると先生は考えていた。
ACが動かない今、レイヴン以外での聞ける相手に向けて彼は探りを入れる。
黒服はその問いかけに答えない。
すこしお互いを観察する様に見つめてから、一応と確認をつけて問いかける。
「ゲマトリアと協力する気はありませんか?」
黒服自身、ここまでの彼の行動で既に答えの半ばわかっている問いかけだった。
そして、その予想の通りに彼は言った。
「断る、微塵もない」
「……左様ですか」
そうして、その言葉を聞いて残念そうに言ってから言葉を続けた。
それは彼に問われた質問について。
「レイヴンについて……貴方の期待している過去については存じ上げておりません」
それは先生の期待していた答えではなかった。そして黒服の実情でもある。
彼はあくまで彼女の個としての特性部分のみしか把握していない。
あくまで彼が持っていたレイヴンの技術はいつかレイヴンに話した通り、契約によって得られたものだけだった。
「彼女という存在は貴方と同じ、不可解なものです。同時に危険なものでもあります」
そう告げて黒服は先生へと言葉を向ける。それを勧誘の理由にも紐づけて。
「我々が知るのはその力のことのみ……その知識もあなたに協力していただければお教えできます」
「必要ない。自分の大きな力について、彼女は理解している。彼女の過去以外お前に求めるものはない」
その答えを聞いて、黒服は首を傾げた。
「本当にそうですか? 彼女について彼女はどれほど知っているのでしょうか。
二つの体の意味は? 機械の体がどういうもので構成されているかは? あのヘイローがなぜ浮かぶかは?
この世界に来たのはどういう経緯で? 我々が考える彼女の力とは単純な戦闘力ではありません」
いいですかと黒服は先生へ念を押すように告げる。
「彼女の力はそんなものではありません、彼女はキヴォトスを破壊する爆弾と相違ありません。
いつ爆発するか、誰にもわからない。我々であればそれを管理し、制御し、安全に運用できます。
我々の誘いを断るということは、あなたにとって大切な生徒自身も危険に晒すのでは?」
けれど、その疑問にも先生は揺るがない。
「彼女の在り方は彼女が決めるものだよ。私たちが制御し、管理するものじゃない。
キヴォトスの破壊も、私がそんなことはさせない。私は彼女の銃を手放す覚悟を見た。彼女はキヴォトスを破壊しない。
お前たちが彼女をどれだけ危険視しているかは分かった。けれど、彼女は普通の女の子だよ。
運動が得意で、機械の体も動かせて、車いすで生活しているだけの普通を望む普通の女の子だ」
なによりと彼は続ける。
「彼女も私の生徒だ。彼女を攫ったやつらと手を組んでいた相手と手を組むつもりなんてない」
黒服は先生の目を見た。まっすぐに先生はそれを見つめ返す。
「今回の件、レイヴンが攫われた件についてはカイザーの独断です。
誤解をしないでいただきたい、我々はあくまでレイヴンに危害を加えたいわけではないのです。
アビドスの件……貴方の協力さえ得られるなら、このまま借金の肩代わりも可能です」
これは貴方にとっても良い取引なのではないでしょうかと黒服は先生に告げる。
けれど、それを聞いた先生の目に揺らぎはなかった。
「私の返答は変わらないよ。お前たちに協力をするつもりはない」
望む答えがないのならと先生は踵を返す。
アビドスの近くとはいえ、今は仲間も集めたい。レイヴンとゲヘナに行く約束もあると彼は急ぐつもりだった。
その背に向けて、黒服は問いかけた、彼の考えではそのアビドスについてもきっと聞かれると考えていたから。
「おや、アビドスの、ホシノさんについては良いのですか?
彼女は退学届けを出し、行方不明とお聞きしましたが……」
先生は顔を向けないまま扉に手をかけて端的に答えた。
「退学届けは問題ないよ。それに、私の生徒が見つけられないと思った?」
それは自信に満ちた言葉だった。
黒服に振り返らずに、彼は扉を開ける。
彼の携帯には黒服との邂逅の少し前に入った便利屋からの通知が入っていた。
『ホシノさんの携帯の反応を見つけたわ』
あっさり目の話で済まない……すまない……
黒服と先生が一番書いてて苦手ですね……先生あの人何考えてんだろ。
次回はやっとこゲヘナ回ですね!