ポケモン廃人ではないが、知らん世界に現れた推しに全力を捧げる 作:なんちゃってアルゴン
エンジョイ勢。
それは何事もほどほどにをモットーに、適度な熱量で適度に楽しむ人種の事を指す。
例えばポケモンと言うゲームに当て嵌めるのなら、ポケモン対戦や色違いや厳選作業に力を使うポケモン廃人とは違い、ストーリーや育成をマイペースにそれなりに楽しむと言った存在だ。
社会人の凍田理央は、その典型的なポケモンエンジョイ勢そのものだった。
「うぅ……グスッ……そうだね、またゼロからやり直そうねえ」
現在、彼女は自室のベッドに寝転がってニンテンドーSwitchの画面と向き合っている。
Switchの画面に映っているのは、ポケモン「ゼロの秘宝」のストーリー最終場面。
登場人物スグリと主人公との蟠りが解け、またゼロから友達になると言う感動的な場面である。
そして画面がエンディングへと移ったタイミングで、理央は枕元に置いてあるティッシュを連続で何枚も取った。
すでに顔は涙と鼻水濡れでグチャグチャで、口からは嗚咽と涎が漏れてしまっている。
成人女性として、セーフかアウトで言えば限りなくアウトな様子である。
「はー……ヤバかったよぉ、神シナリオじゃんか……。やってくれるじゃん、ゲームフリークゥ……」
何度拭いても、何度かんでも、今し方の感動を思い出す度に後から後から目から鼻から溢れて止まらない液体と格闘しながらも、理央の口からは自らがプレイした作品への賛辞が止まらない。
しかし、粗方それらが出尽くした事で次に襲ってきたのは虚無感。
好きなゲームを最後までプレイしてしまった事で終わりにたどり着いてしまい、もうそれ以上がないと言う一種の絶望感だ。
もちろん、ポケモンの捕獲や育成などやり込める要素はまだまだ残っているが、理央にとってはポケモンと言う名の物語がまた一つ終わってしまったと言う事なのだ。
理央は「はぁ……」と溜め息を吐いたが、彼女はゲームをプレイした事自体に後悔はない。
むしろ、素晴らしい作品を最後までプレイする事ができた事は、彼女にとって得難い経験だ。
しかし、だからこそ寂しいのだ。
「いっその事、本当にポケモンがいる世界だったらよかったのにな……」
そんな事を呟きながらゲームをスリープモードにして、明日の出勤に向けて就寝の準備を始めるのだった。
※※※
「……え? 自宅待機、ですか?」
次の日。
起床時間の1時間も早くスマホの着信音で起こされた理央は、着信元の部長に思わず聞き返していた。
「うん、そうだよ! 今はどの道出社できる様な状況じゃないからね……とにかく、自宅待機だ! いいね?」
「えっいや、待ってください! 何があったんですか?! 今日は出社ができない様な悪天候って訳じゃないですし、私は徒歩で通勤してるので交通機関の乱れも関係ないですし……」
「何って……凍田さん、まだニュースとか見てないの?」
「え? はい。部長からの連絡で起きたので……」
「今すぐテレビつけて! 早く!」
「は、はい!」
言われるがままにリモコンを手に取り、テレビの電源をつけた彼女の目に入ってきたものは────。
『ご覧下さい! 今ちょうど警察官5人がかりで、街中に現れた大きな未確認生物が捕まえられようとしています!』
「……は?」
画面に映っていたのは、いわゆる大捕物。
人の生活圏に入ってしまった鹿や猿などの野生動物などを捕獲しようと奮闘するお巡りさん達の姿だった。
一つだけ違う点があるとするなら、お巡りさん達が捕まえようとしている目標だ。
鹿や猿よりずっと大きく、すばしっこい。
狐の様な顔なのに赤と黒色の体毛で全身が覆われている、二足歩行の獣。
それは、まさしく────。
「……ゾロアーク?」
「……凍田さん? 大丈夫?」
「ぶ、部長! ゾロアークが! ゾロアークがテレビに出てます!」
「うわっ! お、落ち着いて! 君、あの生き物の事知ってるのかい?!」
「知ってるって言うか、ポケモンですよ! ポケットモンスター!!」
「ポ、ポケモン? えーと、確か孫が遊んでたゲームの名前がそんなだった様な……え? ゲーム? どう言う事??」
混乱する通話口の向こうの相手を置き去りにして、理央はチャンネルを次々に変えていった。
『繰り返しお伝えします。現在、多数の未確認生物が全国各地で確認されているとの情報が入っています。見つけても刺激せず、落ち着いてその場を離れて下さい。繰り返し────』
しかし、あのゾロアークの映像が流れていた番組以外は、どれもただ緊急を知らせる内容だけであり、具体的な内容はあまり映っていなかった。
居ても立っても居られなくなった彼女は、ベランダの窓を開け放ち外を覗きこんだ。
(電線にはポッポにスバメにアオガラス、外にはエネコにバタフリーにジグザグマにハネッコ……夢じゃ、ないよね)
思わず顔をつねったり叩いたりしてみても、景色が変わる事はない。
何となく辺りを見回してみると、いつも軒先に巣を張っている蜘蛛を見つけた。
目と鼻の先の道路には、ご近所で飼われている猫が歩いているし、電線には雀や烏が止まっている。
(元々の世界の生き物がポケモンに置き換わった訳じゃなくて、この世界にポケモンが加わったって事……?!)
「……田さん? 凍田さん! 大丈夫?!」
「は、はい部長! すみません、ちょっと気が動転してしまって」
「いや、無理もないよ。僕も似たようなものだからね……とにかく、今日は休業! また何かあれば連絡お願いね」
電話は「それじゃ!」と言う声と共に切れてしまった。
また暗くなった画面のスマホをベッドに放り投げて、これからどうするかを理央は考える。
遠方に暮らす家族に連絡? 安全確保? ネットやSNSで情報収集?
あれこれ考えた結果、まず最初にすべき事は────。
(うーん。とりあえず顔洗ってから考えよっ)
さっさと顔を洗ってしまう事だった。
【特性:超マイペース】
※※※
「あ、朝ごはんもないじゃん。買いに行かないとだ」
顔を洗い、歯も磨き終わった理央は朝ごはんがない事に気が付いた。
普段から平日の朝食は通勤途中にあるパン屋さんで買い、そのまま会社で済ませている彼女なので部屋に用意がないのだ。
夕食用の食材も、タイミング悪く切らしてしまっていた。
着替えと化粧をササッと終わらせた彼女が外に出ると、視界にはバタフリーやポッポなどのポケモンが数匹入った。
(すごい……本当にいる……。まるでアニメやゲームの世界に入り込んだみたいだ……)
本当なら飛び跳ねて近づきたいのが本音だが「ポケモンは怖い生き物です」と言うゲームの言葉を思い出し、グッと堪える。
そのまま下手にポケモンを刺激しない様に気を付けながら、目的のパン屋さんにたどり着いた。
「おばさん、おはようございます」
「あら、おはようリオちゃん! ねえ、ここに来るまで大丈夫だった? 変な生き物がいっぱいじゃない!」
パン屋さんのおばさんが慌てて近寄る。
「朝からずっとニュースでやってるのよ、未確認生物がーって! ……ホント、やんなっちゃうわ〜」
「私も上司から電話で聞いてびっくりしました! でも、ポケモンは下手に刺激しなかったら大体は大丈夫な子が多いんですよ〜」
「ポケモンって、あのポケモン?! ピカチュウとかの、あのポケモン?!」
「そうですそうです、そのポケモンです」と言った理央の言葉に、おばさんの口があんぐりと開く。
そして理央はと言うとマイペースに、会話が止まったのを見計らって注文を決めるのだった。
「んーと……じゃあ今日はメロンパン、クリームパン、カツサンドにアップルパイを一つずつにしようかなー」
「カヌヌ」
「……ん?」
「ヌッチャン!」
声のした方に顔を向けると、足元には鉄屑でできたハンマーを持ったピンク色の赤ちゃんの様なポケモンがいた。
【カヌチャン かなうちポケモン タイプ:フェアリー/はがね】
「リオちゃんどうし……ヒィッ」
「あっおばさん大丈夫ですよ〜。この子はカヌチャンって言う大人しい方のポケモンですから〜」
そう言って彼女はスッと視線をカヌチャンに合わせる。
興奮している感じはしない為、刺激しない様に落ち着いて情報を整理する。
見た感じ怪我をしてる様子はない。
グズってる様子もないから、親や仲間とはぐれてパニックにって訳でもない様子だ。
暴れる様子もない。
「はじめまして、私は理央って言うの。君、大丈夫? お母さんとかお友達とかとはぐれちゃったのかな?」
「カヌヌ……カヌ!」
元気良くショーウィンドウに並んだパンを指さすカヌチャン。
「……あれ食べたいの?」
「カヌッ!」
「……おばさん。さっきの注文、一つずつじゃなくて二つずつに変更でお願いします」
「え? いいの? リオちゃん」
「まあ、これも何かの縁ですし」
そう言って一度支払いの為に立ち上がった彼女は、もう一度しゃがんでカヌチャンの頭をそっと撫でると、気持ち良さそうにカヌチャンは目を細めた。
それを見たおばさんは無言で、レジ袋にミニクロワッサンの詰め合わせを追加して理央に渡した。
「え? あの、おばさん。流石にこれは」
「サービスよ。ポケモンの事、カヌチャンの事を教えてくれたお礼!」
そう言ってカヌチャンの頭を撫でたおばさんは、またいらっしゃい! と1人と1匹を送りだした。
※※※
「はい、どうぞー」
「カヌヌー」
パン屋さんからほど近い公園のベンチに1人と1匹は並んで座ると、揃ってパンを食べ始める。
特に会話らしき物はないが、その分ゆっくりとした時間が流れる。
カヌチャンの方は動きこそのんびりしているが一口一口噛み締めながら堪能している様だ。
一方、カヌチャンが夢中になってパンを味わっているのに対して、理央は食べるのもそこそこに頭を回す。思考を巡らす。
今の状況を少しでも良いモノにする為に。
(考えるべき事はいくつかある。一つ、私のいる地域的にポケモンで言うところのカントー地方に該当するはずなのにカヌチャンがいる事。二つ、今のポケモンが現れた世界の事。三つ、今後の身の振り方)
……。
(うん、まあ全部なるようになるでしょっ!)
【特性:超マイペース】
(カヌチャンがカントーにいる理由とか専門家じゃないんだから分かる訳ないし、世界にポケモンが現れてこんな感じな理由とかも私に分かる訳ないし、今後の事なんてもっと分かる訳ない! アルセウスのみぞ知るってやつだよね!)
※何かあったら大体アルセウスのせいにする人。
思考に区切りをつけて本格的にパンを味わおうとした時、彼女の頭に突如として閃きが衝撃となって落ちてきた。
いや、最早それは天啓と言っても過言ではないレベルでの閃き。
そもそも、この世界に置いてポケモンとはフィクションの存在。フィクションの存在だった。
その存在が現実になったのなら、同じくポケモンのフィクションである自分の大好きなポケモン二次創作だって現実になる可能性だって0%ではないのではないかと。
(ポケモン廃人……サイゴク地方、ヒャッキ地方、その他のあれこれ……つまりは私が推してるヒャッキのあの方も?!)
「そこの女、動くな」
冷たい声に気付いたその時には、すでに首元に刃物が当てられていた。
思わずそれまで舞い上がっていた彼女の思考がピタッと止まり、頭が真っ白になってしまう。
まるで急激に重りをつけられ固められた様に、理央は身体を硬くした。
そして目線を横に向けると、今し方友達になったカヌチャンも同じ様な状況に陥ってしまっている。
「少しでも余計な真似をしてみろ、身の安全は保証しないぞ」
「命が惜しいなら、あたしらの前で妙な真似しないこった」
直ぐ後ろから一切の遊びのカケラもない声色で忠告される。
(こ、怖い……それに、私だけじゃなくてカヌチャンまで……私のせいで……)
彼女が自責の念に駆られていると、周囲の温度が急激に下がってくるのを感じた。
そして半袖で大丈夫だったはずの暖かい陽気は、肌を刺す様な凍てつく冷気へとあっという間に変わってしまっていた。
おまけにいつの間にか、この時期に雪まで降り始めている。
明らかに異常事態だ。
「突然の非礼を詫びよう。何、大人しくしておれば命までは取らん」
強い吹雪の中から二つの影が現れ、徐々に近づいてきた。
一方は山伏の様な格好で犬のお面をつけている男。
一方は胸と手の甲からは氷柱のように透き通った棘が生えている、白い獣人の様な見た目のポケモン。
(うそ、あれって……もしかしてヒャッキ地方のルカリオ?!)
【ルカリオ(ヒャッキのすがた) いてつきポケモン タイプ:こおり/かくとう】
「こちらからの質問に二、三、大人しく答えれば解放してやる」
「わかりました……あの、すみません……どちらさま、ですか?」
「某はテング団"三羽烏"の一角、イヌハギだ」
(……えっ? うそ、私の推しカッコ良すぎない……控えめに言って、キュンなんですけど)