ポケモン廃人ではないが、知らん世界に現れた推しに全力を捧げる 作:なんちゃってアルゴン
──ポケモン廃人、知らん地方に転移した。
それは、理央にとって初めて夢中になって読んだポケモンの二次創作作品だった。
ポケモンと言う世界観をより深掘りする事で生まれる重厚な物語。
オリジナル地方、オリジナルリージョンフォームにオーライズと言った、胸踊る設定の数々。
そしてそれらを彩る魅力的なキャラクター達。
小説としての完成度もさる事ながら、その面白さは本家のポケモンに勝るとも劣らない勢いだ。
何度新作のタイトルとして発売されてほしいと思っただろうと、理央は思い出す。
そんな中、目の前のイヌハギが彼女に問うた。
「女、一つ目の質問だ。ここはサイゴク地方か?」
「……いいえ、違います」
「──何だと?」
(ヤバッ、イヌハギ様ったら超絶イケボなんだけど……)
サイゴク地方とは「ポケモン廃人、知らん地方に転移した」に登場するオリジナル地方の事だ。
日本列島の中国地方がモデルになっていて、他の地方と比べて人の力より自然の力の方が圧倒的に強いと言う特徴を持つ地方。
「ポケモン廃人、知らん地方に転移した」では、そんなサイゴク地方に転移した主人公が元の世界に帰る為に旅をしながらサイゴク地方の謎に迫って行くと言うのがストーリーだ。
(……あれ? じゃあ何でテング団の人達がサイゴクのモデルの中国地方じゃなくて、カントーのモデルの関東地方のここにいるの??)
テング団とは、とある理由からサイゴク地方と敵対する事になる、ポケモンで言うところの所謂「悪の組織」だ。
瘴気と言う有害なモノが蔓延する過酷な異世界にあるヒャッキ地方のテングの国を拠点とし、500年以上前にサイゴク地方に持ち去られた「赤い月」と言う秘宝を奪い返す為に、サイゴク地方に攻め込む背景を持つ。
(でも、下手に聞けないよなぁ……)
ただでさえカヌチャンと一緒に首元に刃物を突きつけられている状態な上に、イヌハギの傍らには原種と比べて冷徹なヒャッキのルカリオが控えている。
迂闊な事はできない。
「では二つ目の質問だ。ここは──」
「赤い月について知っています」
「ッ……何?」
それがどうした。
今重要なのは、自分の目の前で推しが困っていると言う事だ。
ならば、彼を推す身として助けになる為に何を躊躇う必要があるだろうか。
「おいお前……何を勝手に──」
「この世界で起きている事。この世界について。赤い月の正体。もう一つの秘宝の事。……私の知っている事は偽りなく全てお教えします」
「……その上で、貴様は何を望む?」
「私とカヌチャンの身の安全を。後、貴方のサインがほしいです」
「……は?」
「あの……私ファンなんです、イヌハギさんの……」
※※※
「──ルギアに、ホウオウときたか」
「はい、それがヒャッキから持ち出された秘宝の正体です」
何とか警戒を解かれ公園のベンチで隣に座ったイヌハギに、理央は己の知る全てを話していた。
今いる世界が今朝起きたらポケモンが現れる様になっていた事も、自分の知るポケモンについての事も、二次創作の中の存在でしかなかったサイゴクとヒャッキの事も、赤い月ともう一つの秘宝の事も全てだ。
「ルギアが風の力でヒャッキに蔓延する瘴気を吹き飛ばして、ホウオウが沈澱してしまった瘴気を炎の力で浄化する事で、かつてのヒャッキは豊かな状態だったようです」
「しかし、その2体がイデだかイデアなる者によって持ち出されたと……」
「はい。ただ、さっきも言った通りこの世界は今日になるまでポケモンが実在しなかった世界なので、この世界にヒャッキのルギアとホウオウがいるかまではわかりません」
「ふむ……」
イヌハギは思案する。
隣に座るこの女の発言を、どこまで受け入れるべきなのかを。
自己保身の為の与太話と切って捨てる事は簡単だ。
しかし、それでは説明し切れない事が多すぎる。
何より、何も情報がない状態から赤い月と言う単語が女の口から出た事は紛れもない事実だった。
「──イヌハギ様。この女の言う事を信じるおつもりですか?」
「ムカゴ。お前は信じられないとでも言いたげだな」
「……正直に申し上げて、眉唾も良いところです。それに、この女の我が身可愛さからでた出鱈目ではないと言う保障はどこにもありません」
無理もない話だ。
自分達の探し求めている秘宝の正体を、何の関係もないごくありふれた女が知っているなど胡散臭いにもほどがある。
そして何より、イヌハギの忠臣の一人であるムカゴと言う男は、用心深く慎重な性質だった。
「カヌヌー」
「うっま! 何だこれ! こっちの世界の食いモン美味すぎだろ!!」
「……ウラギク! お前、何を呑気に食っている?! 状況がわかっているのか!」
「あいっ変わらず硬いねぇムカゴは。状況も何も、そのねーちゃんが言った通り何だろ?」
「それを精査する前に鵜呑みにする奴があるか! お前は昔からそうだ! モンスターを操る腕は確かなのは認めるが、それ以外がお粗末過ぎる!」
「え〜悪かったって〜。幼馴染のよしみでさ、今回は大目に見てくれよ〜」
「お前、それが何回目だと思っているんだ!」
「……忘れた!」
「胸を張るな! 馬鹿者が!」
これまでのやり取りから理央は、この2人の関係性を何となく察していた。
フリーダムなウラギクと真面目なムカゴ。
多くを語るつもりは本人にもないが、理央のストライクゾーンにドンピシャな関係であった。
「えーと……よかったらイヌハギさんもパンいかがですか?」
「……そうだな、某もいただくとしよう」
※※※
(お面の下もイケメンで、私の好みにドンピシャだった……どんだけパーフェクトなのこの人……)
その後、結局全員でパンを完食した一同は、改めて今後の方針を固めるべく話し合いにかかる。
「えっと、まずはイヌハギさん。このお二人はイヌハギさんの部下って事で、信用できる方々って事で大丈夫ですよね? その……派閥的な意味で」
「そこまで載っているのか、お主が話していた作品とやらには……いかにも、我々は穏便派の者だ。他のテング団の者や三羽烏とは違う」
「……一度はテング団を牛耳る三羽烏のタマズサの強さに惹かれはしたが、結局は暴力ばかりな戦いの現状に嫌気がさしてな」
「あたしらは平穏がほしいんだ。もう争いばかりの毎日はゴメンだね」
それぞれの言葉に頷き合う面々。
今現在、テングの国ではまともな食料にすらありつけないと言う事が珍しい事ではない。
家族を食わせる為にテング団に入ったとしても、待っているのは暴君タマズサが主導する戦いに明け暮れる日々。
だからこそヒャッキの人々は無限の豊穣をもたらすとされた秘宝「赤い月」を求めたのだ。
「カヌヌ……」
「うん……」
理央は自分の気持ちが引き締まるのを感じていた。
元々は二次創作の、しかも敵対する側の事情だ。
正直な話、ポケモンが世界に現れて浮かれていたし、推しが目の前に現れて自分の知識が役に立つのならなんて思いでしかなかった。
でも今彼ら彼女らは、自分の前に全力でこの世界に存在している。今を必死に生きている。
「手伝わさせてください。ヒャッキを救うの」
自然と、その言葉はするりと口から出た。
「……それは憐みか?」
「いいえ。私がしたいと思ったから……いや、するべきだと思ったからです」
「生半可な道ではないぞ」
「ドンとこいです」
「命の保障はできないぞ」
「死なない様に頑張ります」
沈黙が空気を支配する。
カヌチャンが不安そうに声をあげるが、答える者はいない。
「……立ち合え」
「……え?」
「お前の覚悟を見てやろう。某と立ち合え」
それだけ言うと、イヌハギは距離を取る様に離れた。
そして腰に下げていた瓢箪を一つ取り栓を開けると、中から雪のような白い毛皮に覆われた子供の様なポケモンが飛び出した。
「アォン」
【リオル(ヒャッキのすがた) とうけつポケモン タイプ:こおり】
「……カヌチャン」
「カヌヌ?」
「私はあの人達を助けたい。──私の力になってくれる?」
「──ヌッチャン!」
理央の思いに答える様に元気良く鳴いたカヌチャンは、リオルに向かい合う様にハンマーを構える。
始まりはそのすぐ後だった。
「"こおりのつぶて"」
リオルから放たれた氷の礫が、カヌチャンを打ち据える。
「カヌチャン?! 大丈夫?!」
「どうした? 戦場ではお行儀良く相手は待ってなどくれんぞ」
「このっ! カヌチャン! えーと……"ようせいのかぜ"!」
「"でんこうせっか"で接近しろ」
妖精の力を乗せた風がリオルを攻撃するが、それを物ともしない電光石火の勢いでカヌチャンに向かって迫る。
「"メタルクロー"だ」
「カヌチャン! "つぶらなひとみ"!」
"つぶらなひとみ"を受けた事でリオルの攻撃力は下がり、カヌチャンの受けたダメージはそこまで大きなモノではなくなった。
だが攻撃を受けた数が多い為、体力に余裕はあまりなかった。
「距離を取れリオル。次で決めるぞ」
「アォン」
「カヌチャン、しっかり!」
「カヌヌ……!」
(このままじゃ"こおりのつぶて"で狙撃されてお終いだ……なら!)
「カヌチャン! "ようせいのかぜ"!」
「愚かな、さっきと同じだ! "でんこうせっか"!」
先程の焼き増しと言わんばかりの攻防、そして接近したリオルは金属の様に硬化した爪でカヌチャンを引き裂きに掛かる。
「──今だ! 受け止めて!」
「何?!」
理央の合図でリオルの"メタルクロー"を受け止めたカヌチャンは、がっしりとリオルを抑えこんでいる。
そしてそのまま──。
「カヌチャン! "メタルクロー"だ!」
鋼タイプ技でタイプ一致で威力UP。
氷タイプに鋼タイプの技は効果抜群。
高威力となった"メタルクロー"がリオルを吹き飛ばすのだった。
【イヌハギの リオルは倒れた!】
※※※
「──受け取るが良い。リオルの瓢箪だ」
「え……良いんですか?」
「そのモンスターだけでは心許ないだろう。某らの輩となったのだ、この先戦力になってもらわねば困ると言うものだ」
「……ありがとうございます、イヌハギさん! 私、頑張ります!!」
「……ん」
「じゃあ、早速カヌチャンとリオルを回復させてあげないと! イヌハギさん、ポケモンに使える回復道具って持ってますか?」
「ん、ある。少し待て」
一方その頃。
「ねぇねぇムカゴや、ムカゴさんや」
「何だ、ウラギク」
「さっきの、どう思う?」
「どうって、そうだな……初めてモンスターを戦わせたにしては、上手かったと思うぞ。最初の方こそもたついていたが、終盤では戦略的な指示が出せていたしな。まだまだ発展途上だが、味方になってくれるのなら心強いだろうよ」
「いや、リオの方じゃなくてさ。イヌハギ様の方」
「イヌハギ様? いつも通りだったと思うぞ。指示も戦略も問題あったか?」
「違うよ、その後だよ! ──イヌハギ様、なんか照れてない?」
「……何を言っているんだ、お前は」
「絶対そうだって! イヌハギ様に春が来たんだよ! あたし、ちょっとやらしい雰囲気にしてくる!」
「やめて差し上げろ馬鹿者!」
「ハァ……やはり先が思いやられるわ」