星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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序章
01話「隕鉄」


その夜、地獄は爆音と共にやって来た。

 

一撃。

凄まじいばかりの衝撃が大地を揺るがし、少年は文字通り、寝袋ごと中空に跳ね上がった。

驚く間もなく横薙ぎの衝撃波が到来し、小柄な体躯がみすぼらしい天幕諸共に吹き飛ばされる。

 

「があああああああああーっ!?」

 

訳も分からぬまま、蓑虫のように斜面を転げ、転がり落ちる。

頭上に覆いかぶさる天幕を押しのけ、ほうほうの体でかろうじて寝床より這い上がる。

 

爆音の威力が、突き抜けた耳の奥でまだ残響している。

砲撃か?とワヤになった頭で一瞬思った。

少年は別に、現実の戦場の過酷さを知っているわけではない。

だが今、我が身を襲った不意の一撃に対し、当てられる尺度が他に無かっただけだ。

 

熱い。

乾いた大気が、少年の両頬を容赦なくねめつける。

先刻まで少年の体を苛んでいた、高山の寒風は既に無い。

それに、深夜にしてはヤケに明るい。

目の前に立ちはだかる尾根の向こうで、何かが今、赤々と日の出の如く燃えている。

 

と、そこでようやく少年は、傍らに父親の姿が無い事に気が付いた。

マズイ。

不吉な予感がたちまち胸中を駆け巡る。

 

「親父殿ー!

 おい、親父どの! どこじゃあ!」

 

叫びつつ、少年が裸足のまま、一直線に丘稜を駆け上がる。

息が切れ、心臓が早鐘を打つ。

一瞬、苦い後悔が少年の脳裏を駆け巡った。

そもそもがこのような時期に素人が二人、人も通わぬ山中に籠る羽目となったのも、

いつもの親父殿の発作が原因だったのだ。

 

『ノヅチ! 星じゃ! 星の欠片が降りよるぞ!!』

 

いつかの朝、ぼうぼうの髭面をした親父殿が、童のように瞳を爛々と輝かせてそう言った。

そして、言うが早いか父親は少年が止める間もなく、半裸で市中に飛び出していた。

 

ああ、いつもの親父だ。

ああなってはもう親父殿は止まらぬだろう。

少年は取るものも取らず荷物をまとめ、半狂乱の父の姿を見失わぬよう必死で追いかけ、

そして、気付いた時にはこの山中であった。

それがよもや、このような事態になろうとは……

 

「お……あっ、ああ……?」

 

ようやく丘の上に到達した所で、どくり、と一つ、少年の心音が高鳴った。

息が止まり、言葉を失う。

地上の光景は一変していた。

見下ろした先にあったのは、天から現れた巨大なスプーンで、

稜線一つが丸々抉り取られたかのような巨大なクレーター。

蕭蕭と立ち込める黒煙の中心で、何かが赤く燃えている。

 

「ホー! ホー!」

 

どれほどの時間、呆然と立ち尽くしていたのだろうか。

彼方から響く狂乱じみた梟のような嬌声に、ようやく少年は我に返った。

見れば、大陥没を半周した向こう岸で、乞食じみた髭面が何事か大声で吠えているではないか。

 

「ホー! ホー!」

 

親父だ、マズイ。

あの狂態、完全に仕上がっている。

全身をバネで弾かれたかのように、少年は再び走り始めていた。

遠目にも分かるほど歓喜の極みに達したあの父親は、

次の瞬間にはその身を大陥没へと投じかねないほどの危うさに満ちていた。

 

「ホーッ! ハッハハァー!

 見たか! 見たかよ倅! 夢に見た通りじゃ!

 空が落ちたぞ! 星の一撃が天地の理をまんまと砕きおったわい!」

 

「わかった! わかったよ親父殿!

 俺の負けじゃ、頼むから落ち着いてくれ!」

 

「ええい離せい! このサイヅチは天に殉ずる定めナリ!」

 

ようやく追いつき、口泡を飛ばし、ワケの分からない事をのたまう父を、

後ろから必死で羽交い締めにする。

このみすぼらしい痩身のどこに、そのような膂力が残っていたのかと驚きが洩れる。

直後、足元の瓦礫諸共に体勢が崩れ、もつれあいながら、二人の体が斜面を転げ落ちていく。

 

「イギイイイイイー、うおじゃっ、アヂヂヂヂヂ!」

「ギャギャギャ!ここは地獄か!極楽か!」

 

地獄の底の一歩手前で、二人の体は辛うじて静止した。

むせっ返るほどの轟煙の中、羆の如き巨岩が眼前で赤々と輝き、

擦り傷だらけになった二人の肌を容赦なく焚きつける。

その身を丸ごと火床(ほど)にでも放り込まれたかのような錯覚が、傷ついた皮膚を容赦なく灼く。

 

「生まれる! 生まれるのか! でかしたぞミネよ!

 儂の子じゃあ、儂の玄翁を継ぐ倅じゃあ!

 この子は必ずや天下に鳴り響く槌振りになろうぞ!」

 

「ヂァ……何!なんだと!」

 

生まれるのか、俺が?

この目の前の、真っ赤に燃える羆の中から?

場違いな思考が脳裏を過る。

 

一族からも、世間からも見捨てられるほど鉄に狂うたこの男が。

自分が顔も覚えていない母の名を、未だ記憶の奥底に残していたとは……!

 

「ホー! ホー!」

 

狂人の咆哮に呼応するように、羆の如き巌に、ビシリ、と大きな亀裂が走った。

驚く間もなくドシャリと巨岩が崩れ落ち、

舞い上がる炎の中から、一際熱い、白色の太陽の如き輝きが瞳を灼いた。

 

「……ッ!」

 

生まれた。

惑星の欠片の中から、どろりと溢れ出した太陽は、

胎盤を破り這いずり出した赤子にも似て、少年の網膜から脳髄の奥まで真っ白に灼き尽くした。

 

「オオオ、天は……天は未だ、この槌振りを見捨ててはおらなんだ!!

 倅!せがれよォ!これなら打てるッ打てるのだ!

 世界は、時代は……この星の仔の誕生と共に運命が変わるのだッ!!」

 

泣いている。

嗚呼、親父殿が咽び哭いている。

だがその叫びも、今の少年にはどこか別世界の出来事のように感じられた。

この出会いの衝撃は、少年の心をそれほどまでに現実から置き去りにした。

 

けれど……、ああ、そうだ、彼の言う事は確かに正しい。

その狂喜を、予感を、哀しみを、狂人の戯言とは、もはや思うまい。

ばくん、ばくんと心の臓が全身を叩く。

この『星の仔』との出会いは、確かに今、

かつての自分とこれからの自分の運命を真っ二つに裂いたのだ。

 

いつの間にか振り出した雨が、天変地異のように大地を叩き始めていた。

 

ドジュウ――、と。

たちまち『星の仔』が高熱を発し、目も空けられないほどの蒸気がクレーターを包み込む。

これが星の産声だ。

降り注ぐ雨粒が、膨れ上がる蒸気の渦が、天地の全てが、今宵生まれた鉄の生命を祝福していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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