星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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10話「鉱樹」

霊銀(ミスリル)の名が人の世の文献に登場するのは、千年以上昔の年代記からである。

 

未だ皇都も統一王朝も無く、西方が小国乱立する動乱に喘いでいた時代。

初の大陸統一を成し遂げた英雄王が携えていたのが、かの霊銀の大剣であったと言う。

伝承によれば、人類史上最強の男が掲げた剣は、白銀よりも冴えた鋭い光を宿し、

一たび打ち下ろせば鋼をも砕くと謳われている。

 

近年ではその地金の描写から、英雄王の剣は霊銀ではなく、

小人族(ドワーフ)の鍛えたドワーフ鋼だったのではないかと邪推する識者も多い。

純度の高いドワーフ鋼を『その冴え霊銀の如し』と称える表現はここから来ており、

しばしば霊銀とドワーフ鋼が混同される原因ともなっている。

 

一方、本物の霊銀もまた、歴史上間違いなく存在していた。

古来より銀の持つ輝きは魔を祓い邪なる者を退けると言われてきたが、

実際に強大な魔物たちを退けるほどの力を帯びていたと言うのなら、

それは最早、ただの金属ではない。

神聖を得るほどの純度を有した『霊銀』と評する他に無いのだ。

 

霊銀の原石は、遥かな大森林の奥深く、鉱樹ジュエトネリコの麓より生み出されると言う。

真相を確かめた者がいるわけではない。

霊銀にまつわる数々の伝承と、尖耳族(エルフ)の法外な寿命を紐付けて、

そのように信じる者が多いだけだ。

霊銀の剣(ミスリルソード)とはつまり、武器の形をした祭具であり、これを鍛えるのは鍛冶屋の領域ではない。

 

霊銀の剣は火と槌ではなく、巫女の祈りによって磨き上げられる。

いつしか世間では、そのような噂がまことしやかに囁かれるようになっていた……。

 

 

「――そして、その噂は実は正しい。

 霊銀の剣は、尖耳の巫女が鉱樹に捧げる為に打つ。

 五百年に一度現れる、生まれながらに銀髪を伸ばした鉱樹の御使い。

 それが妾、当代の白銀の巫女、チャクア様といワケじゃ!」

 

鉱樹ジュエトネリコに向かう道中『白銀の巫女』を名乗る少女は、

傍らを行くノヅチに対しのべつ幕無しに語りかけてきた。

 

「と言う事でよ、妾は言うなれば儀式の主賓、鉱樹の姫君というワケよ。

 感謝せいよ無銘の槌振り。

 妾が口を利いてやらねば、主なんぞ今頃、ウジュの兄様(あにさま)に縊り殺されておった所じゃ」

 

「へーへー、ありがとございまーす」

 

なんだコイツ?

えらく気安いな、とノヅチは思った。

ちらり、と視線を移せば、後ろに従うタタラは、付き合いきれないとばかりに大欠伸をしていた。

先の湖畔に現れた美少女の幻影が、僅かばかりの対話の内に、すっかり地に落ちてしまっていた。

 

そもそも尖耳族というのは、このようにお喋りな連中であっただろうか。

一般に尖耳族と言えば、よく言えば寡黙で理性的、悪く言えば秘密主義で排他的と。

今、目の前を行くウジュという若者のようなイメージそのままに語られる一族である。

 

同族であっても、男女で性格が大きく異なるのか。

あるいは彼女が……。

彼らの言う『白銀の巫女』が、一族の中でも特に異質な存在と言う事なのか。

 

(白銀の巫女……、か)

 

ちらり、とチャクアの姿を横目に捉える。

抜けるような白い肌に、白磁の如く繊細な指先。

到底、鍛冶師の体の作りではない。

 

例えば後ろに従う小人族のタタラだって、小柄な体に華奢な印象が残るものの、

その手先は槌振りを生業にする者らしく、ごつごつと逞しいし、

よくよく見れば体のあちこちに生傷や火傷の後が残る。

冶金に努める者の肉体というのはそういうものだ。

 

瞼の奥に、先刻の少女の肢体が蘇る。

月光に照らし出された、静謐で儚げな白銀の佇まい。

尖耳の鍛冶師は、炎と槌を使わないと前もって聞かされてはいたが、

彼女の姿はやはり異質である。

 

白銀の巫女が、祈りの力で霊銀を鍛えると言う伝説が、仮に事実であるとして。

その神秘が果たして、火と槌で未来を切り開かんとする、己の糧になるものだろうか?

背嚢にしまい込んだ、星鉄を叩く工夫に至るのであろうか……?

 

「……おい、この助平」

 

「あん、なんだよ?」

 

「お主、今、横目で妾の衣をひん剥きおったな!

 頭の中で妾を真っ裸にして愉しんでおったであろう?」

 

「な、なんだと! するか、んな事!」

 

「いいや、確かに今、視線だけで妾を犯しおったわ!

 なんと下賤で破廉恥な槌振りじゃ!」

 

「してねえったらしてねえ!」

 

「したわい!」

 

「……くだらぬ諍いはそのくらいにしておけ」

 

先頭のウジュがそう言い捨てて足を止めた。

何事かと目を凝らした視線の先、朝靄の向こう側に突如『それ』は現れた。

 

最初、それは巨大な柱かと思えた。

強大な壁の如く視界を遮り、遥か天空の果てまで伸びる世界の大黒柱。

 

陽光と共に徐々に朝靄が晴れ、その認識が誤りであったと気付く。

盛り上がる根、歪んだ虚穴、不揃いに広がる太い枝――

巨大な柱は近づくほどに、規格外な大樹の様相を露にしていく。

 

ようやく、自分たちは目的地に辿り着いたのだと理解できた。

人は、巨大すぎる存在をまともに捉える事は出来ない。

遠目には良い目印に見えていたその大樹が、近づくほどに認識できなくなっていたのだと。

 

「一応、儀礼として言っておこうか。

 鉱樹ジュエトネリコによくぞ来た、客人よ」

 

「これが……、鉱樹、か」

 

極めて儀礼的なウジュの挨拶に対し、呆けたようにノヅチが応える。

近づくほどに霧のヴェールが剥がれ、鉱樹の全容が見え始める。

それは確かに、樹木であって樹木では無かった。

 

その表皮はまるで荒砥を終えた青銅の刃のように、渋い青緑の光沢を放つ。

所々に空いた不揃いな虚穴は人為的に削られた物で、

硬質な表皮の内側に、人工の回廊を形成している事に気付く。

 

まさしく、鉱にして樹。

鉱石と樹木の交じり合った、天然の高層都市であった。

 

「知っての通り、このジュエトネリコは樹木と鉱物、両方の性質を有した大樹だ。

 下層は頑丈な鉱物と成り大地と一体化し。

 上層に行くほど樹木に近づき枝を伸ばし、その巨大さで周囲の生態系を支えている」

 

「ええっと……。

 そんな巨大な樹木の根元に、居住区なんか掘って大丈夫なの?」

 

「ふふん、槌振りの小娘よ。

 汝ら小人族は家を広げる度に、御山が崩れる事を気にするのかえ?」

 

「あ……」

 

からかうようなチャクアの言葉に、タタラが恥ずかし気に頬を掻く。

 

「我らが利用するのは、巨大な年輪のほんの外皮だ。

 石材や金属に乏しい森林の奥地にあって、鉱樹の恵みは我らの生活の支えとなっている」

 

「それじゃあこの(やじり)も、鉱樹の外皮を削ってこさえたのか。

 道理で風変わりな鉄だと思ったよ」

 

そう言って、ノヅチは目ざとく抜き取っていた鏃を手の上で弄んでいたが、

やがて無言でウジュに睨まれている事に気づき「悪かったよ」と鏃を返した。

 

「ニヒヒヒ、覗きの次は盗人か。

 兄様の目を盗んでそこまでやるとは、随分と鉄狂いな槌振りだのう」

 

「まあ、女の裸よりか鉄で遊んでいる方が好きさ」

 

「嘘こけこの童貞、妾の魅力に釘付けだった癖に」

 

「嘘じゃねえや」

 

「鉱樹の中で、下世話な話は慎んでもらおうか」

 

冷淡なウジュ兄様に窘められると、チャクアは無言で舌を剥いておどけてみせた。

本当になんなんだこの女。

ノヅチの中で『白銀の巫女』の神秘性が爆下がりしていく。

 

やがて、ノヅチとタタラは、下層をくり抜いた広めの二部屋をあてがわれた。

殺風景ながら広めのテーブルとベッドがあり、丸太で組まれたベランダもある。

悪くない部屋だ。

 

「先刻伝えた通り、銀剣の儀式は二月先になる。

 あまり好き勝手に動き回られるのも困るが、暫くはここを自由に使ってくれ。

 食事もこちらの方で手配しよう」

 

「そいつは有難い話だが……

 いいのかい、こんな忙しそうな時期に?

 俺達にも何か、手伝える事があればいいんだが」

 

「構わん。

 先に妹が伝えた通り、お前たちは白銀の巫女の『客人』だ。

 巫女の我儘に多少の融通を利かせるくらい、やぶさかではない」

 

躊躇いがちなノヅチの言葉に、あくまで淡々とウジュは応え、

しかしその後、僅かばかりにその瞳に憐憫の色を宿して言った。

 

「……尤も、お前たちは巫女の客であって、我々の客では無いからな。

 白銀の巫女がお前にどのような我儘を言ったとしても、私は一切関知せん」

 

そう断言して首を振る兄様の後ろで、満面の笑みのチャクアがおどけていた。

そのはしゃぎようは、神聖なる『白銀の巫女』と言うにはあまりにもはしたなく、

格好の子羊を見つけた小鬼(ゴブリン)のように浮かれまくっていた。

 

 

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