星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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12話「密会」

びゅおおおぉおぉぉ――

 

一陣のつむじ風が足元から吹き抜け、遥か上方の枝葉を揺らした。

思わずぞくり、と体が震え、鉱樹の外皮に辛うじてしがみつく。

 

まだ、登るのか。

若者たちの束の間の逢瀬は、気が付いた時には命がけの登攀(とうはん)に変わりつつあった。

 

月明りの下、複雑に絡み合う枝木の道なき道を、二人が行く。

堅牢な鉱は、徐々に弾力のある樹に変わり、慣れぬ工匠の歩みを崩す。

途方もない大樹の中腹、一歩足を踏み外せば、即ち死――

 

「ほうれ、どうした槌振り?

 斯様な所でいつまでも竦んでおっては、

 終いにはウジュの兄様(あにさま)に撃ち殺されてしまうぞい」

 

「う、五月蠅え!

 俺は猿でも尖耳族(エルフ)でもねえんだよ!」

 

「まったく、土竜(もぐら)の友人はこれだから……」

 

ノヅチの泣き言を鼻で笑って、裸足の少女が鉱と樹の道をすいすいと登っていく。

その太腿の白さを気にしている余裕は、今のノヅチには無い。

 

「ほれ」

 

上方から差し出された白い手を必死で握り返す。

鍛冶師のそれには相応しくない、綺麗で繊細で柔らかな指先。

だが今はそんな事よりも、諸共に墜死する心配をせねばならない。

 

「ん……っしょ、と!」

 

掛け声と共に身を乗り上げ、一気に虚穴の中に転がり込む。

ようやく一息つくと、チャクアはスカートの枝葉を軽くはたき、

未だ倒れ込んだままのノヅチの頭を爪先で小突いた。

 

「ニヒヒ! 妾の蔵によくぞ来たの。

 歓迎するぞ、東方の槌振り殿」

 

「……蔵?」

 

頭を振るって体を起こし、そこでノヅチは、はっと目を見張った。

 

――黒い母岩の隙間から、澄み切った輝きを見せる金剛石(ダイヤモンド)

 

――悠久の時間の中で、その身の内に蠍の子を閉じ込めた琥珀(アンバー)

 

――燃え上がる赤と冴えた青、尖耳の兄妹の瞳の色を映す紅玉(ルビー)蒼玉(サファイア)、一対の指輪。

 

――黒の珈琲の上に渦巻くミルクのような、独特の白の波紋を描いた縞瑪瑙(オニキス)

 

燐焦苔(りんしょうごけ)に照らされた架台の上には、大小様々な岩石、或いは金属の類が雑多に並べられていた。

 

「……お前は、霊銀(ミスリル)を打つ、銀の専門家じゃあ無かったのか?」

 

「忘れたかノヅチ。

 このジュエトネリコは鉱にして樹……

 無機物としての鉱と、生物としての樹の狭間を行きかう曖昧な存在」

 

ノヅチの問いに対して、棚に並んだコレクションの一つ一つを愛でるように、

チャクアがさらに言葉を重ねる。

 

「その鉱樹の賜物である霊銀は、銀よりもなお光明に近い、純粋なる鉱石。

 無垢なる輝きを持つが故に、その本質は巫女の心の在り様によって奔放に姿を変える」

 

「純粋なる……、鉱石」

 

「左様。

 それ故に、霊銀を鍛える白銀の巫女は、誰よりも鉱石を知っておらねばならぬ。

 霊銀にどのような奇跡を求めるのか?

 どのような剣に仕立てたいのか?

 巫女の祈りが、霊銀に第二の生を吹き込み、後の鉱樹五百年の繁栄をもたらすのじゃ」

 

蔵の先は、細い回廊のようになっていた。

両側の棚が消え、代わって洋の東西を問わず、様々な形の剣が並び始める。

 

「これは神代の頃に打たれたという、青銅製の剣じゃ。

 製鉄の発展と共に歴史から姿を消したものの、

 神性、と言う意味では鉄を凌ぐ逞しさを感じるの」

 

「こっちは……、南方鉄の青龍刀か。

 南方諸島が火山で沈んで以来、製法が途絶えたって聞いていたが……」

 

「そしてこっちはウジュの兄様が返り討ちにした野盗の一人が持っていた、

 特にどうという事も無い刃毀れした剣じゃ」

 

「なんでそんな数打ちが名物の中に混じってんだよ?」

 

「ニヒヒ、鉄の声を聴くのに高いも安いも無いわ。

 特に剣の地金というやつは、打ち手の心魂が混じる分だけ、ただの金物よりよく喋りおる。

 そういう奴の愚痴を聴きながら一杯やるのが、妾のささやかな趣味という訳よ」

 

「そんなもん……、なのか?」

 

飄々としたチャクアの態度に、ノヅチが首を傾げる。

 

鉄の声を聴く。

そんな神秘が本当にあるとして、それは彼女が吹聴するほど容易く為せる業なのか。

あの亡父であれば、そのような体験をしていたとしても別段驚くべき話ではないが、

彼は鉄に狂っており、現実と幻想の狭間に揺蕩う人間だった。

 

そんなノヅチの疑念を気にも留めず、チャクアは傍らの大脇差に手を伸ばした。

先日、当のノヅチ本人からふんだくっていた颪鉄(おろしがね)の短刀である。

すらり、と刃を引き抜いて、薄闇の地金を月下に捧げる。

 

「のうノヅチよ、この大脇差。

 ここに来る前に試し斬りをしたであろう?」

 

「……何だと?」

 

「相手は小人族(ドワーフ)の盾か、大兜、と言った所かのう?」

 

思わずノヅチは目を見張り、脇差をまじまじと覗き込んだ。

あの試し斬りの後、刃先の確認は念入りに行った。

刃毀れや変形は勿論、毛筋ほど(ひび)も見逃さぬよう、目を皿のようにして調べ上げた筈だ。

深刻に表情を曇らせたノヅチを傍目に、チャクアは呆れたように首を振る。

 

「この脇差、短刀にしてはえらく肉が厚いの。

 刀というより、まるで(なた)じゃ。

 作り手が初めから、何か人骨よりも硬い物を斬る前提で、そう拵えたのじゃな」

 

「あ……」

 

「戦場で用いるには、長さが少々心許ない。

 さりとて護身用にしては殊更に重く、取り回しが極めて悪い。

 この脇差は正に、試し斬りをする為だけに生まれた刃よな」

 

「…………」

 

ぐうの音も出ない。

小人族の翁の指摘は屁とも思わなかったノヅチにも、この辛辣な批評は大いに堪えた。

彼女の容赦ない舌鋒は、手にした刃の本質を正確に突いていた。

 

「……返す言葉もねえ、降参だ。

 お前の言う通り、その脇差は失敗だよ」

 

「ニッヒヒヒ! そう落ち込むな未熟者。

 妾はむしろ、この短刀を大層気に入っておる」

 

チャクアは満足げに大笑すると、腰元の竹筒を一献呷り、

今度は気持ち柔らかな視線を刃に向けた。

 

「古の先達の業に挑む勇気。

 目標に対し周りが見えなくなるほどの好奇心。

 自分の打つ鉄は、絶対に何者にも負けないと言う強い矜持。

 鼻っ柱の強い若造の向こう見ずな情熱が、波紋の隅々にまで溢れておるではないか」

 

「やめろよ」

 

「刃の長さ、峰の反りに、地金の色――。

 全ての武器には、為るべくして今の形に為った理由があり、

 そこに鍛冶師の思惑が、そこに至った生の感情が現れる。

 鉄を読み解くというのは、まっこと面白い」

 

「…………」

 

刃を肴に酒を嗜む。

鉱物と交わる白銀の巫女の本質は、神秘では無く、深い博識と観察力。

月下の鉱樹に一人、鉄と語らう風流の少女。

ノヅチの視線の先で、チャクアの姿がまた色を変えてゆく。

 

「ほれ」

 

チャクアから差し出された竹筒を、何の気なしに口に運ぶ。

瞬間、凄まじい野性味が喉の奥から鼻腔に突き抜けた。

鼻から酒が噴出し、否応なくむせっ返る。

 

「がッ! グェ、ンゲッッッ!」

 

「ニッヒヒヒ! 何をやっとるんじゃお主は?」

 

「おま……! なンっ、なんだよこれ!」

 

「やはり漬け込んでおいて正解だったであろう?

 あ奴らは毒が強いほどに、不思議と独特のクセが染み出してきよるでの」

 

「アレか! この間の蛇か!

 なんて事をしやがるんだお前は!」

 

「ニヒヒ、感謝せいよノヅチ。

 汝ら下々の者には到底口に出来ぬであろう特急酒よ」

 

上機嫌でニヤリと笑い、竹筒を素早くふんだくる。

飄々と蛇酒を煽る少女の微笑に、白銀の巫女の印象がまた変わる。

 

「まっ、良い感じに気持ちもほぐれたであろう。

 ここから先はいよいよ、秘蔵の逸品とのご対面じゃ」

 

「秘蔵の逸品?」

 

「妾の所有する鉱物の中で、未だお主に見せていない物はただ一つ。

 わかるであろう、この意味」

 

そう囁いて、白い指先がそっと木扉を押し開く。

部屋の奥から、柔らかな光が仄かに溢れ出す。

燐焦苔の灯ではない。

深々と降り注ぐ月光をその身に蓄え、内から発しているかのような穏やかさを感じた。

 

最初は、大振りの水晶玉のように見えた。

だが、近付くほどに誤りだと気付く。

真球は背景を透過せず、穏やかな光と共に、覗き込む自分たちの姿を映している。

白銀よりも厳かに、ドワーフ鋼よりも冴えた輝きを持った霊妙なる水鏡。

 

知っている。

思わずノヅチは首に吊るした指輪を掲げ、その輝きを交互に見比べていた。

 

「こいつは……、まさか!」

 

「ご名答。

 これこそが、鉱樹ジュエトネリコの霊性の結晶。

 次なる銀剣の儀式で用いられる霊銀の原石よ」

 

そう言って、我が事のように胸を張るチャクアの横で、ノヅチが真球を覗き込む。

族長から指輪を託された時には、半ば眉唾ものの話と受け取ったノヅチであったが、

この大きさの原石ともなれば莫迦でも判る。

 

神聖とは、こういう事だ。

微かな月明りのみの宵闇の中、己の純粋さを証明するかのように、内から輝く白銀の地肌。

魔術の理論も、神の御業もノヅチは知らない。

それでも古の賢人たちが、この光の中に魔を祓う奇跡を夢見た理由はよく分かる。

 

「原石……?

 原石と言ったのか、これが?

 霊銀ってやつは精錬もせず、初めからこの姿で生まれてくるってのか?」

 

「先にも言うたが、霊銀は鉱樹の賜物じゃ。

 この鉱樹ジュエトネリコの遥か地下。

 鉱の根に支えられた地底湖の底で、霊銀は生まれる。

 気の遠くなるような時間をかけ、鉱樹の霊性を物質に変えて、の」

 

「何言ってやがるのか、さっぱり分からねえ……」

 

「まあ平たく言えば。

 根っこの部分に滋養の代わりに、神秘を蓄えた芋みたいなもんじゃな」

 

「……巫女の使う喩えか、それが?」

 

あけすけなチャクアの言葉に呆れつつ、鉱樹の神秘に想いを馳せる。

それは正に、樹の本質を残した命ある鉱石。

金属の形をした一個の生命。

確かにこれは、火と槌で鍛えるには、人の手に余る代物かもしれない。

 

「分かるかの、ノヅチ?

 この無垢なる輝きは、霊銀が未だ何者でもない、赤子であるという証。

 白銀の巫女はこの霊銀に『剣』と言う形と役割を与える。

 故に巫女は生涯をかけ、世界に散らばる、数多の鉱物と剣を知らねばならぬ。

 鉱物が金属となり、武器の形を取る中に、どのような情念が宿るのか。

 どのような剣に為りたいのか……な」

 

「それを見定めるのが、白銀の巫女の『運命(さだめ)』とやらか?」

 

「そういう事じゃ。

 さて、妾の方はこれで店仕舞いじゃ。

 今度はお主の背嚢の中の『運命』も見せてもらいたいのう?」

 

白銀の巫女の催促に、ノヅチは静かに頷き背嚢を開けた。

ずしりとした手応えを感じつつ、鈍色の鉄塊を中から取り出す。

 

「ふふん、そいつが件の隕鉄かね。

 この世界の外から来た鉄とは、流石に妾も見るのは初めてじゃのう」

 

差し出された大振りの延べ棒を受け取り、霊銀の隣に翳すように並べる。

すっ、とチャクアの瞳に真剣な色が混じる。

 

傍目で見ているノヅチにも、僅かに緊張が走る。

博識と洞察力に支えられた鉱物のエキスパート、白銀の巫女。

この地上の、数多の名物を撫でてきた白い指先が、ざらついた地金の表面をなぞる。

 

 

静寂が、室内に満ち――

 

 

「わからん」

 

「って、おいいッ!」

 

不意にチャクアがノヅチに向かい、鉄塊を軽々しく投げ返してきた。

乙女の気紛れがずしりと胸に沈み、思わずノヅチはたたらを踏んだ。

 

「ふざけんなこの(アマ)! いきなりなんて事しやがる!」

 

「のう、ノヅチよ。

 良い剣を産む鉄の条件とは何じゃ?」

 

「あん? 何だよ、藪から棒に」

 

「鉄と言うのは、案外と地上にありふれた金属じゃ。

 世に金、銀、銅貨はあれど、鉄貨というのは聞いた事があるまい?

 鉄の稀少性は銅にすら劣る故、貨幣には向かぬと言う話じゃの」

 

「……ああ、まあ、だがそれが?」

 

「そんなありふれた金属にも関わらず、

 この世界には明確に、限定的な『名剣の産地』が存在する。

 武具に向く鉄と向かない鉄、その違いはどこから来るものなのかのう?」

 

「そりゃあ、混じってるもんが違うから、だろ?」

 

意味深なチャクアの問いかけに対し、ノヅチは怒りも忘れ、呆れたようにそう答えた。

 

「純粋な鉄の鉱石なんてのは、この地上に存在しねえ。

 生まれた土が変われば混じる物質も変わり、それで硬くも柔らかくもなる。

 だから槌振りは各地の鉄の特性を見極めて、独自の製錬法を工夫するもんだ」

 

「まっ、それが概ね正解じゃろうな。

 流行りの錬金術師どもの言葉を借りれば『成分』と『含有量』の問題という話になるかの?

 彼奴らの学問がもう少し進めば、

 そう遠くない未来、お主ら鍛冶師が職を失う時代が来るかもしれんのう」

 

「……結局、何が言いたいんだ、お前は?」

 

「サンプルが足りんと言う話じゃよ、それでは。

 お主も居た大盤鉱窟では、小人族の先人達が気の遠くなるような時間をかけ、

 霊銀にも勝るとも劣らぬほどの、鋼の製錬法を確立した。

 鉱脈を穴だらけにし、周囲の御山が禿げ上がるほどの木炭を投じて、そうじゃろ?」

 

チャクアの指摘に、不承不承、ノヅチが押し黙って頷き返す。

彼女の言わんとしている事は、ノヅチが定住の地を捨て、

伝説を追わねばならなくなった理由、そのものであった。

 

「その隕鉄の量では一発勝負じゃ。

 妾の細腕で抱えられる程度の延べ棒でしかない。

 たとえその地金がどれほどの潜在価値を秘めていたとしても、

 その力を余さず引き出せるほどの経験を持った槌振りは、この地上には存在せんよ」

 

「……だが、隕鉄は、それでも鉄は確かにここにある」

 

突き放すような少女の言葉に、ノヅチは真っ向から紅玉(ルビー)の瞳を見返して応じた。

 

「この鉄に挑む機会が、ただ一度でもあるならば、

 それがどんなに細い線でも、可能性は決してゼロじゃねえ。

 僅かな可能性でも残るなら、最善を尽くす行為にも意味がある。

 やってみる価値は、絶対にあるさ」

 

「……細い細い線の上に、お主の人生を全て載せるのかえ?」

 

「俺には他に何もねえ」

 

昼、目の前の少女に呟いた言葉を、己が内で反芻するように力強く放った。

ノヅチの強情さに呆れたものか、チャクアは一つ溜息を吐くと、

どかりとその場に胡坐を掻いた。

釣られるようにノヅチが膝を屈すると、少女は件の竹筒を差し出しながら言った。

 

「ならば聞かせよ、お主の運命。

 その鉄とお主と死んだ親父殿の間に、何があった?」

 

そう問いかける少女の紅玉の瞳には、初めて出会った時のような、まっすぐな真紅が宿っていた。

ノヅチは大きく息を吐いて、やがて意を決したかのように、竹筒の中身を一息に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

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