星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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13話「運命」

――今から五年前。

ああ、そうだ、泰山の麓に隕石が落ちたあの年だ。

 

隕石の落着に遭遇した親父殿と俺は、それから三日三晩かけて、

瓦礫の中から()()()を可能な限り掘り集めたよ。

天変地異みてえな土砂降りの中、疲労も火傷も顧みずだ。

今にして思えば、あの時は俺も親父殿も興奮で頭がどうかしてたんだ。

 

まあ、とにかくその後、俺たちは山を下りて、一先ず皇都の鍛冶場に戻った。

親父殿の気紛れで飛び出してきちまったもんだから、工場は荒らされ放題になっちまってたがな。

 

それでも最低限の工具を探し集め、なんとか火床(ほど)の修繕までは終わらせたものの、

何せそこから先立つ物がねえ。

刀を打とうにも鉄が無え。

火を熾そうにも炭が無え。

そもそも明日の糧が無え。

 

親父殿もいよいよ参って、(ナリ)が悪いんで人前に晒したくない

とまで言ってた刀まで売っ払って金を稼ごうとしたが、

本人が銘を刻む気すらない刀に、まともな値が付く筈も無いよな。

 

当面鍛冶仕事は諦めて、潔く日雇いの仕事でも探すかって時に、転機は訪れた。

 

当時、皇国で御用鍛冶を務めていたルヴェン侯爵家の当主とやらが、

どういうワケか親父殿の作をいたく気に入ったみたいでな。

無名の倭刀の出所を辿って鍛冶場までやってきて、いくばくかの金を置いていったよ。

厭らしい言い方するなら、パトロンが就いたって事さ。

 

おかげで当面の生活費に困る事無く、俺たちは鍛冶場を再開できた。

そこから暫くは、侯爵家に収める刀を打ち、暇を見て隕鉄を鍛える日々が続いた。

 

……話の都合が良すぎるって?

まあ、今にして思えばお前の言う通りだ。

 

刀術の使い手が少ない西方では、倭刀ってのは基本的に、芸術品としての価値しか持たない。

古の刀工の作ならいざ知らず、実用性一点張りの無銘の新刀に、

そこまで金をかける値打ちがあるのかって話だよな。

だが困窮の中にいた当時の俺たちからしたら、旨い飯を食っていい仕事ができる。

それ以上の事を考えている余裕なんて無かったんだ。

 

一年くらい経った頃だったか、市中に妙な噂が流れ出した。

ルヴェン侯爵家が何処からか、古今の名刀を探し集めて売り捌いているってな。

 

厭な予感がしたよ。

親父殿は滅多な事じゃあ刀に銘を刻まねえ。

侯爵家の旦那はもしかしたら、親父殿の打った無銘の倭刀に、聶厳(えいげん)だの實嗣(ひろつぐ)だの、

古の刀工の銘を勝手に刻んでいるんじゃないのか?

なにせ親父殿の打った刀なら、古今の業物にだってひけを取らないからな。

 

俺か?

そう考えたからって、それで何か出来るワケねえだろ。

当時の俺はただの餓鬼で、無名の鍛冶師の手習いだ。

侯爵家の大店に乗り込んだ所で、噂の真偽は分かりゃしない。

 

……いや、すまん、言い訳した。

結局、俺は怖かったんだ。

 

隕鉄を打つという目標を得た事で、親父殿は死の淵から甦った。

人としてまともな暮らしが出来るとこまで戻りつつあった。

親父殿がこの噂を耳にしたら、また壊れてしまうんじゃないか。

今の生活を失うのが怖かったんだ。

 

莫迦な話さ。

破滅はすぐに来た。

 

ある日、侯爵家に刀を収めに行ったハズの親父殿が、血相変えて戻ってきてこう言ったよ。

 

『逃げろ倅! そいつを持って、今すぐ炭焼き場に籠れ!』

 

『いいか?

 七日七晩、焼き場に伏せて、それでも儂が来ん時はな……

 その時は、お前がそれの続きを仕上げろ!

 ゆめゆめ邪な者の手に渡してくれるなよ!!

 倅よ! お前の手で、世界を救う剣を打つのじゃ!!』

 

鬼気迫る形相の親父殿に、俺はもう訳も分からないまま炭焼き小屋に走った。

結局、待つのに耐えられなかった俺は、三日後に約束に背いて山を下りた。

 

市中の運河には何か人だかりが出来ていて、ちょうど親父殿の死体が上がった所だった。

周りの役人たちの話では、贋作刀の取り分で揉めて、口を塞がれたんだろうって話だった……。

 

 

「……のう、ノヅチ、一ついいかの?」

 

そこまで聞いた所で、チャクアが何処からしくもなく、躊躇い気味に口を開いた。

 

「お主の親父殿……、やはりイカれておったのではないか?」

 

「そう、思うか?」

 

「親父殿が贋作事件のスケープゴートにされたというのは、まあ分からんでもない。

 じゃが、それで世界を救う剣とは、一体なんの話じゃ?

 贋作作りなどという小悪を働く侯爵家が、そんなちゃちな延べ棒の為に人ひとりを殺すのか?」

 

「…………」

 

チャクアの推論に対し、ノヅチは押し黙って視線を外す。

一連の話の不自然さは、ノヅチ自身、幾度となく疑念に思う所であった。

 

「親父殿は偶然、贋作作りの真実を知り、命を狙われる事となった。

 だが頭のおかしかった親父殿は、そこから勝手に物語を作り始め、

 『ルヴェン家が自分の隕鉄を奪うために接近してきた』と、話を作り変えてしまった。

 真相はおよそ、そう言う所では無いかの?」

 

「……だが、親父殿は隕石が落ちるのを当てたんだぜ」

 

チャクアの冷淡な推測に対し、苦し紛れにノヅチが返した。

少なくとも亡父サイヅチは、所謂狂人であるがゆえに、

常識の範疇を超えた霊感を見せる時がしばしばあった。

 

あの日、決死の形相で自分に隕鉄を委ねた時にも、

彼の目には常軌を逸した未来の光景が見えたのではないか?

 

「そんなよくわからん遺言の為に、

 お主は自分の人生を賭けるのかね?」

 

「俺には他に何もねえ」

 

自分に言い聞かせるように再び頷き、手にした鉄塊を見つめ直す。

口にしてみて分かる、確かに自分にはそれ以外の生き方が無い。

この鉄が自分の始まりで、それ以前も以後も、

生まれてこの方、鉄を打つ事しかしてきていない。

鉄以外の学が無いし、他にやりたい事もない。

 

「いずれにせよ、この隕鉄で名物を打って、世に送り出す事が出来たなら。

 仮にこの鉄を狙う不届き者が本当にいたとしても、容易に手を出す事は出来なくなるだろう。

 それならば親父殿の遺言も果たせるし、弔いにもなる」  

 

口にしてみて、自分は卑怯者だとしみじみ思う。

父の無念を晴らすならば、仇を討ち汚名を雪ぐ道もあった筈だ。

遺言に従う道を選んだのは、単に槌を振う生き方の方が好きだったからに違いない。

死んだ父の名誉よりも、手の内に残った、ただ一片の鉄の方が大事だったのだ。

 

「なんだ」

 

 呆れたように小さく溜息を吐いて、チャクアが言った。

 

「グチグチとくだらない泣き言を並べていたが、お主もやはり妾と同じじゃ。

 目指す所は違えど、お主も随分と大層な運命(さだめ)を背負っているではないか」

 

「言ったろ。

 俺は、俺のはそんなに大したもんじゃねえ。

 お前みたいに、五百年の伝統だの、鉱樹の未来だの、大事な使命を継いでいるワケじゃねえし。

 そもそも俺は親父殿から、鉄を打ち方しか教わらなかったから、

 それで他に出来る事も無く、単に好きでやっているだけで……」

 

「……おい!」

 

不意にチャクアが語気を強めた。

思わずノヅチがハッと顔を上げると、そこにはえらく険しい顔をしたチャクアが居た。

今日まで我儘な癇癪持ちの少女の姿を追い続けたノヅチだったが、

これまで憤る彼女の姿は見た事がない。

 

「くだらん泣き言を吐くなと妾は言うたぞ。

 隕石の落着に運命を感じたのであろう?

 親父殿の遺言を、生涯を賭けた目標としたいのであろう?

 何故にそこで、俺は亡父の夢を継ぐのだと言えぬ?」

 

思いもよらぬ怒声に何も言えぬまま、まじまじとチャクアの顔を見つめる。

よくよく見れば少女はうっすらと目尻に涙まで溜めている。

一体何をそこまでムキになっているのか?

しがない槌振りに過ぎない自分の姿が、彼女にはそんなに気に入らないのか?

 

「何が好きで打っている、大したものではないじゃ。

 父親の言葉も己も腕も、そこまで信じられぬか?

 イジケた事しか言えぬ者には、生涯イジケた鉄しか打てぬわ」

 

「いや……」

 

「この臆病者めッ!

 貴様なんぞ、自分が生まれた理由も分からんまま、

 一生趣味の刀を打ち続けておるがいいわ」

 

「……ああ、そうだよ、お前の言う通りだ!」

 

チャクアの支離滅裂な言葉に突き動かされ、ノヅチも苛立ちのままに声を荒げる。

 

「悔しいんだよ!

 親父殿は世界一の槌振りだ! 贋作なんぞ作ったりしねえ!

 親父殿の残した鉄で、親父殿の正しさを証明してやりたいんだ」

 

「…………」

 

「けどよ、その為に何をすればいいのか分からねえ。

 たったこれっぽっちの鉄塊で、どうすれば世界を救う剣を打てる?

 だから一縷の望みを賭けて、ここに来たんじゃねえか」

 

「…………」

 

「お前は……、白銀の巫女は、伝説の霊銀(ミスリル)を鍛えるんだろう?

 俺にはもう、奇跡や神話の類にまで縋るしかねえんだ。

 その銀球を本当に剣に出来るってんなら、そのやり方を教えてくれよ、チャクア」

 

「よかろう」

 

語気を弱め、虚勢を捨て、今度こそ本当の泣き言に変わってしまったノヅチの言葉に対し、

チャクアはまるで、慈悲深い女神か何かのように上から目線で答えた。

 

「泣くなノヅチよ、まずは信じよ。

 お主は親父殿から受け継いだ鉄で、世界を救う剣を打つ。

 先ずは自分自身がそれを信じられなければ、お主の行く先に道はない」

 

「うるせえ、何様だお前は?

 泣いてるのはお前の方だろ」

 

「黙って聞け。

 妾がお主の(しるべ)になってやると言うておるのじゃぞ」

 

「しるべ……?」

 

「人は己の運命を知る事は出来ぬが、運命の意味を変える事は出来る。

 次の銀剣の儀式では、妾が伝説に挑む姿をそなたに見せよう」

 

そう言って、チャクアが右手で傍らの霊銀を撫でる。

不遜な言葉の中に、ノヅチはなぜか、一抹の違和感を憶えた気がした。

 

「妾を見よ、ノヅチ。

 目に穴が開くほどにな。

 それでお主は妾の運命を、自らの運命に変えるがよい」

 

「お前……」

 

相変わらず不敵な笑みを見せる少女の姿に、言いようのない不安を感じた。

 

 

――運命。

 

 

当代の白銀の巫女は、その言葉を口癖のように好んで使う。

それも分かる。

 

彼女は霊銀を剣と成す為に生まれ、百十余年の研鑽を重ねて来た。

一族の、鉱樹の、ひいては大森林の営み、その未来を賭けて。

常人には想像もつかぬ、自らがこの世に生まれたという意味の重さ。

それが運命でなければ何だと言うのだ。

 

だが、その先は?

銀剣の儀式を終えた後は?

俺に自身の運命を託したその後、お前はどうする?

全ての運命から解き放たれ、今までのように、この鉱樹で楽隠居を決め込んで、

面白おかしく過ごすのか?

 

ひゅう、と夜風が微かに室内に流れた。

 

場違いな感傷であるとは思う。

だが、疑念は消えない。

目の前で微笑する少女の姿に、何故か初めて出会った時の、儚い月精の輪郭が重なった。

 

 

 

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