星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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14話「思惑」

 

雨が降っていた。

 

降り注ぐ雨音が、半ば鉱と化した大樹の葉を叩く。

湿っぽい空気が室内を包み込む。

 

ノヅチはあてがわれたベッドに寝転んで、傍らの鉄塊を見るでもなく見ていた。

ちらり、と横に目線を向けると、タタラはこちらに背を向けて、

足元に広げた工具の手入れをしている所であった。

当面は使う予定も無いというのに、丹念に手槌を見つめる熱心な姿。

 

自分の事を親方と呼ぶ妹分に対し、少しは師匠らしい姿を見せるべきとは思っている。

だが、どうにも気持ちが沸き上がってこない。

 

『――それでお主は妾の運命(さだめ)を、自らの運命に変えるがよい』

 

先日の、チャクアの言葉が耳に残っていた。

この鉄を見る時、いつもなら記憶に甦るのは、

初めて隕鉄を見た日の興奮と、父の最期の言葉であった筈だ。

いよいよ本格的にヤキが回ったかと、学の無い頭でぼんやり考える。

 

「……チャクアさん」

 

「うん?」

 

不意にタタラが作業の手を止め、ノヅチに話しかけてきた。

 

「こんな雨じゃ、流石に今日は来ないよね」

 

「その方が気楽でいいさ」

 

「ねえ、親方の方から会いに行ったらいいじゃん」

 

「はあ?」

 

怪訝な瞳をタタラに向けると、少女は何故かむくれ顔で、咎めるような目でノヅチを見ていた。

 

「別にさ、理由なんて、何でもいいんじゃないかな?

 向こうだって、暇潰しを理由に来てるんだから。

 暇だから来たって言えば、チャクアさんも悪態突きながら会ってくれるよ」

 

「いや……だから、なんでだ?」

 

「……だって、らしくないよ、ノヅチ。

 ここに来てからずっとさあ」

 

「鉄が打ててないからな」

 

とうとう彼女も、親方と呼んでくれなくなってしまった。

まあ、この有様では当然であろう。

不貞腐れるように、再びごろりと寝転んだノヅチを横目に、タタラが大きく溜息を吐く。

重ねて何か言おうと口を開きかけたその時、不意に入口の戸を叩く音がした。

 

「随分と暇を持て余しているようだな」

 

室内に入ってきたのは尖耳族(エルフ)の青年、ウジュであった。

いつもながらの美麗衆目、かつ無表情な瞳が、

気の抜けたようなノヅチの姿を咎めるように見下ろしている。

 

「アンタか……。

 ああ、周りの皆さんには良くしてもらってるんでね。

 おかげさまでこっちは、退屈過ぎて死にそうだよ」

 

「それは重畳だ。

 時間があるなら、一仕事受けてみる気は無いか?」

 

「仕事?」

 

「槌振りに頼み事など、ただ一つであろう」

 

そう言ってウジュは腰元の革袋を外すと、中央のテーブルの前で広げて見せた。

瞬間、まろび出た真球の反射光で、薄暗い室内が照らし出されるような錯覚に包まれた。

 

「うっわあああぁ~!

 えっ、ええ? 親方! まさかこれ……!」

 

霊銀(ミスリル)……だよな。

 どうしたんだ、これは?」

 

「そう、霊銀だ。

 厳密に言えば、白銀の巫女の持つ霊銀と、同じ株から生まれた結晶の兄妹。

 言ってみれば、万が一の為の、予備の銀と言った所か」

 

淡々とした青年の説明を聞きながら、まじまじと銀球を睨み据える。

ウジュの言う通り、確かに銀の表面は、

昨日チャクアの部屋で見た霊銀と、寸分違わぬ神秘的な輝きを放っている。

 

だがその大きさは、水晶球ほどもあったチャクアの霊銀に比して一回り小さく、

形も完全な球体を為してはいない。

この辺りの微妙な質の違いが、銀の兄妹を本命と予備に振り分けた原因であろうか。

 

霊銀の外見を一通り見回した後、ノヅチは顔を上げ、怪訝な視線をウジュへと向けた。

 

「こいつを、俺に打たせてくれるってのか?

 一体どういった風の吹き回しだ?」

 

「白銀の巫女は、お前たちの来訪を『(えにし)』と言ったな」

 

一切の鷹揚を見せず、ウジュがただ事務的に言葉を重ねる。

霊銀の仄かな光に映し出された表情から、その真意を読み取る事は出来ない。

 

「霊銀は五百年に一度、白銀の巫女が剣に鍛え、そのまま鉱樹の奥深くに捧げられる。

 だがそれならば、世に霊銀の剣(ミスリルソード)の伝承が絶えぬのは何故なのか?

 それら全てが、単なる謳い手の空想の産物か……

 或いは、我々の未だ知らぬ霊銀の精錬法が、他に存在するのかもしれぬ」

 

「そいつを、俺たちに確かめさせようって言うのか?」

 

「あくまでも可能性の一つとしてな」

 

「ふ、ん」

 

尖耳族の鉄面皮を見上げながら、ノヅチが眉を顰めさせる。

ウジュの回答は動機としては今一つ曖昧で、ある種の胡散臭さを感じなくもない。

だが今を逃せば、霊銀の結晶を打つ千載一遇の機会は二度とあるまい。

何より今のノヅチは、動き出す動機を探していた。

 

「……道具の方はともかく、場所はどうする。

 鉱樹で火床(ほど)を使うワケにはいかないだろ?」

 

「それについては、私の方に当てがある」

 

ノヅチの質問を是としたのか、ウジュは話は着いたとばかりに二人に背を向けた。

 

「この雨は昼には上がる。

 それまでに出立の準備をしておけ」

 

そう短く言い残すと、青年はそのまま部屋を後にした。

疑問だらけの状況の中、室内が再び微妙な空気に包まれる。

 

「……暇を潰す理由が無くなったな」

 

そう言って、ちらりと横目で傍らのタタラを見た。

小人族(ドワーフ)の少女はどこか複雑な表情で、卓の上の霊銀と親方の顔を交互に見返していた。 

 

 

果たしてウジュの言った通り、雨は昼にはまばらとなり、

目的の地に辿り着いた頃には茜色の空が覗き始めていた。

 

「ここは……」

 

朽ちかけた丸太の壁を前に、ノヅチの口から感嘆がこぼれた。

水枯れした空堀を越え、シダの絡み合う門をくぐると、

そこには石造りの家屋が並ぶ、無人の集落が広がっていた。

 

「かつて魔王軍の侵攻に際し、人類が籠った拠点の跡だ」

 

前を行くウジュがそう答え、苔生した石畳の広場を進んでいく。

 

「三百年前の戦争の折、この地は大都市間を繋ぐ補給拠点の一つとなった。

 当時の尖耳の戦士たちもこの拠点に依り、人類と協力して魔族に対抗したと聞いている。

 見ての通り、戦後、人々は次第に平野部に移り住み、

 現在では廃墟と化してしまっているがな」

 

先導役の少年に促され、瓦礫の道を踏み越える。

一行はやがて、この廃墟の中でも比較的大きな家屋の前に辿り着いた。

 

「ここがお前たちの仕事場になる」

 

ウジュの言葉を受け入口をくぐると、そこにはいかにも戦時下の鍛冶場らしい、

大規模な工房が広がっていた。

 

間取りや火床の造り自体はやや古いものの、

奥には移住に際し、捨て置かれたであろう工具の類が並んでおり、

二人で使うには十分すぎるほどの設備が揃っていた。

 

(こいつ、初めから準備してやがったのか?)

 

傍らの青年の鉄面皮を横目に、ノヅチはちらりとそんな事を考えた。

ノヅチが気まぐれな巫女を相手に気の抜けたような日々を過ごしている内に、

真面目なウジュの兄様(あにさま)は、影で色々と働いていたというワケだ。

 

「必要な物があれば、都度、ここにいるシバに用意させよう」

 

ウジュの紹介を受け、ここまで先導を務めた尖耳の少年がぺこりと一礼する。

部屋全体をぐるりと見渡して、一呼吸おいてノヅチが応じる。

 

「設備は取り敢えず一度、試してみなけりゃ分からねえ。

 道具の方も一先ず要望は無いけどよ――」

 

と、ノヅチはそこで言葉を区切り、鉄面皮を試すように一瞥した。

 

「――木炭はありったけ要るぜ。

 あの辺の一角に、積み重ねるぐらいには大量にな」

 

「無論、それもすぐに手配しよう」

 

「とりあえず、おいらは明日の昼にでも、もう一度顔を出すからさ。

 他に必要な物があれば、その時に教えてくれよな」

 

ウジュはあくまでも淡々と応じ、代わって傍らのシバが取り繕うように愛嬌を見せた。

二人はそのまま部屋を後にし、薄闇に包まれ始めた鍛冶場に、

ノヅチとタタラの二人だけが残される。

 

「親方、体よく厄介払いされちゃったね」

 

「何の話だ?」

 

「ウジュさん、絶対にシスコンだよ。

 鉱樹から半日もかかるんじゃ、流石にチャクアさんも会いに来れないよね」

 

「……あのなあ。

 そんな理由で霊銀を打たせてくれる物好きがいるかよ?」

 

「だってさ……」

 

そう言いかけて、結局何も答えが無いまま、タタラがそっぽを向いてしまった。

ノヅチの胸にも、ちらりと疑念が走る。

 

……だってさ、それなら他に、どんな理由があるって言うのさ?

 

一族の秘事である筈の、霊銀の結晶を持ち出して。

無人の廃墟を一から整備し直して。

尖耳が本来忌避する筈の、火床の利用にまで積極的に加担して。

 

あの若者は、自分達に何をさせようとしているのであろうか?

 

 

 

 

 

 

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