星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

15 / 52
15話「秘事」

火床(ほど)の奥底に、奇妙な輝きが宿っていた。

 

暗闇の中、必死に目を凝らし、赤く燃える黒炭の隙間から零れる乳白色の光を睨み据える。

知らない、こんな反応は見た事が無い。

 

金属を炎で沸かし、蕩けた所で引き揚げ、槌で鍛えて圧着させる。

火花と共に金糞を飛ばし、金属の純度を高め、その強度を引き上げる。

鍛と錬。

これは単に鉄のみならず、数多の金属に通ずる製錬法である。

 

だが、霊銀(ミスリル)は鉱樹の子である。

白銀にも勝る輝きを放つも、銀ではない。

鋼をも凌ぐ硬度を得ると言うが、鋼でもない。

樹の賜物に鉱の論法が通じるのか、全ては手探りで行くしかない。

 

(ふいご)の手を止め、最低限の炭で、じっとりと蒸すように沸かし、待つ。

銀の融点は鉄よりも遥かに低い。

鋼と銀、両方の性質を兼ねる金属ともなれば、もはや未知なる領域である。

いつもの感性は通用しない。

それでも握り締めた梃子棒からは、小さな炎の中でふつふつと沸く銀の息吹が伝わって来る。

 

まだか?

今か?

 

「どかしてみろ」

 

意を決して指示を出すと、傍らのタタラがすぐに火床の中の炭を掻き分ける。

炭の奥より膨れ上がった柔らかな白が、火床の中一杯に広がっていく。

頃合いだ。

もはや自分にそう言い聞かせる他ない。

 

「出すぞ」

 

短く言うと、タタラは頷いて大槌を構えた。

素早く梃子棒を手繰り、金床の上に霊銀を載せる。

柔らかな光と熱が、部屋全体を淡い光に包み込む。

 

「焦るな、まだ軽くでいい」

 

「うん」

 

ノヅチの言葉に頷いて、タタラは静かに息を吐くと、槌の重さに任せるように打ち下ろした。

トン、トン、トンと、金物にしてはやや湿った音が返ってくる。

これが鉄なら、とっくに本鍛えに移っている所だ。

眠たい打撃はせず、二人して遮二無二鉄をぶっ叩かねばならない段階である。

 

だが、霊銀は未だ、鉄に成ろうとしていない。

未熟な塊を無理に叩けば形は崩れ、これまでの作業が台無しになってしまう。

 

「よし」

 

二十ほど打たせた所で声を掛けた。

タタラはほうっ、と安堵の息を吐き、次いで火床の火勢に目を向けた。

 

「親方、炭は――」

 

「いや……、今日はこれくらいにしておこう」

 

ノヅチがそういうと、タタラは脇に大槌を置いて、鍛冶場の窓を開けた。

夕焼けの茜が室内に差し込む。

 

「何て言うか、鍛冶っていうより、粘土でもこねてるみたいだな」

 

後方で作業を見ていたシバが、ポツリと感想を零した。

尖耳(エルフ)の少年の忌憚の無い意見を受け、困ったように頭を掻く。

指示を出しているノヅチ自身、自分の行いが正しいかどうか、確信を持てていないのだ。

 

銀の剣。

それは剣の形を取るとはいえ、一般には財物、或いは祭具という扱いになる。

安価な鉄に硬度で劣る銀を、わざわざ実用レベルの武具にまで鍛え上げる理由はない。

白銀を超える輝きを有しながら、鉄をも凌ぐ強度を誇る点に、霊銀の特異性があるのだろうが、

だからとて、目の前の霊銀が、鉄と同じ鍛錬法で特異点にまで到達するという保証はない。

 

「こんなやり方で、本当に霊銀を鍛え上げることができるのかい?」

 

「ねね、知ってる?

 この手拭いを三十回折り返せば、その厚みは鉱樹の頂にも届くってね」

 

返答に窮したノヅチに代わり、タタラが卓の上に置いた手拭いを、

二つ折り、次いで四つ折りにして見せた。

 

「なんだいそりゃ? 小人族(ドワーフ)流の諧謔(ジョーク)かい?」

 

「タタラの言ってるのは確かに諧謔の類だが、

 倭刀の断面にはそれだけの厚みが宿っているのさ」

 

タタラの言葉を引き継いでノヅチが口を開いた。

今、目の前にある霊銀を、一度折り返せば層は二つ、二度返せば四つ、三度返せば層は八つと、

折り返す度に層の数は倍々に積み重なっていく。

本来なら鉱樹の背丈にすら匹敵するその厚みを、熱して沸かし、叩いて伸ばして締め固める。

一度打つ度に不純物が弾け飛び、叩き伸ばす程に層が圧着されて密な個となる。

 

当初、ノヅチは合金という手段も一考した。

一般の銀にするように、霊銀に銅や鉛を加え、その強度を高めるという手段である。

だが、結局その手を採る事は無かった。

理由はドワーフ鋼の時と同じだ。

 

霊銀の魅力は、その純度の高さにある。

魔を払うほどの純粋な輝きが、霊銀の奇跡の源というのならば、

純なるべき銀に別の金属を混ぜる行為は、その本質に逆行する。

 

そして金属の純度を引き上げようとするならば、一介の槌振りに打てる手はもうこれしかない。

この金属の内側に、鉱樹の年輪をも超える鍛層が積み重なる時、

霊銀は真の輝きを得ることができる。

今は信じ、ひたすらに鍛錬を重ねる他にない。

 

「親方、ボク、夕飯の支度をしてるからね」

 

ノヅチの言葉に満足したのか、タタラはくるりと踵を返し、厨房の方へと駆けていった。

熱気の残る室内に、少年と二人で残される。

ちらりと部屋の隅に目を向けると、日中シバが運び込んだ木炭の束が、綺麗に重ねられていた。

 

「悪いな、こんなロクでもない仕事をやらせちまって」

 

「ロクでもない?」

 

「尖耳族としちゃあ、あんまりいい気がしないだろう?

 木炭の山を運ぶなんてさ」

 

「ああ、いや、そんな大した事じゃないよ。

 今日びそんな風習を気にするのは、尖耳の中でも老人たちばかりさ」

 

尖耳の少年は軽く肩をすぼめて見せ、ノヅチの謝意にさばけた態度で応じた。

 

「元よりおいらは、里の中でもはみ出し者でね。

 尖耳の伝統的な生活ってやつに馴染めなくてさ。

 それを見かねたウジュの旦那が、たまにこういった仕事を回してくれるんだ」

 

「そっか……、お前も色々大変なんだな」

 

「兄ちゃん達と同じさ、好きでやってるんだよ。

 それに今回の旦那の手管は痛快だよ」

 

シバはそこで言葉を切って、熟れた柿色に染まった霊銀を見ながら、独り言のように呟いた。

 

「もしも本当に、火と槌で霊銀を鍛える事が出来たなら……

 鉱樹の伝統がひっくり返る。

 もう、白銀の巫女が剣を捧げる必要なんて無くなるんだからさ」

 

「白銀の巫女が、必要なくなる……?」

 

少年の奇妙な物言いに、ちくりと疑念が走った。

確かに、槌振りの手で霊銀の剣が打てるなら、

ゆくゆくは白銀の巫女の代用品を作れる日も来るかもしれない。

だが少年の言い草には、銀剣の儀式そのものを忌避する色が混じっていた。

 

「ちょっと待て、そいつはどういう意味だ?

 白銀の巫女が霊銀の剣(ミスリルソード)を鍛えるのには、何か不味い問題があるのか?」

 

「……旦那からは、何も聞かされてないのかい」

 

そう言って、シバはやや気まずそうに視線を反らした。

 

じくり。

先日、チャクアに刺された胸中の棘から、一気に不安が広がっていく。

 

――自分の標になると謳った、白銀の少女の儚い輪郭。

 

――伝統に厳しい筈の尖耳族の青年が寄越した、奇妙な依頼。

 

――そして、今の少年の横顔。

 

全てのピースが何か不吉な方向に嵌まり始めている。

耐えかね、思わずノヅチは声を荒げた。

 

「来月の儀式で何が起こる?

 銀剣の儀式で、白銀の巫女は何をするっていうんだ?」

 

「知らないよ、おいらは。

 ウジュの旦那が教えてない事を、おいらの口から言うワケにはいかない」

 

「何だっていい、知っている事を教えてくれ!

 そいつが分からねえ事には、この霊銀を鍛える事なんざ出来やしねえ!」

 

「…………」

 

「要るんだろ?

 次の儀式に、俺の鍛えた霊銀の剣が。

 チャクアは……、白銀の巫女は、霊銀の事を無垢なる金属と呼んでいたぞ。

 儀式を知らない人間が、この霊銀に、一体何を教えてやれるっていうんだ?

 今の俺には、白銀の巫女の代わりの剣など、到底打てるはずが無え!」

 

胸中の不安を押し留めるように、ノヅチはシバの両肩を押さえて叫んだ。

尖耳族の少年はしばらくの間、どこか躊躇うように横目でノヅチの表情を捉えていたが、

やがて無言で頷いて、重たい口を開き始めた……。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。