暗闇の中、必死に目を凝らし、赤く燃える黒炭の隙間から零れる乳白色の光を睨み据える。
知らない、こんな反応は見た事が無い。
金属を炎で沸かし、蕩けた所で引き揚げ、槌で鍛えて圧着させる。
火花と共に金糞を飛ばし、金属の純度を高め、その強度を引き上げる。
鍛と錬。
これは単に鉄のみならず、数多の金属に通ずる製錬法である。
だが、
白銀にも勝る輝きを放つも、銀ではない。
鋼をも凌ぐ硬度を得ると言うが、鋼でもない。
樹の賜物に鉱の論法が通じるのか、全ては手探りで行くしかない。
銀の融点は鉄よりも遥かに低い。
鋼と銀、両方の性質を兼ねる金属ともなれば、もはや未知なる領域である。
いつもの感性は通用しない。
それでも握り締めた梃子棒からは、小さな炎の中でふつふつと沸く銀の息吹が伝わって来る。
まだか?
今か?
「どかしてみろ」
意を決して指示を出すと、傍らのタタラがすぐに火床の中の炭を掻き分ける。
炭の奥より膨れ上がった柔らかな白が、火床の中一杯に広がっていく。
頃合いだ。
もはや自分にそう言い聞かせる他ない。
「出すぞ」
短く言うと、タタラは頷いて大槌を構えた。
素早く梃子棒を手繰り、金床の上に霊銀を載せる。
柔らかな光と熱が、部屋全体を淡い光に包み込む。
「焦るな、まだ軽くでいい」
「うん」
ノヅチの言葉に頷いて、タタラは静かに息を吐くと、槌の重さに任せるように打ち下ろした。
トン、トン、トンと、金物にしてはやや湿った音が返ってくる。
これが鉄なら、とっくに本鍛えに移っている所だ。
眠たい打撃はせず、二人して遮二無二鉄をぶっ叩かねばならない段階である。
だが、霊銀は未だ、鉄に成ろうとしていない。
未熟な塊を無理に叩けば形は崩れ、これまでの作業が台無しになってしまう。
「よし」
二十ほど打たせた所で声を掛けた。
タタラはほうっ、と安堵の息を吐き、次いで火床の火勢に目を向けた。
「親方、炭は――」
「いや……、今日はこれくらいにしておこう」
ノヅチがそういうと、タタラは脇に大槌を置いて、鍛冶場の窓を開けた。
夕焼けの茜が室内に差し込む。
「何て言うか、鍛冶っていうより、粘土でもこねてるみたいだな」
後方で作業を見ていたシバが、ポツリと感想を零した。
指示を出しているノヅチ自身、自分の行いが正しいかどうか、確信を持てていないのだ。
銀の剣。
それは剣の形を取るとはいえ、一般には財物、或いは祭具という扱いになる。
安価な鉄に硬度で劣る銀を、わざわざ実用レベルの武具にまで鍛え上げる理由はない。
白銀を超える輝きを有しながら、鉄をも凌ぐ強度を誇る点に、霊銀の特異性があるのだろうが、
だからとて、目の前の霊銀が、鉄と同じ鍛錬法で特異点にまで到達するという保証はない。
「こんなやり方で、本当に霊銀を鍛え上げることができるのかい?」
「ねね、知ってる?
この手拭いを三十回折り返せば、その厚みは鉱樹の頂にも届くってね」
返答に窮したノヅチに代わり、タタラが卓の上に置いた手拭いを、
二つ折り、次いで四つ折りにして見せた。
「なんだいそりゃ?
「タタラの言ってるのは確かに諧謔の類だが、
倭刀の断面にはそれだけの厚みが宿っているのさ」
タタラの言葉を引き継いでノヅチが口を開いた。
今、目の前にある霊銀を、一度折り返せば層は二つ、二度返せば四つ、三度返せば層は八つと、
折り返す度に層の数は倍々に積み重なっていく。
本来なら鉱樹の背丈にすら匹敵するその厚みを、熱して沸かし、叩いて伸ばして締め固める。
一度打つ度に不純物が弾け飛び、叩き伸ばす程に層が圧着されて密な個となる。
当初、ノヅチは合金という手段も一考した。
一般の銀にするように、霊銀に銅や鉛を加え、その強度を高めるという手段である。
だが、結局その手を採る事は無かった。
理由はドワーフ鋼の時と同じだ。
霊銀の魅力は、その純度の高さにある。
魔を払うほどの純粋な輝きが、霊銀の奇跡の源というのならば、
純なるべき銀に別の金属を混ぜる行為は、その本質に逆行する。
そして金属の純度を引き上げようとするならば、一介の槌振りに打てる手はもうこれしかない。
この金属の内側に、鉱樹の年輪をも超える鍛層が積み重なる時、
霊銀は真の輝きを得ることができる。
今は信じ、ひたすらに鍛錬を重ねる他にない。
「親方、ボク、夕飯の支度をしてるからね」
ノヅチの言葉に満足したのか、タタラはくるりと踵を返し、厨房の方へと駆けていった。
熱気の残る室内に、少年と二人で残される。
ちらりと部屋の隅に目を向けると、日中シバが運び込んだ木炭の束が、綺麗に重ねられていた。
「悪いな、こんなロクでもない仕事をやらせちまって」
「ロクでもない?」
「尖耳族としちゃあ、あんまりいい気がしないだろう?
木炭の山を運ぶなんてさ」
「ああ、いや、そんな大した事じゃないよ。
今日びそんな風習を気にするのは、尖耳の中でも老人たちばかりさ」
尖耳の少年は軽く肩をすぼめて見せ、ノヅチの謝意にさばけた態度で応じた。
「元よりおいらは、里の中でもはみ出し者でね。
尖耳の伝統的な生活ってやつに馴染めなくてさ。
それを見かねたウジュの旦那が、たまにこういった仕事を回してくれるんだ」
「そっか……、お前も色々大変なんだな」
「兄ちゃん達と同じさ、好きでやってるんだよ。
それに今回の旦那の手管は痛快だよ」
シバはそこで言葉を切って、熟れた柿色に染まった霊銀を見ながら、独り言のように呟いた。
「もしも本当に、火と槌で霊銀を鍛える事が出来たなら……
鉱樹の伝統がひっくり返る。
もう、白銀の巫女が剣を捧げる必要なんて無くなるんだからさ」
「白銀の巫女が、必要なくなる……?」
少年の奇妙な物言いに、ちくりと疑念が走った。
確かに、槌振りの手で霊銀の剣が打てるなら、
ゆくゆくは白銀の巫女の代用品を作れる日も来るかもしれない。
だが少年の言い草には、銀剣の儀式そのものを忌避する色が混じっていた。
「ちょっと待て、そいつはどういう意味だ?
白銀の巫女が
「……旦那からは、何も聞かされてないのかい」
そう言って、シバはやや気まずそうに視線を反らした。
じくり。
先日、チャクアに刺された胸中の棘から、一気に不安が広がっていく。
――自分の標になると謳った、白銀の少女の儚い輪郭。
――伝統に厳しい筈の尖耳族の青年が寄越した、奇妙な依頼。
――そして、今の少年の横顔。
全てのピースが何か不吉な方向に嵌まり始めている。
耐えかね、思わずノヅチは声を荒げた。
「来月の儀式で何が起こる?
銀剣の儀式で、白銀の巫女は何をするっていうんだ?」
「知らないよ、おいらは。
ウジュの旦那が教えてない事を、おいらの口から言うワケにはいかない」
「何だっていい、知っている事を教えてくれ!
そいつが分からねえ事には、この霊銀を鍛える事なんざ出来やしねえ!」
「…………」
「要るんだろ?
次の儀式に、俺の鍛えた霊銀の剣が。
チャクアは……、白銀の巫女は、霊銀の事を無垢なる金属と呼んでいたぞ。
儀式を知らない人間が、この霊銀に、一体何を教えてやれるっていうんだ?
今の俺には、白銀の巫女の代わりの剣など、到底打てるはずが無え!」
胸中の不安を押し留めるように、ノヅチはシバの両肩を押さえて叫んだ。
尖耳族の少年はしばらくの間、どこか躊躇うように横目でノヅチの表情を捉えていたが、
やがて無言で頷いて、重たい口を開き始めた……。