鉱樹の地下を出ると、たちまち突き刺さるような日光が網膜を焼いた。
けたたましい蝉の声が鼓膜に響く。
むわっとした、初夏にしては気怠い熱気が全身を包み込む。
見上げれば上空では、鉱樹の新芽が風にそよぎ、新緑の隙間から吹き抜けるような蒼穹が覗く。
地には若草が茂り、真っ赤な花弁が千々に乱れ、陽光がコントラストを描き出す。
色とりどりの移り巡る世界の中に、ただ白銀の少女だけが居ない。
地上の美しさに耐え兼ねて、ノヅチは鉱樹の幹に背を預け、そのままずるずると座り込んだ。
「よくやってくれたな、ノヅチ」
後から来たウジュが、そう言って、足元のノヅチに一振りの小刀を差し出してきた。
「それが報酬の代わりだ。
その刀は、お前が持って行ってくれ」
目の前にチラつく小刀を、いやいやながら受け取り、鞘から引き抜く。
刃を陽光に翳すと、眩い輝きをその身に受け止め、神秘的な銀の輝きを放ち始めた。
ノヅチの鍛えた
何者をも寄せ付けぬ冴えた光を奇跡的に維持しながら、
その切先は歴戦の鋼にも負けぬ強かさを備えている。
刀身は、当初の想像よりも遥かに短くなった。
打ち始める前は歪な水晶球ほどもあった霊銀は、鉄の掟を学ぶ内に、脇差の刃にも満たなくなり、
最終的には、ちゃちな子供の護り刀に収まってしまっていた。
「……やっぱコイツじゃ、要足り無かったって事かい」
「今、私はお前に、よくやった、と言ったのだ」
ウジュはいかにも
「其の輝きは神秘を携え、其の切れ味は鋼をも両断する。
古の冒険譚に謳われる、霊銀の伝承そのものだな。
その小刀の光があれば、白銀の巫女の五百年には及ばずとも、
十年、二十年は鉱樹を保つ事が可能だと、私は思う」
「――ッ!」
だったら――ッ!
言葉にならぬ呻きをこぼし、ノヅチの肉体が跳ね上がった。
ウジュの襟首を締め上げて、そのまま鉱樹の幹に叩き付ける。
ぶっ殺してやる!
父を失った時ですら感じなかった、本物の殺意が沸き上がった。
ドス黒い漆黒の両眼が、尖耳の青年の蒼い瞳を捉えた。
ウジュは一切の言い訳をしなかった。
ただ、能面のような無表情の瞳の奥底に、深い悲しみを沈めていた。
ウジュが泣いている。
直感的にノヅチはそう思った。
この男は今、俺の手で殺されたがっている。
なぜかちらりと、そう考えてしまった事が、ノヅチを僅かに冷静にさせた。
「お前の仕事は、本当に、非の打ち所の無いものだった……。
過ちは全て、私の愚かしさの中にある」
辛うじて、絞り出すようにウジュが言った。
誇り高き尖耳の戦士の佇まいは微塵もない。
ぞくり、と背筋に違和感が走った。
なんだ?
俺は一体、どこで何を間違えたと言うのだ。
「ノヅチ……。
お前の業前で、霊銀の長剣を一振り仕立てようと思ったならば……。
あとどれだけの炭が要る?
どれだけの森を焼かねばならぬ?」
呻くように、ウジュが問うた。
それで全ての答えが分かった。
作刀に際し、尖耳の少年が工房の一角に山と積んでくれた炭の束。
それは今や、欠片も残ってはいない。
尖耳族は、森――。
他ならぬチャクア自身がそう教えてくれたのだ。
白銀の巫女が鉱樹の心臓を調律するのは、大森林全体の広大な生態系を育むためだ。
たった一本の古木を守るために、森を焼き、森を支える若木の生命を奪い取る。
その行為が、どれだけ愚かしい事か。
ウジュもノヅチも見て見ぬふりをした。
「尖耳の長老たちは、
どうしても、お前の刀の素晴らしさを認める訳にはいかないらしい。
その刀はもはや、この里に置いておく事は出来ないのだ」
ノヅチは両腕を下ろし、力無くその場に崩れ落ちた。
もしも人の手で、白銀の巫女に匹敵する霊銀が打てるのならば。
尖耳の若者たちは、こぞってその業を求め、いずれは森を顧みなくなるだろう。
森の民が森への敬意を忘れれば、たとえ鉱樹が無事であろうと、遅かれ早かれ尖耳族は滅ぶ。
……それでも、傍に居て欲しかった。
くだらぬ業を重ねた事に、いつものような悪態を吐いて欲しかった。
「槌を振り続けろ、ノヅチ。
お前の業は、尖耳族の心胆を寒からしめるほどに素晴らしい」
俯くノヅチにそう伝え、ウジュがその場を後にした。
不器用な尖耳の青年の、彼なりの最大限の賛辞だった。
「その方が、妹も喜ぶ」
去り際に一言だけ、青年はそう付け加えた。