星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

19 / 52
19話「小刀」

鉱樹の地下を出ると、たちまち突き刺さるような日光が網膜を焼いた。

 

けたたましい蝉の声が鼓膜に響く。

むわっとした、初夏にしては気怠い熱気が全身を包み込む。

 

見上げれば上空では、鉱樹の新芽が風にそよぎ、新緑の隙間から吹き抜けるような蒼穹が覗く。

地には若草が茂り、真っ赤な花弁が千々に乱れ、陽光がコントラストを描き出す。

 

色とりどりの移り巡る世界の中に、ただ白銀の少女だけが居ない。

地上の美しさに耐え兼ねて、ノヅチは鉱樹の幹に背を預け、そのままずるずると座り込んだ。

 

「よくやってくれたな、ノヅチ」

 

後から来たウジュが、そう言って、足元のノヅチに一振りの小刀を差し出してきた。

 

「それが報酬の代わりだ。

 その刀は、お前が持って行ってくれ」

 

目の前にチラつく小刀を、いやいやながら受け取り、鞘から引き抜く。

刃を陽光に翳すと、眩い輝きをその身に受け止め、神秘的な銀の輝きを放ち始めた。

 

ノヅチの鍛えた霊銀(ミスリル)の刃は、今や完全に、己が鉄である事を理解していた。

何者をも寄せ付けぬ冴えた光を奇跡的に維持しながら、

その切先は歴戦の鋼にも負けぬ強かさを備えている。

 

刀身は、当初の想像よりも遥かに短くなった。

打ち始める前は歪な水晶球ほどもあった霊銀は、鉄の掟を学ぶ内に、脇差の刃にも満たなくなり、

最終的には、ちゃちな子供の護り刀に収まってしまっていた。

 

「……やっぱコイツじゃ、要足り無かったって事かい」

 

「今、私はお前に、よくやった、と言ったのだ」

 

ウジュはいかにも尖耳(エルフ)の若者らしい、回りくどい物言いで、ノヅチの絶望を否定した。

 

「其の輝きは神秘を携え、其の切れ味は鋼をも両断する。

 古の冒険譚に謳われる、霊銀の伝承そのものだな。

 その小刀の光があれば、白銀の巫女の五百年には及ばずとも、

 十年、二十年は鉱樹を保つ事が可能だと、私は思う」

 

「――ッ!」

 

だったら――ッ!

 

言葉にならぬ呻きをこぼし、ノヅチの肉体が跳ね上がった。

ウジュの襟首を締め上げて、そのまま鉱樹の幹に叩き付ける。

ぶっ殺してやる!

父を失った時ですら感じなかった、本物の殺意が沸き上がった。

 

ドス黒い漆黒の両眼が、尖耳の青年の蒼い瞳を捉えた。

ウジュは一切の言い訳をしなかった。

ただ、能面のような無表情の瞳の奥底に、深い悲しみを沈めていた。

 

ウジュが泣いている。

直感的にノヅチはそう思った。

この男は今、俺の手で殺されたがっている。

なぜかちらりと、そう考えてしまった事が、ノヅチを僅かに冷静にさせた。

 

「お前の仕事は、本当に、非の打ち所の無いものだった……。

 過ちは全て、私の愚かしさの中にある」

 

辛うじて、絞り出すようにウジュが言った。

誇り高き尖耳の戦士の佇まいは微塵もない。

 

ぞくり、と背筋に違和感が走った。

なんだ?

俺は一体、どこで何を間違えたと言うのだ。

 

「ノヅチ……。

 お前の業前で、霊銀の長剣を一振り仕立てようと思ったならば……。

 あとどれだけの炭が要る?

 どれだけの森を焼かねばならぬ?」

 

呻くように、ウジュが問うた。

それで全ての答えが分かった。

作刀に際し、尖耳の少年が工房の一角に山と積んでくれた炭の束。

それは今や、欠片も残ってはいない。

 

尖耳族は、森――。

 

他ならぬチャクア自身がそう教えてくれたのだ。

白銀の巫女が鉱樹の心臓を調律するのは、大森林全体の広大な生態系を育むためだ。

たった一本の古木を守るために、森を焼き、森を支える若木の生命を奪い取る。

その行為が、どれだけ愚かしい事か。

ウジュもノヅチも見て見ぬふりをした。

 

「尖耳の長老たちは、

 どうしても、お前の刀の素晴らしさを認める訳にはいかないらしい。

 その刀はもはや、この里に置いておく事は出来ないのだ」

 

ノヅチは両腕を下ろし、力無くその場に崩れ落ちた。

もしも人の手で、白銀の巫女に匹敵する霊銀が打てるのならば。

尖耳の若者たちは、こぞってその業を求め、いずれは森を顧みなくなるだろう。

森の民が森への敬意を忘れれば、たとえ鉱樹が無事であろうと、遅かれ早かれ尖耳族は滅ぶ。

 

……それでも、傍に居て欲しかった。

くだらぬ業を重ねた事に、いつものような悪態を吐いて欲しかった。

 

 

「槌を振り続けろ、ノヅチ。

 お前の業は、尖耳族の心胆を寒からしめるほどに素晴らしい」

 

俯くノヅチにそう伝え、ウジュがその場を後にした。

不器用な尖耳の青年の、彼なりの最大限の賛辞だった。

 

「その方が、妹も喜ぶ」

 

去り際に一言だけ、青年はそう付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。