02話「焔宴」
竜骨山脈――
西方名オリエンタル・ウォールは、大陸の中央を背骨のように南北に走る大山脈であり、
古来より東西の文化圏を物理的に分かつ、まさしく自然の産んだ大長城であった。
壮麗なる霊峰が並び立つ、その僅かな間隙。
一条の光も届かぬ大渓谷が、無数の静脈のように延々と東西に走り、
いくつもの天然の交易路を形成している。
その交易の道も、一年のうち四分の一は雪に覆われ、東西の文化は遮断される事となる。
外の世界が、一面の銀世界に包まれる峻厳なる季節。
渓谷の一本では、濛々と白煙が立ち上り、いつ果てるともない、陽気な槌の音が鳴り響いていた。
通称、大盤鉱窟。
西方からは『
鉱業を生業とする一族が住む谷である。
小柄にして頑健な体躯を持った怪力無双。
古来より採掘と冶金に優れ、岩窟に蟻の巣のように巡らした王国に住まうこの一族は、
雪の季節には巣穴に籠って鋼を蓄え、
雪解けと共に麓に降りて、商売と冒険に明け暮れる日々を何百年も前から続けている。
今、季節は冬。
活火山のように絶えず噴き上がる白煙の奥底では、何百年も変わらず続く、
彼らの営みが繰り広げられていた。
「ホー! レイ!!」
「ホー! レイ!!」
赤々と燃える、活火山の中心地。
分厚く精緻な煉瓦で組まれた、半球形の巨大なドームの両脇で、
肌脱ぎとなった男たちが声を合わせ、目一杯に
「ホー! レイ!!」
「ホー! レイ!!」
掛け声に合わせ、汗だくの男たちの体が交互に沈み、浮き上がり。
その度に業火が荒れ狂い、ごうっ、と竜の息吹がドームの天井より噴き上がる。
「ほうれ、どうしたい
気合入れて踏ん張らんかい」
「応さ!」
小人族の発破を受け、『倭刀の』と呼ばれたボサボサの黒髪の青年が、力一杯、鞴を踏み込んだ。
背が低く筋骨隆々とした親爺たちの中で、頭一つ高く、ややひょろりとした印象の若者。
火に焼けた肌が業火に照らされ、その度に青年の頬に、にやりと笑みが張りつく。
「ヒッヒッ! お前さんも相当にイカレとんのう、倭刀の」
傍らで鞴を踏む男が、青年をからかうように語り掛けてきた。
「そりゃあこの谷にだってよう
俺らたちの鍛冶の技術を盗みてえってやってくる、物好きもナンボか居るがよ。
わざわざ
「だってよう! 踏まねば分からんだろうが、こんなのは!」
男の嘲りに対し、青年は汗だくになりながら、満面の笑みで叫び返した。
「鉄を打ちたきゃ良く鉄を識れと、死んだ親父殿がよく言うておったわ!
小人族の鋼を知るには、鋼の産まれる
俺には学が無えから、結局の所、踏んで知るしかねえんだ」
「ヒッヒッヒ! 堪らぬ鉄狂いじゃのう、親父さんも、おまえも」
「けどよ、疑ぐるワケじゃねえけどさ……
こんなにデッカイ窯をこさえて、本当に、中の中まで火風は巡るもんなのか?」
「百年くらい前までは、今の半分くらいの大きさだったと聞いとるけどなあ。
向かいの鉱窟から湧いた石炭を使うようにしたら、そいつがエラい具合が良くて、
それで徐々に窯の方も大きくしたって話だぜ。
尤もそれに気付いた頃には、周りの山々もすっかり禿げ上がっちまった後だったけどな」
そう言って、男が自らの禿げ頭をつるりと撫で上げた。
ぐっ、と笑いを嚙み殺し、青年が視線を再び足元に落とす。
この国はやはり、面白い。
小人族自慢の大鞴に大窯、それに石炭。
こんなスケールでの製鉄術は、青年の故郷の
「ノロじゃあ! ノロが出たぞい!」
一段低い所で炉を凝視していた親方が、不意に歓喜の声を爆発させた。
男たちの視線が集まる中、大窯の底の尻穴より、どろり、と、
あの日のような太陽の輝きが溢れ出した。
天井の大口より放り込まれた鉄鉱石が、灼熱の胃袋の中で消化される内に、
融点の低い不純な鉱滓が蕩けて混ざり排出されたのだ。
炉の内側で、上等な
「ホー!ホー!」
周りにいた小人族の男たちが、一斉に嬌声を上げた。
狂ったような叫び声の中に、青年は、かつての父の雄叫びを聞いたような気がした。
鉄に携わる者たちは、みな多かれ少なかれ、あの男のような狂気を身の内に孕むものなのか……。
「ホー!ホー!」
矢も楯もたまらず、青年もかつての親父殿のように叫んでいた。
この咆哮が、鉄の宴の始まりの合図である。
小人族の宴は三日三晩、炎を絶やす事なく続き……。
やがて大窯の中には、四海にその名を轟かす堅牢なドワーフ鋼を孕んだ、
巨大な鉧が出来上がるのだ。
「ホー!ホー!」
イズノハ・ノヅチ、十八歳。
父に連れられ、泰山の麓で星を拾ったあの日より、五年の歳月が流れていた……。