星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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20話「標」

「へえ~、こいつが完成した霊銀(ミスリル)の小刀かあ。

 すっげえなあ兄ちゃん。

 まさか本当に成し遂げちまうとは思わなかったよ」

 

手渡された小刀を右手に掲げ、尖耳(エルフ)の少年、シバが興奮気味に捲し立てる。

口調の中に喜悦の色が混じるのは、刀自体の興味よりも、

一介の槌振りが、堅物の長老たちを驚嘆せしめた事実への痛快さが勝るからであろう。

 

そうしてひとしきり、地金の輝きを興味深げに見つめていたシバだったが、

やがて、すっ、と表情を改めると、対面のノヅチに小刀を突き返して言った。

 

「けどね、いくらなんでも流石にこれは受け取れないよ。

 おいらもそこまで恥知らずじゃねえや」

 

「そうか」

 

「第一、この刀は村に置いておけないと、そう旦那から言われたんだろ?

 そんな曰くつきの代物を隠してる事がバレちまったら、

 今度こそおいら、()()()()にされちまうよ」

 

「違いない。

 すまねえ、忘れてくれ」

 

そうして二人、テーブルの中央に置かれた小刀に向かい、どちらともなく苦笑をこぼしたが、

その内に少年は顔を上げ、やや真剣な眼差しをノヅチに向けた。

 

「連れて行ってあげなよ。

 この小刀は、巫女の剣と同じ株から生まれた、霊銀の兄妹だ。

 鉱樹から切り離されても、きっと、見えない根っこで繋がってるさ」

 

そう言って、どこか寂し気にシバが笑った。

 

それからしばし、とりとめのない話をした後、少年は廃墟の工房から去っていった。

一月足らずの付き合いとはいえ、馴染みとの別れはやはり寂しかった。

 

工房の外から、石畳を掃き清める箒の音が聞こえていた。

元々が廃墟の街に、そんな礼節が必要なのかと思うのだが、

それをせずには居られない素直さこそが、あの少女の最大の長所なのだろう。

 

あの箒の音が途絶えた時、自分たちは鉱樹を後にする。

一人になった工房で、ノヅチは隕鉄を取り出すと、ごとり、と小刀の隣に置いた。

 

鉱樹ジュエトネリコを訪れてから二月。

自分の腕は、上がったのだろうか? 衰えたのであろうか?

一つだけ確かな事。

ノヅチの中で、鉄を打つという行為の意味が、確実に変わった。

 

ざらりとした隕鉄の地金を指でなぞる。

鉄を打つ事。

父の遺言を叶える事。

二つの道は一切のブレなく重なっており、それがノヅチの夢であり、目標であり、人生だった。

 

今も目指す所は変わらない。

だが今となっては、夢、などと、そんな軽々しい言葉を使う気にはなれなくなっていた。

 

 

『――そなたの(しるべ)になる事を、妾の運命(さだめ)とさせておくれ』

 

 

鉄を打つ、運命。

 

透き通るような童女の声で、睦言のように、悪戯のように、白銀の巫女が呪いを捧げる。

 

父の遺言に従い、惑星の欠片から切り出した鉄で、世界を救う剣を打つ。

そんな夢物語を、自らの運命にしたいと心の底から願う。

 

手を伸ばし続ける限り、自分の運命と、少女の運命は、どこまでも重なり続けていく。

触れられなくても、たとえ声が聞こえなくても。

諦めない限り、少女と自分が出会った意味は、永遠にそこに在り続ける。

少女が自分にかけてくれた呪いを、一片たりとも手放したくない。

 

箒の音が途絶えた。

 

旅立ちの時が来た。

振り絞るように重い腰を上げる。

この地には彼女との思い出がそこかしこにあるが、もう学ぶべき事は何もない。

 

 

――カラン、と箒が乾いた音を立てた。

 

 

振り向くと、タタラが力無くノヅチを見ていた。

俯きがちに、何かを堪えるような沈痛な面持ちで。

 

やがて、意を決し、何事か口を開きかけて。

次の瞬間、少女の瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。

 

「うェ……あ……!」

 

もはや言葉にならず、堪らずタタラは、ノヅチの胸にしがみついた。

少女の哀しみを、まともに抱き止める事も出来ず、ただ、ノヅチはタタラの姿を見下ろしていた。

じわり、と胸元が少女の熱い涙に濡れる。

小さな体を震わし、必死に声を押し殺して、ノヅチの胸の中で、タタラが静かに泣いていた。

 

嗚呼。

 

自分は本当に、どこまでも救いの無い大馬鹿野郎だ。

事ここに至って、尚も自分の事しか考えていなかった。

悲劇の主人公を気取っていた。

 

全て分かっていた筈だ。

タタラは勘の良い少女だと。

自分達が必死で叩いたこの小刀が、どんな意味を持つのか、理解していた筈だ。

 

僅か十二歳の少女が、その身に過ぎた重圧を背負い、

けれどそれを悟られぬよう、平静を取り繕い、親方を支え、たった一人で堪え続け。

そうして過ち、ついに耐えられなくなって、弾けた。

己の不甲斐なさに、嫌悪感に胸が灼ける。

 

「ゴメン……、ゴメンね、親方……」

 

嗚咽の声に混じり、辛うじて呻くようにそう呟いた。

だが彼女が、タタラが何を謝る必要がある。

 

巫女の代打ちを果たせなかった事か?

そんなのは、作刀をしくじったのは、全て親方の責任だ。

少女が負うべきものなど何もない。

 

……最後まで、涙を隠し通せなかった事か?

 

莫迦な。

人は感情のままに生きてこその人間だ。

悲しい時は泣けばいい。

 

大体が、尖耳の人間たちは、全てを取り繕い過ぎている。

運命だの、儀式だの、伝統だの……

悲しい時は、もっと心から素直になるべきだ。

虚飾に満ちた世界の中で、今、目の前で泣いている少女だけが、唯一のまともな人間ではないか。

 

じわり。

そう思った瞬間、視界が滲んだ。

ノヅチにかけられていた魔法が解けた。

 

これ程までに無様な姿を晒し続けながら、まだ自分はどこかで格好つけていた。

悲しむ事の許される人間ではない、などと。

チャクアとの未来よりも、鉄を打つ道を選んだ自分に、涙を流す資格は無い、などと――

 

 

「うっ……ああァ!!

 うあああああああああああああああああああああああああああ――!」

 

 

ノヅチの中の、くだらない建前が全て弾け飛んだ。

天を仰いで慟哭し、タタラの小さな体を、ひしりと両腕に掻き抱き、

十二歳の少女の胸に、縋るように額を寄せて、全身を震わせ嗚咽を漏らした。

 

もう堪えられなかった。

霊銀よりも無垢な少女の涙が、人で無しの槌振りを、漸く人間に戻してくれた。

 

大森林の奥深く、鉱樹ジュエトネリコにほど近い廃墟では、

けたたましい蝉たちの声が響き、人の子の慟哭を包み隠してくれていた。

 

白銀を溶かした涼やかな風が、初夏の熱風を吹き払い。

天空まで吹き抜けるような蒼穹が、広大な世界を見下ろしている。

 

 

旅立ちには、格好の日和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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