星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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第三章「妖刀奇譚」
21話「白鞘」


鐘が鳴る。

夕暮れの市街に、一日の終わりを告げる、重厚な鐘の音が鳴り響く。

 

城塞都市ヤサは、街の北側を峻厳な山々に、

南方を潤沢な大河に挟まれた、地政学上の要地である。

 

三百年前の魔王軍侵攻の折りには、人類側の前線を支える重要拠点として発展を遂げ、

戦後は多様な人種を内包する交易都市となった。

現在では、かつての地元の山岳信仰の名残は、古き女神の名を冠する都市の名と、

拝礼の時刻を告げる、夕刻の鐘の音を残すのみとなっている。

 

あくせくと荷物を畳み始めた行商人。

北を向いて首を垂れ、祈りを捧げる老夫婦。

多様な人々の行き交う異国情緒溢れる光景を、漆黒の瞳が街道の片隅から見上げていた。

 

伸びるに任せたボサボサの黒髪。

路上に敷いた筵に胡坐を掻き、背嚢を脇に置いた不遜な姿。

目の前には何故か、白鞘の打刀が一本。

 

イズノハ・ノヅチであった。

鉱樹を旅立った日から、二年の歳月が流れていた。

 

 

二年間。

青年は只々あてどなく、各地を彷徨い歩いていた。

 

目的地も定めず街道を往き、集落を見つけては転がり込んで鍛冶仕事を探す。

時に打ち捨てられた無人の鍛冶場に居座り、時には地元の親方に押し売り同然で仕事を貰う。

 

槌を振れるなら何でも打った。

鍬でも、鎌でも、包丁でも鍋でも構わない。

鉄に触れられてさえいれば何でもよかった。

 

破綻者である。

ノヅチは少しずつ、かつての父親と同じ道を辿り始めていた。

いつも何処かで、都合よく鍛冶仕事があるとは限らない。

己の売り込み一つ出来ない薄汚れた槌振りが、まともに路銀を稼げる筈もない。

 

心胆の死にかけた青年を支えてくれたのは、小人族(ドワーフ)の少女、タタラだった。

元より剛力頑健で鳴らし、成人前から各地を巡るのが習わしの小人族。

鍛冶仕事が無ければ積極的に冒険者たちのパーティーに混じり、

採集や簡単な魔物退治といった依頼をこつこつとこなした。

 

社交性の塊である彼女は常に親方を立て、

宿からギルドから旅先で出会った冒険仲間にまで、ノヅチの名を売る事を忘れなかった。

少女の伝手でノヅチにも、武具の修繕や新作など、時にはまとまった仕事も回ってきた。

 

だが、マトモな懐勘定すら出来なくなったノヅチには、それもどうでも良い事だった。

ひたすら無心で、鉄に向き合ってさえ居られればそれで良かった。

 

丸太を引く為の刃と、刺身を捌く為の刃は違う。

斬撃を逃がす為の曲面と、野菜にムラなく火を通す為の曲面は違う。

そんな当たり前の発見が、工夫が、創意の一つ一つが無邪気に愉しかった。

 

 

現在に至る。

ヤサの市中に着くなりタタラは宿と依頼を確保し、旅仲間と連れ立って朝から塞外に出ていた。

ノヅチの方は鍛冶仕事が空振りに終わり、やる事も無いので刀を売りに市中に来ていた。

 

白鞘の打刀。

ここ二年で刀工としてのノヅチが為した、唯一の成果である。

雑用の中、古釘だの屑鉄だのから選別した古鉄を一から(おろ)し、

タタラの稼ぎからちまちまと炭代を工面して、なんとか仕上げた一振りである。

 

マトモな環境が揃っていなかった割に、出来上がった刀は(なり)も地金も悪くなかった。

それでもノヅチは、なぜか銘を刻む気にはなれなかった。

それで路銀の足しくらいにはなるかと、市中の賑わいに持ち込んで見たものの、

結局一日、刀は売れなかった。

原因が新手の物乞いにしか見えない、自分自身の格好にある事には気付いていない。

 

再び鐘が鳴った。

二度目の鐘は、城門を閉じる合図である。

だいぶ日も落ちて来た。

タタラも既に、市中に戻って来ている頃合いであろう。

ノヅチもようやく人間観察を諦め、宿に戻るべく腰を浮かしかけた。

 

そこで違和感に気付いた。

ふと顔を上げると、一人の少女がこちらを真っ直ぐに見下ろしていた。

 

色素の薄い蒼い目をした、浅黒い肌の少女。

伸ばすに任せた黒髪は、ノヅチに敗けず劣らずボサボサで、整える事を知らない。

低めの身長は使い古された外套にすっぽりと覆われている。

顔立ちは良いが、一見するとノヅチ同様に乞食仲間にしか見えない少女であった。

 

違和感というのは、彼女の存在感の希薄さである。

往来で人の流れを見ていたノヅチですら、眼前に立たれるまで、その存在に気付かなかった。

こうして間近に見上げている今も、ふっ、と目を反らした瞬間、消え入りそうな儚さがある。

そんなノヅチの胸中を知ってか知らずか、少女は指先を白鞘へと向け、くぐもった声で言った。

 

「……売り物?」

 

「ああ、そうだよ、見ていくかい?」

 

ノヅチが応じると、少女は屈んで目線を合わせた。

そのまま刀を手に取るかと思いきや、今度はノヅチの胸元を指さして言った。

 

「そっちは?」

 

思わずノヅチはぎょっ、と目を丸くした。

少女はノヅチが胸元にしまい込んでいた小刀の存在に気付いていたのだ。

困ったように頭を掻いて、ノヅチが答える。

 

「悪いけど、こっちは売り物じゃ無いんだ。

 やれないよ」

 

ノヅチの回答に頷くと、少女は再び打刀に目を落とした。

白鞘を半ばまで引き抜いて、薄闇に冴えた地金をじっくりと見据える。

 

「いくら?」

 

「有るだけでいいよ。

 好きに値を付けてくれ」

 

あけすけなノヅチの言い草に対し、少女は懐から皮袋を取り出した。

袋を振ると、古ぼけた金貨が三枚、掌の上で踊った。

 

余りの事にノヅチも思わず苦笑する。

こんな端た金を握って帰っては、さぞやタタラも怒り狂う事であろう。

だが、今の自分の価値が金貨三枚というのは、妙に胸のすく所でもあった。

 

いいじゃないか、と思う。

理由は知らないが、とにかく少女は自分の刀を欲している。

刀に貧富も善悪も無く、ただ欲する者の許にあればいい。

 

売ろう、と決意を固めた瞬間、不意に何者かに横から声をかけられた。

 

「いやいやいや、そりゃあいけませんよ旦那!

 いくら何でもあんまりですぜ」

 

「あん?」

 

訝しげに傍らを見上げると、ひょろりとした鷲鼻の男が、呆れたように二人を見下ろしていた。

 

「なんだいアンタ? 藪から棒に」

 

「いえね、あっしはしがない通りすがりの行商人ですがね。

 見た所その刀、中々の業物のようじゃありませんか?」

 

行商人を名乗る胡散臭い男は、まじまじと刀身を覗き込みながら、さらに言葉を重ねる。

 

「どうです旦那、

 この刀、こちらに回しちゃあくれませんか?

 あっしなら、その娘の三倍は出しますぜ」

 

(五倍でも安いよ) 

 

お調子者の物言いに内心でそっと毒を吐く。

ちらりとノヅチの脳内に、亡父の刀を買い付けに来た、

ルヴェン家の家宰の貼り付けた笑顔が蘇った。

 

「そう言ってくれるのは有難いがね……」

 

言いながら金貨三枚を受け取り、白鞘を目の前の少女に押し付ける。

 

「悪いね、もう売っちまった」

 

そう断って、金を懐に入れようとしたノヅチだったが、

その袖口を、不意に少女の右手に抑えられた。

 

「……まだ何かあるのかい、嬢ちゃん?」

 

「刀だけじゃなく、貴方の腕も売ってほしい」

 

「はあ?」

 

そう言って、少女は今度はノヅチの握り拳に視線を移した。

豆と火傷の傷だらけの拳を見据え、ひゅう、と傍らの男が口笛を吹く。

 

「成程、ここいらで倭刀なんぞ珍しいと思ったが、旦那自身の作でしたか。

 こっちのお嬢さんも随分と立派な目利きだねえ」

 

「勝手に話を進めるなよ。

 に、したって、金貨三枚で俺の腕まで買おうってのは、

 いささかアコギが過ぎるんじゃないのかい、えっと……」

 

「……レイン」

 

戸惑うノヅチに対し、少女はポツリと名を名乗り、真っ直ぐにノヅチを見つめて来た。

捉えどころのない、それでいて奇妙な切実さを感じさせる蒼の瞳。

言葉に出来ない既視感(デジャヴ)が、ノヅチの胸中でざわりと震える。

 

三度目の鐘が鳴り、城門が完全に閉鎖された。

既にとっぷりと陽が傾き、人の流れもまばらとなり始めている。

程なく、市中の彼方より、ノヅチの名を呼ぶ声が聞こえた。

声のする方を見れば、仕事を終えたタタラが片手を振ってこちら駆けている所であった。

 

「取り敢えず、さ」

 

ぱんぱん、と埃を払い、筵を畳んで荷物を背負う。

そうして軽く一伸びすると、ノヅチは改めて少女を見下ろして言った。

 

「話の続きは、飯でも食いながら聞くよ、レイン。

 ちょうど金も手に入った事だしな」

 

 

 

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