星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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26話「邂逅」

山中の隠れ里に、激しい槌の音が鳴り響いていた。

 

光を遮断した鍛冶場の中、熱気に満ちた室内で、一心不乱に二人が鉄を叩き続ける。

ノヅチの手槌が位置を定め、すかさずレインが向槌(むこうづち)を振う。

小気味よく金属音が反響し、その度に火花を散らして梃子棒(てこぼう)が揺れる。

 

鍛刀は既に本鍛えの段階に入っていた。

白鞘と赤錆の刃は今や存分に混じり、徐々に刀身の全貌が形どられ始めていた。

 

「よし!」

 

鍛着が十分に為ったのを見て、ノヅチが一声かけた。

徐々に柿色に変わり始めた鉄を再び火床に戻し、すかさず炭を投じ(ふいご)を握る。

炎の色を睨みながら風を送り続け、ようやく火勢が戻ったのを確認すると、

ノヅチはちらり、と後方に視線を向けた。

 

「……気になる?」

 

「ああ、いや……、すまない。

 親方がこんな事に気を取られていちゃいけないよな?」

 

困ったように頭を掻くノヅチに対し、レインは無言で首を振った。

こうして鍛刀を続けている今も、ノヅチは常に、妖刀の見せる記憶の残滓に苛まれていた。

過去の亡霊に苦しむノヅチに対し、穏やかな口調でレインが言った。

 

「あの頃、狂気の世界に憑りつかれていた父も、

 その狂気に振り回されていた私も、鍛冶場を覗く視線の存在に気付けなかった。

 私があなたのように繊細だったら、その後の悲劇は防げていたかもしれない」

 

 

父に殴られた姉が土間に崩れ落ちる姿を、少年は、壁の外から覗いていた。

そっと鍛冶場を離れ、物音を立てぬようにその場を後にする。

 

少年の名はヴィレジ。

狂乱に憑りつかれた鍛冶師の長男であった。

 

少年が六歳の時、彼の祖父と叔父に当たる人物が亡くなり、

それ以来、父親は次第に精神のバランスを崩していった。

元より陰気で、人付き合いの苦手な人物であったのだが、あの日以来、

父は人が変わったように気が短くなり、事あるごとに少年の姉に当たるようになっていた。

 

少年にとって母親代わりであった姉も、近頃は少年に構う余裕が無くなっていた。

全て、自分が幼な過ぎるのがいけないのだと少年は思った。

自分に大人なら、自分が代わりに槌が打てる。

自分に力があれば、これ以上、姉に手を上げさせたりしない。

 

涙を拭い、少年の足は里の北にある廃坑へと向かう。

常日頃から、姉に絶対に近づくなと言われていた悪魔の棲家。

だが、今の少年には孤独を塗り潰すための格好の隠れ家でしかなかった。

少年は幼く、槌を振るえるほどの体躯では無かったが、彼には一つ特技があった。

 

闇と交わる。

 

恐ろしく夜目が利き、人類の本能である闇夜への恐怖が一切無い。

夜の世界で、少年の肉体は解き放たれ、山猫のようにしなやかになる。

獰猛な夜行性の獣たちも、坑内に棲まう生物たちも、奔放な少年の動きを咎めない。

 

少年は、夜の世界の王だった。

それが彼の祖父から脈々と連なる、ヤサの猟犬の資質の顕れだった事を少年は知らない。

少年はまさに天才だった。

ただ一つ惜しまれるのは、少年の素養を正しく理解し、

正しい道に引き上げられるだけの『師』が、既に失われていた事だ。

 

ある日、複雑に入り組んだ坑道を抜けた先で、少年は見た。

天然の鍾乳洞と繋がった、ぽっかりと開けた地底湖。

広間の中央に、何か大きな巌が鎮座している。

 

深海を閉じ込め塗り固めたかのような異質な黒。

佇まいだけで、人を圧迫するかのような瘴気。

瑕付き破れた胸甲、足元に転がる髑髏(しゃれこうべ)

 

コイツだ……、少年は思った。

狂乱の中で、度々父が、呪詛のように声を枯らして叫ぶ『魔王の鎧(リビングアーマー)

祖父と叔父を殺し、父を狂わせ、優しい姉を傷つける物。

 

高鳴る鼓動を必死で殺し、少年はゆっくりと鎧に近づいた。

すっ、と右手を差し出した、次の瞬間、不意に鎧がばらけて崩れ落ちた。

凄まじい金属音が洞内に反響し、大兜が髑髏を押し潰し、少年の足元に転がった。

 

コイツ……、死にかけているのか。

徐々に薄れていく瘴気の影を、少年はそう理解した。

 

事実、鎧は瀕死だった。

宿主を失い、祖父に穿たれた一太刀が効いたのか。

身を削り妖刀を叩く、少年の父の呪詛にも等しい執念が鎧を追い詰めていたのか。

少年に全てを知る術はない。

 

ただ一つ、今ならば、この鎧を支配できると少年は直感した。

闇を恐れぬ少年にとって力を失った足元の鎧は、物影の溝鼠(どぶねずみ)よりも恐れるに値しない。

自分が鎧を制御できさえすれば、もう妖刀を打つ必要は無い。

父の暴挙を止める事が出来る。

優しい姉がこれ以上苦しむ姿を見ないで済む。

 

少年の胸よりも大きい漆黒の兜を、ゆっくりと両手で抱え上げた。

少年はまさに天才だった。

ただ一つ惜しまれるのは、少年の素養を正しい道に導ける師が居なかった事。

幼い少年は知らなかった。

 

闇の眷属の最も恐るべき所は、常人を遥かに凌ぐ膂力でも、底の知れぬ魔術でも無い。

詐術。

弱者を装い、強者に(へつら)い、隙を見て急所に噛り付き、全てを根こそぎ奪い取る。

 

少年は知らなかった。

悪魔との取引において悪魔は決して嘘を吐かない。

だが真実を語ることもない。

 

悪魔と取引した者の願いは、やがて本人が望まぬ形で実現する事となる……。

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