星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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28話「剣精」

「旦那、アンタも大概ロクデナシですね……」

 

鍛冶場の外壁にもたれかかりながら、呆れたようにヒウマンが呟いた。

傍らのノヅチは何も答えない。

どっかりと壁を背に座り込み、両腕を組んで居眠りを決め込んでいる。

 

「彼女が参っちまったのは、あの妖刀の仕業なんでしょ?

 その彼女に仕上げを任せるってのは、いくら何でも酷じゃないですか?」

 

「タタラはそんなにヤワじゃねえ」

 

尚も突っかかって来るヒウマンに対し、煩わし気にノヅチが応えた。

目を閉じて耳を澄ませば、今も室内から砥石を当てる音が聞こえてくる。

 

タタラに砥ぎを任せてから一昼夜が過ぎた。

作業中、レインはつきっきりでタタラの側に控えている。

体調の優れぬタタラに対し、無理を強いているのはノヅチだって百も承知だ。

 

「明日はもう新月だ。

 どの道、今はアイツの技術に頼るしかないんだよ」

 

これは嘘だ。

口にして自分でそう思った。

たとえ今、目の前に砥ぎの達人が居たとしても、

ノヅチはタタラ以外の人間に自分の刀を触らせたりはしないだろう。

 

三年間、共に暮らして培った信頼、というのも勿論ある。

だがそれ以上に、これだけの期間、ノヅチの打った刀を一番最初に見てきたのは

いつだって彼女だったのだ。

 

六歳も年下の少女に甘え切っている、という自覚はある。

だがそれでも自分の刀はタタラが砥ぎ上げ、彼女の目で最初に確認してもらいたかった。

大盤鉱窟を出た時、あるいはもっと前から、

ノヅチの中では、それが当たり前の光景となっていたのだ。

 

いつしか砥石の音は止んでいた。

ノヅチが顔を上げると、ほどなく扉が開いてレインが姿を見せた。

 

「終わったのか?」

 

ノヅチが問うと、レインはこくりと一つ頷いた。

はやる心を抑えて立ち上がり、入れ違うように室内に向かう。

 

「タタラ」

 

ノヅチが一声かけると、タタラはようやく安堵したかのように微笑した。

ふらり、と揺れる少女の両肩を、慌てて駆け寄り両手で受け止める。

 

「よくやってくれたな、タタラ。

 すまない、今回は本当に無理をさせちまった」

 

「なんだよ……、酷いなあ、親方。

 現物を見もしないで褒めるなんてさあ」

 

「ああ、そうだな。

 返す返すもすまねえ」

 

思わずふっ、と自嘲が漏れた

タタラの背をレインに預け仕上げ場に向き合うと、刀身に手を合わせ、両手で刃を掲げ持った。

じっ、と舐めるように視線を動かす。

 

(きず)(ひび)の類は見当たらない。

地金はやはり血のように赤かったが、

切先はあの白鞘の生まれ変わりように冴えた白銀に輝いており、

刃紋はまるで黄昏時の浮浪雲(はぐれぐも)のように複雑な濃淡を孕んでいた。

 

赤さの中に、暖かさがあり、郷愁が来る。

その刃の紅からは、血溜まりの不吉な色合いが綺麗に消えてしまっていた。

 

「不思議な色合いだよね……

 今思うと、ボクは正直、あの赤錆の刀身の色は凄く怖かった。

 でもこの刃は逆。

 同じ赤でも、砥ぎ澄ますほどに力をくれるような、凄く安心する色」

 

「ちっとも不思議じゃないさ」

 

刃を台に戻し、レインの方に向き直りながら、ノヅチが言った。

 

「赤は血の色、命の色。

 至誠の、覚悟の、情熱の、純粋さの顕われだ。

 この身に流れる血潮の色が、不吉の象徴であるハズがねえ」

 

「――!」

 

「そうだろう、レイン?」

 

そう断定するノヅチの言葉に、レインは珍しく目を丸くしたが、

やがて強い決意を篭めて、こくり、と一つ頷いた。

 

「きっと、あなたの言う通り。

 これこそが本来の纐纈(こうけつ)刀。

 この世の怨讐を断ち切る刃とは、多分、こういう(くれない)で無くてはならない……」

 

 

彼方の闇から、一匹狼の遠吠えが聞こえた。

バチリ、と篝火(かがりび)が爆ぜ、木片の崩れる音が鳴る。

 

坑道を照らす二つの篝火、それだけがこの闇夜の中で、人間の境界を保っていた。

オレンジの炎を背に受けて、底の知れぬ坑道の闇に、少女が一人立ちはだかる。

 

「……すまねえ」

 

後方に控えたノヅチが、呻くように呟いた。

言葉の意味を掴みかね、レインが怪訝な眼差しを向ける。

 

「俺は、その妖刀を、この腕で鍛え直す事が出来たなら……。

 お前の親父さんに()てたなら、それでお前の運命を変えられるかも、

 救えるかもしれないと、そう勝手に思い上がっていたんだ」

 

そう語るノヅチの懺悔に、レインは笑って首を振った。

 

「私は剣精(けんせい)……、妖刀に宿る記憶の残骸。

 本当のレインの物語は、二百五十年以上も昔に終わっている。

 いかな賢人聖人であっても、過ぎ去った刻を捻じ曲げる事など出来はしない」

 

レインは少し寂し気に苦笑した後「けれど」と一つ付け加え、

再び坑道の闇に向かい合った。

 

「――けれど、これから起こる惨劇を、喰い止めることは出来る。

 貴方たちが私に、もう一度、好機(チャンス)をくれた。

 ……本当にありがとう」

 

その言葉を合図にしたかのように、レインが身を屈め、

腰に差した妖刀の鯉口を、くん、と切った。

ざわざわと周囲の木々が騒めき立ち、風鳴りが雄叫びのように坑道を反響する。

さっ、と新月が(かげ)り、常世の風が吹き荒れる。

 

「き、来ましたぜェ!」

 

後方のヒウマンが、悲鳴にも近い声を上げた。

ガシュン、ガシュンと装甲を鳴らし、鋼の軍靴が大地を揺する。

ゆらり、と巌の如き巨体が影を為し、鉄仮面の奥底で鬼火が少女を睥睨(へいげい)する。

 

油断なく、レインが刃をすっぱ抜いた。

刀身は篝火の炎を取り込んだかのように紅く煌めき、闇夜の地上に新月を描く。

 

 

『キョゥオオオォオオオォ―――ッッ』

 

 

その刃の色を見た途端、金属を震わし鎧が哭いた。

直後、鎧は四足獣のように体を畳み、一直線に突っ込んできた。

その巨体からかくやという疾さで、風を巻いて剛剣を振り被る。

 

対し、レインは臆する事無くするすると前に出た。

前に出る事で間合いを潰し、剛剣の死の旋風の内に逃れた。

 

唐竹割の一撃、

受けるでもなく太刀を重ね、瞬間、力強く手首を返し、剛剣を真っ向切り落とした。

目測を外した一撃が大地を砕き、鎧が派手に一回転する。

 

振り向きざま、尚も横薙ぎの一閃。

この一太刀もレインは読み切っていた。

トン、と大地を蹴って横一文字の上を取り、頭上から鉄仮面を斜めに刻み、

更に肩当てを踏み台にして、入れ替わるように前方に逃れた。

 

(イケる――!)

 

傍目に見ているノヅチの目からも、確信が溢れた。

レインの動きは魔王の鎧(リビングアーマー)の鬼神の如き速度に対応し、更に精妙さを増している。

これこそが妖刀を得た、ヤサの猟犬の本領なのだと実感する。

 

『オオォオオオォ―――ン!』

 

独特の金切り音を上げ、大鎧が剛剣を振り回す。

打ち下ろしの一撃から一転、地擦りの刃を夜天目指して跳ね上げた。

 

ドゴン、という爆音と共に土塊を巻き上げ、砕けた瓦礫を散弾の如くブチ撒ける。

詰め寄る事も逃れる事も許さぬ羅刹の剛腕。

だがそれも、今のレインにとっては格好の目隠しに過ぎなかった。

右手から迫る斬撃に対し、時計回りにステップを踏み、剛剣を振り抜く大鎧の背後をとった。

 

決着――、そう思った瞬間、悪鬼の罠が牙を剥いた。

大鎧の血染めの外套(マント)が大蛇のように唸り、

迫り来る少女の姿を吞み込まんと大口を広げた。

 

対するレインは、反射的に踏み止まって腰を切り、最小の斬月で外套を切り裂いた。

中空の布地を苦も無く引き裂く斬撃が、刃の只ならぬ切れ味と仕手の技量を証明する。

だが、この攻防で確実に一手遅れた。

真っ二つに割れた外套の先で、悪鬼が剛剣を大上段に構える。

すかさずレインも手首を返し、逆風の一太刀を振るう。

 

漆黒と真紅の軌跡が、ギン、と中空でぶつかり合い、二人の動きが制止した。

 

『オオォオオオォオオオオオオッッ』

「……ッ!」

 

鍔迫り合い。

重なり合う刃に籠めた剛力が、両者の体をガタガタと震わす。

巌の如き大鎧の巨躯が剛剣に乗り、華奢な少女の体が否応も無く大地に沈む。

この体勢になってはもはや、後方に逃れる事は叶わない。

 

ばっくりと割れた鉄仮面から鬼火が噴出し、暗い情念が漆黒の渦を巻く。

対し、レインの妖刀からも殺意と情念の炎が溢れ、死の漆黒を真正面から押し返す。

剛力と剛力、妖と魔が激しくぶつかり合い、二人の体を中心に、怨讐の黒竜巻が巻き起こる。

 

「レイン!」

 

思わず飛び出しかけたノヅチの視界が、不意に真紅に染まった。

どくり、と動悸が乱れ、凄まじい頭痛と嘔吐が込み上げ、堪らずその場に膝を突く。

 

「無理だ旦那!

 あんなモンに巻き込まれたら、その場で心臓が破裂するぞ!」

 

「うるせえ! だったらどうすりゃいい!」

 

凄まじい瘴気の渦を前に、ぎりりと奥歯を噛み締める。

だがヒウマンの言う通り、目の前の超常現象に対し、力無き人の子に何が出来ようものか?

 

「……チ、…ヅチ……」

 

不意に耳元に届いた少女の声に、ノヅチが後方を振り返った。

見ると、寝所に閉じ込めておいたはずのタタラが、

フラフラと幽鬼のような足取りでこちらに近寄って来ていた。

 

「バッカ野郎! 来るなタタラ! 死ぬぞ!」

 

「ノヅチ……、ミ、霊銀(ミスリル)、刀、を……」

 

「無茶だ! 今のお前の体じゃヴァア――ッ!」

 

ノヅチの言葉は最後まで続かなかった。

突如として全力疾走を始めたタタラが、ノヅチの片膝を踏み台にして、

顔面に強烈な膝蹴りを叩きこんできたのだ。

 

めきょり、と鼻骨が哭いて、否応なく視界が天を向く。

鼻血が噴出し、激痛とタタラに蹴られたショックで全身が痺れ、じわり、と涙が滲む。

そんな放心状態のノヅチの頭上に、憤怒の形相のタタラが影を為す。

 

「ああもう! 

 いちいちしち面倒くさい奴じゃのう!

 いいからとっとと、その霊銀刀を妾に寄越せと言うておるのじゃッ!」

 

「えっ? あ、ハ、ハイ……」

 

言われるがまま、おずおずと差し出された霊銀刀をふんだくると、

タタラは鞘を投げ捨て、死の黒竜巻目掛け一直線に走り出した。

 

「レイン!」

 

タタラが一声叫び、右手に霊銀刀を携え、空いた左手を真っ直ぐに伸ばす。

左手はレインの背中をすりぬけ、褐色の拳の上から妖刀の柄をがしりと掴み取った。

合わせて横一文字に構えた小刀で、妖刀の峰を支えて力一杯に押し返す。

ちょうど妖刀と霊銀刀で、悪鬼に対し十字を切る形になった。

 

タタラの動きに合わせ、レインの姿が徐々に揺らぎ始めた。

レインの両手が、体が、髪が、その全身が微細な光の粒に解け、

妖刀の周囲を煌めく粒子の渦で取り巻いていく。

 

粒子は徐々に刃と混じり合い、やがて刀身全体が眩い輝きを放ち始めた。

 

 

『キョウアアェアアァアアアァァァァ――――!!』

 

 

魔を祓う霊銀の輝きに、少女の祈りを宿した刃の赤熱。

ピシリ、と剛剣に一筋、亀裂が走った。

至近距離で浴びせられた十字の聖光を前に、魔王の鎧が断末魔の悲鳴を上げる。

 

「ハアアァア――ッ」

 

裂帛の雄叫びを上げ、タタラが両手の刃を十文字に振り抜いた。

無垢な一撃は剛剣を砕き、魔王の鎧を、その妄執を十字に裂いた。

 

瞬間、月光が大地に溢れ、怨讐を祓い、拡散する閃光が全てを白色に染め上げていった。

 

 

 

 

 

 

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