その後――
胸甲を十字に裂かれた
残されたノヅチとヒウマンは、再び気を失ったタタラを担ぎ上げ、
ひとまず廃墟の寝所へ引き上げる事にした。
タタラをベッドに寝かしつけ、潰れた鼻骨の手当を終えた二人が現場に戻ると、
大鎧の残骸は煙のように消え失せていた。
先刻まで現場を取り巻いていた瘴気は影も形も無く、頭上には満天の星々が煌めく。
鎧と妖刀が交錯した付近を調べると、草陰には幼子の白骨が転がっていた。
それでようやく、全てが終わったのだと実感できた。
傍らに突き立った倭刀を引き抜き、舐るように地金を見つめる。
褐色の肌の、蒼い目をした少女の名残は、何処にも無い。
手にした刃は、まるで卸し立てのような、冴えた地金の新刀に過ぎなかった。
「……金貨三枚で引き取りましょうか?」
背後から刃を覗いていたヒウマンが、皮肉交じりにそう
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翌朝。
妖刀の影響から脱したタタラは、昨夜の記憶を完全に無くしてしまっており、
顔面を包帯でグルグル巻きにしたノヅチの姿を前に、しきりに小首を傾げていた。
「知らないよ、そんなの。
ボクが尊敬する親方に対して、そんな酷い事するワケないじゃん。
可哀想な親方」
そう言ってタタラは、負傷したノヅチの鼻の頭を優しく撫でてくれた。
彼女の言う通り、こんな心優しい少女が、親方の顔面に膝を突き立てたりする筈がない。
昨夜はとにかく、色々な事があり過ぎた。
きっとタタラも瘴気を浴びて、なにかロクでもない悪霊にでも憑りつかれていたのであろう。
深い哀しみの記憶を、ノヅチはそっと心の奥にしまい込んだ。
少年の亡骸は、一月前に赤錆を引き抜いた、あの丘の上に弔う事にした。
骸を埋めた土饅頭のすぐ脇に、手にした新刀を突き立てる。
それが褐色の少女の墓標代わりだ。
時が流れ、再びこの刀が赤錆び、朽ちたとしても、あの悪鬼が目を覚ます事は二度と無いだろう。
朝靄に煙る、猟犬たちの夢の跡を静かに見下ろす。
今はただ、姉弟の眠りが安らかならん事を切に願う。
彼女の戦いの日々は、自分たちの記憶の中にだけあり続ければ、それでいい。
墓標に対し十字を切るヒウマンの姿を、ちらりと横目に捉える。
謎解きは、最後の一つを残すのみとなっていた。
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「いっやあ、しかし、今度ばかりは参りましたねえ。
結局、鎧も妖刀もまとめてパアとは、
骨折り損のくたびれ儲けとはこの事だ」
魔剣士たちの隠れ里からの帰り道。
お喋りなヒウマンは、道中ずっと愚痴を並べながら二人の後をついて来た。
前を行くノヅチは何も言わない。
少なくとも今回の騒動に関して、ヒウマンは自分たちの良き協力者であり続けてくれていた。
レインの眠る里の近くで、事を荒立てたくは無かった。
「まっ、あっしら、しがない商人風情にゃ、
命が有っただけ儲けもんって話なんでしょうが。
街に戻って一杯つけたら、次はなんか、もっとうまい話を……」
「ヒウマン」
頃合いを見て、ノヅチが足を止めた。
怪訝な瞳を向ける行商人の姿を、改めてまじまじと顧みる。
「アンタ、いつまで俺達の後をついてくるんだい?
もう俺達から銭の匂いはしないだろ?」
「ハッハ、そんなつれない事を言わんで下さいよ。
だいたい、この山中からヤサの街までは一本道じゃないですか?
旅は道連れと洒落こみましょうや」
「そうかい」
短く言い捨て、ノヅチが胸中の小刀をすっぱ抜いた。
突き付けた刃が陽光を孕み、向かい合う鷲鼻の余裕を奪い取る。
「ちょ、ちょ、ちょい待ち!
一体なにをしようってんですかい、旦那!
突然そんな物騒なもんを取り出して」
「物騒かい、こいつが?
こんなにもチャチな刃先の護り刀が」
「へっ?」
「この小刀を初めて見た時『おっかねえ刀』と、アンタは言ったな。
この刃を見て、そんな感想を口にしたのはアンタが初めてだよ。
なぜだ?」
「イヤイヤ! だってそうでしょう?
その刀がピカッと光ったと思ったら、目の前の大鎧が幻のように消えちまったんだ。
神秘と魔性の違いも分からねえ、あっしら素人にとっちゃ、
おっかねえ力を秘めた刀って事に違いねえでしょうが」
「……の、ワリにはアンタ。
魔王の鎧の事は、これっぽっちも恐れていなかったな」
確認するように、ノヅチが言った。
……よく回る舌が、止まった。
「あの炭蔵はいけないよ。
あれだけ周りの家屋が劣化してて、炭だけが
そんな都合の良い話があるもんかい」
「……金貨三枚しか持ってない娘っ子に、用立てられる量じゃないですなあ。
ハハ、参ったねえ、旦那には。
鈍感なようで、思いの外よく見てやがる」
困ったように、鷲鼻がポリポリと頬を掻いた。
その仕草を合図に、ガサガサと
「親方!」
荷物を放り投げ、
強烈な獣臭、いや、枝葉の向こうに見え隠れする襲撃者たちの気配は、
単なる獣の群れと言うよりも、昨晩の魔王の鎧の圧にこそ近い。
「あっしの目的はね、さるお方の命により、
あの魔王の鎧を回収する事だったんでさあ。
ところが、ようやく見つけた大鎧ときたら、とんでもねえガキに見込まれたようで、
本来の主をすっかり忘れっちまってると来た」
周りの変化を気にするでもなく、鷲鼻が飄々と自白を始める。
「コイツはどうしたもんかと、手をこまねいていた所に、あの嬢ちゃんだよ。
ありゃヤサの猟犬の最後っ屁だと、ピンときたね。
上手い事立ち回りゃあ、鎧と妖刀、両方手に入るかもしれないって算段だ」
「…………」
「獲らぬ狸の……、とは言ったモンさ。
ハハ、魔王の鎧も妖刀も、まとめてぶっ飛んじまうとはねえ」
「そいつはとんだ大目玉だが、もう俺達には関係ない話だろ」
「いやそれがね、つい今朝がた、新たな命が届きまして……」
ピッ、と手品のように、ヒウマンが小さな紙片を取り出した。
上空から、鴉の一鳴きする声が聞こえた。
「どうやら気紛れな主殿は、
お気に入りの鎧をぶっ壊してくれた槌振りに興味津々なようでして……。
どうかこの場は、あっしの顔を立てると思って、ご同行願えませんかねえ?」
「……そんな話、俺が聞くと思うか?」
「やめましょうよ、旦那。
その小刀の恐ろしさも、そっちの嬢ちゃんの怪力も、十分承知の上でさあ。
知らない仲でもあるまいし、お互い痛い目見るだけバカですよ」
呆れたように、ヒウマンが首をすぼめて見せた。
じとり、と周囲の湿度が一段上がった。
纏わりつく悪意の渦が、空間を歪め、剣呑な空気を醸しだす。
暫くの間、両陣営は時が凍り付いたかのように対峙し続けていたが、
その内にノヅチは、フン、と鼻息を鳴らし、小刀を鞘に納め直した。
「いやあ、助かりますよ、旦那。
おかげであっしも命拾いできた」
ヒウマンはそう言って、ノヅチの前で大袈裟に溜息を吐き出してみせた。
周囲を取り巻く不穏な空気は、嘘のように消え去っていた。
「一つだけ教えろよ、ヒウマン」
小刀を胸元にしまいながら、ノヅチが再びヒウマンに問いかける。
「俺を呼びつけたお前の主って言うのは、一体どこの何者だ?」
「あれ? やっぱりただの鈍感だったんですかい?
先刻からあっしはずっと、答えしか言ってませんぜ」
ノヅチの問いに対しヒウマンは呆れたように首を振ると、
声のトーンを僅かに落として呟いた。
「魔王の鎧、の主人ですぜ?
魔王以外の何者だって言うんですか……」
話のストックが無くなったので書き溜めます。
再開までしばしお待ちください。