星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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03話「少女」

『竜骨山脈のド真ん中にはのう……ホ! あの小人族(ドワーフ)どものねぐらがあるのよ!

 そこじゃあなんと山一つをドデカい大釜に造り変え、ええっ!

 奴らァそこで墨石(カラス)を沸かして、白銀(ぎん)より冴えた鉄を拵えよると言うではないかッ』

 

対面の男の上機嫌な法螺話が、激しい槌の打撃音に紛れて響き渡る。

知った事か!と思わずノヅチが内心で毒付いた。

これが晩飯の席での戯言ならば、少年にだって適当に話を合わせるだけのゆとりはある。

だが今は本鍛えの真っただ中、真っ赤に灼けた鉄を一心不乱に叩かねばならぬ時ではないか。

 

厳選に厳選を重ねた鉄、二十俵もの炭俵、投じた資材と注いだ情熱が、この鍛着の出来如何で容易くゴミになる。

飛び跳ねた金糞は容赦なく肌を焼き、瞳に入れば視力を失う。

鍛冶屋にとって鉄火場は戦場にも等しく、与太話に耳を割く余裕など有るはずがない。

ゆえに東島(アズマ)の槌振りは作業場に神棚を置き、仕事の初めに一ツ目の大入道を奉る。

鉄を叩くという行為は一種の神事ですらあり、峻厳なる槌振りたちをして神に祈りたくなるほどの難事なのだ。

 

『小人族の戦士はよう、一年の半分を巣穴に籠り、残りの半分をいくさ場で過ごす。

 わかるか? いくさの為に刀が要るンじゃあない!

 刀の為に死に場所を探して流離うのよ!

 うらやましいのう……、嗚呼! まったくもって何とも堪らンやつばらよのう!』

 

そんな東島(アズマ)の神事を気にした風もなく、思いつくままに男が捲し立てる。

それでいて、槌を振るう腕の方も一向に澱まない。

打つべき鉄の要点を、迷うことなくいとも軽々と叩き続ける。

まるで金床に置かれた鉄の方が、男の与太に心を開いていくかのようだ。

向槌を務めるノヅチの耳には、金音交じりの男の話は聞き取れないし、耳を傾ける余裕もない。

神業のような男の槌に合わせるだけで精一杯だ。

 

まったく不思議な話ではあるが、亡父、出乃羽(イズノハ)齋鎚(サイヅチ)の作は、下らぬ戯言が出た時に限って素晴らしい逸品ばかりであった。

そして後に振り返ってみれば、当時は耳に入ってこなかった与太話の数々が、驚くほどはっきりと心の奥にこびりついていた事に気付かされる。

出乃羽一族の凶児の業は、神に祈るまでもなく天から愛されていた。

 

四年前、父と別れ目標を見失ったノヅチが、小人族(ドワーフ)の住まう大盤鉱窟を目指そうと思ったのも、あの時の亡父の狂喜に満ちた顔を思い出したからであった。

 

 

「ふう……」

 

交代の踏み子に(ふいご)を預けたその頃には、時間は既に深夜を大きく回っていた。

ひたすら片足で鞴を踏み続けた反動から、帰路を歩むノヅチの体が、右に左に大きくブレる。

 

少しばかり、間近で見た炎に酔い過ぎたようだ。

額に滲む汗を拭い、バテた頭を一つ振い直す。

小人族(ドワーフ)の住まうこの鉱窟には、かつて物好きな西方の魔術師が考案したと言う、

燐焦苔(りんしょうごけ)のランタンが至る所に配されており、夜中であっても道を失う事は無い。

 

また時節がら、このような時刻であっても歓楽街に坑夫の足が絶える事は無く。

盛り場に下りれば喧騒を愉しむ事も出来るのだが、

流石に炭に塗れた今の姿で、夜遊びに繰り出す気概もない。

 

本当に、ここには鉄と、火と、酒しかない。

亡父の言葉は与太では無かった。

 

父ほどの狂人(イカレ)では無いとはいえ、ノヅチもまた一角の鉄狂いである。

槌を振るうのが好きだからこそ、亡父の奇行を憎まずに済んだ。

ノヅチにとって父サイヅチとは、峻厳なる鍛屋の先人でも、不幸を振りまく狂人でもなく、手間のかかる愛すべき悪友であり続けていた。

 

そんな人間にとって、大盤鉱窟は地上の楽園であろう。

ここには煩わしい世間の荒波は届かず、同じ鉄を愛する酔いどれたちと、ひたすらに切磋琢磨する時間だけがある。

残りの生涯をこの洞穴に篭り、時を忘れてひたすら作刀に打ち込むことができたなら、どれほど幸福な事であろうか?

 

(せがれ)よ、工夫は為ったか?』

 

不意に耳の奥で、亡父・サイヅチの声が響いた。

思わずぴたりと足が止まる。

 

工夫が為ったか。

それは、故人の発した言葉ではない。

ノヅチの胸に巣食った一種の強迫観念が、亡父の形をとったにすぎない。

たちまちノヅチの心金が、灼けた鉄を水舟に突っ込むように冷え固まっていく。

 

亡父・サイヅチはその死に際し、やり残した仕事を一つ遺した。

ノヅチの心が鉄にのめり込む度に、たちまち亡父の遺言……、結果的にそのようになってしまった言葉が思い出され、たちまち冷や水を掛けられた気分に陥るのだ。

 

無論、ノヅチとて亡父の最期を忘れたワケではない。

この四年、亡父の遺志を何とか形にしたいと必死にもがき続けてきたし、大盤鉱窟を訪れたのもその為の手立てを探し求めての事である。

 

だが、どうだろうか?

使命だとか、努力だとか、必死だとか、そんなものが果たして、サイヅチの弟子を自認する者の言葉であろうか?

 

東島の鬼才、出乃羽(イズノハ)齋鎚(サイヅチ)の業は、天真爛漫にして自由自在。

一切の憂いも迷いもなく、息をするように槌を振るい、酒を喰らうように鉄を愉しむ。

あの天与の槌を受け継がんともがき続けること自体が、自身の才能の無さを吹聴するようなものではないか?

 

「……っと」

 

下らぬ思案に振り回されていたばかりに、危うく道を間違えかけた。

ノヅチが足を止めたのは、小人族のメイン・ストリートとでも言うべき鍛冶場の片隅である。

日中は槌の音の耐えぬこの区画も、流石に今は閑散としていた。

が、それでも眼前の古びた工房からは、わずかながらに燐焦苔の光が漏れていた。

まだ起きてやがったのか、と、ノヅチが微かに眉を顰める。

 

「ただいま、タタラ」

 

周りの家に気を配り、ぼそりと呟き中に入る。

工房の奥にいた少女の肩がぴくんと動き、

たちまち真っ赤なポニーテールをふわり、と翻して微笑した。

 

「おかえりなさい、ノヅチ。

 今日はまた、えらく粘ったみたいだね」

 

「いや、まあ……、

 なんだよ、先に寝ててくれりゃあ良かったのに」

 

「ボクもそうは思ったんだけどね。

 今日の内に、()()()を仕上げておきたくてさ」

 

そうはにかんで、少女は手の内の砥石と短刀を指し示したが、

そこで彼女はノヅチの有様に気付き「うわっ」と驚きの声を上げた。

 

「ノヅチ、今日はいつも以上にどえらい事になってるよ。

 お湯、沸かしてあるから、まずは炭を落としてきなよ」

 

「ああ、悪い、そうさせてもらうよ」

 

短く言葉を交わし、フラフラと工房の奥を目指す。

ちらり、と作業に戻る少女の横顔を視界に捉える。

汗ばんだ上衣を脱ぎ捨てながら、ノヅチはこの小人族の少女との、

奇妙な共同生活が始まった日の事を思い出していた。

 

 

小人族の少女、タタラ。

冶金に長けた一族の中でも、指折りの鍛冶師の許に生を受けた一人娘だったが、

生憎とその腕っこきの父親を一年前に病で亡くし、現在は天涯孤独の身の上となっている。

回国修行の旅に出たノヅチが、名に聞く小人族の槌振りを学びたいと、

大盤鉱窟を訪れたのが、丁度その頃の話であった。

 

『いやあ、折よくと言うか何と言うか。

 たまたま先頃、主人を亡くした工房があってな』

 

などと鉱窟の族長に言われ、それでタタラと引き合わされた時。

ノヅチは当初、体よく子守を押し付けられたものかと思ったが、すぐに己の不明を恥じた。

 

このタタラという少女、とにかく健気で気立てが良い。

小柄な見た目に反し小人族らしい丈夫な体で、単純な腕っぷしではノヅチも叶わない。

 

亡父より鍛冶屋の基礎を叩きこまれていたのだろう。

相槌も打てれば砥ぎもこなす。

特に『男は鍛冶、女は砥ぎ』という小人族の慣習をよく継いでおり、

これも叩く事しか能の無いノヅチにはありがたい。

彼女が日頃から世話を焼いてくれるからこそ、ノヅチはこの一年、不自由さを感じる事も無く、

自由気ままな作刀の日々に打ち込むことが出来たのである。

 

「ふう」

 

全身の疲労を炭粉ごと洗い流し、ようやく人心地ついたノヅチが仕事場に戻ると、

タタラの作業も佳境を迎えようとしていた。

時折、砥ぎの手を止め短刀を掲げ、その刃紋を燐光に照らし真剣な瞳で見つめている。

 

「どうだ?」

 

「ン……」

 

ノヅチの問いかけに対し、タタラは刃から瞳をそらさず曖昧に頷いた。

 

「うん、良い、と思うよ。

 少なくとも、この間のヤツより、ずっと……」

 

と、そこまで言った所で、自分が生意気な口を利いていると思ったのものか、

タタラは慌てて顔を上げ、ノヅチの方に向き直って恥ずかし気に首を振った。

 

「ま、まあボクには、倭刀の知識なんてさっぱりだからさ。

 ゴメン、ちょっと偉そうな事を言っちゃったかな?」

 

「いや、だいぶ不安が軽くなったよ」

 

「けど、本当に不思議な色。

 他の親方たちの打った鋼じゃあ、こんな暗い色にはならないよ」

 

「使っている鉄が違うからな」

 

改めて、まじまじと刃を見つめ直すタタラに対し、ノヅチが後ろから短く答える。

一般に、小人族の打つ武具は、上質な代物ほど輝きを増すと言われている。

 

純度の高いドワーフ鋼は頑丈で粘り強く、特に最上と呼ばれる物は

『小人族の霊銀(ミスリル)』と謳われるほどに神秘的な輝きを放つと言う。

今、ノヅチが打ち、タタラの磨いたこの短刀は、純正のドワーフ鋼に比べると、やや鈍く、暗い。

渋みがかった色をしていた。

 

「ノヅチって、やっぱり変わってるよね。

 普通の鍛冶師なら、折角ここに来たんだから。

 あの綺羅鋼で倭刀を打ちたいって、考えるもんじゃないの?」

 

「いや、俺も初めは、そのつもりだったんだけどな」

 

少女の言葉に、何となく後ろめたいものを感じ、誤魔化すように頭を掻いた。

事実、このに来た当初は、最上のドワーフ鋼で太刀を作るつもりでいたし、

何本か試作も行っていたのだが、

実際に作刀を進める内に躓きを感じてしまったのである。

 

小人族の打つ武器は、大斧や戦槌など、その生来の腕力を生かした大得物が多い。

重厚で粘り強いドワーフ鋼は衝撃に強く、それ故に重量を直接威力に変える、大型の武器に向く。

対し、東島(アズマ)の刀鍛冶が得意とする倭刀は、刀身の反り返りと刃先の鋭さを生かした切断力――

対主を『斬る』事に特化した武器である。

 

刃に鋭さを求めるならば、素体となる鉄には相応の硬度が必要となる。

だが、硬いだけの刃は、それだけに脆い。

衝撃を分散する事が出来ないのだ。

 

硬度と靭性、相反する二つの特性をどのように取り持つか?

それが古来より、数多の名工たちの挑み続けて来た、永遠の課題と言ってもよい。

ノヅチの見立てでは、しぶとさを旨とする小人族の鋼は、そのまま倭刀に用いても、

名だたる古刀の持つ黒鉄の鋭さに及ばない。

 

(それに……)

 

ちらり、とタタラの表情を見て、口を突きかけた言葉を胸中にしまう。

それは口にしてしまえば、工匠としては敗北宣言に過ぎず。

また、一族の仕事に誇りを持っている少女を傷つけてしまうかもしれない。

 

(あるいは……。

 あのドワーフ鋼には、もう伸び代が残っていないのではないのか?)

 

そう考えるノヅチの脳裏に、先ほどの大窯の壮大な火柱が蘇る。

想像を超える巨大な窯から生み出された、霊銀の如き輝き放つ強靭な鋼を、熟練の職人たちが連綿と受け継がれてきた技術を使い、打ち鍛える。

 

この鉱窟に住まう小人族は、何百年も前から、その営みを変える事なく続けている。

逆に言うなら、この鍛錬法の正しさは、培われてきた歴史そのものが証明している。

少なくとも漂泊の槌振りが、一年やそこらの創意工夫で追い越せる程度の壁ではない。

 

西方の市場における小人族の武具の評価は非常に高い。

光輝くドワーフ鋼で鍛えられた武具の数々は、一般に出回る代物としては最上級の格に当たり、そして、そこから上振れも下振れもしない。

全ての職人の武器が均一に『非常に高いレベルの品々』で安定してしまっているのだ。

 

『――結局の所、鉄はのう、面白いかつまらんか、それに尽きる』

 

在りし日の亡父の、鉄を打ちながら呟いた、まるで要領を得ない言葉が思い出される。

父、サイヅチはあらゆる諸国の鉄を愛し、その仕上がりに一喜一憂する鉄狂いであった。

国が変われば鉄の質が変わる、同じ鍛錬は存在しない。

焼き入れの最中に刃が破断した事もあれば、荒砥ぎの最中に(ひび)を見つけ癇癪を起した時もある。

だが確かに、思い返せばそんな失敗の日々までもが、まるで他人事のように面白い。

 

あの父ならば、小人族の鋼をどう鍛えるのか。

あるいはやはり『つまらん』の一言で断じてしまうのだろうか?

それともやはり、こんな妄想を思い抱くこと自体が、自身の未熟の証明なのか……?

 

「今日中に砥ぎは終わるから、そうしたら昼には工房を空けられるね」

「えっ?」

 

不意に思わぬ台詞を投げかけられ、ノヅチが思考を現実に戻す。

 

「行くんでしょ? 

 明日、族長の所に、この短刀を持ってさ」

 

「ああ、うん、そうだな」

 

ようやく言葉の意味を理解して、自分に言うように一つ頷き返す。

大丈夫か? 遣り残しはないか? 過ちはないか?

作刀を終えた後は、どうしても消す事の出来ない不安が残る。

 

今、タタラの手にした鈍色の刃は、今度こそ、あの翁と約束した『課題』に届くのか。

ノヅチは再び目を細め、今しがた少女が褒めてくれた、鈍い刃紋を睨み据えた。

 

 

 

 

 

 

 

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