星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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31話「黒鋼」

魔王の隠れ家は、摩訶不思議な空間であった。

 

崩れ落ちた城砦の先に、端正な貴族の邸宅が広がり、

中央の扉を潜れば物々しい玉座に辿り着く。

細い回廊を潜り抜けると天然の沼沢が現れて、浮橋の先に東方風の伽藍が影を為す。

 

この館の間取りに、常識は通用しないらしい。

目まぐるしく移り変わる風景に、驚くと言うより、まず呆れる。

この館の主人は、どうやら相当に節操の無い人物らしかった。

 

「カカ、どうだ槌振り、驚いて声も出ぬか?」

 

「……ヒウマンからは、平時の隠れ家だと聞いてたんだが?」

 

自慢気にこちらを振り向く主に対し、当たり障りのない言葉を返す。

いくら無神経なノヅチであっても、率直な感想を述べて首を刎ねられるのは御免だった。

 

「フン、何せ三百年、たまに来る部下の土産話を聞く以外、する事も無くて退屈でな。

 暇を見ては手を加え続けておるのよ」

 

「……たまに帰ってくると、すぐに迷子になっちまうのが困りもんなんですがね」

 

部下のぼやきを意にも介さず、魔王は漆喰塗りの土蔵の前で足を止めた。

 

「蔵だ」

 

そう一言だけ言うと、魔王は頑丈そうな錠前を、バキャリと素手で毟り取った。

デモンストレーションのつもりなのか、鍵を忘れただけなのか、誰にも分からない。

 

重たげな鉄扉を押し開くと、まず、山と積まれた黄金が目に飛び込んで来た。

冒険小説のラストシーンのような光景を前に、ノヅチも流石に瞠目し、

しかし次の瞬間には、ふっ、と醒めた感情が胸をよぎった。

 

ノヅチは元々、蓄財にさして頓着しない人間である。

どれほどの財物が目の前にあろうと、それが自分の物になるワケではないし、

金を叩いた所で名刀が生まれるワケでもない。

 

そう言えば、古の巨竜には金銀財宝を蓄える習性があったと言う。

どれほどの知性があろうとも、怪物の品格とは、所詮その程度のものなのかもしれない。

 

「……貴様、余に対し何か無礼な事を考えておらなんだか?」

 

「そう思うなら、少しは蔵の整理ぐらいしろ」

 

不服そうな魔王に対し、思わず軽口が飛び出した。

危険な会話をしている事は百も承知だが、それにしたって目の前の女には、

魔界の軍団を統べる人類の仇敵としての威厳が、今一つ欠けていた。

 

黄金の山を踏み越えると、東西の様々な武具が立ち並ぶ物騒な区画に出た。

剣、弓、槍、斧、槌、鉾、棍――

並べられた得物の多彩さは、槍一つ取っても、柄の長短から刃の形状まで

細やかに分類されており、ちょっとした博物館の様相を呈する。

 

入口にぶち撒けられた財宝の類とは、蒐集家の熱量が違うのだろう。

魔王の性根を少しだけ見直したが、これらの得物が振るわれる相手の事を想うと、

素直に感心は出来なかった。

 

「槌振りよ、安心するがよい。

 ここいらの一帯の収集物は、いわば余の敬意の顕れよ。

 強大な敵に敢然と立ち向かう、卑小な人類の勇気と知恵に対しての、な」

 

やがて魔王は、一本の長物の前で足を止めた。

無言で顎をしゃくると、すぐにヒウマンが歩み出て、刀身を覆う厚手の布を解きにかかる。

 

長い。

全体の長さはノヅチの背丈を遥かに上回り、その刃の重量にヒウマンも難儀している。

一瞬、槍か、とも考えたノヅチであったが、布からはみ出した柄拵えは倭刀のそれである。

長巻、あるいは斬馬刀の類か……。

 

「うっ」

 

露となった刀身の全貌に、思わずノヅチは小さな呻きをこぼした。

 

黒く、鋭く、長い。

それは、通常の規格を遥かに超えた、前代未聞のバケモノ野太刀であった。

 

長刀の地金は漆黒で、峰どころか刃先まで真っ黒に塗り潰された刃に、当然刃紋は無い。

息を殺し、手にしたランプを近付けると、照り返しを受けた地金の表面が、

赤や紫、時には翠と、光の当て方によって多様に色を変えてゆく。

 

色は多くの種類を混ぜるほどに、限りなく黒へと近づいていく。

漆黒の外見の内側に、多彩な混沌(カオス)を宿した特徴的な鋼。

その性質を有した金属について、ノヅチはかつて耳にした事があった。

 

「これは……、まさか黒鋼か!」

 

「流石に知っておったか。

 これが究極の南方鉄とも謳われた幻の金属、アダマンタイトよ」

 

ノヅチの驚愕に対し、魔王が満足げにニヤリと笑った。

 

黒鋼――、西方名『アダマンタイト』

良質の鉄鉱石の産地として知られる南方諸島においても、

特に活火山の動脈に近い地底深くからしか産出しない稀少石である。

 

色は黒く、その性質は鉄に近いが、通常の鉄より融点が高く強度に秀でる。

武具に用いれば頑丈さはドワーフ鋼にも勝ると謳われるが、それゆえに加工が難しい。

南方諸島が火山の噴火で地上より姿を消した現在、市場では「幻の金属」と呼ばれている。

 

(黒鋼の大太刀……、だが、これでは……)

 

刀身を見つめるノヅチの脳裏に、一つの疑念が浮かんだ。

試しにタタラに握らせてみると、少女は腰を落として歯を喰いしばり、

辛うじて、と言った態で、ようやく刃を地面から引き上げた。

 

やはり。

予想通りの有様に、ノヅチが諦観の吐息を洩らす。

 

黒鋼のもう一つの特徴、それは鉱石自体の比重の重さにある。

その重量は同じ嵩の鉛よりも遥かに重く、前述の稀少性、加工の難しさも相まって、

全身鎧などの大型の装備に向かない。

本来ならば、兜の額や戦槌の頭など、武具の要にピンポイントで用いるべき金属なのだ。

 

「っしょ……、わっ、わわわわ!」

 

上段に構えようとして思い切りバランスを崩したタタラを、慌てて後方から支える。

ひとまず刀を地面に置き直すと、少女は大きく溜息を吐いて苦笑した。

 

「うーん……、この刀はちょっと、ボクに扱うのは無理かな?

 重さはともかく、これほどの長さになってくると、ね」

 

タタラの所感に対し、神妙に頷いて黒刀を見下ろす。

刀身の長さは、それだけでタタラの背丈のゆうに倍はある。

しかも刃の反りは深く、先反りだった。

重心が刀の根元ではなく切先にあるのだ。

 

先反りの刃は斬撃の際に、遠心力が十分に乗る。

刃自体の長さに加え、黒鋼の重量が乗ったなら、末端の威力はまさに必殺の領域であろう。

だが逆に言えば、仕手は刃を打ち込む度に、黒刀の生み出す遠心力に振り回される事になる。

 

怪力で知られる小人族(ドワーフ)ですら、持ち上げるのだけで精一杯の野太刀。

まともに扱える豪傑など、東島(アズマ)の歴史を紐解いても、数えるほどしか存在しないのではないか?

この黒刀は一体、誰が、何の目的で鍛え上げた代物なのか……?

 

(――いや)

 

何の為に、はともかく、誰が、については心当たりがあった。

かの魔王が、わざわざ自分にこの刀を見せようとした理由。

先反りを好む作刀の個性に、加工の難しい黒鋼をここまで見事に鍛え上げるほどの業前。

今作でこれほどの腕を振るえる刀工は、ノヅチが知る中ではただ一人しかいない。

 

「東島の刀工、出乃羽斎槌が作、黒刀――『鬼颪(おにおろし)』」

 

どくり。

魔王の言葉に、ノヅチの心臓が一つ震えた。

ノヅチの知らない、若かりし日の亡父の作。

若き日の鬼才、出乃羽一族の狂児が遺した、奇怪なる剛刀。

 

「昔むかし、東島のとある山奥に、頭のおかしい刀鍛冶が住んでおったそうな」

 

愕然と刀を見つめるノヅチの頭上から、昔語のような口調で、魔王が語りかけてきた。

 

「ある日、地元の刀好きの領主が『神代の鬼を斬れるほどの名刀を献上せよ』と、

 広く諸国の刀鍛冶に対しお触れを出した。

 頭のおかしい刀工は一念発起し、生涯最高の長刀を献上しようと考えたそうな。

 方々から金を無心して、稀少な黒鋼を搔き集め、一心不乱に槌を振るった」

 

「…………」

 

「出来上がった大太刀は、人の子が振るうにはあまりにも重く、

 誰一人としてまともに持ち上げる事が出来なかったそうな。

 居合わせた人々はどっと声を上げ、男の愚かしさを笑いましたとさ」

 

そう話を締めくくると、魔王は押し黙ったままのノヅチに対し、更に問いを投げかけて来た。

 

「貴様の亡父は、なぜ斯様に愚かしい刀を打ったのかな?

 他の刀工から抜きんでる為、敢えて奇抜な作刀で、衆人の目を惹こうとしたのか?

 この世に存在しない鬼を討てなどと言う、領主の傲慢に対する当て擦りか?

 或いは……」

 

「親父殿を嘗めるなよ、魔王とやら」

 

不意にノヅチが、魔王の言葉を遮った。

その声色に、傍らで見ていたタタラやヒウマンの方が思わず戦慄した。

先程までの軽口と違い、ノヅチの口調には、はっきりと静かな怒りが感じられた。

だが彼は今、魔王がその気になれば頭部を潰される立場だという事を理解しているのだろうか。

 

ノヅチの方は、そんな周りの視線を気にもしない。

真っ直ぐに黒鋼を見つめ、やがて顔を上げ、魔王の相貌を睨み据えて言い放った。

 

「親父殿は純粋な人だ。

 打算だの当て擦りだのと言った余計なモンを、鍛冶場に持ち込んだりしねえ。

 鬼を斬れ、と言われたから、大真面目に鬼を斬れるだけの刀を打っただけだ」

 

「ほう……」

 

「そうさ、強大な鬼の肉を斬り、骨を断とうと思ったならば、

 この黒鋼の重さも、大太刀の長さも、地金の頑丈さも絶対に必要なものだ」

 

そう言い切ったノヅチの脳裏に、かつて見た『魔王の鎧(リビングアーマー)』の全容が甦った。

常人を遥か凌ぐ巨躯、身に纏う禍々しい気配、余人の刃を寄せ付けぬ圧倒的な暴力。

世代を超えて受け継がれた妖力と、現代の巫女の奇跡によって、辛うじて封ずる事の出来た大敵。

 

あの超常の存在を、奇跡も魔術も無しで葬り去ろうと思ったならば、これしかない。

神も魔も問わず、一様に叩き潰せるほどの破壊力を秘めた、剛刀。

もし仮に、この黒旋風を自在に振り回せるほどの勇士がいたなら、その名の通り鬼を颪せる。

神代の魔物が相手でも、決して遅れを取ったりはすまい。

 

「一つ問題があったすれば、当時、本当に鬼を斬ろうとしていた人間が居なかった事だ。

 鬼を斬れと触れを出しておきながら、

 親父殿以外、誰一人として、鬼を斬る事を前提に心身を鍛えていなかった。

 そんな奴らに、どうして親父殿を嗤う資格がある?」

 

「――で、あるか」

 

ノヅチの漆黒の瞳を受けて、我が意を得たり、とばかりに魔王が嗤った。

ノヅチの見解も、そのやり場のない怒りすらも、魔王にとっては望んだ回答であったらしい。

 

「サイヅチの件は、本当に残念な事をしたよ。

 彼奴は三百年前、乱世にこそ産まれるべき槌振りだった」

 

言いながら、魔王が柄を手に取ると、次の瞬間、左手一本で高らかと黒刀を振り被り、

まるでハタキでも扱うかのように悠々と肩に担いで見せた。

呆気に取られるノヅチたちを置き去りにして、魔王は更に蔵の奥へと進んでいく。

 

一同はやがて、蔵の最奥と辿り着いた。

行き止まりには古めかしい玉座が置かれ、一体の大鎧が一同を見下ろすように鎮座していた。

 

陽の届かぬ深海で染めたかのような、漆黒にも近い碧の地金。

鮮血を(しぼ)り上げたような外套(マント)は千々に破れ、分厚い胸甲はばっくりと十字に断ち切られている。

瞬間、その姿を目にしたノヅチの背に、ぞくぞくと戦慄が駆け抜けた。

 

「ま、魔王の鎧……! 生きていやがったのかッ!」

 

「死んでおるよ、残念ながらな」

 

驚きの声を上げたノヅチに対し、いかにもつまらなそうに魔王が応えた。

確かに、改めてまじまじと鎧を見やれば、

その地金の黒さからは、見る者の魂を苛むような禍々しい気配が抜け落ちていた。

目の前にあるのは、何の変哲もない瑕物(きずもの)の古鎧に過ぎなかった。

 

「貴様らにやられた十字瑕が致命傷となったようだな。

 幼子の骸を吐き出し、ようやく本来の主を思い出したまでは良かったが。

 余の許に逃げ帰ってくるのが精一杯であったらしい。

 こうなってしまっては、いかな魔王の鎧と言えど、蝉の抜け殻と大差ない」

 

ふうっ、と一つ溜息を吐いて、つかつかと魔王が歩みを進める。

玉座の下で足を止めると、魔王は手にした黒刀を、ゆるりと片手大上段に掲げた。

 

「長らく、余のお気に入りではあったのだがな……。

 こんなザマでは、もはや、遊べぬ――」

 

 

――ずん!

 

 

言うが早いか、魔王が黒刀を一直線に打ち下ろした。

凄まじい衝撃に、蔵全体が大きく揺れた。

黒旋風の一撃は、大鎧を中央から玉座ごと両断し、石畳にまで深々と喰い込んだ。

ややあって、崩れ落ちた大鎧が、乾いた金属音を室内に反響させた。

 

ようやく我に返ったノヅチが、鎧の残骸に慌てて駆け寄る。

地面に転がる大兜を拾い上げると、その断面は、磨き上げた鏡面の如き輝きを放っていた。

凄まじいばかりの刀の切れ味に冷や汗が零れる。

この重量を扱えるだけの膂力があれば、神であろうと悪魔であろうと、

目の前の敵全てを断ち切れるようにすら思えた。

 

……だが。

 

「……この鎧は、最後の力を振り絞って、主人の許に帰って来たんじゃねえのかよ?」

 

ぽつり、とノヅチが呟いて、黒い瞳を魔王に向けた。

魔王は一瞬、きょとんと目を丸くしたが、

すぐに言葉の意味を理解して、くつくつと笑いをこぼした。

 

「カカ、何を怒る事がある?

 三百年に渡り人の世を騒がしてきた大鎧を、余が自ら手で成敗してやったのだぞ。

 感謝されこそすれ、恨みがましい目を向けられる謂れは無いぞ」

 

「道具はあくまで只の道具だ、そこに善悪はねえ。

 ロクでもない主人に振り回されるだけの道具は、ただただ憐れだよ」

 

「槌振りの鑑であるな、貴様は」

 

魔王はにやりと嗤うと、左手一本で黒刀を引き抜き、そのままくるりとノヅチに背を向けた。

 

「だが余にとっては、壊れた玩具(おもちゃ)など何の興味も無いわ」

 

「…………」

 

「そういう()()になりたくなければ、余に見合う業物を一振り仕上げろ。

 このお気に入りの野太刀を、貴様の親父殿を超えるほどの一振りを、な」

 

それだけ言うと、魔王はそのまま蔵を後にした。

取り残されたノヅチの脳裏に、先刻の死の斬撃がまざまざと甦る。

知らず、大兜を握り締めた掌から、一滴の血が流れ落ちた。

 

 

 

 

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