星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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33話「招待」

(おろ)し立ての鉄の色は、抜けるような蒼だった。

 

掌に乗せた一握りの鉄片を呆然と見つめる。

あのヤサでの喧騒の夜、眼前で剛剣を振りかざした悪鬼の名残は何処にも無い。

手にした鉄片からは、人の魂を苛む深海の如き暗さが綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 

「こいつは、しくじっちまったのか?」

 

「いや……、おそらくはこれが、この鉄の本来の色合いなんでしょうね」

 

ぽつりと疑念を洩らしたノヅチに対し、ヒウマンが横から覗き込んで答えた。

 

「あっしも目にしたのは初めてだが、

 文献によれば魔蒼鉄(ブルーメタル)は、蒼穹を映す色の地金とされていやす。

 魔力を帯びやすい特性を持ち、その性質を自在に変える、とも」

 

「魔力を帯びる……、だとすれば、

 あの大鎧に宿っていた黒色の重圧(プレッシャー)は、拵えたヤツの腕前って事か」

 

ヒウマンの言葉を受け、蒼色の鉄を改めて睨み据える。

魔力を付与すると言うのならば、この鉄を鍛えるのは本来、錬金魔術師の領域なのだろう。

魔術の魔の字も知らぬ槌振りが、あの鎧の脅威にどこまで迫れるものか。

 

だが、魔術云々の話は別にしても、この鉄の鮮やかな蒼には魅力を感じている。

魔王の鎧の暗い地金は、側に在るだけで生気を削がれるような感覚があったが、

この鉄の蒼さには、見る者に可能性を感じさせるような高揚感を憶える。

 

「それでどうする、親方。

 このまま鎧を全部、ガンガン(おろ)(がね)にしていこっか?」

 

「いや、取り敢えず試しに一振り打ってみてえ」

 

タタラの問いかけに対し、ノヅチがちらりと舌を覗かせた。

鉄を握る右手が、ふるりと一つ震える。

打ち手をその気にさせる良い鉄だ。

親父殿が見れば、手を叩いて破顔していた所であろう。

 

ふっ、と黒鋼(アダマンタイト)に躍起になる、若き日の亡父の姿が見えた気がした。

鉄と火と槌さえあれば、今、自分の置かれた状況など、どうでもよくなってしまう。

槌振りはきっと、そういう生物なのだろう。

 

 

「よう、励んでおるか、二代目」

 

数日後。

あてがわれた鍛冶場に、えらく上機嫌なオーナーの声が響いた。

対し、鉄を見つめるノヅチの顔はみるみる内に暗く沈んでいく。

 

別にノヅチは、この傍若無人な館の主の性根が嫌いなワケではない。

こいつが人類にとって忌むべき仇敵である、という一点にさえ目を瞑るなら、

表裏のある商人や慇懃無礼な貴族どもよりは、よっぽど好ましい手合いとまで思えている。

 

だが、だからと言って、うっかり機嫌の一つ損ねれば、

首を落とされかねないような相手の側には居たくない。

 

まして今は作刀も終盤、火造りに入っている。

倭刀の(ナリ)を固めていく大事な過程で、余計な些事に気を取られたくなかった。

……あるいは、この場にタタラが残っていなかった事こそ、幸運と捉えるべきなのか。

 

一方、唯我独尊な魔王の方は、そんな槌振りの繊細な心など気にする筈もない。

これでもかという程に豪勢な天鵞絨(ビロード)のドレスを翻し、ずんずんとノヅチの背後に寄って来る。

 

「阿呆か、折角の一張羅が穴だらけになるぞ」

 

「カカ、まあ気にするでない。

 余は金糞をマトモに浴びるほど、どん臭くはないわ」

 

 

ぶっかけてやろうか。

ノヅチは魔王の言葉に苛立ちを憶え、しかしすぐに目の前の灼けた鉄に視線を戻した。

 

確かに自分は、まだまだ未熟だ。

これが亡父、サイヅチであったなら、背後にいるのが魔王であろう巨竜であろうと、

手にした槌と鋏から、意識を割いたりしないであろう。

心を鉄に寄せ切れていない、槌振りとしての純度が低い。

 

ノヅチの微妙な心理の変化に気が付いたのか、

魔王は無駄口を止め、肩口からそっと刃を覗き込んだ。

手鋏に咥え込まれた白熱する鉄塊は、熱心な手槌によって打たれて延び、

徐々に小刀の姿に整えられつつあった。

 

ふへっ、と魔王の口元に微笑が浮かぶ。

 

「なんじゃ、随分と執着しておると思ったが、

 随分と可愛らしい得物を拵えておるではないか?」

 

「打つ前に言ったが、こいつはまだ試作だよ。

 なにせこっちは、魔蒼鉄なんて洒落た代物を鍛えるのは初めてなんでな」

 

「……で、その刃渡りをどこまで伸ばせば、親父殿の背中に届きそうなのだ?」

 

嘲るように、魔王が言った。

父の鍛えた黒鋼と、今、ノヅチが執心している魔蒼鉄。

聡明なる魔王の中では、打ち鍛えるまでもなく、既に優劣がついていると言いたいのだろう。

 

「その、魔王の鎧だがよう」

 

「うむ?」

 

「鎧の由来、仕手が何者なのかは伝わっていないのか?」

 

「さて……、魔界でも由緒ある大鎧とだけは知られていたが。

 だが、それがどうした?」

 

「解体してみてわかったよ。

 あれを世に送り出した奴は、とんでもない職人だ、感服したよ」

 

率直にノヅチが、先人への敬意を述べた。

当初ノヅチの頭には、あの大鎧の打ち手は、鮮やかな蒼を暗黒に塗潰した恐ろしき魔術師、

というおぞましい先入観だけしか無かった。

だが、実際に颪した鉄を間近に観て、初めて気が付く創意もある。

 

「あの大鎧に使っていたのは、単一の魔蒼鉄じゃないな。

 実際に魔力を放つ指先を覆う、籠手の地金は原石に近く。

 対し、兜や胸甲といった急所を守る部分には、鋼を混ぜて強度を底上げしてやがった」

 

「ほう?」

 

「見事なモンだよ。

 魔力を帯びるという鉄の特性を踏まえた上で、

 鉄の短所を補う術を、魔術以外に求めている」

 

合金。

鋼を混ぜると一口に言っても、実際にそれを為すのは並大抵の事ではない。

最適なる素材と配合の比率、颪方の工夫を求め、世の刀工はその生涯を費やすものだ。

魔蒼鉄を颪し直して見えてきたのは、単なる魔術師の枠を超えた純真なる探究者の姿であった。

 

「ふむ……、そこまでは余も流石に気付かなんだが、

 しかし一介の鎧打ちの工夫が、刀工の貴様に関係あるのか?」

 

「大有りだよ。

 折れず、曲がらずを標榜する俺たち刀工にとっちゃあ。

 この自由自在な鉄は正しくうってつけだ」

 

言いながら、目の前の鉄を打ち付けると、まさに響くような手応えが返ってきた。

柔軟な心鉄(しんがね)を、強固な皮鉄(かわがね)に包んで叩き上げる。

合金によって奔放に性質を変える魔蒼鉄は、魔力を帯びるという特性を抜きにしても、

倭刀に用いる事でその真価を開花できる鉄に思われた。

 

魔王は暫く、そうしたノヅチの訥々とした説明を辛抱強く聞いていたが、

その内に、ふへら、と邪悪な笑みを浮かべて呟いた。

 

「成程な。

 だがそれならば、足りぬのは鉄ではなく、貴様の腕の方か」

 

「……何だと?」

 

「カカ、()()、などと下らぬ言い訳を。

 その素晴らしい鉄をどう鍛えればよいか分からぬと、正直に言ったらどうだ?」

 

魔王の言葉に対し、ノヅチは思わずむっつりと押し黙ってしまった。

今、手の内にあるこの鉄に魅力を感じている、というのは嘘ではない。

倭刀に向いた素材に加え、魔力を帯びる特性には、

確かに古今の刀工の常識を超える可能性を感じている。

 

だが、その可能性というのは、あくまで人類が扱う武器としての範疇に留まるものだ。

先日、目の前の魔王が垣間見せた規格外の膂力に対し、そのような小細工が必要であろうか?

 

魔王の怪力を活かすのに最適な武器があるとすれば、ひたすらに重く、長く、頑丈な得物、

それこそ亡父の鍛えた、あのバケモノ野太刀、という結論になるのではないか?

人の子が怪物を討つ為に鍛え上げた一振りを、誰よりも使いこなせるのが、

よりによって人類の脅威たる魔王、というのは痛烈な皮肉ではあるが。

 

むっつりと押し黙ってしまったノヅチに対し、魔王は再び意地悪い笑みを浮かべると、

その耳元に顔を寄せて、そっと囁きかけた。

 

「ノヅチよ、今晩は時間を空けておけ」

 

「なに?」

 

「余が何たるかを知りたいのだろう?

 貴様には余の、とっておきを見せてやろう」

 

慮外の言葉に振り向くと、魔王は既に踵を返し、鍜治場から姿を消し去っていた。

ざらり、と久方ぶりに心胆を削ぎ落すようなざらついた予感を覚えた。

正直、そんな命がけの晩餐会に付き合いたくはないが、

元よりノヅチに断る権利などは与えられていないのだろう。

 

何より、現状を打開する術を見つけられねば、遅かれ早かれ、ノヅチは殺される。

鉄を打つには、誰よりも鉄の本質を知らねばならないように、

魔王に相応しい武器を打つには、虎穴に入り、魔王の何たるかを知らねばならないのだろう。

 

「鉄、冷めてるよ」

 

いつの間にか室内に入ってきたタタラが、ぽつりと呟いた。

我に返ったノヅチが、慌てて鉄を火床(ほど)に戻して火勢を見る。

 

「親方……、せめて真打を鍛えるまでは死なないでね」

 

心ここに在らず、と言った風のノヅチを見下ろしながら、

複雑な表情のタタラがしみじみと嘆息した。 

 

 

 

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