『野槌』
蒼の倭刀の
だがノヅチの師は、一族も故郷もかなぐり捨てて、槌のみに生きた人間である。
顔も知らぬ一族の姓を自らの刀に刻めるほど、ノヅチは恥知らずな槌振りではない。
そして、その父の業も、結局、超える事は叶わなかった。
たまたま良い鉄に巡り会い、クライアントの人と為りを知る機会があっただけだ。
未だ何者でもない槌振りの青年に刻めるのは、自分の名前だけだった。
「この刀、伝説になるでしょうね」
銘を刻み終えた刀身を見つめ、しみじみとヒウマンが呟いた。
「三年後、この刃は復活した魔王の象徴として、人々の怨嗟を一身に集める事になる。
旦那の銘は人類史上、最悪の妖刀を生み出した男の忌み名に変わりますよ」
「ならないよ!
なんだよ、ヒウマンはロクでもない事ばっかり言ってさ。
結局は親方を、自分たちの仲間に引きずり込みたいだけなんでしょ?」
完治した鼻骨の絆創膏に変わり、真っ新な包帯をノヅチの額にグルグルと巻き付けながら、
タタラが頬を膨らませて、ヒウマンの言に食って掛かった。
「親方はこれから、新しい勇者の為の剣を打つんだから。
それでチャラだよ、次の勇者も魔王なんかに負けたりしないから」
「……冗談じゃねえや」
夢物語のようなやり取りに、思わずノヅチは嘆息して、
来た時よりもずしりと重くなった背嚢を担ぎ上げた。
中には長年の旅の友である星鉄と、身の丈に似合わぬ大量の金貨が詰まっていた。
「さっきのは、死にたくねえの一心でのたまったデマカセだよ。
たかだか槌振りの槌一つで、世界の命運が変わったりすもんかい」
「けど、親方は打つんだよね?
世界を救う星鉄の剣」
あっけらかんとしたタタラの言葉に、ノヅチはむっつりと押し黙った。
そう、初めから、そういう話であった筈だ。
背負った星鉄で世界を救えという、父の遺言に一歩でも近付きたいと、
向こう七年、ノヅチは世界を彷徨い続けて来たのだから。
先刻、ノヅチが魔王に仕掛けた、命懸けの大博打すらも、
何の事は無い、己の所信を表明しただけの話ではあるまいか?
嫌な感じだった。
七年間、ひたすらに星鉄を鍛える術を求め続けて来たと言うのに。
腕の方は一向に伸びず、ただただ外堀だけが埋められていく。
運命、という言葉がノヅチは嫌いだ。
だがもしも、全ての行動に因果が在ると言うのであれば、
事ここに至るまでの物語は、どこまで遡る事が出来るのであろうか?
ヤサの街角で、黒髪の少女と出逢った時か?
地上の者全てに恨みをぶつけ、死に物狂いで
父の死、いや、あるいは――
――あるいはやはり、泰山の頂に星が降った、あの夜なのか?
「まったく、旦那は小心ですねえ。
あのお優しい閣下がよもや、旦那の命を奪ったりするワケないでしょう?」
「はあ? 何言ってんだお前」
慇懃無礼なヒウマンの台詞が、ノヅチの意識を現実に引き戻した。
反駁の言葉が思わず口を突いて出る。
「こっちはそのお優しい閣下に、額をカチ割られてるんだよ!
この包帯が見えねえのか」
「そんなもん、本気でするハズないでしょう。
恋人にする甘噛みみたいなモンですよ」
「んなワケあるか! あの女に限って!」
あんまり過ぎる物言いに、とうとうノヅチが声を荒げた。
だがヒウマンは意外にも、ノヅチの反応に対し、心底残念そうに首を振った。
「旦那はねえ、
大昔に閣下が首ったけだった、とある人間の男にね」
「……はっ?」
「本当に、全然気付きませんでした?
そういうの」
「ああ、だから魔王ってば、
親方の前では、ずっと
ヒウマンの溜息を肯定するように、傍らのタタラがポツリと呟いた。
二人を見つめるノヅチの眉間に皺が寄る。
こいつらは一体、何を言っているんだろうか?
この館を訪れて以来、ノヅチはあの女と対峙する度に、幾度と無く死を覚悟して来た。
本当にアレに悪意が無かったとして、それはせいぜい、鼠をいたぶる猫の如き無邪気さだ。
いちいち顔付き合わせる鼠の方は堪ったものではない。
「――けど、これを聞かされちまったら、
旦那にはもう、閣下の期待は裏切れないでしょ?
我々の計画を
「…………」
「そうしなければ、いずれ多くの人々が死ぬと分かっていても、
自分を認めてくれた女の期待は裏切れない。
結局旦那に出来るのは、せいぜいが、世界を救う剣を鍛える事ぐらいですわ」
旦那となら、楽しくやれると思うんですがねえ。
そう呟いて、ヒウマンがしみじみと笑った。
その一点についてだけは、ノヅチも強いて否定は出来ない。
目の前の男が人類に仇なす魔族の走狗であるという、根本的な問題を除けば、だ。
「それでさ、親方。
これから先は、どこに行こっか?」
微妙な雰囲気の変化を感じたのか、タタラが話題を振って来た。
言われ、ノヅチは困ったように頭を掻く。
どうやら自分は、世界を救う剣を打つ途上にあるらしい。
そう漠然と意識してみたものの、その為の道筋は白紙となってしまっていた。
「旦那、折角ここまで来たんだ。
行くアテが無いって言うなら、一度、皇都に帰ってみるってのはどうですかい?」
思案に暮れるノヅチに代わり、ヒウマンがそう提案して来た。
「大陸一の鉄が集まる場所と言えば、大陸一の大都市に決まってまさあ。
過去に皇都に住んでた旦那なら、それくらい知ってるハズでしょう?」
「皇都! 良いじゃんそれ!
ボクも一生に一度でいいから、西方の首都を見て回るのが夢だったんだ」
「おいおいおいおい」
自分を置いて盛り上がりだした二人に対し、慌ててノヅチが割って入った。
「悪いがそれは無理筋だぜ。
ヒウマン、お前、親父殿の所在を探ってたってんなら知ってるハズだろ。
親父殿とルヴェン家の確執をよう」
「……ああ、そうでしたっけ?」
「ああ、じゃねえよ!
もしかしたら俺にもまだ、贋作作りの嫌疑がかかってるかもしれねえんだ。
奴らの仲間が目を光らせてる以上、俺は皇都に近付く事は出来ねえよ」
「その件だったらもう、何の心配も無いと思いますよ」
動揺を露わにするノヅチに対し、ヒウマンはいかにもつまらなそうにポツリと言った。
「サイヅチ氏を陥れた、ルヴェン侯爵家の話なんですがねえ。
噂じゃあ近々、お取り潰しになるみたいですぜ。
罪状は何でも、皇国に対する国家反逆罪とかなんとか……」
またしばらく書き溜めに入ります。
新章再開までしばしお待ちください。