星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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36話「銘」

『野槌』

 

蒼の倭刀の(なかご)には、シンプルにその二文字を刻んだ。

東島(アズマ)の刀工の血筋に少なからず誇りはあったし、出乃羽の姓に愛着もある。

だがノヅチの師は、一族も故郷もかなぐり捨てて、槌のみに生きた人間である。

顔も知らぬ一族の姓を自らの刀に刻めるほど、ノヅチは恥知らずな槌振りではない。

 

そして、その父の業も、結局、超える事は叶わなかった。

たまたま良い鉄に巡り会い、クライアントの人と為りを知る機会があっただけだ。

未だ何者でもない槌振りの青年に刻めるのは、自分の名前だけだった。

 

「この刀、伝説になるでしょうね」

 

銘を刻み終えた刀身を見つめ、しみじみとヒウマンが呟いた。

 

「三年後、この刃は復活した魔王の象徴として、人々の怨嗟を一身に集める事になる。

 旦那の銘は人類史上、最悪の妖刀を生み出した男の忌み名に変わりますよ」

 

「ならないよ!

 なんだよ、ヒウマンはロクでもない事ばっかり言ってさ。

 結局は親方を、自分たちの仲間に引きずり込みたいだけなんでしょ?」

 

完治した鼻骨の絆創膏に変わり、真っ新な包帯をノヅチの額にグルグルと巻き付けながら、

タタラが頬を膨らませて、ヒウマンの言に食って掛かった。

 

「親方はこれから、新しい勇者の為の剣を打つんだから。

 それでチャラだよ、次の勇者も魔王なんかに負けたりしないから」

 

「……冗談じゃねえや」

 

夢物語のようなやり取りに、思わずノヅチは嘆息して、

来た時よりもずしりと重くなった背嚢を担ぎ上げた。

中には長年の旅の友である星鉄と、身の丈に似合わぬ大量の金貨が詰まっていた。

 

「さっきのは、死にたくねえの一心でのたまったデマカセだよ。

 たかだか槌振りの槌一つで、世界の命運が変わったりすもんかい」

 

「けど、親方は打つんだよね?

 世界を救う星鉄の剣」

 

あっけらかんとしたタタラの言葉に、ノヅチはむっつりと押し黙った。

そう、初めから、そういう話であった筈だ。

背負った星鉄で世界を救えという、父の遺言に一歩でも近付きたいと、

向こう七年、ノヅチは世界を彷徨い続けて来たのだから。

 

先刻、ノヅチが魔王に仕掛けた、命懸けの大博打すらも、

何の事は無い、己の所信を表明しただけの話ではあるまいか?

 

嫌な感じだった。

七年間、ひたすらに星鉄を鍛える術を求め続けて来たと言うのに。

腕の方は一向に伸びず、ただただ外堀だけが埋められていく。

 

運命、という言葉がノヅチは嫌いだ。

だがもしも、全ての行動に因果が在ると言うのであれば、

事ここに至るまでの物語は、どこまで遡る事が出来るのであろうか?

 

ヤサの街角で、黒髪の少女と出逢った時か?

地上の者全てに恨みをぶつけ、死に物狂いで霊銀(ミスリル)をぶっ叩いた時か?

小人族(ドワーフ)の古斧に魅せられて、奇妙な鉄の出所を探った時か?

父の死、いや、あるいは――

 

――あるいはやはり、泰山の頂に星が降った、あの夜なのか?

 

「まったく、旦那は小心ですねえ。

 あのお優しい閣下がよもや、旦那の命を奪ったりするワケないでしょう?」

 

「はあ? 何言ってんだお前」

 

慇懃無礼なヒウマンの台詞が、ノヅチの意識を現実に引き戻した。

反駁の言葉が思わず口を突いて出る。

 

「こっちはそのお優しい閣下に、額をカチ割られてるんだよ!

 この包帯が見えねえのか」

 

「そんなもん、本気でするハズないでしょう。

 恋人にする甘噛みみたいなモンですよ」

 

「んなワケあるか! あの女に限って!」

 

あんまり過ぎる物言いに、とうとうノヅチが声を荒げた。

だがヒウマンは意外にも、ノヅチの反応に対し、心底残念そうに首を振った。

 

「旦那はねえ、吃驚(びっくり)するほど似てるんでさあ。

 大昔に閣下が首ったけだった、とある人間の男にね」

 

「……はっ?」

 

「本当に、全然気付きませんでした?

 そういうの」

 

「ああ、だから魔王ってば、

 親方の前では、ずっと()()()()してたんだ……」

 

ヒウマンの溜息を肯定するように、傍らのタタラがポツリと呟いた。

二人を見つめるノヅチの眉間に皺が寄る。

こいつらは一体、何を言っているんだろうか?

 

この館を訪れて以来、ノヅチはあの女と対峙する度に、幾度と無く死を覚悟して来た。

本当にアレに悪意が無かったとして、それはせいぜい、鼠をいたぶる猫の如き無邪気さだ。

いちいち顔付き合わせる鼠の方は堪ったものではない。

 

「――けど、これを聞かされちまったら、

 旦那にはもう、閣下の期待は裏切れないでしょ?

 我々の計画を密告(チク)ったり、この館の存在を吹聴したり」

 

「…………」

 

「そうしなければ、いずれ多くの人々が死ぬと分かっていても、

 自分を認めてくれた女の期待は裏切れない。

 結局旦那に出来るのは、せいぜいが、世界を救う剣を鍛える事ぐらいですわ」

 

旦那となら、楽しくやれると思うんですがねえ。

そう呟いて、ヒウマンがしみじみと笑った。

その一点についてだけは、ノヅチも強いて否定は出来ない。

目の前の男が人類に仇なす魔族の走狗であるという、根本的な問題を除けば、だ。

 

「それでさ、親方。

 これから先は、どこに行こっか?」

 

微妙な雰囲気の変化を感じたのか、タタラが話題を振って来た。

言われ、ノヅチは困ったように頭を掻く。

どうやら自分は、世界を救う剣を打つ途上にあるらしい。

そう漠然と意識してみたものの、その為の道筋は白紙となってしまっていた。

 

「旦那、折角ここまで来たんだ。

 行くアテが無いって言うなら、一度、皇都に帰ってみるってのはどうですかい?」

 

思案に暮れるノヅチに代わり、ヒウマンがそう提案して来た。

 

「大陸一の鉄が集まる場所と言えば、大陸一の大都市に決まってまさあ。

 過去に皇都に住んでた旦那なら、それくらい知ってるハズでしょう?」

 

「皇都! 良いじゃんそれ!

 ボクも一生に一度でいいから、西方の首都を見て回るのが夢だったんだ」

 

「おいおいおいおい」

 

自分を置いて盛り上がりだした二人に対し、慌ててノヅチが割って入った。

 

「悪いがそれは無理筋だぜ。

 ヒウマン、お前、親父殿の所在を探ってたってんなら知ってるハズだろ。

 親父殿とルヴェン家の確執をよう」

 

「……ああ、そうでしたっけ?」

 

「ああ、じゃねえよ!

 もしかしたら俺にもまだ、贋作作りの嫌疑がかかってるかもしれねえんだ。

 奴らの仲間が目を光らせてる以上、俺は皇都に近付く事は出来ねえよ」

 

「その件だったらもう、何の心配も無いと思いますよ」

 

動揺を露わにするノヅチに対し、ヒウマンはいかにもつまらなそうにポツリと言った。

 

「サイヅチ氏を陥れた、ルヴェン侯爵家の話なんですがねえ。

 噂じゃあ近々、お取り潰しになるみたいですぜ。

 罪状は何でも、皇国に対する国家反逆罪とかなんとか……」

 

 

 

 

 




またしばらく書き溜めに入ります。
新章再開までしばしお待ちください。
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