星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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38話「処刑人」

「お初にお目にかかります。

 私、皇都で処刑人を務めております、マニング・マウンライルドと申します」

 

通された室内で、漆黒の青年はそう挨拶すると、帽子を脱いで改めて深々と一礼した。

黒づくめの装束とは対照的な、透き通るような白い肌。

切れ長の瞳に、穏やかな低い声。

一言で美形と言える青年だったが、そこに処刑人、という肩書が加わる事で、

どこか俗世を隔絶した、ある種の妖絶な魅力を青年にもたらしていた。

 

「それで、その処刑人の一族が……」

 

何の用で、と言おうとして、思わずノヅチは苦笑した。

首斬り役人が槌振りの元を訪ねてきたのに、刀以外の目的があろうものか。

ちらり、と視線を落とすと、黒漆塗りの見事な鞘が視界に入る。

 

「訛りは無いみたいだが、もしかしてアンタ、東島人(アズマ)かい?」

 

「元々は、貴方と同じ東島の出身です。

 この地で剣の腕を買われ、マウンライルドの末席に名を連ねる運びとなりました。

 マニングの名も、その時に拝命したものです」

 

マニングの回答にノヅチが一つ頷く。

尚武の気質の強い東島において、試刀術の使い手が一定の社会的評価を持つのに対し、

西方では宗教上、死刑執行人は忌避される傾向にある。

腕の立つ異邦人が、処刑人の一族に取り立てられると言うのも、さしておかしな話ではない。

 

だが故郷を遠く離れた皇都にあっては、上等な差料を買い求める事は至難である。

東島の試刀術を嗜む処刑人が、ノヅチの下に辿り着いたのも必然であろう。

 

「随分と立派な物を差しているようだが、仕事はそいつの修繕かい?」

 

「いえ、新刀を一振り打って頂きたく」

 

言いながら、マニングが腰から鞘を抜いて、卓の上に置いて見せた。

刃を引き抜くと、すらりとした刀身が一堂の前に現れた。

 

ほう、と傍らのロッカが感嘆する。

地金は暗いが、そこに深みがかった一筋の冴えを残し、いかにもしぶとそうな刃であった。

もう少し詳しく見てやろうと、ノヅチが顔を近づけたが、そこで思わず溜息を吐いた。

 

「なんだよ、鞘拵えが変わってたんで気付かなかったが、よく見たら俺の打った刀じゃないか」

 

「刀に銘さえ刻んでくれていたら、もっと早く、ここまで辿り着けていたのですが」

 

「そいつは余計な難儀をかけたね」

 

マニングの恨み言に軽口で返しつつ、久方ぶりに再会した刃に目を通す。

役目柄、幾度かは使用している筈ではあるが、刀身には瑕も歪みも見られない。

日頃から手入れも丹念に行われているようで、傍目には新品も同然である。

新刀どころか余計な修繕すらも必要ない。

マニングがわざわざノヅチを訪ねてきた理由が、ますます分からなくなる。

 

「自慢するつもりは無いが、こいつは戦場でも通用するよう、気合を入れた一振りだ。

 敢えて今、新しい刀が必要だとは思えないが……」

 

「それについては同意見です。

 もしも戦場に出る機会があるなら、私もその刀を帯びて行く事でしょう」

 

と、マニングはひとまずノヅチの言を肯定しながら、

そこで一旦言葉を区切り、改めて本題を切り出した。

 

「次に打つ新刀は、この太刀よりも一尺長く、地金も硬く、鋭く鍛えて欲しいのです」

 

「何だと!?」

 

思いもよらぬマニングの言葉に、ノヅチは咄嗟に声を荒げた。

傍らで驚くロッカに気付き、声のトーンを一つ落とす。

 

「冗談も休み休み言ってくれ。

 あんただって、試刀をやるなら分かってるハズだろ?

 そんな刀は長くはもたねえ、戦場だったら容易く折れるぞ!」

 

ノヅチの言葉に、傍らのロッカが無言で頷く。

刀の地金は、柔らか過ぎれば切れ味を失い、硬過ぎれば衝撃を逃せず破断する。

硬度と靭性のバランスを取り持ち、実用に耐えうる鉄を鍛える所に、刀工の求める領域がある。

 

眼前にあるノヅチの刀は、折れず、曲がらずを目指し、ギリギリの塩梅を詰めた一振りである。

職人が掴んだギリギリの領域を崩せばどうなるか?

四六時中、人を斬る事を考えている人間ならば、分からぬ道理が無い。

 

「折れません」

 

そんなノヅチの苛立ちを受け流すように、マニングは恬然として首を振った。

 

「私が刀を用いるのは、戦場ではありません。

 斬るのはあくまで生身の首、鎧兜を相手にするわけではないのです。

 そして貴方の新刀を用いるのも、生涯にただ、一度きりです」

 

「一度きり?」

 

呆然とこぼれた疑念の声に対し、マニングが静かに頷き返す。

 

「今から三月後、さる人物の処刑が執り行われる予定となっております。

 そのお方には、私がこの国を訪れたばかりの頃、大変な恩義を受けましたので。

 減刑が叶わないならば、せめて、私の生涯最高の礼で以てお送りしたいと考えております」

 

「……その礼法とやらのために、一度きりの太刀が必要だって言うのか?」

 

「ただ首を落とすだけならば、私の腕より断頭台の方が確実です。

 ですが私はまだ、機械の一部で良いなどと言えるほど、人生を達観してはおりません」

 

再びの問いかけに返し、マニングは真っ直ぐにノヅチを見据えてそう応えた。

その真摯な姿勢に対し、ノヅチは困ったように頭を掻いた。

大切な恩人に、生涯最高の礼で報いたいというマニングの姿勢に、嘘偽りは感じられない。

だがその為に、敢えて規格外の新刀を望む彼の意図が理解出来ない。

 

咎人の首を落とすのに、極端に鋭い刃など必要ない。

刀の重量を利して、頚椎の隙間を正確に抜く事さえ出来たなら、

たとえ女子供の力であっても、一撃で首を落とす事は可能なのだ。

 

失敗の許されぬ処刑の場に、使い慣れぬ新刀を持ち込むなど、

却って余計な不安要素を増やすだけではあるまいか?

普段よりも一尺長い太刀を使うとなれば、猶更である。

 

「その……、一つよろしいでしょうか?」

 

その場の沈黙に耐えかねて、傍らのロッカがためらいがちに片手を挙げた。

 

「近々皇都で処刑があるなどと言う話は、聞いた事がありませんが。

 三カ月後に処断される、あなたの恩人と言うのは、一体何者なんですか?」

 

「それは……」

 

ロッカの質問に対し、マニングは初めて視線を逸らして言い淀んだ。

その態度から、自分が余計な聞いてしまった事に気付いたロッカであったが、

慌てて取り繕おうとした彼の態度を遮って、横に居たノヅチが口を挟んだ。

 

「カーウェイ通りの若旦那は、俺の大事な友人さ。

 これから打つ刀についても相談する事もあるだろう。

 ここから先は彼を外して、って言うんなら、初めからこの依頼は受けられないぜ」

 

「……分かりました。

 私がこれから話す内容は、他言無用でお願いいたします」

 

ノヅチの意思の固さを見て、マニングも腹を括ったのであろう。

両手を胸の前で組んで大きく息を吐くと、二人を見つめながら、静かに口を開いた。

 

「次回の処刑は、一般に公開される事はありません。

 監獄の片隅で、ごく一部の関係者の立会いの下、執行される手筈になっています。

 処刑されるのは、先の謀反騒ぎにおいて、処分保留となっていた最後の生存者。

 ルヴェン旧侯爵家の最期の当主です」

 

 

 

 

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