「お初にお目にかかります。
私、皇都で処刑人を務めております、マニング・マウンライルドと申します」
通された室内で、漆黒の青年はそう挨拶すると、帽子を脱いで改めて深々と一礼した。
黒づくめの装束とは対照的な、透き通るような白い肌。
切れ長の瞳に、穏やかな低い声。
一言で美形と言える青年だったが、そこに処刑人、という肩書が加わる事で、
どこか俗世を隔絶した、ある種の妖絶な魅力を青年にもたらしていた。
「それで、その処刑人の一族が……」
何の用で、と言おうとして、思わずノヅチは苦笑した。
首斬り役人が槌振りの元を訪ねてきたのに、刀以外の目的があろうものか。
ちらり、と視線を落とすと、黒漆塗りの見事な鞘が視界に入る。
「訛りは無いみたいだが、もしかしてアンタ、
「元々は、貴方と同じ東島の出身です。
この地で剣の腕を買われ、マウンライルドの末席に名を連ねる運びとなりました。
マニングの名も、その時に拝命したものです」
マニングの回答にノヅチが一つ頷く。
尚武の気質の強い東島において、試刀術の使い手が一定の社会的評価を持つのに対し、
西方では宗教上、死刑執行人は忌避される傾向にある。
腕の立つ異邦人が、処刑人の一族に取り立てられると言うのも、さしておかしな話ではない。
だが故郷を遠く離れた皇都にあっては、上等な差料を買い求める事は至難である。
東島の試刀術を嗜む処刑人が、ノヅチの下に辿り着いたのも必然であろう。
「随分と立派な物を差しているようだが、仕事はそいつの修繕かい?」
「いえ、新刀を一振り打って頂きたく」
言いながら、マニングが腰から鞘を抜いて、卓の上に置いて見せた。
刃を引き抜くと、すらりとした刀身が一堂の前に現れた。
ほう、と傍らのロッカが感嘆する。
地金は暗いが、そこに深みがかった一筋の冴えを残し、いかにもしぶとそうな刃であった。
もう少し詳しく見てやろうと、ノヅチが顔を近づけたが、そこで思わず溜息を吐いた。
「なんだよ、鞘拵えが変わってたんで気付かなかったが、よく見たら俺の打った刀じゃないか」
「刀に銘さえ刻んでくれていたら、もっと早く、ここまで辿り着けていたのですが」
「そいつは余計な難儀をかけたね」
マニングの恨み言に軽口で返しつつ、久方ぶりに再会した刃に目を通す。
役目柄、幾度かは使用している筈ではあるが、刀身には瑕も歪みも見られない。
日頃から手入れも丹念に行われているようで、傍目には新品も同然である。
新刀どころか余計な修繕すらも必要ない。
マニングがわざわざノヅチを訪ねてきた理由が、ますます分からなくなる。
「自慢するつもりは無いが、こいつは戦場でも通用するよう、気合を入れた一振りだ。
敢えて今、新しい刀が必要だとは思えないが……」
「それについては同意見です。
もしも戦場に出る機会があるなら、私もその刀を帯びて行く事でしょう」
と、マニングはひとまずノヅチの言を肯定しながら、
そこで一旦言葉を区切り、改めて本題を切り出した。
「次に打つ新刀は、この太刀よりも一尺長く、地金も硬く、鋭く鍛えて欲しいのです」
「何だと!?」
思いもよらぬマニングの言葉に、ノヅチは咄嗟に声を荒げた。
傍らで驚くロッカに気付き、声のトーンを一つ落とす。
「冗談も休み休み言ってくれ。
あんただって、試刀をやるなら分かってるハズだろ?
そんな刀は長くはもたねえ、戦場だったら容易く折れるぞ!」
ノヅチの言葉に、傍らのロッカが無言で頷く。
刀の地金は、柔らか過ぎれば切れ味を失い、硬過ぎれば衝撃を逃せず破断する。
硬度と靭性のバランスを取り持ち、実用に耐えうる鉄を鍛える所に、刀工の求める領域がある。
眼前にあるノヅチの刀は、折れず、曲がらずを目指し、ギリギリの塩梅を詰めた一振りである。
職人が掴んだギリギリの領域を崩せばどうなるか?
四六時中、人を斬る事を考えている人間ならば、分からぬ道理が無い。
「折れません」
そんなノヅチの苛立ちを受け流すように、マニングは恬然として首を振った。
「私が刀を用いるのは、戦場ではありません。
斬るのはあくまで生身の首、鎧兜を相手にするわけではないのです。
そして貴方の新刀を用いるのも、生涯にただ、一度きりです」
「一度きり?」
呆然とこぼれた疑念の声に対し、マニングが静かに頷き返す。
「今から三月後、さる人物の処刑が執り行われる予定となっております。
そのお方には、私がこの国を訪れたばかりの頃、大変な恩義を受けましたので。
減刑が叶わないならば、せめて、私の生涯最高の礼で以てお送りしたいと考えております」
「……その礼法とやらのために、一度きりの太刀が必要だって言うのか?」
「ただ首を落とすだけならば、私の腕より断頭台の方が確実です。
ですが私はまだ、機械の一部で良いなどと言えるほど、人生を達観してはおりません」
再びの問いかけに返し、マニングは真っ直ぐにノヅチを見据えてそう応えた。
その真摯な姿勢に対し、ノヅチは困ったように頭を掻いた。
大切な恩人に、生涯最高の礼で報いたいというマニングの姿勢に、嘘偽りは感じられない。
だがその為に、敢えて規格外の新刀を望む彼の意図が理解出来ない。
咎人の首を落とすのに、極端に鋭い刃など必要ない。
刀の重量を利して、頚椎の隙間を正確に抜く事さえ出来たなら、
たとえ女子供の力であっても、一撃で首を落とす事は可能なのだ。
失敗の許されぬ処刑の場に、使い慣れぬ新刀を持ち込むなど、
却って余計な不安要素を増やすだけではあるまいか?
普段よりも一尺長い太刀を使うとなれば、猶更である。
「その……、一つよろしいでしょうか?」
その場の沈黙に耐えかねて、傍らのロッカがためらいがちに片手を挙げた。
「近々皇都で処刑があるなどと言う話は、聞いた事がありませんが。
三カ月後に処断される、あなたの恩人と言うのは、一体何者なんですか?」
「それは……」
ロッカの質問に対し、マニングは初めて視線を逸らして言い淀んだ。
その態度から、自分が余計な聞いてしまった事に気付いたロッカであったが、
慌てて取り繕おうとした彼の態度を遮って、横に居たノヅチが口を挟んだ。
「カーウェイ通りの若旦那は、俺の大事な友人さ。
これから打つ刀についても相談する事もあるだろう。
ここから先は彼を外して、って言うんなら、初めからこの依頼は受けられないぜ」
「……分かりました。
私がこれから話す内容は、他言無用でお願いいたします」
ノヅチの意思の固さを見て、マニングも腹を括ったのであろう。
両手を胸の前で組んで大きく息を吐くと、二人を見つめながら、静かに口を開いた。
「次回の処刑は、一般に公開される事はありません。
監獄の片隅で、ごく一部の関係者の立会いの下、執行される手筈になっています。
処刑されるのは、先の謀反騒ぎにおいて、処分保留となっていた最後の生存者。
ルヴェン旧侯爵家の最期の当主です」