星鍛目録ー野槌と隕鉄ー   作:いぶりがっこ

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04話「古斧」

大盤鉱窟の族長は、若かりし頃には大陸にその名を轟かせた冒険者であり、

屈強で鳴らした小人族(ドワーフ)の猛者たちの中でも一目置かれる存在であった。

現在は楽隠居を決め込んでいるものの、坑道内に切り開いた訓練場跡地に居を構える辺り、

今なおかつての武勇伝の片鱗を匂わせる。

 

その訓練場の片隅で今、ノヅチとタタラは先刻仕上げたばかりの短刀を携え、

膝にも届こうかと言う白髭をとっぷりと蓄えた、小人族の翁と対面していた。

眼前に差し出された刃をスラリと引き抜き、傍らの赤々と燃える松明に照らし、

いかにも興味ありげに老人が白髭を揺する。

 

「ホー、こいつはまた、随分と変わった鈍色をこさえたもんじゃのう。

 この地鉄も、ウチの鉱窟から出たモンなのかね?」

 

「元を辿れば、同じ鉄と言えん事も無いでしょうが……。

 こいつは中で取れた鉱石じゃない。

 近場の谷底を流れる渓流を攫った赤砂でさあ」

 

「なんと砂鉄か? この雪の中を?

 お前さんはまた、随分と偏屈な仕事をしよるのう」

 

「どうしてもね……。

 ここの大窯で生まれる綺羅鋼と、()()の姿が重ならなかった。

 それにやっぱ、俺達刀工には、こっちの方が性に合ってるみたいだ」

 

「ホッホー、成程のう。

 そう言えばお前さんたちの生国では、砂鉄を掬って倭刀を鍛えると言うておったか」

 

ノヅチの回答に対し、村長はひとしきり満足そうに頷くと、二人に対しくるりと背を向けた。

その眼前、腰ほどの高さまで盛られた土壇には、煌びやかに輝く新鋼の角兜が置かれている。

 

「まっ、こんな所で喋ってばかりでは埒が明かんからのう。

 主に与えた『課題』の成果、どれほどの物か、早速試させてもらうとしよう」

 

言いながら翁が肌脱ぎとなり、短刀を両手で高々とかざした。

枯木のような細い背なが、たちまちぴんと反り返り、纏う空気がぴりりと一変する。

場の雰囲気の変化を敏感に感じ取ったのだろう。

傍らにいたタタラが緊張気味に、きゅっ、と拳を胸の前で握り締める。

 

「コッ」

 

老人の口元から、独特の短い呼気が発せられた。

瞬間、老人の背が、両肩の筋肉が、内から爆ぜたかのように膨れ上がった。

傍目には老人の内側から、巨大な獣が吐き出されたかのように見えた。

 

「ムン!」

 

気勢を上げ、短刀を一撃の下に振り下ろす。

ギンッ、と鈍い音が走り、間を置かず衝撃の波がビリビリと大気を震わせる。

一瞬とも、永遠ともつかぬ静寂の後、押し殺すような声で老人が呟いた。

 

「……良い刀じゃ、ほんに良い刀じゃな、これは」

 

そう言いきって、ようやく大きく息を吐いた。

凝結した場の空気が、吐息と共に弛緩する。

 

目一杯に打ち下ろされた刃は、兜の鉢の半ばまで喰い込んで静止していた。

 

「……失敗、だな」

 

「イヤイヤイヤイヤ!

 何言ってんのさノヅチ、凄いじゃん、この短刀!

 相手はブ厚いドワーフ鋼の大兜だよ!」

 

落胆の色を見せたノヅチに対し、傍らのタタラが興奮気味に捲し立てる。

だが今のノヅチには、そんな少女の擁護も慰めにしか映らない。

 

「そりゃあ、こいつが仮に大斧だったらな。

 今の一撃で、それこそ頸の骨まで折れていただろうさ。

 だが短刀じゃあ、致命傷には程遠い。

 止まった獲物相手にこれじゃ、実際の戦場ではたかが知れてらあ」

 

「ままま、そう悲観したものでも無かろうて」

 

すっかり不貞腐れてしまった若者に苦笑しつつ、翁が引き抜いた刃をかざして見せる。

刃先にはやはりというか、若干の刃毀れが見られた。

 

「東方の諺にの、ほれ、武具を商うお調子者の話が合ったじゃろ?」

 

「……最強の剣と最強の盾がぶつかったら、どっちが勝つかって話かい?」

 

「そう、それよそれ。

 中々に蘊蓄のある寓話のようじゃが。

 さて、実際にぶつかったら、果たしてどちらが勝つかのう?」

 

「そりゃあ……、盾が勝つさ」

 

老人の言わんとしている事に気付き、不承不承、ノヅチが頷く。

剣は柔い肉を切り裂く為にあり、盾はその鋭い剣先を受け止める為に作られた。

最強であろうと無かろうと、そもそも両者は目的が違う。

だからこそ、盾を弾いて対主ごと叩き潰す、戦斧や戦槌が必要なのだ。

これを兜に言い換えても同じ事である。

 

「まあ、そういう意味では、

 お前さんの鍛えたこの短刀は、既に常識の半歩先を行っておる。

 今はまず、それを戦果と捉えて良いのでは無いかね」

 

「そうは言っても『本物』を見せられた後じゃなあ……」

 

ノヅチの嘆息に一つ頷くと、村長は練兵場の奥へと消え、

程なく、その手に一振りの古びた手斧を携えて戻ってきた。

 

「やれやれ……、この角兜にしてもよ。

 若い衆の工夫した、一端の名物の筈なんじゃがのう」

 

そうボヤきながら、翁がひょいと手斧を掲げると、

今度はまるで薪割りでもするような気軽さで、ストン、まっすぐに右手を落とした。

狙いは違わず、先ほどの傷跡に一直線に刃が通り、両断された角兜が鮮やかに宙を舞った。

 

「……ッ」

 

余りの結果の違いを前に、ノヅチは言葉を失った。

既に半ば死んだ兜であったとか、斧と短刀の特性の違いであるとか、

そんな言い訳を語る事すら烏滸がましい。

武器としての、根本的な格が違うとしか言いようがない。

この老人の手にした、やや小振りな手斧の凄まじい切れ味を見るにそう思う。

 

「まったく、儂らの先人たちも、とんでもない『課題』を残してくれたもんだわい」

 

トン、と土壇に手斧を突き刺し、ようやく一仕事終えたとばかりに、

族長が傍らの瓢箪を拾い上げる。

 

「ほんの二、三百年ばかり前に、この谷の槌振りが鍛えた斧と先代は言うておったがな。

 打ったヤツがよっぽど偏屈じゃったのか、

 その製法も、どんな鋼を使ったのかも、一切合切が不明と来た。

 主のように懸命に鉄に打ち込んでいる者にとっちゃ目の毒じゃろうて」

 

老人のぼやきを気にも留めず、改めてまじまじと古斧を覗き見る。

煌びやかな小人族の新鋼とは明らかに異なる、鈍色を携えた古い地金。

これを大窯で沸かした鉱石ではないと断じた、自分の仮説が間違っているとは思えない。

 

だが、それにしても間近に見た本物は、やはり違う。

硬質な暗さの中に、月影の如き柔らかな光彩を残している。

この古斧の風格に比べれば、自分が打った短刀の鉄は、それこそ単に冴えないだけだ。

 

「けどまあ、主には『課題』と言ったものの……

 この古斧の秘密は、あるいは永遠に解けない方が、

 我々にとっては良いのかもしれんがの」

 

「解けない方が、良い……?」

 

謎かけのような老人の言葉に、ノヅチが思わず首を傾げる。

 

「偉大なる土竜の民の先人が残してくれた、大いなる壁、と言った所かな。

 その斧が、この場に確かに実在する限り、

 我らは決して自分たちの仕事に満足する事は出来ん。

 どんな技術も精進する事を忘れてしまえば、いずれは廃れる」

 

「はあ……」

 

「その斧の謎も、解けてしまえば本当は大した事ではないのやもしれん。

 上を志す者にとっては、目をそらす事の許されぬ分厚い壁だが、

 生業としての鍛冶師にとっては、決して解き明かすべきではない上弦。

 この年齢になると、時折そんな風にも感じたりするものさ」

 

そう語る老人の言を、ノヅチの中の純な部分が否定する。

言ってる事は、まあ分からなくもない。

けれど槌振りは、哲学者でも無ければ詩人でも無い。

ひたすらに槌を振うだけが能の人種だ。

 

愚直に槌を振うのを生業とする男の心根は、もっと素直であるべきではないのか?

良い鉄を見れば心が躍る、先人の業に魂が震える、自ら至らぬと分かれば嫉妬にも狂う。

分かり易く、単純に、シンプルに生きたいと心から思う。

 

「むう~、何だよ爺ちゃん、その言い草はさあ。

 爺ちゃんが押し付けたこの課題のせいで、ノヅチはずっと頭を悩ませてんだからね!」

 

「ホッホッホッ! 良いぞ若人、悩め悩め!

 悩んで悩んで迷い抜く事こそ、若いもんに許された特権よ!」

 

地団太を踏んで悔しがるタタラの姿を遠目に見つめる。

この少女だけはいつだって、なぜか自分の味方をする。

そのお節介が、時に有り難く鬱陶しい。

 

ともあれ、今は何より、この古斧だ。

越えられない壁、などと老人は言うが、この壁を乗り越えた先人は確かに居たのだ。

この斧が現在に存在する以上、全身全霊を以てそれに挑むのが槌振りの性だ。

 

少なくとも、この程度の試練を乗り越えられぬ男ならば……

あの星鉄を鍛え上げられる日など永遠に来ない。

今のノヅチには、そのように思えてならないのだった。

 

 

 

 

 

 

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